第三十三話 「エディムの身辺調査を始めるよ」
某月某日……。
エディムの身辺調査を開始する。いやね、あの時はお嬢の剣幕についつい本気で心配した。だけど、一晩寝て冷静になったら、なんだかねぇ~って感じ。
人間のふりして敵を狙っているなんて冗談きついよ。どこのB級映画だっての!
……まぁ、俺は信頼しているよ。
ただ、姉としてティムの安全は完璧にしておかないといけない。だから、調査だけはしようと思っている。保険ってやつだね。もちろん、調査は一人でやる。ドリュアス君に相談しようと思ったけど、よく考えれば、友達の粗探しなんて誰もしたくないだろうしね。
あと、お嬢もなんだかんだで俺やエディムのことを胸にしまってくれるらしい。この件、実は十を超える法令に違反しているらしく、王都に注進されると一級の犯罪者になるという話だ。それって三族縛り首みたいだから恐ろしい。絶対にばれる訳にはいかないね。
どうやらお嬢は、エディムというより俺を心配して黙ってくれているようだ。ただ、お嬢はお嬢で考えがあるようで何かしら独自に動くんだって。
お嬢は「ティレアさん、くれぐれも余計な真似はせず、普段どおりふるまってくださいまし」と釘を刺してきた。
ところがどっこい。俺は俺で、お嬢が何か企てる前にエディムの潔白を証明しようと思う。
7:00 エディムが地下帝国に到着する。
エディムが店の扉を開け、中に入ってきた。俺と眼が合うと、笑みを浮かべて挨拶をしてくる。元気のいいさわやかな笑顔だ。とても裏があるとは思えない。監視していて心苦しいが、無難に挨拶を返す。
7:30 エディムが吸血部隊の集会を行う。
エディムが眷属達を集めて、何やら集会みたいなものを始めた。政府に見つからないためにも定期的な情報交換、話し合いは必要だ。これもなんら怪しい行為ではない。まぁ、強いて一つ気になるといえば、ジェジェに鉄拳を入れたぐらいか?
だが、奴は思わずツッコミを入れたいぐらいのいい性格をしている。エディムが殴るのも仕方がない。
8:30 エディムがトレーニングを行う。
エディムが重力室Dに入る。たしか重力二十倍(笑)の部屋だったっけ? エディムは黙々と腕立て、腹筋と一通りのトレーニングをこなしている。
はて? 吸血鬼に筋トレは必要なのか?
ツッコミどころ満載で甚だ疑問が残る。だが、人間らしい生活をしたいと思っているエディムにとってみれば、普通の行動なのかもしれない。今、邪神軍ではトレーニングブームが勃発している。仲間外れが嫌なのだろう。
そういえば、エディムにも専用の鉄アレイがあるんだった。確かティムがエディム用の鉄アレイを作ったのだ。
吸血鬼用の鉄アレイ……重量二百キロとかなっているのかな。危ないからそれには絶対に触らないようにしよう。
9:00 エディムが筋トレを終える。
鉄アレイを置き、呼吸を整えるエディム。お疲れ様だね。俺も見ているだけで疲れちゃった。ふぅ~と息を吐き、少し緊張を解く。
あ、いけない。
緊張が緩みそうになったのを自覚する。また失敗するところだった。そう、さきほどエディムの筋トレを観察中、うっかり監視がバレそうになったのだ。とっさに言い訳をしてごまかしたが、危なかった。そうだよ。吸血鬼の鋭敏さを舐めてはいけない。気を引き締めてことにあたろう。
エディムの観察を再開する。
ん!? エディムがまだ出てこないぞ。
エディムは筋トレが終わっても重力室から出ず、気合を入れ始めたのだ。気を高めているらしい。なにやら大技を出すみたいだ。吸血鬼の必殺技、純粋に見てみたい。少し期待しながら様子をみる。
瞬間……エディムから血の刃が飛び出した。四方八方に飛び散る血しぶき。
な、なんて技よぉおお――っ! 自爆技!?
――ってやばい。見惚れている場合じゃない。エディムが失血死しちゃうよ。監視を一時中断し、エディムに駆け寄る。
「エディム、だ、大丈夫? あぁ、あぁ。ど、ど、どうしよう? 血が血が、救急車じゃなくてティムに回復魔法を――」
「ティレア様、落ち着いてください。ご心配無用です」
エディムはそう言って、むくりと立ち上がる。どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。さっきの血飛沫現象は技の失敗ではなく、エディムの必殺技らしい。悪鬼討伐でも使用したが、力の調節がうまくできず失敗したんだと。だから二度と不覚をとらないように練習しているんだってさ。
はは、すぱすぱ切れそうな必殺技だ。エディムは「まだまだです」と言っていたが、あれをくらったら王国の正規軍一個師団丸ごと壊滅するんじゃないかな?
