第三十五話 「私の恐れとドリュアス君の怒り」
俺が騒いでしまったせいでエディムを必要以上に刺激してしまった。中二病者の集団であんな発言をしたら大騒ぎになるのは当然である。なのに俺も迂闊だった。
しばらく騒いだら頭が冷静になり、そして周囲を見てみれば……。
な、なんと!
中二病者共がエディムを正座させたあげく、拷問用の石をそのひざに載せていたのだ。いわゆる石抱ってやつだ。江戸時代に行われた拷問の一つである。
お前ら、ぶっとびすぎだろ! オルに至っては「もう一段、いっとくか」とさらに石を載せようとしている始末である。
おいおいおい、エディムが大人しく従っていたからいいものの。下手したら逆上したエディムによって血の海になってたよ。
まったく、こいつらときたら考えなしというか馬鹿というか……。
俺が雑談時にちょっと話した小話だぞ。実践するなよ。本当に目が離せない。
とりあえず皆を落ち着かせ、場所を移す。
今はドリュアス君がいる参謀室で休憩している。
「どうぞ」
「ありがと」
ドリュアス君が淹れた紅茶を飲む。疲れた精神はお茶でリラックスさせるのだ。ずずっと一口飲むと、そのまろやかな風味が口全体に行き渡る。
「うまい! ドリュアス君、やるわね」
「恐縮です」
うーん、さすがイケメン、やることにそつがない。テキパキと俺を部屋に案内し、絶妙なタイミングでお茶を淹れてくれたのだ。そして何より俺があんな醜態を演じたにもかかわらず、何も聞かず微笑みを浮かべている。
うん、嫉妬するほどに絵になるな。とにかくだ。さっきの自分の言動については説明をしておかないと。俺がアホな子と思われてしまう。
「あ、あのねドリュアス君……」
「なんでしょう?」
「み、みっともないところみせちゃったね」
「ティレア様は、いついかなるときも美しく気高い存在でございます」
「ドリュアス君、それは買いかぶりというものよ。私はね、すごく最低なことを考えているんだ」
「ティレア様、お悩みがあればこのドリュアスめに話して頂けませんか?」
「そ、それは……」
「私めでは信用できませぬか?」
「いや、そんなことはない」
「でしたらどうかこのドリュアスをお使いください」
ドリュアス君の真摯な目を見るとつい口が緩んでしまう。もうこの悩みは、一人では抱えきれなくなってしまった。
「それじゃあ話すけど、エディムってさ、吸血鬼じゃない?」
「はい、正確にいうと魔族によって吸血鬼化された半魔族です」
さすがはドリュアス君、魔族の話でもたんたんとしている。そこには吸血鬼に対する恐れが微塵もない。まぁ、エルフだし、その辺は耐性があるのだろう。
「そう魔族よ。吸血して人を操る存在。しかも、エディムには鉄壁の信頼で繋がっている眷属軍団がいる」
「ふふ、ティレア様率いる邪神軍団とは比べるまでもありませんが」
そうだね。そこまで信頼してくれる仲間がいるのは嬉しいよ。でもね、信頼はともかく戦力が違うでしょ。やはりドリュアス君も中二病だ。エディムは、一個師団、いや下手したら小国の軍事力に匹敵する戦力を有しているんだよ。そんなエディムを歯牙にもかけていないのである。
だめだ。ドリュアス君もティム達と一緒だ。婉曲に言ってもきっとこの恐れは伝わらない。幸い、ドリュアス君は紳士な態度で聞いてくれる。ここは恥を忍んで、ずばり直球で相談しよう。
怒られてもいい。軽蔑されてもいい。自分でいくら考えても、もやもやするだけで解決できないのだから。
意を決した俺はエディムへの疑念をドリュアス君に話した。
エディムの主であるアルキューネを俺が倒したこと。
その恨みをエディムが抱えているのではないか、そして、敵をとろうと虎視眈々と狙っているのではないかと。
ドリュアス君は俺の話を驚きも軽蔑もせず、静かに聴いてくれた。
「私って最低でしょ。エディムを信用しているって言っておきながら、腹の中では疑念がうずまいてたのよ」
「ティレア様のお悩みは、上に立つ者として必然的に生み出されるもの。なんら恥じ入ることはありません。むしろ、そのような疑念を抱かせるエディムの行動に非があります」
「え!? それはいくらなんでも……エディムは何も悪くないよ」
「いいえ。このドリュアス、怒りが湧いております。ティレア様を思い悩ませるエディムは早速処刑しましょう!」
「いやいやいや、処刑って……」
ドリュアス君は理知的だが、ティムみたいに激情する面もあるのだ。さすが魔王軍ごっこの中だけとはいえ、ティムを親と言っているだけある。
「では、処刑の手続きをしてまいります」
「ちょ、ま……そ、それに処刑って誰がそんな真似を……まさか! ミューにでも頼むつもりなの?」
「そうですね、ミュッヘンで十分かと」
ドリュアス君が部屋の外へ出ていこうとする。その様子に一切の躊躇もない。
ほ、本気でミューにそんな話をする気か?
