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第三十話 「エディムと悪鬼の最後」★

  血相を変えて戻ってきたバカティッシオからの報告を聞き、血の気がひいた。なんでもドリュアス様はティレア様に「密命は成功間違いなし」と太鼓判を押したらしい。確かに普段の実力を発揮できたら問題なかったのだ。バカティッシオがここまで足を引っ張るとは、ドリュアス様も私も想定外であった。


 とにかくこのまま任務を果たせなかったら、ドリュアス様の軍師としての面目は丸つぶれである。


 そうなれば、私やバカティッシオがどんな目に遭わされるか……。


 バカティッシオはともかく私は何も落ち度はない。


 念話発動!


『ダルフ、至急全眷属に通達しろ。各自で行っている任務は、一時中断だ。悪鬼捜索を最優先とする』

『ははっ。すぐに主だった者に命令します』

『頼んだぞ。全力を挙げて捜索するのだ!』

『御意』


 ダルフに指示を出し、念話を終える。


 バカティッシオが交渉に失敗したせいで、ベルナンデス様率いる諜報部隊の協力を得られなかった。バカティッシオは使えないし、もう私の力だけでなんとかするしかないのだ。王都中に散らばる眷属を通したネットワークと、ジェジェに命じた水路調査に期待しよう。


 後は……。


「エディム! エディム!」

「……なんでしょうか?」


 作戦に抜けがないか集中している時に、バカティッシオがうるさく話かけてきた。あぁ、もう頼むから手伝えとは言わないが、せめて邪魔をしないで欲しい。


「エディム、さっきから何を悠長にしているのだ! 参謀殿の話は、聞かせただろ。このままでは、我々は明日の朝日を拝めなくなる。さっさと動かんか!」


 バカティッシオが、苛立ちを隠そうとせず怒鳴ってくる。ドリュアス様にプレッシャーをかけられ、焦っているのだろう。


 頼むから冷静になれ。こっちまで巻き込むな。


「オルティッシオ様、落ち着いてください。現在、眷属達に王都中を捜索させてます。いずれ悪鬼の尻尾を掴んでみせます。決して何もしていない訳ではありませんので、ご安心を」

「エディム、いずれとはいつだ! 夜明け前であろうな。夜明け後であれば、ただでは済まさんぞ!」

「はい。夜明け前までに必ず見つけるつもりで、全力を尽くしております」

「本当か? お前は一度、失敗しているからな。必ず悪鬼が見つかるという証拠を見せてみろ。ほら、早くしろ! 出せ!」

「し、証拠と言われましても……」


 証拠などどうやって出せというのだ。本当にこいつは、馬鹿すぎる。


「何をしどろもどろになっておる。やはりお前は信用できん。こうなればここら辺一帯を吹き飛ばし、悪鬼を燻り出してくれん」


 バカティッシオは右手に魔力を集め、魔弾を生成する。直径五十センチほどの魔力が凝縮された魔弾だ。バカティッシオの言う通り、四方が簡単に吹き飛ぶ威力だろう。バカティッシオは右手を振り上げ、今にもそれを振り下ろそうとしている。


 あぁくそ! どうしてこいつは……余計な失点をつくるだけだ。


「おやめください! 悪鬼は地下水路を使っている可能性が高いです。この辺、一帯を爆撃したところで奴は探せません。それにそんな攻撃をしたら、周辺住民が騒ぎ出して余計に捜索の邪魔になるだけですよ」

「なぜ、そう言い切れる! このまま地下水路の捜索をチマチマして、間に合うのか? 貴様、このまま任務に失敗したら、どう責任を取るのだ!」


 だ、だめだ、こいつ……。


 言っていることが無茶苦茶だ。このままバカティッシオの言いなりだったら、ますます捜索が難航する。


 どうする?


 どうやったらこいつを説得できる。バカティッシオのあまりに不甲斐ない態度に落胆していると、


「ここにいたか、オルティッシオ」


 ミュッヘン様とムラム様が現れた。第一師団と第三師団の長がそろい踏みで、一体、何をしに来られたのだろう?


