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閑話 「オルティッシオ奮闘記」★

 朝日が昇り、鶏が鳴き始める頃に目覚める。オルティッシオの朝は早い。


 5:00 起床


 起き上がり顔を洗うと、まずはトレーニングだ。重力室Cで日課の筋トレを行う。重力室Cは重力三十倍。この地下帝国で三番目に負荷がかかっている部屋である。本来であれば、一番負荷がかかる部屋でみっちりトレーニングをしたかった。だが、「お前にこの百倍の重力室は無理だ」とカミーラ様から叩き出されてしまった。


 しょうがない。いずれ強くなって再び挑戦しよう。


 重力室Cに入る。ずしんと体全体に負荷がかかった。ぎしぎしと骨や筋がきしむ。この状況下で筋肉にさらなる負荷を与える。腕立て伏せ、腹筋、スクワットと黙々とこなす。吹き出る汗が滝のようだ。


 筋トレが終われば、魔力増幅のためにひたすら魔力調節の修行だ。魔力を大幅に増減させてひたすら魔法の放出、収縮を繰り返す。高負荷の中での魔力調節は、骨が折れる作業だ。だが、弱音ははかない。私は栄えある邪神軍の幹部なのだから。


 小一時間後、トレーニングは終了する。


 流れた汗により水溜りができていた。一時間程度のトレーニングだが、その内容は実に濃いのだ。日に日に腕が上がっていくのが実感できる。魔王軍時代には考えられなかった。これも画期的なトレーニング方法を編み出したティレア様、カミーラ様のおかげである。


「オルティッシオ師団長、タオルでございます」

「うむ」


 部下からタオルを受け取り、その汗をぬぐう。時間があれば、このまま湯浴みをするのだが、今日はスケジュールが立て込んでいるため、できない。着替えを済ますと、部下に重力室の掃除を命じ、部屋を出る。トレーニングの後は食事だ。


 6:30 朝食


 食堂に到着すると、部下が食事を用意している。

 

 その献立は……。


 牛乳、小魚、チーズにエビ、色とりどりの食材を使った「かるしうむ」メニューだ。私如きの身体向上の為、もったいなくもティレア様がお考えになった料理である。


 くぅ、私はなんと果報者なのだ!


 他の軍団員にはない。私だけの特別メニューである。早速頂こう。

 まずは牛乳である。トレーニング直後だけあって喉はからからだ。一気に牛乳を飲む。樽に入れてあった牛乳がどんどん減っていく。


 そして、小魚百匹、チーズ五Kgを食べる。くちゃくちゃと咀嚼音が部屋に響く。最後に炭酸の抜けた「こ~ら」を飲み、仕上げだ。甘ったるく飲みにくい。だが、これもティレア様のアイデアだ。なんでも格闘家なら欠かさず飲んでいるらしい。牛乳の後の「こ~ら」だ。さすがに腹がたぷたぷする。だが、これも強くなるためだ。一気に飲み干す。


 8:00 捕虜尋問


 邪神軍で捕虜とした者達は、地下帝国の奥深くの牢屋に繋がれている。邪神軍に楯突いた不敬な輩共だ。だから、捕虜部屋はティレア様やカミーラ様の居室から一番遠い場所に配置している。捕虜部屋に近づくと、鞭の振るう音が聞こえてきた。未だ邪神軍に降伏しない愚か者共を、部下達が交代で尋問しているのだ。


「これはオルティッシオ師団長」


 私の接近に気づき、声をかけてきた。第二師団の部隊長ギルである。私が最も信頼する部下だ。


「そろそろ音を上げたか?」

「いえ、なかなか強情な奴でして……」


 部隊長ギルが尋問している男の名は、チャカ。魔王軍六魔将キラーの幹部であった男である。キラー自身はカミーラ様に成敗され、その部下達もニールゼン総司令率いる部隊によって駆逐された。その殲滅戦で大多数が死んだが、有力な者はこうして捕虜にされている。


