第三十二話 「エディムの秘密がばれちゃった(後編)」
「さぁ、答えなさい!」
お嬢が激しくエディムを詰問する。その横顔は、いつになく険しい。ヘタレも緊張した面持ちで対峙している。
まずい。俺の不用意な発言で、エディムを窮地に立たせてしまった。
「ち、ちょっと二人ともエディムに失礼なんじゃない?」
「ティレアちゃん、こっちにくるんだ。そいつは危険だ」
「ビ、ビセフさん、何を言っているの? 危険なわけないじゃない。エディムは、魔法学園期待のホープなだけ。ただの善良な女の子だよ」
「ティレアちゃん、こいつの魔力はでたらめだ。ただの少女であるはずがない」
「えぇ、ビセフさんの言うとおりですわ。ティレアさん、子供だましな嘘はおやめなさい。仮に学園の首席であろうと、こんな魔力はありえません」
「ふ、二人とも、な、なに言ってるのかな?」
口笛を吹いてシラをきるが、二人の目つきは鋭いままだ。
ヤバい、ヤバい。ごまかすのは無理そうだ。
どうする? 本当の事を話すか?
だけど、よくよく考えたらオルのレミリアさんへの暴行事件や、警備隊を眷属化させたことなど、全てを話すわけにはいかない。
特に、お嬢は魔族撲滅忠信会のメンバーだ。ヘタレはともかく、お嬢にばれたらまずい状況になる。
「ティレア様、情報秘匿しようとなされているのですね?」
「う、うん」
俺が頭を抱えていると、エディムが近寄ってきて小声で話しかけてきた。
「ティレア様、進言致します。これ以上ごまかすのは無理と思われます。こいつらは殺すか、眷族化させるのがよろしいかと」
エディムが物騒な助言をしてくる。
ふむ、エディムにしてみれば吸血鬼だから「悪」と決めつけられたのだ。怒るのも当然である。今までエディムは、そんな偏見で警備隊から執拗に追いかけられ、殺されかけたのだ。周囲からの迫害に自暴自棄になって破滅願望を持つのは、十分に理解できる。
でもね、だからといって「どうせ私は魔族なの!」って魔族みたいな言動をさせるわけにはいかない。エディムは人間なんだから。
「エディム、あなたの気持ちはわかる。だけど、その破滅願望はやめなさい」
「えっ!? 別に破滅願望なんて持ってませんが……」
「そんなに強がらなくていいから。後は私に任せて」
「わ、わかりました。全てはティレア様の思し召しのままに」
「うんうん、オルの件とか全てを話すわけにはいかない。だから、二人にはある程度、真実と嘘を折交ぜながら話すよ。エディムは、私の話に合わせてくれればいいから」
「承知しました」
エディムに小声で話すと、二人に向き直る。
もう知らぬ存ぜぬを突き通すのは無理な話だ。お嬢達には、ある程度真実を話そう。ただ、緊張するなぁ。何せエディムの進退がかかっているのだ。是が非でも頑張らなければならない。
「お嬢、ビセフさん、わかった。正直に言うね。確かにエディムは人間じゃない。魔族、吸血鬼よ」
「「なっ!? 」」
俺の衝撃的発言を受け、お嬢とヘタレがエディムに飛びかかろうとしてくる。
まずい! とっさにエディムを庇うように前に進み出た。
「ま、待った、待った! 話を聞いて!」
「ティレアさん、そこをお退きなさい。あなたが何故魔族を庇い立てしているのか知りません。ですが、ちゃんとわかってますの? 国家に仇なす行為は、一族郎党縛り首ですわよ」
うっ、一族郎党縛り首!?
ティムを巻き込みたくない。大事な妹だ。だが、エディムだって大事な友人である。見捨てられないよ。こうなれば情に訴えるしかない。
「お嬢、ビセフさん、私達友達だよね? そんな問答無用で捕らえるなんてしないよね? それとも私の愛する家族まで巻き込むような非道な事をするの?」
「ティレアちゃん、俺は何があろうと君の味方だよ。プラトリーヌ、とりあえずティレアちゃんの話を聞いてあげよう」
「ビセフさん、甘いですわ。魔族関連に妥協するのは命取りです」
「お嬢……」
お嬢、本当に話すらさせてもらえず捕縛する気か……?
料理関連でよく論争する事はあっても、それはお互いに料理を真剣に考えているからこそだ。お互いに口喧嘩しても、友情を育んできたと思ったのに……。
俺は悲しい思いでお嬢を見つめる。
「くっ、まぁ、いいですわ。話ぐらいは聞いてあげます」
「お嬢!」
「べ、別にあなたに同情したわけじゃないですわ。この前、あなたが作った新メニューに一言、物申したい事があるのに。牢屋に入れてしまったら、それもできませんしね」
顔を真っ赤にしながら強がりを言うお嬢。なんだかんだでお嬢は俺を心配しているみたいだ。
まったく、ツンデレめ! それなら最初から素直にそう言えばいいのに。
とにかく話は聞いてくれるみたいだ。後は弁舌を駆使すれば良い。
俺は、身振り手振りを駆使しながら、エディムに起きた出来事を切実に訴えた。
エディムがやむをえず吸血鬼になったこと。
エディムの身体は吸血鬼になったが、心は人間であること。
エディムは被害者であり、しかも俺や王都の皆を救う為に頑張ったこと。
二人とも俺の熱弁を静かに聴いてくれた。納得してくれたかな?