とりあえず、エディムにはむやみに人にぶつけないように注意しておいた。特に、ティムが近くにいたら使わないように念を押す。エディムも「もちろんです。そんなご無礼はしません」と言ってくれたし、大丈夫だろう。
10:00 エディムが邪神軍会議に出席する。
今日の議題は戦争だ。マナフィント連邦国への出兵がどうのと言っている。まだ、このテーマを引きずっていたんだね。
皆、あーだ、こーだ言っているが、会議の主導権を握っているのはドリュアス君だ。皆の意見を調整し、しきりに兵站や部隊の云々を語っている。内容も高度的で本格的だ。エディムの監視が主だから、集中して話を聞けていない。とはいえ、それを差し引いたとしてもさっぱりわからない内容だ。難しすぎる。もうドリュアス君の話だけで軍事経典が開けそうだよ。
ドリュアス君の名演説に対し、オルが不平をぶつくさ言っている。平常通りだ。そろそろティムがオルを頭ごなしに叱りつけて、会議は終了するだろう。
案の定、オルがティムにどやされ、会議は終了した。オルがまた涙目になっている。後でフォローしてやるか。周囲から蔑まれているオルの心のケアをしておかないと、欝になっちゃうからね。
とにかく今は会議でのエディムの態度を考察する。
エディムは会議の間、借りてきた猫のようにおとなしかった。意見を言わず、ときたま質問されたことに答えるぐらいである。
うーん、これはどう判断するべきだ?
本性を隠すためにおとなしくしているのか。それとも、たんにまだ仲間に溶け込めなくて輪に入れていないだけなのか。
後者だったら俺も協力してやれる。だけど、前者だった場合……。
「……様」
ん!? 誰か俺を呼んでいる?
「お姉様!」
「な、なに?」
いかん。考え事をしていてティムの声に気づかなかった。
「軍議は終了しましたが、何かお姉様からもご意見ありますか?」
「会議が始まる前に言ったでしょ。私はいないものと思って進めなさいって」
「は、はい」
いや、待てよ。いい機会だ。一応、皆がいるところで聞いておくか。俺がいない間のエディムの会議での様子が知りたい。今はミューもいるし、エディムも変な真似はしないだろう。
……変な真似と言ったけど、もしも、もしもの話だけどね。
「ティム一ついい?」
「はい、なんなりと」
「ただの好奇心だから気にしなくてもいいんだけど……」
「なんでしょう?」
「エディムって毎回、会議ではこんな感じなの?」
「ひぃええぇ! わ、わたしがな、何か粗相でも……?」
む!? エディム、すごい動揺しているぞ。まさか、何か秘密をもっている? まぁ、なんであれ落ち着かせないと話ができないか。
「いや、本当、気にしなくていいから。ちょっとね、エディムが会議ではおとなしいから。なんでかなと思って」
「も、申し訳ございませんっ! 私如きが意見など烏滸がましすぎると……」
「いやいや、責めているわけじゃないの。そんな大げさな事じゃなくて。せっかく会議に参加しているのよ。ただ黙っているだけじゃ面白くないんじゃない?」
エディムが見る見る縮こまっている。
あぁ、これはどういう事? 秘密がバレたから? いやいや、そんな感じじゃない。俺はただたんに質問をしただけだ。
「エディム、ティレア様はお前の消極さを非難しておられるのだ!」
「も、申し訳ございません」
邪神軍の皆がエディムを糾弾していく。皆が皆、エディムをヤンヤヤンヤと罵っていくのだ。
おいおいおい、お前ら……吸血鬼相手に強気だな。あなた達なんてエディムにかかれば一捻りなんだよ。それをまるでただの小娘のように扱っちゃって。かくいう俺も今まで気にはしていなかったけどさ。
「エディム、我に恥をかかせおって。この屑眷属がぁ!」
ティムが膝まづいて土下座をしているエディムの顔を足蹴にする。
うぉおお! ティム、そんな暴力をしてエディムが切れたらどうするの!
今までティムはエディムに対し、上から目線な態度を取ってきた。これって、よく考えれば時限爆弾の時計をつついていたようなものじゃないのか?
エディムが内心では腸が煮えくり返っていたとしたら?
人間の輪に入るため、コミュニティのためにひたすらティムの態度を我慢していたとしたら?
それともまだ調査中であるが、人間側のスパイでいるために耐え難きを耐えていたとしたら?
今まで容認してきたティムのその態度に急に不安になってきた。
「ティム、やめなさい!」
俺はティムの暴挙を止めるべく、駆け寄った。