 キラー隊の幹部、そして一年に渡る拷問に耐え続けた男である。第二師団の戦力補強のため、是が非でも欲しい。この地下帝国に移ったときから眼をつけていた人材なのだ。


「チャカよ。そろそろ一年だ。意地を張るのもいい加減にしろ!」

「はぁ、はぁ、はぁ……ぺっ!」


 唾を吐き、憎悪の篭った眼で睨むチャカ。ふん、上等だ。それぐらいの気概があればこそ、我が第二師団にふさわしいというものだ。


「チャカ、聞け。これからは邪神軍の時代、いつまでもカビの生えた魔王軍に忠誠を誓うなど愚かな事よ」

「はぁ、はぁ、裏切り者には死を! キラー様の無念は、魔王ゾルグ様が果たしてくださるわ!」

「ふん、魔王など恐れるに足らず。我らには邪神ティレア様が控えておられる」

「はっ! あんな小娘如きに何が――」

「この無礼者がぁああ――っ!」

「ぐはっ!」


 ティレア様の悪口を言われ、思わず手が出てしまった。


 まずい。殺してしまっては今までの苦労が水の泡だ。この数ヶ月、あらゆる方法でチャカを取り込もうとしてきた。だが、奴はなびくどころか、態度を硬化するばかりである。


 どうする?


 降伏しないのであれば、コイツは邪神軍に恨みを持つ敵だ。そろそろ始末するべきか判断に迷っていると、部下である密偵から報告を受ける。そっと耳打ちをされ、思わずにんまりとしてしまう。


「チャカ、残念だったな」

「はぁ、はぁ、はぁ、何が……?」

「ふっ、キラーの一粒種を見つけたぞ」

「なっ!?」


 カミーラ様の討伐に失敗したのだ。キラー隊の残党達は、魔王軍に戻るに戻れぬと思っていた。だから、部下の密偵を放って調査させていたのだ。なにぶん第四師団と違って、我が第二師団は諜報部隊では無い。あまり期待はしていなかったのだが……。


 これは僥倖。やっと見つけたぞ。貴様の泣き所を!


「チャカ、このまま抵抗を続けるのならキラー隊は根こそぎ殺す」

「ぐぬぬ」

「チャカ、このまま跡取りごと全滅すれば、キラー隊は歴史の影に埋もれるだろう。隊長であるキラーは、無謀な馬鹿者だったと後世に残るだけだな」

「お、おのれ!」

「最終通告だ。降伏しろ。ティレア様に忠誠を誓うのだ。邪神軍のもとで働けば、キラーの血脈も残る」

「……」

「そうか。それではキラー隊は全滅だな。キラーの無念も全てが塵と消え――」

「ま、待て! わ、わかった……下る」

「本当か?」

「あぁ。だが、約束しろ。若様の命は助けると」

「もちろんだ」


 ふっ、やったぞ。この数ヶ月、奴にアプローチし続けたかいがあった。これで第二師団の戦力も大幅に補強されるだろう。それに敵を寝返らせたのだ、ティレア様からの覚えも高くなる。


 10:00 食材の点検


 食材の確認に向かう。地下帝国の食料貯蔵庫。ここは、第二師団で外征に出た折に集めた様々な食材が貯蔵されてある。腐らせず、新鮮なまま保存するためにあらゆる工夫が為されているのだ。特に、ティレア様が考案された「れいぞうこ」なるモノは素晴らしい。氷魔法を放出することで、食材を凍らせて保存しているのである。


「変わりはないか?」

「はっ。問題ありません」

「うむ、腐らせぬなよ。新鮮な食材はティレア様たっての希望だ」

「お任せ下さい。奴隷をフルに活動させ、『れいぞうこ』の気温は摂氏二度及び-十度を保っております」


 部下からの報告を聞き、安堵する。ティレア様は殊のほか料理にご執心なのだ。特に、珍しい食材を手に入れた時のお喜びようはひとしおである。そんな食材を手に入れても腐らせてたら意味がない。


「奴隷は使い捨てても構わん。二十四時間万全の体制で望んでおけ」

「御意」


 奴隷達の氷魔法は貧弱である。だが、数が揃えば、食材を凍らせ続けるくらいはできる。戦闘では役に立たない屑共だが、意外な有効活用があったな。


 11:30 邪神軍軍議


 定例の会議に向かう。カツカツと足音が通路に響く。


「オルティッシオ師団長、報告書を纏めました」

「ご苦労。今日の議題はチルジィ方面の遠征結果に四半期の予算報告だったな」

「はっ。現状考えうるだけの成果は出せたと思います」

「だが、目標未達であるよな?」

「御意。無念でありますが……」

「クソ参謀め! 無茶苦茶なノルマを与えおって!」

「なんとかお慈悲を賜れないものでしょうか……?」

「無駄だ。奴の事だ。ねちっこく嫌味を言いながら私を弾劾するだろう」

「心中、お察しいたします」


 部下からの憐憫な眼差し。これから雨あられの如く罵声を受けると知っておるのだ。この時間はいつも憂鬱である。自然、会議室へと向かう足取りは重くなる。だが、時間は待ってくれない。