「……で、そういう致し方がない哀れな状況だったの。わかるでしょ」
「えぇ、とりあえずあなたがその子をかばう理由はわかりましたわ」
「それじゃあ!」
「ですが、はいそうですとはいきませんわ」
「む! なんでさ?」
「あなたが吸血鬼騒動で嘘の情報を与え、レミリア様をはじめ魔族撲滅忠信会のメンバーを騙し混乱させた事、それはこの際置いときましょう」
「はぐっ! そ、それは……いかんともしがたい理由があって……」
「言い訳はけっこうですわ。理由は予想がつきます。どうせあなたの事だから、その子かわいさばかりに目がいって、事の重大性を理解してなかったのでしょ」
「ま、まぁ」
くそ、お嬢め! 痛いところをつきやがって……。
レミリアさん達を騙す形になったのは、本当に心苦しかったんだよ。でも、杓子定規な彼女達がエディムを許してくれるとは到底思えなかったんだ。
「エディムと言いましたね。事情はわかりました。ですが、あなた本当に人間の味方ですの?」
「そうだね、状況はわかった。同情すべきだけど、その子が魔族の手先の可能性は十分に考えられる」
「あ、あのね、説明したでしょ。エディムは危険じゃない。人間の心を取り戻しているんだから」
「ティレアさん、あなたを騙すなんて赤子の手を捻るより簡単ですわ」
「そういう純真なところも魅力だけどね」
おいおい、二人とも舐めてくれますね。俺はそんなに馬鹿じゃないぞ。小さい時は神童って言われた事もあるんだ。
まぁ、ほんの一時期だけみたいだったけど……。
あとヘタレ、その発言俺をフォローしているようでしていないからな。
「二人とも疑い深いのも大概にしなさい。エディムは心優しき人間よ。現にエディムは私の窮地を救う為に悪鬼を倒してきたのよ」
俺の熱弁もこの二人には届かないのか……。
このままでは、またエディムが心傷付き、人間不信に陥ってしまう。
そうだ! 俺の意見だけじゃなく、エディムにも自身が危険じゃない事を訴えてもらおう。
「エディムは心優しき人間、そうよね?」
「は、はい。ティレアさ……んの仰るとおり、私は人間の味方です。だから、市民の敵である悪鬼を討ち取ってきたんです」
「ほら、見なさい」
「うそ臭いですわ」
「あぁ、もろ言わされている感じがする」
「なっ!? 誰に言わされているって言うのよ!」
「その子の主ですわ。彼女を吸血鬼にしたてた魔族がいるはずです」
「そうだね、その主が命じて人間をスパイする為にもぐりこんでいる恐れがある」
「ふっふ、残念でした。エディムの主はもう死んでますぅ。たしかアルなんとか……エディムなんだっけ?」
「アルキューネです。ティレアさ……ん」
「そうそう。そのアルキューネは、王都襲撃の際に死んじゃっているから命令なんてできないよ」
「それが本当だとして。エディムさん、あなた主を殺されたにもかかわらず人間の味方をするんですの?」
「だから、エディムは人間の心を取り戻して――」
「あなたは少し黙ってなさい! ねぇ、どうなんですの?」
「……アルキューネを主と思ってもいません。私が殺したかったぐらいです」
「ほらね」
「いや、新たに主がいるのかもしれませんわ。あるいはこの子が嘘を言っているかも。それにそのアルキューネとやらは所詮人間にやられた三流魔族。彼女の力量から察するに、主はとほうもない魔族の可能性があります」
「あのね、疑ってたらきりがないよ」
「本当にあなたの背後に魔族の主はいないんでしょうね?」
「……いません」
「誓える?」
「誓えます」
「でしたら人間への忠誠の証として、王家の紋章に跪き口付けしてもらいますわ」
お嬢は懐に入れていた布切れを地面に落とす。その布切れは王家から賜ったものだろう。煌びやかでかつ紋章が輝いている。
エディムは、お嬢の言にあからさまに不機嫌な態度を示す。
「ううっ……」
「あら、できないんですの?」
「くっ、で、できます」
お嬢の挑発を受けて、エディムが王家の紋章に口付けしようとしている。エディム、かなり辛そうだ。
あぁ、そうか! エディムは治安部隊に執拗に殺されかけた経験がある。王家に不信感があるのも当然だ。
「エディム、やらなくていいよ」
「は、はい」
俺がそう言うとエディムは嬉しそうに答える。やっぱり相当嫌だったらしい。そうだね、理不尽に殺されかけたのに。忠誠を誓わせるなんて酷すぎだね。
「ティレアさん、邪魔するのはおやめなさい。これは大事な事ですのよ」
「エディムは警備隊に追い回されて、王家に不信感を抱いているの。やりたくないのは当然だよ」
「ますます怪しいですわ」
お嬢め、強情すぎるぞ! どこまでも食い下がる。
ここはヘタレを攻めるか……。
