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第三十七話 「ロゼッタ・プラトリーヌの矜持」

 ロゼッタ・プラトリーヌは感じている。


 裏切り、嫉妬、讒言……。


 他人の足を引っ張る事に執念を燃やす人がなぜこうも多いのか。他人を羨む気持ちはわからないでもない。否定もしないし、そういう心を糧に自身の向上に努めればよい。だが、多くの者は相手を蹴落として相対的に自分を上に見せようとする。


 美しくない。美しくない。この世はなんて醜いのだろうか!


 ロゼッタ・プラトリーヌ、大富豪ロゼッタ・ストルの娘にして美食冒険者。齢十七にして美食家兼冒険者として名を馳せる。冒険者必須の携帯食「ギャチャーレ」の発見をはじめ、バレイアへの到達、マンティスカの作成等等、その成果をあげれば枚挙にいとまない。食の革命に一石を投じた天才少女なのだ。


 だが、その華やかな経歴の裏には影がつきもの。今でこそロゼッタ家の跡取りとして不動の地位にいる彼女であったが、その道のりは茨の道であった。国家有数の資産家、国政にも多大な影響を与えるロゼッタ家である。その跡取りレースともなれば血で血を洗う争いとなる事は明白であった。


 プラトリーヌには兄や姉が何人もいる、いや、いた・・)。美貌、才覚ずば抜けて優れていたプラトリーヌはその兄妹の中でひとつ飛び抜けた存在であった。


 父親であるストルはそんなプラトリーヌを目にかけて溺愛した。この娘こそ、我がロゼッタ家の跡取りに相応しい……。父ストルはプラトリーヌを次期後継者と認定し、プラトリーヌの兄や姉より上に置いたのである。


 当然、自分が後継者たる者と思っていた兄姉達は黙っていない。数々の嫌がらせを受けた。悪口や暴力を直接してくる者ならまだマシなほう。甘言を装って近づき、裏でこっそり陥れる者や暗殺を仕掛けてくる者までいた。父ストルの保護がなければ幼いうちに死んでいたに違いない。


 そんな環境で育ったプラトリーヌは徐々に心を蝕まれていった。このままでは、なんの感情も持たない冷酷非道な当主ができ上がっていただろう。


 だが、プラトリーヌ九歳の時、転機が訪れる。


 プラトリーヌは次期後継者と認定されてから、あらゆるジャンルの高名な教師から指導を仰いでいた。それは魔法学の権威であったり、格闘術のプロであったり、帝王学を修めた王家のお抱え学者だったりした。


 そして……。


 父ストルが娘が毒殺されるのを心配して呼び寄せた料理人、毒殺されぬように毒の見極めを教えてくれる教師を招聘したのである。


 ふふ、今思えばかなり変わったお方でした。


 ロゼッタ家の後継者であるわたくしに媚もへつらいもせずに普通に接してくれる。ひょうひょうとしていながらも料理にかんしてはどこまでも熱い。そういう意味ではティレアさんとそっくりでしたわね。


 当時のわたくしは食事はただの栄養補給と割り切っていました。生きるために必要な作業の一つ。ただそれだけだと。


 ですが……。


「すごい、おいしいですわ。冷めた料理がここまでおいしいなんて……」


 毒見が終った後の冷めた料理。いつも何も感じず機械的に口に入れていた。それなのに、つい言葉が出てしまった。おいしいと言わずにはおれなかった。


「お嬢、料理はただ食せばいいってものじゃない。そこに感動がなければ、それはただの『食』だ」

「それはどういう意味ですの?」

「お嬢はよく絵や彫刻を見てはしゃいでいただろ。ああいう感動が大事なんだ」

「む! わたくしはそんなに子供じゃありませんわ。はしゃいでなんかいません」

「はは、いつもムスっとしていたからヒネたお嬢さんだと思ってたが、子供らしいところもあるって見直してたんだぜ」

「それは、褒めてませんわ」

「褒めているんだ。いいか感動するのは人間だけの特権だ。それを磨かずにいてどうする! お嬢、絵画や彫刻だけに囚われず、他にも目を向けてみればいい。世界が広がるぞ」

「わかりません。絵画や彫刻は裏切りませんもの。その美しさだけを見れますわ」

「お嬢、美しいものは至るところに溢れている。さっきも言ったが、食事だってそうだ。感動がなければただの『食』だ。だが、そこに手をいれ、人が費やす事により感動が生まれる。まさに『美食』となるわけだ」

