第三十一話 「エディムの秘密がばれちゃった(前編)」
ドリュアス君に助言され、安心していたんだけど……。
うぅ、やっぱりだめだ。
いくら成功するとわかってても、エディムが命懸けで戦っている時にノホホンと寝てられないよ。
ベットから起きる。
エディムが心配で眠れない。信じて待つことが、これほど大変だとは思わなかった。何かしていたい。信心深いわけではないが、エディムの無事を祈って、願掛けでもしてようか。
部屋の中を行ったり来たり……そわそわそんな事を考えていると、
ん!? 何か周囲が騒がしい。
ガヤガヤと喧騒が聞こえるのだ。
何事かと寝室から出てみる。すると、邪神軍の皆がばたばと動き回っているではないか。しかも「焼け野原にしてやる!」とか「一斉砲撃じゃ!」とか物騒な話をしているのだ。これは只事ではない。軍団員は普段から騒がしい奴らだが、今はそれ以上に何か鬼気迫るものを感じる。
こいつら、こんな夜中に何をやってんの?
真相を確かめるべく責任者……邪神軍の軍師ドリュアス君のもとへと向かう。
「ドリュアス君、一体何が――はぅ!?」
参謀室に入ろうとして目に飛び込んできたものは……。
な、な、なんと!
ドリュアス君、白装束に着替えて切腹の準備をしているんだよ。左手で小刀を持ち、それを腹に当て、今にもかっさばかんとしている。
な、なんでそんな事を?
はっ!? そして、思い立った。
ドリュアス君も俺と同じ気持ちなんだね。エディムを悪鬼討伐に行かせたので、不安に思っているのだ。おそらくエディムが死んだら、責任を取って死ぬつもりだろう。友達を死地に追い込んで止めなかったから。
ドリュアス君、あなたって人は……。
参謀室に入り、ドリュアス君の肩をぽんと叩く。
「こ、これはティレア様!」
俺が現れたのを見て、ドリュアス君は目を見開いて驚く。
「何をやってんの――じゃないわね。ちゃんとわかってるよ」
「お、お見苦しいところをお見せしました」
「ううん、あなたの覚悟を見せてもらった。悪鬼討伐が失敗してエディムが死んだら、あなたも死ぬつもりなんでしょ」
「はっ。軍師たるもの自己の発言には、全責任を負わねばなりません」
「……止めても無駄よね?」
「恐れながらお許しを……失態を演じ、無様に生き恥を晒したくはありません」
ドリュアス君が悲愴な覚悟を見せつける。友達を見殺しにしてまで生きたくはないというドリュアス君の熱い友情を、ひしひしと感じた。
ドリュアス君が責任を感じる必要はないのに。
俺なんて殺人の指示までしたんだよ。責任で言ったら俺のほうがずっと重い。エディムが死んだら俺が死ぬべきだ。
そう全責任は俺にある。俺が死ぬ――い、いや、やっぱり無理。死ぬのも怖いけど、ティムを残して死ぬのが何より恐ろしい。
あぁ、エディムが命懸けで悪鬼を退治しているというのに。俺は命を賭けていなかった。なんて自分勝手な奴なんだ……。
くそ、こうなれば俺も現場に行く。戦闘では邪魔になるかもしれない。だけど、何か手助けできるかもしれない。
「ドリュアス君、くれぐれも早まった真似はしたらダメよ」
「し、しかし……」
「いいから、自分で言ったでしょ。エディムなら必ず成功する。信じなさい」
ドリュアス君に思いを伝え、そのまま部屋を飛び出す。
目指すは悪鬼邸……。
もしかしたらエディムが悪鬼と相打ち、あるいは負けて倒れているかもしれない。そんな時に俺が近くにいれば、抱えて逃げ出すこともできるのだ。その可能性に今更ながら気づいたよ。自分でやれることは、可能な限りやるべきだ。決意を込めてひた走る。
おっとと。その前に一応、止めておいたけど……。
最悪、俺とエディムが戻ってこれない可能性もある。その場合、ドリュアス君が後追い自殺するかもしれない。
そんな真似はさせるか!
責任は止めなかったドリュアス君より指図した俺のほうが重いのだ。
誰かいないか?
地下帝国を探す。周囲はバタバタと忙しそうだ。そういえばドリュアス君の切腹姿に驚いて、この喧騒について聞くのを忘れていたよ。
うーん、誰か……。
あ、変態を発見!