「だいたい嫌がる女の子に無理強いをさせるなんて酷すぎですよね?」
「ああ。そ、そうだね、うん」
「ビセフさん、あなた何いい加減な事を言ってますの!」
「はは……」
「ビセフさんにはわかってもらえたよ。良かったね、エディム」
「ティレアさ……んのご尽力のおかげです。ありがとうございます」
「うんうん、この調子でお嬢にもエディムの良さをわかってもらおう」
「あ、あのそうしたいのはやまやまなのですが、夜明けまでに悪鬼討伐が完了した事をお伝えしないと……」
そうだった。ドリュアス君が白装束で待っていたんだ。他の軍団員も心配しているだろう。うん、早くエディムが無事だって安心させてやらないとね。
「うん、そうだね。それじゃあ早く伝えておいで」
「はい」
エディムは悪鬼の生首を持つと、そのまま風のように去ってゆく。
「あ、待ちなさい! 話はまだ終わってませんわ」
「いいから行かせてあげて。エディムの帰りを待っている友達がいるんだよ」
お嬢がエディムを追おうとするので阻止する。お嬢も俺をはねのけてまで追う気は無いのか、そのままエディムを見送った。
そして、お嬢はやれやれといった様子で俺を見つめてくる。
「ふぅ、ティレアさん、この場にいたのが私達だから無事で済んでいますのよ。本来であれば、あなたは警備隊に逮捕されて牢屋行きですわ」
「お嬢こそ、何度言ったらわかるんだ。エディムは望んで魔族になったわけじゃない。それなのに、なぜそこまで疑ったりするのよ!」
俺とお嬢で火花バチバチさせて言い合いをする。両者どちらも譲らない。
「まぁ、まぁ、二人とも落ちつこう」
「ビセフさん、元冒険者としてこれがどれほど危険な行為かわかっているでしょ。いくら元人間の魔族と言っても簡単に信用して放置するなど言語道断ですわ」
「た、確かにそうだね」
お嬢の剣幕にヘタレがヘタる。負けてたまるか!
「ビセフさんは私の味方ですよね? 女の子にそんなむごいことしないですよね? 魔族だからって有無を言わさず処刑とか。そんなことしたら私、ビセフさんを一生軽蔑しますよ」
「うっ!? も、もちろんさ。男ビセフ、そんな小さな器じゃないよ」
「あ、あなたどっちの味方ですの! どう考えてもティレアさんの意見は、危険で問題ですわ」
「そ、それは……」
「「ビセフさん!」」
「あはは。そ、そういえば緊急な用事を思い出しちゃった。この件はまた今度話そう。そ、それじゃあ」
そう言うや、ヘタレはそそくさと立ち去っていった。
あのヘタレ野郎、逃げやがった……。
まぁ、いい。どちらにしろ奴を頼りにするようではおしまいだ。俺がお嬢をなんとしても説得してみせる。
「お嬢、お願いだからエディムを信じてやって」
「ティレアさん、あの子を大丈夫だと判断した理由はありますの?」
「それは今回の悪鬼騒動も助けてくれたし、何よりエディムはティムの友達だ」
「ティムってあなたの妹さんでしたよね? あなたは妹の言うことをまるっきり信用しているんですの?」
「当たり前でしょ。妹を信頼しないで誰を信頼するって言うのよ!」
「誰も妹さんがあなたを騙していると言っているわけじゃありません。例えば、妹さんも彼女にだまされているかもしれませんのよ」
「そ、そんな……エディムはいい子よ。目を見ればわかるもの。エディムは私やティムを殊更に大事に思っている」
「本当に、本当に言い切れまして? 違っていたらあなたの大事な妹さんに危害をもたらすかもしれませんのよ」
「ううっ、エ、エディムはそんなことしない……」
「保証できまして? あなたはお姉さんですのよ。かわいそうばかりが先行して現実を直視しないせいで、妹さんにもしもの事があったらどうするんですの!」
うっ、お嬢め、なんか知らんが今のはぐさりと心に突き刺さったぞ。
た、確かに俺は楽観ししすぎたかもしれない。眷属と主に関してはジェジェとか見ていると、とても深い関係にあるように見える。
エディムの主であったアルキューネ……。
そうだよ。奴を倒した俺が恨まれていないとなぜ言い切れるのだ。ひょっとして虎視眈々と俺を狙っていたのでは……?
すぐに実行しなかったのは只の人間である俺がなんでアルキューネを倒せたか理由がわからなかったから。クカノミがあれば誰でも倒せるなんて誰が想像できる。
あっ、やばい! 俺ってエディムにクカノミを食べるなとか色々吹き込んでいたんだった。はっきりとそれが吸血鬼の弱点とは言わなかったけど、うすうす感づいているかもしれない。真相さえわかってしまえば、牙を剥くのも時間の問題かも。
エディムが俺とティムを密かに狙っている!?
ひぃー。こ、これはわが軍師に至急相談せねばならない。