 バカティッシオも不思議に思ったらしい。魔弾を放つのを止め、ミュッヘン様達を不審げに見ている。


「お前達、何しに来た? 私は今忙しい。これから大事な任務があるのだ」

「俺達も任務だ」


 そう言って、ミュッヘン様とムラム様はぴったりとバカティッシオの横に張り付いた。まるで監視をしているようである。


「おい、何の真似だ? 私は大事な任務があると言っただろうが。お前達に付き合っている暇はない」

「オルティッシオ、夜明けをもってお前を拘束するように指示を受けている。神妙にするんだな」

「はぁ? どうして……そうか、あのクソ参謀の命令だな! お前達、あんな新参者の言いなりでどうする。生意気な若造に命令されて、腹が立たないのか!」

「オルティッシオ、ドリュアス殿は総参謀だ。あっし達の上司だぞ。そして、それを決めたのはティレア様だ。お前はティレア様の決定に反旗を翻すのか?」

「い、いや、違う。そうじゃなくて……」


 ティレア様の名を出されて、バカティッシオはひどく狼狽えた。ティレア様に謀反者と疑われるのがよっぽど怖いらしい。まぁ、今度容疑がかかれば、二度目だからね。バカティッシオは容赦なく断罪されるだろう。


「とにかく、あっしらはこのまま朝までお前に張り付く。逃げようとするな」

「く、くそ、あの野郎! 私には大事な任務が……」

「別に俺達がいても構わないだろうが」

「いや、うっとおしい事この上ない。いいから邪魔をするな」

「あのな。俺達は俺達でお前を拘束する任務があるのだ。お前こそ、俺達の邪魔をするんじゃない」

「お、おのれぇ! お前ら、私がどれだけ大変な状況かわかっておるのか!」


 バカティッシオがミュッヘン様達に食ってかかる。よし、私への絡みが解けた。バカティッシオは、ミュッヘン様達に任せよう。その隙にこの場を離脱する。


 まずは、現状の把握だ。王都東西南北の城門には、誰も近づいていない。悪鬼が王都内にいるのは確かだ。シラミつぶしに探していけば、いつかは見つかるはずである。後は時間との戦いだ。


 定期的にダルフ、キャス、ジン、そして、ジェジェと連絡を取りながら捜索範囲を狭めていこう。眷属達を動かしながら悪鬼を捜索する。


 そして、捜索開始から数十分後……。


 ダルフからの念話をキャッチした。


『ダルフか。発見したのか?』

『いえ、ただお耳に入れて頂きたい事項があります』

『なんだ?』

『はっ。邪神軍の部隊長以下面々が、王都外周に布陣しております。他にも遠方から続々と王都に集合してきている模様です』

『な、なんだと!? それは応援部隊か? だが、オルティッシオ様の話によると、任務は我々だけで行うはず……』

『いえ、悪鬼の包囲網形成部隊と動きが違うようです。これはなんと言いますか王都全体を封鎖しているような気配です』


 王都全体? 部隊長以下団員が勢ぞろい……。


 はっ!? まさか!


『ダルフ、その部隊は王都全ての出入り口に布陣していないか?』

『まさしく。あの布陣、蟻の子一匹這い出ないと思われます』


 ま、間違いない。


 これは魔弾一斉射撃(バズーカーコール)だ……。


 総督、総司令、参謀にだけ許された特権。ティレア様を除けば、一度発令したら止めるのは不可能。部隊長以下、軍団員全員による魔弾での一斉射撃である。


 万を超える強者達の魔弾だ。発動すれば、王都はぺんぺん草すら生えない焼け野原となるだろう。


 ド、ドリュアス様、なんて恐ろしい御方……。これは任務に失敗した場合、悪鬼だけでなく私達ごと皆殺しにする気なのだ。


 はは、クレイジーすぎる。任務一つの成否で王都の浮沈が決まるのだ。


 まぁ、それだけドリュアス様がお怒りになっているということである。普段、冷静かつ、極限まで効率を求めるドリュアス様のこの行動……ティレア様への強烈な忠誠心がそうさせるのだろう。


 急がねば。早く悪鬼を捜索しないと、私に未来は無い。



  ■ ◇ ■ ◇



 はぁ、はぁ、はぁ。くそ、大貴族たる私が何故、このような下水を這いずりまわらねばならぬのだ!


 暗く薄汚れた通路を、ゴードンは一目散に走る。


 だいたい、あの吸血娘(ばけもの)はなんなのだ!


