第四十一話 「ティムが不良になっちゃった!?」
さぁ今日も頑張りますかね。
本日の予定。まずは食材の買出しである。
オルが遠征という名目で王都外に遊びに出かけた時に食材を持ってきてくれるが、それだけでは足りない。不足分は俺が市場で買出しをしているのだ。
最近、店を切り盛りするのが大変になってきた。「ベルム王都支店」の食材の買出し、仕込み、調理、接客は全て俺がこなしている。
数ヶ月前までは閑古鳥が鳴いていたせいもあって俺一人でもどうにかなっていた。だけど、もうね、俺一人では賄えなくなってきているよ。
ドリュアス君が店の経営に手を出すようになってからは客足がうなぎ登りに増えているからね。
これからどうすべきか?
俺以外にも店長権限の人手を増やすか。
候補として考えると……。
ティムは勉学に専念させたいから外す。今は大事な時期だからね。変態はうん、任せるには怖すぎる。ベルム本店ではいくつか仕事を任せられるようになったけど、それは父さんや母さんがしっかりお店を支えていたからできたこと。今の俺は自分の仕事だけでアップアップだ。とても変態の指導、管理まではできない。
変態が無理ならオル達はもっと無理だし……。
ドリュアス君は既に経営にタッチしてもらっている準店長みたいなものだ。エディム達吸血部隊を表に出すのは憚れる。ミューはギルドでの本業がある。
だ、だめだ。こう考えると人手不足は深刻である。
誰かアルバイトでも雇おうかな~。
そんな事を考えながら市場へと目指す。
そして、市場に差し掛かろうとする手前の通り道でミレーさんを発見した。ミレーさんは数人のおばちゃん達と井戸端会議をしている。まったく話し好きなおばちゃんだね。
「ミレーさん、こんにちは!」
「あら、ティレアちゃん」
ん!? なんかミレーさんの表情が気まずそうだ。いつもにこやかな笑顔を振りまいているのに。
さらに俺の登場を見て顔を見合わせるおばちゃん達。急におしゃべりをやめたのである。
なんだ、なんだ? 皆で俺の悪口でも言っていたのか、コノヤロー!
「何を話していたんですか? もしかして、私の事ですか?」
「な、なんでもないのよ」
なんでもないような態度ではない。何か隠しているみたいだ。そんな態度をされたら気になるじゃないか。
でも、ミレーさんは俺の陰口を叩く人ではないよな~。
はっ!? もしかしたら変態かオルが何かやらかしたのではないか?
「あ、あの本当に何かあるのなら教えてくれませんか?」
いや、本当、多少ショックではあるが、俺の悪口であればまだいい。だが、エディムやオルの件だったら投獄されかねない問題なのだ。ミレーさんの噂拡散能力は伊達じゃない。すぐにレミリアさん率いる治安部隊の耳に入るだろう。
俺は保身もあって執拗にミレーさんに話の内容を聞く。すると、最初は渋っていたミレーさんだったが、おずおずと話し始めた。
「い、いやね、噂よ噂。おばさんは信じていないけど、変な話を聞いちゃって……」
「はい、その変な話って……?」
「ティレアちゃんもエビル地区は知っているわよね?」
「えぇ、王都で一番治安が悪い場所です。娼館とか薬の売買とか賭博とかある」
光あるところに影あり。エビル地区は急速に復興しつつある王都の闇の部分である。なんでもごろつきやマフィアが絶えずうろつき、王都の犯罪の八十パーセントはここで起きているとかなんとか……。
まるで眠らない街、新宿かぶきちょーみたいな感じの場所なのだ。
「そう、その悪名高い場所で……銀髪の美しい少女が話題になっているのよ」
「はぁ? ありえない! その銀髪の美少女ってティムのことを言っているんですよね? まったくの事実無根ですよ!」
俺は口を膨らませて抗議する。
「そ、そうよね。ティムちゃんは魔法学園の秀才さんだもの。そんなところに用事なんてないわよね」
「当たり前です。ふざけてますよ! ミレーさんも憶測で物事を話すのはやめてください!」
「ち、違うの。ただ銀髪で美少女って王都でもティムちゃんぐらいしかいな――」
「ミレーさん、真剣で怒りますよ。そんな根も葉も無いデタラメを言ってティムを傷つけたら許しませんから」
「ご、ごめんなさい。そうよね、うん、ティレアちゃんみたいに真面目で良い子の妹さんだもんね」
ミレーさんは罰が悪かったのか謝罪し、そそくさとその場を立ち去っていた。
ふぅ、ミレーさんにも困ったものだ。ティムが夜遊びしているなんてデタラメもいいところである。まったくティムに悪い噂がついたらどうするんだよ!