 意を決して、会議室に入る。突き刺さる視線、カミーラ様、ニールゼン総司令から受ける冷ややかな眼差しが辛すぎるぞ。


「遅刻だ、オルティッシオ」

「遅れて申し訳ございません」


 クソ参謀がこれ見よがしに私を非難する。おのれ、誰のおかげで遅刻したと思っておる。貴様の無茶な指令のせいで報告書をまとめるのに時間がかかったのだ。


 言いたい事は山ほどある。だが、周囲に味方がいない状況で言い訳しても火に油を注ぐだけである。私は屈辱に耐えながら、遠征結果、資金徴収の未達を報告した。


「……で、チルジィ方面への遠征については概ね目標を達成しました。有力な豪族は壊滅、後は戦後処理がいくつか残っているぐらいです。ただ、予算についてですが、お渡ししてある資料に目を通して頂けたらわかるのですが、現状それがぎりぎりでして……ですが我が第二師団は――」

「もう良い!」

「は、はっ」

「オルティッシオ、指令をこなせなかった貴様に懲罰を申し付ける」


 カミーラ様の容赦ない声が突き刺さる。


「あ、あの、ですが……恐れながら今回の件、無茶苦茶な指令を出した参謀に問題があると思います!」

「オルティッシオ、言い訳するでない。指令内容はもともと決まっていた。今更文句を言うのは筋違いというものだ」

「同感ですな。それに資金調達の不手際だけでない。ティレア様の居城に相応しくない低級の調度品を集めておいてそのままだ。オルティッシオの忠誠を疑う」


 カミーラ様をはじめ幹部達から轟々たる非難が集中する。特に、あのクソ参謀は悪鬼討伐の件を根に持ってか、執拗に私を弾劾する方向に会議を持っていくのだ。

 

 くそ、なんと風あたりが強い! それにわかっておらぬ!


 皆は、すぐに魔都ベンズの頃と比較する。だが、今の世はあの頃と違う。出回っている品という品が、質も量もてんで悪くなっているのである。


 私にどないしろと言うのだ!


 いっそ叫びたい気持ちになったが、ぐっと堪える。


「オルティッシオ、貴様のような無能者、本来であれば処刑するところだ。だが……残念な事に今は人材が足らぬ。処刑は免じるが、罰として更に十パーセント上乗せした資金調達を命じる」

「は、はっ」


 更に上乗せされた目標。ただでさえきついノルマだというのに……。


 暴利を貪る高利貸しよりも酷いぞ。


「それと、オルティッシオ、貴様達第二師団の居室を現在の位置よりツーブロック北へ移動を命じる」

「えっ!? 何故でしょうか……?」


 ツーブロックも移動となれば、本陣、つまりティレア様の寝室からさらに遠くなる。それはそれだけ主君から信頼されていない証となるだろう。


「もともと貴様の隊はティレア様に近すぎた。信用できない者をティレア様のお傍に置くわけにはいかぬ」

「そ、そんな……私は誰よりもティレア様を思っておりまする!」

「ふん、何が誰よりもだ。我以上に思うておるとでも言うのか! 不敬者がぁ!」


 まただ。私が発言する度に窮地に陥ってしまう。クソ参謀の意見にカミーラ様、ニールゼン総司令、その他幹部達が聞き入ってしまうのだ。

 

 誰か、誰か、味方はいないのか?


 ふと、エディムと目があう。


 おぉ、そういえば悪鬼討伐では共に任務をこなした仲だ。半魔族だが、贅沢は言うまい。エディムに援護射撃をしてもらうべく目で合図をしてみる。だが、エディムはぷいと横を向く。


 お、おのれ、たかが半魔族のくせに……。


 そして、会議の終盤、もうグロッキー状態であったが、更なる衝撃が襲った。


「最後に人員の移動を報告する。チャカ、入れ」

「はっ、元キラー隊幹部のチャカと申します。この度第四師団所属となりました」

「はぁあ?」


 厳正な会議の場で思わず声をあげる。


 な、なぜだ? こいつは私が長年こつこつとアプローチしてきた逸材。こいつの泣き所であるキラーの跡取りの情報収集したのも私の隊なのだ。


 納得できぬ! こればかりは断じて納得できぬ!