 いきなり我が邸宅に押し入り、手練の部下達を根こそぎ殺した。しかも、私が最も信頼する部下ニィガまでもが、どうやらあの吸血娘にやられたみたいなのだ。転移で私を追ってこない。これはニィガが殺されたという事実を表している。


 あれが魔族。半年前、王都を襲い恐怖を振りまいた存在。国側がなんとか退けたと聞いていたが……。


 まったく治安部隊も駆除するなら取り残すではないわ!


 ゴードンは、悪態をつきながら逃走する。


 ほんの数日前までは歓喜に満ち溢れていたというのに……。


 ゴードンは現国王、アルクダス三世から国外退去を命じられていた。大貴族とはいえ、数々の悪行を国王から責められどうしようもなかった。ゴードンは、田舎の僻地に追いやられるはめになったのだ。


 閉門……それはこのまま一生、王都に戻れない事実を指す。ゴードンは、憤懣やるせない思いで日々過ごしてきた。女も食い物も下の下。最低レベルの片田舎で一生を過ごすなど、まっぴらごめんであった。

 毎日、不平不満で爆発しそうであった。戯れに家臣を斬ったり、女を慰めものにしたりしたが、ゴードンの気持ちは晴れなかった。


 そうして鬱々と過ごしてきたゴードンに、転機が訪れたのは半年前のことだ。そう、王都への魔族襲撃があった日である。この襲撃により、王都治安部隊は全滅し、王家の威信は急激に低下したのだ。それからゴードンは王都へ斥候を放ち、情報を収集した。


 するとどうだ。あれほど苛烈に政治に意欲を見せていた国王が、抜け殻のようになっているとの報告だ。これはチャンスとばかりに勝手に王都に戻ってきたが、国王からのお咎めはなかった。やはり、魔族襲撃がかなりこたえたようだ。国王が手塩にかけて育てた治安部隊は、ほぼ全滅したと聞く。ざまぁみろとばかりにゴードンは、勝手気ままに強権をふるったのだ。かつての政敵を弾圧し、国王の子飼いの忠臣レミリアを獄に繋いだ。


 そして、今までの鬱憤を晴らさんとばかりに美女を集め、享楽にふけようとしていた矢先に……。


 この始末だ!


 着の身着のまま転移されたので、財産は屋敷に置いたままだ。しかも、高い金を払って雇った傭兵どもは皆殺された。


 くそ、忌々しい魔族め! どうせなら王家を襲撃すれば良いものを!


 頼みの綱のニィガはいない。ただこういう非常時に備え、ニィガが用意していたのだろう。ニィガ配下の近衛隊が、地下水路の合流地点に待機していた。今、ゴードンに残されているのは、身につけている宝石とこの近衛隊のみ。


 覚えておけ。必ず王都に戻って返り咲いてやる!


 ゴードンは、どす黒い怨念を胸に秘め走る。王都に返り咲けば、この屈辱を周囲に何倍にして返すと誓って。


 それにしても、いつまで走れば良いのか……。


 曲がりくねった道を幾度も往復している。何も考えず、こいつらに案内を任せた。だが、本当に大丈夫なのか?


「おい、いつになったら城門にたどり着く? 近道をするなり工夫しろ。いい加減に疲れたぞ!」

「申し訳ございません。現在、東西南北の城門に斥候を放ち、安全なルートを探しております。しばしお待ちください」

「くそっ、いつまで待てば良いのだ。ここは臭いし、一時でも居たくない」


 地下水路だから当然といえば当然だが、周囲から絶えず異臭がする。その上、走るたびにバシャバシャと下水がズボンにかかるのだ。不愉快極まりない。


「ゴードン様、何やら不審な集団を見かけたとの報告もあります。安全がわかるまでは、どうかご容赦ください」

「くっ、女でも抱いていないとやってられんな。お前達、女を調達してこい」

「それは危険すぎます。ゴードン様の情報が漏れたら、いかがされます」

「問題ない。用が済めば、殺せばよい。ここにいる間の暇つぶしになれば良いのだ。わかったらさっさと行け!」

「し、しかし……」

「私は今すごく機嫌が悪い。これ以上口答えすれば、わかっておろうな?」

「し、承知しました。すぐに行ってまいります」


 ゴードンの勘気に触れ、近衛隊達が慌てて四方に飛ぶ。


 くそっ、腹が立つ!