……
…………
……………………
で、でもよく考えたら、ミレーさんって噂好きでゴシップ記者みたいな人だが、その持ってくる情報は意外に捨てたものじゃないんだよなぁ。
そ、そういえば最近ティムに学園の様子を聞いていない。お店の経営を言い訳にしたくはないが、俺も王都での生活に慣れようと必死だったから。
うぅ、姉妹のスキンシップが足りなかったかも……。
なんかティムが去年、突如反抗期になって変態達と夜遊びに行った記憶が蘇ってくる。あの時はティムが姉である俺に手を上げたり魔法弾をぶつけてきたりして大変だった。家庭内暴力、ティムの非行の兆しがあったのだ。
もし仮にまたティムが非行に走ったとしたら……。
今度は魔王軍ごっこしていた健全な場所での非行ではない。エビル地区といった悪の巣窟での非行である。ヒドラーさんや変態といった気のいい人達の集まりではないのだ。エビル地区は酒にギャンブル、ヤクザにゴロツキと身を持ち崩すには十分な環境が揃っている。
よ、よし、まずは学園に行ってティムの様子を窺ってみよう。ミレーさんの話を信じた訳ではないが、姉心として妹は常に心配なのだ。
ティムの様子をちょっとだけ確認して安心したい。
俺は市場への買出しを中断し、魔法学園へと向かう。
調査の結果……。
ふぅ、なんてこった。
学園に超特急で行くとティムはいなかった。以前にも話をした事がある学園生徒のポニ子ちゃんに聞いてみると、一年生はもう帰宅しているんだって。相変わらずポニーテールが美しいその少女はティムの事を怖がっていたけど……。
も、もしかしてティムが不良に?
いやいやそんな事はない。ティムは真面目な良い子なのだ。
で、でもティムは生徒会も部活も入っていないのにどこにいるんだろう? お店には戻っていないし。
もしかして本当にエビル地区に?
いやいやそんな事ない!
だ、大丈夫。きっと友達とどこかで遊んでいるんだ。
いやいや待て待て。その友達が不良だとしたら?
俺はティムの非行化ばかり心配していた。だが、悪い友達に苛められている可能性もあったんだ。
例えば……。
『我はカミーラである。皆、仲良くして欲しいのである』
『ははは、なんだこいつ? 今度の転校生は頭がおかしいのか?』
『我はカミーラである。頭はおかしくないのである』
『お、一丁前に反論したぞ。ベルガみたいな田舎から来たカッペのくせに!』
『ははは。本当この馬鹿女、よく学園に入学できたな!』
『いや、この女、成績は優秀らしいぜ……』
『まじかよ。貴族を差し置いて庶民のくせに!』
『そうだ、そうだ! 田舎者のくせに成績優秀なんて生意気だ!』
『わ、我は……』
『何が『我』だ『カミーラ』だ。そんなに成績優秀なのを自慢したいのか!』
『そうだ! 生意気だぞ!』
『わ、我は自慢なんて……』
『よし、そんなに優秀ならエビル地区に一人で行ってきてもらおうか!』
『え!? あんな危ないところに我一人で……』
『もちろん、行けるよな? なんたってカミーラ様なんだろ!』
『そ、そう、わ、我はカミーラだ。だ、だから、ひ、一人でいける』
『ひゃはっはは、これはおもしれー。約束だぞ。破ったら皆でシカトだからな』
『あぁ、シカト、シカト。嘘つきは俺達の仲間じゃないよな』
『うぅ、ぐずっ……』
『おい、見ろよ。こいつもう涙目だぜ。本当に一人で行けるのかよ』
『無理無理、こんな弱虫じゃな。何がカミーラだ。笑わせやがる』
『へっ、一人で行けないならママとおててをつないで行ってもいいんだぜ』
『うぅ、一人で行けるもん。我はカミーラだもん』
こ、こんな事が起きているかもしれない。
時間が経過するにつれ不安はどんどん膨れ上がってくる。
くそ、携帯があれば……。
こういう時、中世ファンタジーの弊害を実感してしまう。
どうしよう? エディムに探してきてもらうか。エディムの眷属ネットワークを使えば捜索も簡単になる。
それともドリュアス君に相談……。
いや、だめだ。本当にティムが非行化、あるいはクラスで苛めに遭っているとしたら友達には知られたくないに決まっている。何か心配事があるならまずは家族である俺が最初に聞いてあげないといけない。
ふむ、そうなるとこの件は邪神軍の皆には話せないよ。邪神軍の皆はティムの親友だからだ。
ただ、エビル地区のようなかぶきちょーに俺一人で様子を見にいくのは不安である。俺は美少女だ。あんな治安の悪い場所に行ったら絶対に絡まれるだろう。
なら、どうすればいい?