変態は、小走りで向かいの廊下を移動している。何やら急いでいるみたいだね。
「ニール、ちょっといいかな?」
変態に声をかける。変態は方向転換して、俺の前へと現れた。
「ティレア様、大変でございます! ドリュアスが参謀特権を使用し、魔弾一斉射撃を発動させました」
「バズーカーコール?」
聞きなれない単語に首をひねる。
「ティレア様は軍議にご出席されず、作戦はご存知なかったと思います」
「うん、初耳だね。いったいそのバズーカーコールってなんなのよ?」
「はっ。魔弾一斉射撃は、軍団員総出による魔弾での一斉射撃の符牒です。発動すれば、王都は焼け野原になるでしょう」
ふむ、あいかわらずの中二言語。お前ら、本当に焼け野原とか殲滅とか好きだな。聞く人が聞いたら牢屋にぶち込まれる発言である。だが、これで軍団員達がやたらハイテンションだったのは理解できた。
「つまり、この喧騒はその作戦のせい?」
「御意」
「さらに指示を出したのはドリュアス君?」
「御意。何故こんな禁じ手を使ったのか。ドリュアスを問いただす所存でした」
なるほど。だいたいわかっちゃった。今回も中二言語が躍動したが、翻訳可能である。変態は中二病で大げさに言っているにすぎない。要約すると、バズーカーコールとは、エディムの仇討ちを表している。エディムが死んだ場合、悪鬼のもとへ皆で敵討ちに乗り込むって言ってるのだ。
ドリュアス君の気持ちはすごくわかる。俺もその時は、敵討ちに乗り込みたい。だけど、それは悪手だ。皆を巻き込むなんてダメだよ。
いや、待て!
俺は、本当に皆の気持ちを理解しているのか? 友達のエディムが殺されたら、誰もが悲しみを癒そうと行動するに決まっている。それに、エディムが悪鬼討伐に失敗した場合、俺が悪鬼の手篭めにされてしまう。それを皆が防ごうとしてくれているのだ。
吸血鬼ですら敵わない巨大な相手に立ち向かう。そんな無謀な作戦に付き合ってくれるなんて……。
なんだかんだ言ってエディムはもちろん俺やティムが、いかに邪神軍の皆から愛されているかがわかる。
「それでティレア様、いかが致しましょうか? このままでは王都は焼け野原でございます。邪神軍の野望も一歩後退するでしょう」
「ニール、もちろん中止よ。こんな馬鹿な真似はさせられない」
「御意。すぐに中止命令を出します」
「あ、それと詳しい事情は省くけど、簡単に言うね。ドリュアス君が夜明けまでに自害するかもしれない」
「な、なんですと!? やはり魔弾一斉射撃と何か関係が……?」
「うん、大有り。ニール、私からの命令は二つ」
「はっ」
「さっきも言ったけど、一つはバズーカーコールの中止よ。そんな馬鹿げた作戦は許可しない」
「承知しました」
「二つ目は、ドリュアス君を見張ってて。もし、最悪の事態となってドリュアス君が死のうとしたら絶対に止めるのよ」
「はっ。ドリュアスを決して死なせませぬ」
「頼んだよ」
後事を変態に託し、悪鬼邸へと向かう。夜中で人目につかないのが、救いだ。俺は素人である。戦闘でも諜報でも足を引っ張ることは確かだ。だから、悪鬼邸に向かうにしても、どこまで近くで待機していればいいかわからない。
あまり近くだと、悪鬼の部下に見つかる。逆に遠くだと、エディムの変事に気づかない。
うーん、どうしようか……?
悩みながら悪鬼邸への順路を彷徨っていると、人影を発見した。
「だ、誰!?」
思わず声を上げてしまう。
や、やば! 声を出すなど悪鬼の手の者だったら迂闊すぎる失態だ。すぐさま、捕らえられてしまう。
「その声はティレアちゃん?」
「え!? もしかしてビセフさんですか?」
「そうだよ。こんな夜中に何をしているの?」
「い、いや、ちょっと用事が……」
まさかのヘタレとの遭遇。お前こそ、こんな夜中に何をやっているんだ? ヘタレの癖に不良に絡まれても知らないぞ。
「ふぅ、誰かと思えばあなたですの」
「げげっ、お嬢までいるの? あなた達こそ何をしているのよ」
ヘタレだけでなく、お嬢とまで遭遇するとは……。
金髪ぐるぐる髪がトレードマークのお嬢――。
名をロゼッタ・プラトリーヌ、金髪ロールのお嬢様であり、大貴族ロゼッタ・ストルを父に持つ大富豪の娘である。美食冒険者として活躍していて俺も一目置いている人物だ。お嬢とはちょくちょく料理の話で論争している。俺とお嬢は、いわゆるライバル関係だね。
「ティレアさん、こんな夜中に感心しませんわね。ここは物騒だから帰りなさい」
「いや、帰れと言われても困る。私にも用事があるんだって」
「ティレアちゃん、その用事って何だい? この近くには危険な奴がいてね、本当に危ないんだよ」
「悪鬼でしょ。知っています」
「ならどうして近づいたりするの! 噂は本当だよ。あいつは女と見れば見境なく襲う危険人物だ」
「うん、その悪鬼がねぇ……」
「ま、まさか、悪鬼に呼び出されたの? そんな素直に従ったら相手の思う壺だ。怖いのはわかるけど、言いなりになってはだめだよ。俺が守ってやるから」
ヘタレが真剣な顔つきで俺の肩を掴み、揺さぶってくる。うん、気持ちは嬉しいが、悪鬼と対峙してもまた気絶するのがオチなんじゃないか……?