エディムが魔族とはいえ、ミューも歴戦の剣士である。遅れをとることはないはずだ。二人が戦えば、地下帝国にて血で血を争う戦いが始まってしまう。
「あー待った、待った! そんな寝た子を起こすような真似はやめてよね!」
「ティレア様がお悩みになる必要はありません。どうかこのドリュアスにご許可を頂きたい」
「ドリュアス君、本当にやめて。私が疑っているのは勘違いかもしれないんだから。せっかく信頼されているのにぶち壊しになっちゃうよ」
「わかりました。それでは即処刑はとりやめます。ですが、後のことはこのドリュアスにお任せ下さい」
「何をやるの?」
「エディムに忠節のなんたるかを叩き込んできます」
「な、なんかその言い方、すごく不安なんだけど……」
「全てこのドリュアスにお任せください」
ドリュアス君は興奮冷めやらぬ感じでそのまま部屋をあとにした。
う~ん、我が軍師は本当に大丈夫か?
いつもは安心のドリュアス君だが、今回は不安だ。
だって、走っていくときのドリュアス君の顔。ティムや変態みたいだったもの。
■ ◇ ■ ◇
ドリュアスは走る。走る。ひたすら走る!
あぁ、お労しや、ティレア様! わが主はなぜ、こうも私の心を虜にするのか!
頭脳をフル稼働させながら軍団員がいる会議室へと向かう。
事の起こりは先ほどの軍議だ。久方ぶりにティレア様がご出席されるということで、皆の士気が違った。私自身も参謀として冷静であるべきとしながらも、昂揚していたことを否めない。
そして軍議後……。
ティレア様はエディムを糾弾なされた。確かに軍議でのエディムは消極的である。自分の意見を言わず、受身的なのだ。だが、それは自分の分を弁えた行動だと推測する。
ティレア様もそれはおわかりであり、いつもは静観されておられるのに。
今日のティレア様はどうされたのか?
そういえば会議の間、ずっと何かをお悩みになられてたようだ。
ふむ、こういう時こそ軍師の役目だ。
私はティレア様を自室に案内する。
そして、用意していた秘蔵のお茶を出す。時価数千万ゴールドほどの価値しかない安茶であるが、しかたがない。オルティッシオの拙い金策と、私自身が激務に追われて、この程度のものしか用意できなかった。
茶葉のハンデは淹れ方でカバーするしかない。ティレア様のお好みは熟知している。今日この日、この温度、湿度においてベストな淹れ方ができたと思う。
結果、ティレア様は満足そうにお茶をお飲みになった。
よかった……。
及第点は取れたのである。それから、ティレア様はぽつぽつとお悩みをお話になった。最初はいい渋っておられたが、私が無理を通したのだ。臣下として主の言葉を促すなど、不敬と理解しつつも抑えられなかった。どうしてもティレア様をお助けしたかったのである。
ティレア様のお悩みはやはりエディムのことであった。それも、エディムが謀反を企んでいるのではないかという疑念である。
あぁ、なんということだ!
あのような脆弱な塵の謀反をご心配されているとは!
やはりティレア様の前世が大きく影響しているのであろう。ティレア様はかつて「にほん」で「にぃと」に所属され日々戦ってこられた。その際、かつての配下達にことごとく裏切られたとお聞きしたことがある。ティレア様と共に戦うをよしとせず、「かいしゃ」に隷属する弱き者達だ。だから、今世でもティレア様はことのほか裏切りに過敏になっておられるにちがいない。
許せん! エディムが謀反を起こす可能性はゼロに等しい。それは冷静な軍師の頭で理解している。だが、そこは問題ではないのだ。ティレア様を不安にさせるエディムの態度が許しがたいのである。
なぜ、もっと忠勤に励みティレア様をご安心させないのだ!