俺は必死に打開策を考える。
熟考の結果、俺が考えた方法は……。
「すみません、ビセフさん。急に呼び出したりしちゃって」
「いいんだよ。どうせ暇だったし。それにティレアちゃん言ったでしょ。何かあったら俺に頼っていいから」
「はは……」
ふぅ、ヘタレしかいなかった。
俺の頼みを聞いてくれ、かつ、ティムとは関係性の薄い知人。本当はレミリアさんかお嬢に頼みたかった。だが、あいにく二人共王都外に出ていて不在。他に適当な人材がいなかったのだ。
はぁ~こいつは役に立つのか非常に不安である。戦闘力は変態とどっこいどっこいだろうし、道案内くらいしか役に立ちそうにない。
「それでティレアちゃん、頼みたい事って?」
「実はエビル地区に一緒についてきてほしいです」
「エビル地区だって! ティレアちゃん、そんなところになんの用事だい? あんなところティレアちゃんみたいな子が気軽に行く場所じゃないよ」
「はい、わかっています。実は……」
俺は包み隠さず正直に話した。
エビル地区に銀髪少女の噂があること。
学園が終わっているのにティムがお店に帰っていないこと。
ティムがエビル地区にいないかちょっと様子を見に行きたいこと。
ヘタレは最初戸惑っていた。だが、俺がエビル地区に行きたい理由を聞いて納得したみたいだ。
「なるほど、事情は理解したよ。でも、ティレアちゃんの予想どおりどこかでただ遊んでいるだけじゃないかな?」
「私もそう思うんですけど……」
「それにティムちゃんが不良なんて考えられないからさ」
「で、でも、もしかしたら学園で悪い友達に騙されて不良の道になんて事も考えられますよね? あるいは苛めにあって罰ゲームで行かされたりしているとか……」
「うーん、天下に名高い王都の魔法学園にそんな程度の低い生徒がいるかな~」
「わかりませんよ。どんな進学校でも悪い奴はいるもんです」
「了~解。ティレアちゃんは、このままお店でティムちゃんが帰るのをただ待っているだけなのは不安なんだよね?」
「はい、杞憂だと思います。でも、万が一の事を考えるといてもたってもいられなくて……」
「いいよ、行ってみよう。確かに治安が悪い場所だけど、俺がついているから大丈夫。捜して噂がデマだとわかれば安心するでしょ」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
「それじゃあ出発しようか?」
「はい、でも先に防具を装備しましょう」
「テ、ティレアちゃん、大丈夫だよ。王都は俺の庭だよ。エビル地区のごろつきなんて俺のひとにらみでぶるっちゃうから」
「ビセフさん、お願いします。装備しましょうね」
「わ、わかったよ。まったくティレアちゃんにはかわないな」
いや、まじでヘタレの長所ってそこしかないから。是が非でも良い防具をつけていきたい。できればレア防具がいいね。こちとら、またヘタレが気絶したら俺がおぶって帰らなければいけないんだぞ。