「ビセフさんの言う通りですわ。悪鬼なら問題ありません。私達でなんとかします。ティレアさんは一応、田舎に避難しておきなさい」
「もしかしてお嬢達、悪鬼討伐をしようとしている?」
「本当は秘密だけど、ティレアちゃんは魔族撲滅忠信会のメンバーみたいだし、説明しておくね。魔族撲滅忠信会は今、レミリア様の奪還部隊と悪鬼討伐部隊に分かれて行動している」
「え!? そんな事しているの? 聞いていないよ」
「ティレアさんはただの諜報員です。しかも一般人だから内緒にしてましたの」
「そう、ティレアちゃんを巻き込みたくなかったからね。でも、悪鬼に呼び出されたのなら少なからず当事者だ。作戦を知っておいて欲しい。俺達は悪鬼の暗殺ないし、邸内に潜入して情報収集を目的に動いているんだ」
なるほど。レミリアさんが捕まったからおしまいだと思ったけど……魔族撲滅忠信会もなかなかやるね。これなら俺の出番はないかな。下手に素人がしゃしゃり出るよりプロに任せたほうが良い。ヘタレは不安だが、お嬢は美食冒険者として名高い実績を持っている。ぜひ、エディムのサポートをして欲しい。
「ビセフさん達の目的は分かりました。うん、実は私、悪鬼に狙われています」
「やっぱり! 俺が守ってやるよ」
「ありがとうございます。ですが、この件に関しては私の友達が動いてますから」
「それは危ないから止めさせなさい」
「それが……実はもう事態は深刻で現在、その友達が悪鬼邸に殴り込みしてます」
「え!? なんて無茶を!」
「いや、だから私も心配になって見に来たという次第で……」
「あ~もうあなたって人は……どこまでお馬鹿ですの! 素人のあなたが来ても何もできませんわ」
「うん、だからお嬢達にその子のサポートをお願いしたいんだけど……」
「もう……作戦が台無しですわ。その友達はどういう人なんですの?」
「あ~魔法学園の生徒で……」
「はぁ? あなた学生を悪鬼にぶつけたんですの! 確実に死にますわよ」
「い、いや、学生といってもただの学生じゃないよ。すごく強いんだから」
「強いといっても所詮学生レベルです。悪鬼の足元にも及びませんわ」
「い、いや、本当に……」
「ティレアちゃん、もういいよ。その子が本当に強いなら、身を守る術を知っている。下手に強敵と対峙しないはずさ。俺達で何とか合流して救ってみせるから」
ヘタレが男前なセリフを言い放つ。お嬢も文句は言うものの、俺の友達を心配している様子だ。救出するためのプランを練り始めた。まったく素直じゃないんだから、このツンデレが!
「それじゃあ俺は、右から攻めよう」
「わたくしは悪鬼に召し出された女に扮して中に入りますわ」
うんうん、冒険者が本気になれば怖いものはない。ヘタレはともかくお嬢がきっとどうにかしてくれる。
しばらく二人が作戦タイムに興じていると……。
「ん!? だれか来ますわ」
お嬢が気配を察知したらしい。作戦タイムを中断し、後方に注意するように呼びかける。
振り向くと確かに走り寄ってくる影があった。
「も、もしかして悪鬼の手の者?」
「ティレアちゃん、早くこっちに隠れるんだ!」
俺はヘタレに誘導されて近くの茂みに隠れる。うぅ、こんなところまで斥候を放っているとは悪鬼の警戒の高さが窺える。
茂みに隠れること数分……目が暗闇に慣れてきたみたい。走り抜ける人が視認できた。
「誰だろう――ってエディム!?」
「これはティレア様」
おいおい、グッドタイミングじゃないか! 彼女の安否を心配していたら向こうから現れてくれたよ。俺はエディムにかけより、そっと抱きしめた。
「無事で良かった。エディム、苦労をかけたね」
「ティレア様、そのお言葉を頂くだけで私は……私は……」
おぉ、なんかエディムが感涙している。よっぽど酷い目にあったのね。まるで誰からもフォローされず孤軍奮闘したみたいな感じだ。
おいおい、エディムのこの態度……オルはちゃんとサポートしたのか?