 苛立ちを感じながらドカッとその場に座る。不潔で汚く座るに適さない場所であるが、疲労には勝てなかった。そのうち、頭に手を当てて横になった。


 今頃は屋敷のベッドで、美女共を貪り尽くしていたというのに。


 それがあの吸血娘のせいでおじゃんだ。あぁ、抱いていない女が、まだけっこういた。あいつらは今頃は魔族共に殺されたか。勿体ぶらずにさっさと手をつけておけばよかった。獲物を横取りされた気分である。


 それに、明日はティレアとかいう村娘が連れてこられるはずだった。私が攫った女の中でもトップスリーに入る上玉で楽しみにしていたというのに。


 このまま手に入らぬのなら、さっさとあの吸血娘にでも殺されていればいい。


 爪を噛みながらギリギリと悔しさを滲ませていると、パシャパシャと足音が聞こえてきた。近衛隊達が戻ってきたのだろう。身体を起こして、足音の方角を見る。予想通り近衛隊達であった。傍らには少女を連れてきている。


「ゴードン様、ただいま戻りました」

「まったく遅いぞ」

「申し訳ございません。人目につかず、またゴードン様のご要望にそう女を探すのに手間取りました」

「こんな状況だ。私だって弁えておる。多少質が落ちた芋女でも我慢するわ」

「……」

「何を黙っておる。さっさと渡せ!」


 連れてきた少女を近くに引き寄せる。


 ぐずぐずするでない。うすのろ共が!


 生死のかかった逃走でゴードンの生存本能は活発になっており、その欲望はマックスまで膨れ上がっていた。


 芋女でも快くまで貪りつくしてやる。泣こうが喚こうが容赦はせぬ!


 ゴードンは暗い笑みを浮かべて、その少女の服をはぎ取らんと手を伸ばす。


 ん!? そう言えば何かおかしい。無理やり連れてきたはずの少女が泣きも喚きもせず、ただ佇んでいるのだ。


 ゴードンは伸ばしていた手を止め、注意深くその少女を観察する。


 地下水路は暗くじめじめしており、視界は悪い。近衛隊達が連れてきた少女の顔は、うすらぼんやりとしてよく見えない。だが、じっと目をこらしていると、だんだん目が慣れてきて、少女の整った顔が映し出された。


 ほぉ、これはなかなかの美形だ。掘り出し物である。こういう状況でなければ、殺さず連れて行きたいぐらいであった。


「女、お前のような下賤な者に栄誉を与える。抱いてやるから――」

「探したぞ」

「ひっ!」


 い、今の声……聞き覚えがある。


 それにその服装、そして、この顔……。


 なぜ、思い出さなかった。あの忌々しい惨劇を……。


 こ、こいつは吸血娘だぁあ!


「お、お、お前達、こ、こ、こいつは魔族だ。吸血鬼だぞ。追い払え!」


 ゴードンは、しどろもどろになりながら命令を出す。気が動転したせいか、うまく言葉を紡げない。呂律が回らない怯えた声が出た。


「……」

「何をやっておる! さっさと――」

「エディム様、私達はこれで失礼致します」

「あぁ。後はダルフの指揮下に入れ」

「ははっ」

 

 な、何が起こっているのだ……?


 さっきまで私の命令を素直に聞いていた親衛隊共の態度が、一変している。吸血娘の言葉を受け、この場を去っていくのだ。


「な、なぜ……?」

「な~に、奴らを私の眷属にしたにすぎぬ」

「け、眷属!? そんな……」


 吸血鬼の専売特許だと聞いたことがある。眷属化すると、主人の意のままに操れるとか。それはどんなに忠誠心あふれる者でもあがなえないらしい。


「お前の女好きも大概にしないとな。まぁ、今回はそのおかげで助かった。まったく、呆れてものがいえんぞ。命からがらの逃走中に女を探すとは……」

「黙れぇえ――ッ!」


 ゴードンは得体のしれない恐怖を怒りでごまかした。咄嗟に剣を抜き、吸血娘に振り下ろす。だが、吸血娘はその剣を片手で掴むと、そのまま剣ごと握りつぶしてしまった。


「なっ!?」

「なんと弱い剣戟だ」


 吸血女はそう言って、不気味なオーラを醸してさらに近づいてきた。先ほど戦った時とは違う凄みのある威圧を感じる。ニィガの言うとおりであった。あの時はなぜか弱っていたのだ。