このようなグズは即刻処刑したい。だが、ティレア様はそれをよしとしない度量の大きい人物である。
ならばちょうどいい。反骨の相があるオルティッシオを含めて再教育してやる。エディムだけでなく、オルティッシオもそのうちティレア様のお悩みの種になるのは明白だからだ。
会議室に戻ると、カミーラ様をはじめ幹部達のエディムへの追及が続いていた。オルティッシオにいたっては自分の事を棚に上げ、容赦なく罵声を浴びせている。
「みな、聞いてくれ!」
「ドリュアス、何事だ? もしやお姉様に何か……」
「いえ、ティレア様は関係ありません。邪神軍参謀として一言、物申したいことがあります」
私の発言に一旦エディムへの追及を止め、こちらを向く一同。
「急であるが、この中にティレア様の配下にふさわしくない人物がいると私は考えています」
「「なっ!?」」
静かになっていた部屋がふたたび騒ぎ出す。
「うぬぅ、ドリュアスそれはまことか? もしやお姉様が何か……」
「いえ、カミーラ様、これはあくまで軍師としての見解です。先ほども申し上げたようにティレア様は関係ありません」
「そうか。ドリュアス貴様が言うのなら本当だろう。で、お姉様の配下に相応しくないたわけは誰なのだ?」
そう言って、カミーラ様が殺気をこめて周囲を睨む。カミーラ様の覇王のようなオーラ―が室内をまたたくまに覆い尽くした。
緊張が走る。
固唾を呑んで見守る軍団員達。
先ほどとはうってかわった静けさだ。皆が私の提議に注目している。
名指しをするのは軍師たる私の責務だ。ティレア様ではない。泥をかぶるのは私でいいのだ。
「率直に申し上げます。エディムとオルティッシオです」
「「はっ!?」」
「「なぜ、こいつと私が一緒に?」」
ふん、息があうじゃないか! 同時に不平を言う不忠者達。
「参謀殿、納得がいきません。エディムならともかく私はティレア様、股肱の臣を自負しています!」
オルティッシオが立ち上がり、大声で反論する。予想通りの行動だ。己がどれだけ不祥事をおこしてきたかまったく理解していない。
「何が股肱の臣だ。貴様達二人は人間如きに不覚をとったことを忘れたか!」
「そ、それは……」
しどろもどろになる二人。
少しは自覚したのだろう。何せたかが人間如きに苦戦したのだ。邪神軍の戦記に汚点を残したようなもの。恥を知れ!
「貴様らお荷物二人が今まで邪神軍におれたのも全てティレア様の温情があってこそだ。その御恩を感じていないとは言わせんぞ!」
「も、もちろんです。オルティッシオ様はともかく私は常にティレア様の温情に感謝しておりまする」
今度は、エディムが身を乗り出して反論する。
「あ、貴様、何を言いやがる! 私、私こそがティレア様を思っております。そういえばエディムはティレア様を蔑ろにしている節があります」
「あ、あんたこそ、何をほざいているのよ。根も葉もないデタラメを!」
ぎゃあぎゃあと罵り合う二人。
見苦しい。早急に教育しないといけない。
「お前達、何を騒いでおる! カミーラ様の御前だぞ」
「「も、申し上げございません!」」
やはり息が合うじゃないか。不忠者の二人は、同時に頭を地面に擦り付け土下座をする。
「ふん、確かにこやつらはお姉様にふさわしくない配下だ。それでドリュアス、この二人のけじめはどうするのだ?」
カミーラ様が二人をチラリと侮蔑した目で見る。その目を見て理解する。カミーラ様は、即処刑するように言っておられるのだ。
「はっ、早急に処刑したいところですが、ティレア様はことのほかご家来に温情を与える御方です。こいつらにはチャンスを与えようと思います」
「チャンスだと?」
「はい、一週間以内にティレア様のご信頼を取り戻すような目を見張る功績を立てること。それがこいつらを許す条件です」
「あ、あの……た、たった一週間で目を見張るような功績をですか?」
土下座の姿勢から頭を上げたエディムが、訴えるように聞いてくる。その表情は困惑で満ちていた。もちろんこんな不忠者に同情など一切せん。「そうだ」ときっぱり言い放った。
「あ、あのできなければ……」
「言うまでもなかろう」
顔面蒼白のエディムに短刀を渡す。
後は自分で考えろ!
そう、こいつらがティレア様の不安の種になるのが問題なのだ。ティレア様のお悩みを解消するぐらいの功績をたててみろ。本来であればそのチャンスを与えるまでもなく処刑したほうが簡単である。だが、ティレア様の寛大な心がそれをお許しにならない。
ティレア様の温情につけ込み、信頼を高めようとしない愚か者共に最後のチャンスを与えてやる。再度、ティレア様の信頼を損なうような真似をすれば、私自ら引導を渡してやるつもりだ。