「参謀殿! そいつは我が第二師団が前々から目をつけていた人材です。失礼ながら横からかっさらう真似はいかがかと」

「オルティッシオ、貴様に人事権があると思うてか? 適材適所、それを決めるのは参謀(わたし)の役目だ」

「で、ですが……」

「くどい。貴様は私の命にひたすら従っておればよい」

「うぅ。わ、わかりまし……た」


 おのれぇえ、ちくしょう! ちくしょう! 涙で前が見えぬわ!


 うぅうぅ……。


 会議が終わり、目的もなくひたすら走る。理不尽な目に合う事は予想していたが、今日の会議は特に酷かった。もう心がはちきれそうである。


「あ、オル、何走っているの? 時間だよ」

「テ、ティレア様!」


 そうだ。あまりの出来事に頭が真っ白になっていた。今日は、ティレア様との語らいの時間、そう「かうんせりんぐ」の日であった。


 今までの悩みなどなかったように意気揚々とティレア様の後に付き従う。


 途中、クソ参謀が話しかけてきたが、これからティレア様と「かうんせりんぐ」するといったら唖然としていた。


 ざまぁ見ろ!


 いつもスカした面をしているのに一気に羨ましそうな顔に変わりおった。


 13:00 かうんせりんぐ


「かうんせりんぐ」とは端的に言うと、主が配下の悩みを聞き、その解決策や助言をして頂く制度である。ティレア様は部下の慰労として、私だけにこの制度を活用してくださったのだ。まことに勿体無い事である。


「オル、緊張しないで。まずは座って、リラックスして話をするわよ」

「ははっ。ありがたき幸せであります」


 ティレア様はそう言って私に椅子に座るようにご命令をされると、勿体無くもお茶までご用意してくださった。


「それじゃあ今日は簡単なアンケートをするから。気軽に直感で答えてね」

「はっ」

「まずはいくつか質問するから。その質問に『よくあてはまる』『あてはまる』『どちらともいえない』『あてはまらない』で答えるように」

「承知しました」


 ティレア様が紙を取り出し、ペンを構える。ふむ、何やら試験でも成されるのか。これは気合を入れて取り組まねばならない。


「質問1:あなたは夜中に突然、目が覚めてしまうことがある」

「よくあてはまりまする!」

「……そ、そう」


 最初のティレア様からの問い。当然「よくあてはまる」だ。考えるまでもない。武人たるもの熟睡するなど愚の骨頂。深夜、襲ってくる賊に対応するべく常に臨戦態勢であらねばならない。


「質問2:あなたは死について繰返し考えている。又は死のうと思った事がある」

「よくあてはまりまする!」

「……そ、そう」


 ティレア様からの問い、これを否といえる者があろうか! 常に命懸けでティレア様にお仕えしておる。ティレア様の覇道の為に死ぬのなら本望だ!


 それからティレア様は、死や睡眠、集中力の減退等、様々な質問をなされた。私は武人としてティレア様股肱の臣として相応しい発言ができたと思う。


「……オル、よくわかったわ。カウンセリングは週に三回にするから」

「ははっ、ありがたき幸せ、天にも上る気持ちでございまする!」


 な、なんと。この素晴らしい時間が増えるとは! やはり、さきほどのアンケートで私の忠誠あふれる発言がティレア様のお心を動かしたのだ。

 だが、ティレア様が「今は気分爽快みたいね。そううつの傾向もあるかも」とおっしゃっていたが……。


 「そううつ」とはどういう意味なのだろうか? まぁ「かうんせりんぐ」の回数が増えるのだ。褒め言葉なのであろう。


「あとね。オルあなた……かなりストレス、不満があるでしょ」

「そ、そんな私は不満など……」

「オル、強がりはいいから。ここで話した内容は誰にも言わない。私を信用して話してみて」


 ティレア様の全てを見通すような目。あぁ、なんということだ。この慈愛に満ちた目に逆らえない。配下としてあるまじき行為だと理解はしている。だが、抑えられなかった。私は会議での事、今までの鬱憤をついついティレア様に吐露してしまったのである。


「そうドリュアス君がね……」

「ひっく。ひ、うぅ、そ、そうなんですよ。私が、私がやった手柄を横取り、したんで……あ、あの若造が……それだけじゃないんですよ。皆が私を、うぅ……」

「よしよし、皆には私が言っておくから。そんなに思いつめないこと」


挿絵(By みてみん)

今回、挿絵第八弾を入れてみました。イメージどおりで素晴らしかったです。イラストレーターの山田様に感謝です。

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