あれ!? そういえばオルがいない。別行動かな?
「その子がティレアさんの友達ですの?」
俺とエディムの様子に悪鬼の手の者でないと分かったのだろう、お嬢達が茂みから姿を現した。
「うん、そうよ。彼女が私の為に悪鬼邸に乗り込んでくれたの」
「そっか、無事で何より。でも、引き返して良かったよ。本当はもうダメなんじゃないかと思ってたんだ」
「ティレア様、この者たちは?」
「彼らは――ってエディム、今、気づいたけどその手に持っているのは何かな?」
「はっ。お確かめください」
そう言って、エディムがぱらりと布で覆っていたものを開ける。
ひょええええ!
それは、な、なんと!
かくも恐ろしい悪鬼の生首であった……。
その生首は、ぎょろりと睨み、断末魔をあげているようだ。まさに悪党の末路に相応しい形相である。
「た、確かに悪鬼の首ですわ。あの鬼畜の顔は忘れません」
「し、信じられぬ。伝説の悪鬼を学生が討ち取ってくるなんて……」
ヘタレとお嬢が愕然としている。俺もちょっとびびっているよ。自分で言っておいてなんだけど、エディムってやっぱりすごいんだね。
「あ、あなた本当に悪鬼を討伐してきたんですの!」
「そ、そうだね。俺もにわかに信じがたい。だれか他の人が討ち取って倒れた悪鬼の首を取ってきたとかじゃないだろうね?」
「な、何を言っているんですか! 私の友達はそんな泥棒みたいな真似はしません。ビセフさん、それが命懸けで頑張ってくれた者に対する態度ですか!」
「でも、実際彼女の魔力は微々だよ。魔法学園の生徒というのも怪しいぐらいだ」
「そうですわ。ティレアさんのお友達を悪く言いたくはありません。ですが、功名心にかられて嘘をついているようにしか思えません」
く――っ、なんて腹立つ物言いだ。俺の友達を馬鹿にするな! エディムは俺の為に命をかけて頑張ってくれたんだぞ!
エディムの行為は、賞賛すべきであり非難される覚えは無い。
「エディム、あなたの気が微弱と言われているよ。まったく讒言もいいとこよね」
「はぁ、魔力は普段抑えてますゆえ」
「そう。それならエディム、あなたの名誉がかかっているわ。ほら、気を解放するのよ。目にものを見せてやりなさい」
「あ、あの私には何が何やら……」
「いいから、いいから。全力であなたの力を、この石頭達に見せつけてやりなさい」
「よろしいのですか?」
「いいに決まっている」
「わ、わかりました。それでは魔力を解放します……はぁあああああ」
おぉ、俺にはよく分からんが、エディムの戦闘力が上がったみたいだ。大地が少し震えていないか? 魔力のオーラーが周囲に圧力を与える。
たしか前に聞いた時、エディムは魔力万を超えていると言っていた。この調子だと一万五千ぐらい行ったかな?
「どう? これでもエディムを嘘つき呼ばわりする気?」
「な、なんて魔力ですの……」
お嬢が驚愕している。やはり吸血鬼の力は伊達じゃないらしい。これでエディムの力を信じてもらえるだろう。
「あなた達、悪鬼討伐はエディムがやったってわかってくれた? 手柄の横取りとか本当に心外だよ」
「……」
「ん!? どったの?」
おい、何とか言えよ! 「わたくしが悪かった」とか「エディムさん、素敵!」とか「エディムちゃんに稽古をつけてもらおう」とか色々あるでしょうが!
「き、危険ねぇ」
「あぁ、これほどの力、レミリア様級でないと誰も止められない」
さっきからこの二人何を言ってんの? 「止める」だの「危険」だの、脅威は去ったんだよ。悪鬼を倒し平和が訪れた。もっと明るく行こうよ。
「君達、さっきから暗いぞ! ほら帰ろう。そうだ、二人ともお店に寄ってきなよ。心配かけたお詫びにご飯をおごるから」
「ふぅ、あなたのその能天気さは美徳なのかしらね」
「何言っているんだ。ティレアちゃんはあれだからいいんじゃないか!」
む! ひょっとして俺を馬鹿にしている? カチンときたよ。
「二人とも失礼なんじゃない。とにかく戦いは終わったんだよ。さぁ、帰ろう!」
「待ちなさい。まだ終わってませんわ」
「あぁ、確かめたいことがある」
「もうね。いい加減に――」
「エディムといいましたね。あなた本当に人間ですの?」
え!? も、もしかしてやり過ぎちゃった?
せっかく吸血鬼騒動はうやむやになっていたのに……。
あぁ、俺の間抜け!
あばばばば、ど、どうしよう?
悪鬼騒動ですっかり油断していたよ。エディムは指名手配の身だったのだ。