 こ、これが本来の魔族の力……。


「ひっ。よ、寄るな!」

「予想通り、往生際が悪い奴だ」


 こ、殺される……。


 恐怖でガチガチと歯が鳴る。冷や汗が止まらない。


 この吸血娘はニィガを倒した。人類最強といわれた男を倒したのである。ゴードンが吸血娘に勝てる可能性はゼロに等しかった。抵抗しても無残に殺されるだけ。そう判断するや、ゴードンはすぐさま地べたに頭を擦りつける。


「お、お助けくだされ。あなた様の下僕となります。金でもなんでも差し上げますので、どうかどうかご容赦ください」


 死んでたまるか。こいつの足を舐めてでも助かってみせる。なんならその眷属とやらになって人間を辞めてもいい。生き残る為ならなんでもしてやる。


「貴様は命乞いをした人間を、許したことがあるのか?」

「も、申し訳ございません。心を入れ替えます。これからは世の為、人の為に尽くしますので」

「……嘘くさいな」


 なるほど。こいつは魔族のくせにそんな偽善を振りかざすのか。それならば好都合だ。口の回る限り、嘘八百を並べ立ててやるわ。


「ほ、本気でございます。それにあなた様は、私の悪行をお怒りなのですね? 実は全ての悪行は、私の部下であるニィガが主導で行ったのです。私は脅されてやむなく従っていたに過ぎません。もちろん、主人である私がニィガを止められなかった。それは私の罪です。ですがその罪を――」

「あぁ、もういい、もういい。お前の言い訳を聞いていると、うちのバカ上司を思い出して胸糞悪くなる」

「い、言い訳ではありません。真実でございます」

「もういいと言っただろうが。先ほどのセリフは、人間の心を持った場合の練習だ。どうやらお前は信じたようだな」

「は?」


 この吸血娘は、何を言っているのだ? 人間の心? 意図が読めない。


「芝居は終わりという話だ」

「あ、あのそれでは私を許していただけるのですか?」

「別にお前が悔い改めようが、善人になろうが知ったことではない。我が主がお前の首を所望しているのだ。貴様が聖人君子だろうが、極悪人だろうが関係ない」

「そ、そんな。どうかどうかお助けください。あなた様がお怒りでないのであれば、その主様に弁明します。ですので、どうかどうか――」

「私が怒っていないだと! ゴードン、貴様のせいで私がどれだけの信頼を失墜したと思う。ティレア様、ドリュアス様、そして、何より敬愛してやまないカミーラ様の前で、どれだけの恥をかいたと思っているのだ!」


 吸血娘が、怒声を放つ。殺さんとばかりに凄まじい目つきで睨んでくる。美しいと思った吸血娘の顔も、今では般若の如き形相だ。この怒りを前にしたら、どんな口上も無駄だと理解できた。


 私は、確実に殺される……。


 絶対に逃さない、吸血娘の殺気が雄弁に物語っていた。


「ひっ。た、助けて」


 とっさに背を向け逃げ出そうとするが……。


「ぎゃああ!」


 右足を飛ばされた。何か鋭利な刀でスパッと切られたように右足の付け根から先がなくなっていた。血が噴水の如く吹き出す。


「ぎやぁあ、痛い、痛い、うごぁあ! ゆ、許して、許して、はぁああ、助けて、助けて!」


 憤怒の炎で焼き尽くされそうだ。最大限に恐怖がふくれ上がる。血も凍るほどの恐怖に足が震え、歯がカチカチと鳴りやまない。体中に恐怖が蔓延している。


 吸血娘は、その手に付着した血を舐めとり笑みを浮かべていた。怯える私の姿をしばらく観察し、おもむろに私の頭を掴む。


 そして……。


「まったく、手間をかけさせやがって!」

「ひぃぎゃああああああ!」


 今までで一番、恐ろしい形相で威圧してきたのだった。


挿絵(By みてみん)

今回、挿絵第七弾を入れてみました。イメージどおりで素晴らしかったです。イラストレーターの山田様に感謝です。

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