()食ですの……」

「そう()食だ。お嬢もさっきの料理は感動しただろ?」

「は、はい、不覚でしたが……」

「はは、素直じゃないな」

「むぅ、あの味は覚えました。もう不覚はとりません」

「お嬢、安心しろ。俺が毒の見極めを徹底的に教えてやる。俺が太鼓判を押したら温かい料理も食えるようになる。そうしたらまた不覚を取る事になるぞ」

「あ、温かい料理が食べられるんですの?」

「あぁ、お嬢が頑張れば冷めた料理じゃない俺の本気料理を食わせてやるからな」


 冷静を装っていたが衝撃であった。この世は美しくないもので溢れていると思っていた。言葉使いを丁寧に心がけているのも、せめてこのぐらいは美しくありたいと思ってのことだった。


 だが、美しいものは食事という身近なところに存在していた。いや、美しいものは自分の力で掴み取れると知ったのだ。


 この風変わりな料理人のせいで毒を見極める修行が、いつしか料理、美食を極めるために費やすようになった。


 彼との修行は厳しくはあったが、それ以上にプラトリーヌに充実した毎日を送らせることになったのである。


 そして、瞬く間に課題の試験日となった。


「このスープに入っている毒が『プアゾン』。この皿の淵に塗ってある毒が『ペネノ』。そして、全ての料理に『イァート』の毒粉が振り込まれていますわ」

「見事だ。わずかの沈殿から『プアゾン』の毒まで見分けられたか。無味無臭の『プアゾン』さえ見極めることができれば毒殺されることはまずない」

「くだらないですわ。それより、このスープの仕込みを教えてくださいまし」

「はは、親父さんからの依頼は毒の見極めだったんだがな」

「ふふ、課題は済ませました。後は貪欲に吸収するのみですわ」

「お嬢の頑張りは俺がよく知っている。約束だ。俺の本気料理を食わしてやる」

「いいんですの! で、でも毒見役が……」

「親父さんには俺から言っておく。お嬢を毒殺する事は不可能。Sランク料理人の俺の言葉だ。親父さんも納得する。それに、いつも冷めた料理ばかり食わせてたほうが健康に害があると厳しく言っておいてやる」


 ぶっきらぼうだが、優しい。きっとこの方はわたくしがいつも不機嫌に食事を摂っていたのが不満だったのだ。だから……。


「楽しみですわ。で、でも、もうこれでお別れですのよね? もうあなたの料理はこれで最後、あなたとの……」

「あぁ、課題はこれで終了だ。俺もまた美食の旅に出る」

「そ、そうですの。ですがわたくしはまだまだあなたに教えてもらいたい事がやまほどあります。わたくし一人では……」

「お嬢には才能がある。そして、何より美しいものに感動する心をもっている。俺が教えなくてもいずれ自分でものにできるさ」

「そうでしょうか……」

「なんだ、柄にもなく弱気じゃないか。いつもの自信はどうした?」

「くっ、弱気になんかなってません。も、もちろんですわ。わたくしにできないことはありません」

「はは、いつものお嬢らしくなった。それでこそお嬢だ」

 

 そう言って屈託なく笑う。まったくどこまで人を食ったお人でしょ。それでいてわたくしを気遣ってくれているのもわかる。このお方の言動はどこまでも眩しく、わたくしをせつなくさせた。日に日に膨らむあの方への感情、だが何もできない。


 そして、幼いゆえにその感情を持て余しながら別れの日が訪れたのでした。


「わたくしはあなたに助けられました。それは人生を変えたといっても過言ではありません。何かお礼をしたいのですが、今のわたくしは何も自分のものをもっておりません。お金もお父様のものですし……」

「お嬢、短い間だったが、お前と過ごした生活は楽しかった。な~に美食を追究するのに終わりはない。お礼ならそうだな、お嬢が自立した時、今度は俺に感動を分けてくれればいい」


 最初から最後までマイペースなお方でしたわ。そして、最後にあの方に振舞われた料理は感動でした。今まで食べたことがない。いや、これからも食すことができるかどうかの……素晴らしい料理でした。


 いいでしょう、負けませんわ!


 わたくしも美食冒険者としてあの料理に追いつき、追い越してみせます。そして、必ずわたくしの料理であなたを感動させてみせますわ!



 それからの数年は怒涛の毎日であった。ロゼッタ家の跡取りとして、美食を極める冒険者として、プラトリーヌは邁進し続けた。


 相変わらず裏切りや争いが絶えない醜い世の中であったが、新しい食材の発見と美味の探求はわたくしに感動を与え続けてくれた。


 また、人との出会いでは失望が多い中、近年、感動したことが二つある。一つは治安部隊隊長となったレミリア様との出会いだ。あの方の誇り高く美しい生き方は価値あるものだと思う。


 そして、もう一つの感動は……。


 料理屋ベルム。店主のティレアさんはおバカに見えるが、そのとおり大部分があてはまる。ただし、料理の腕に関しては別だ。私と同レベルの技術、しかも発想力に至っては舌を巻く。口に出して褒めたことはありませんが、同い年でここまで料理に精通している者がいることに驚きを隠せませんでした。


 そんなティレアさんは妹が大好きで、魔法学園に在籍しているといつも自慢している。兄妹愛とは無縁に育ったわたくしに、それは新鮮な気持ちにさせられました。嫉妬や羨望や蹴落としとは無縁な家族愛を見つけたことが純粋に嬉しかったのです。


 そんなある時、料理屋ベルムに来ていた心無い客がティレアさんに野次をとばした。妹は魔法学園の才女。差がついただの、みじめだの……劣等感を刺激するような罵詈雑言を浴びせたのだ。


 嫌だった。妹を誇らしげに話す彼女が好きだった。


 劣等感を刺激するような言葉を浴びせられたのだ。もしかしたらティレアさんもわたくしの兄や姉のような感情を……。


 見たくない。彼女から嫉妬にまみれた言葉を聞くのがたまらなく嫌だった。

 

 だが……。


「でしょ! でしょ! そうなのよ。ティムはね、私なんかと違ってすごいの。産んではいないけど鳶が鷹をって奴よ。あんた、なかなかわかっているじゃない」


 杞憂でした。皮肉もティレアさんには通じていなかったのだ。


 唖然とした。


 なぜ、そこまで純粋に妹を思えるのか疑問に思った。貴族のお家騒動ほどはなくても庶民にだって姉妹間で争いはあるはずだ。


 特に、一方は魔法学園の才女である。自分と比べることはあったと思う。自分が妹以下の存在に思えて悩んだことぐらいあるのでは……?


 わたくしはティレアさんに尋ねずにはいられなかった。


 ティレアさんはキョトンとしながらも答えてくれましたわね。


「お嬢、何言ってんの? もしかして『姉より優れた妹なんて存在しねぇ!』とかまに受けているの? あれは漫画――創作だけの話よ。実際、姉は妹の成長を願っているものなのよ。ティム以下上等じゃない。この姉心ってやつ、わかんないかな。はは~ん、さてはお嬢、一人っ子だな?」


 頭が痛くなりましたわ。本当にわかっていらっしゃるの? ティレアさんはそんなこと考えもしなかったみたいにお気楽に話してくる。


 本当に妬みや憎しみは考えなかったのか?


 わたくしは自分の身の上に起こったことをぼかしながら、鮮明に説明していく。


「なるなる。要するにお嬢はティムがえらくなって、私のことを忘れるんじゃないかって言っているのね?」

「えぇ、もうそれでいいですわ」

「そりゃ、私だって姉の面目があるし、ティムが偉くなって寂しい思いをするかもしれない。でもね、もう無理だから」

「何がですの?」

「ティムはね、私が小さい時から見てきたんだよ。『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って言ってついてくるの。もう、かわいくてかわいくて……だからね、ティムがどんなに変わろうとも嫌いになれないし、私にどんな事をしたとしても許しちゃうよ」


 それから、ティレアさんはティムさんのことをとてもとても愛おしそうに語った。ティレアさんは普通に話をしただけかもしれない。


 だけど……権謀渦巻く世界を生きてきたわたくしにとって、その言葉一つ一つがとても美しく感じたのだ。


 ふっ、それからティレアさんとは会う度に口論しましたわね。おバカでお調子者で、わたくしがこんなに感動しているのに、その気持ちをわからず、その屈託のない笑顔が憎らしいですわ。


 いつも何かしでかしそうでハラハラしてました。そして、とうとうやらかしてしまいましたわね。


 ティレアさん、事もあろうに魔族を庇ったりして……。


 わかってますの? あなたはもう重犯罪者の仲間入りですのよ。


 本来であれば、魔族討伐は然るべきところに届け出て対処しなければならない。ですが、そうしたらこのおバカだけど、優しい彼女まで失う事になってしまう。


 この醜い世の中で数少ない美しい場所、わざわざ失うような事は致しませんわ。あの魔族が何ゆえティレアさんに目をつけたか知りません。知りたくもありません。ただ、魔族如きがこの美しい場所を汚す事は断じて許しませんわ!


「プラトリーヌ様、準備は整いました」

「そう、それではわたくしが合図したら突入しますわよ」

「「はっ」」


 黒衣の精鋭数十人が料理屋「ベルム」を取り囲む。一騎当千のつわもの、当家が抱える暗殺部隊だ。文字通りロゼッタ家に敵対する勢力に対し、秘密裏に工作、罠、暗殺を行うことを専門にする。この部隊を指揮できるものは当主である父ストンと跡取りであるプラトリーヌのみである。まさにロゼッタ家の闇の部分だ。


 今回の件、おバカな友人のせいで正式に届けられない。ならば裏の手を使うしかない。


 吸血鬼、ティレアさんは騙せてもわたくしは騙せません。ここで、一気にかたをつけますわ。

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