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第二十九話 「参謀ドリュアスの苦悩(後編)」

「テ、ティレア様、お休みになられたのでは……」

「ううん、とても眠れる状況でなくてさ」


 ティレア様が落ち込まれておられる!?


 くっ、お悩みはやはり密命の件だろう。主が悩み、苦しんでおられる。このような時に助力できず、どうして邪神軍軍師といえようか!


「ティレア様、私にできる事があれば、なんでもお言いつけくだされ。非才の身なれど、ティレア様のお悩みを軽くしてさしあげましょう」

「ふぅ。なんでもないのよ」


 な、なんということだ……。


 明らかに私に隠し事をされている。軍師として信頼されていない。


「このドリュアスめでは、頼りになりませんか?」

「ち、ちょっとドリュアス君!?」

「非礼をお許し下さい。ですが、言わせて頂きます。ティレア様、私ではあなた様のお役に立てないのでしょうか?」


 主に詰め寄り、お気持ちを問う。無礼な振る舞いと理解しつつも、抑えられない。敬愛してやまない我が主に見限られたのではないか……?


 不安で胸が押しつぶされそうになる。私はティレア様、御為だけに存在するのだ。もし、ティレア様が私を不要とご判断されたのなら、それは致し方ない事である。ご信頼を勝ち取れなかった私の不徳の致すところ。即座に自害しよう。


「ドリュアス君、ごめん。確かに今悩んでいる。でも、言えない。言うと、あなたに迷惑をかけるから」

「なっ!? ティレア様、それはあまりにもご無体なお言葉です。私を信用できず、秘匿しているのならわかります。ですが、私を気にかけて秘匿されているのなら、おやめください」

「そうは言っても……」


 なんという失態だ。私が気を使われていたとは……。


 私はカミーラ様から完璧無比な軍師として生み出された。一度でも采配ミスをしようものなら、私の存在意義は失われる。その時はきっと自害しているだろう。


 そうか! だから、ティレア様はあまり私にご命令を出されなかったのだ。私が存在意義を失って、死ぬのを防ぐために……。


 部下思いのティレア様らしい振る舞いだ。だが、それはティレア様が私の能力を不安に思われているからこその言動ともいえる。

 くっ、まだまだ努力が足りなかったのだ。もっともっと力をアピールして、ティレア様をご安心させなければならない。


「ティレア様、私はあなた様の為、邪神軍に全てを捧げておりまする。どうか私の事は気になさらず、お心のままに」

「……そうだよね。あなたは邪神軍、仲間をとても大切にしているんだった。そんな人に隠し事なんて、水臭かったよね」

「いえ、ティレア様は何も間違っておりません。全ては信頼されない私の未熟さがいけないのです」

「ううん、こんな大事な事、頭のいいドリュアス君に相談しないでどうするって言うんだ。私の判断ミスで、取り返しがつかなくなるかもしれないのに……」

「おぉ、勿体無きお言葉! 不肖、このドリュアス全知全能を持って、ティレア様のお悩みを解決してご覧に入れまする」


 そして、ティレア様は密命の内容を話された。


 「悪鬼討伐」


 なるほど。任務自体はさほど難しいレベルではない。むしろ簡単な部類である。だが、ティレア様が先程から懸念されておられるのは、エディムの命だ。部下であれば、あんな半魔族ですら心配されるティレア様のなんと懐の深い事か……。


「ティレア様、お話はわかりました。悪鬼、確かに人間のレベルでは最強を欲しいままにしているかもしれません。だが、所詮は貧弱な人間です。魔族の敵ではありません。エディムの力の前に、一蹴されるでしょう」

「本当に? エディムは吸血鬼だけど、もともとは普通の人間だったんだよ。経験とか足らないよね? 敵の悪辣な罠にかかったら……」

「ティレア様、魔族はそこまでやわな存在ではありません。半魔族とはいえ、それはエディムも同じです。人間が仕掛けた小ざかしい罠など食い破ってみせるでしょう。それに、オルティッシオめもサポートするのであれば、エディムの経験不足は十分に補えるかと」

「うん、でも、頼んだ自分が言うのもなんだけど、オルのサポートで大丈夫かな? オルってよく抜けているし」

「ティレア様が不安に思われるのは当然かと。何せ奴は、軽薄で馬鹿で猪突猛進な所が多々ありますから」

「やっぱり」

「ただ、奴は腐っても邪神軍幹部です。今回のケースでは問題ありません」

「そうなんだ」

「御意。他に気になる事項はございますか?」


 それからティレア様は不安に思われている事柄を、次々とご質問された。私は現在の情勢、戦力を冷静に分析し、そのどれもに丁寧に回答していったのだ。


「うんうん、さすがドリュアス君だね。なんか大丈夫のような気がしてきたよ」

「これからもティレア様のお悩み、このドリュアスが解決してしんぜます。どうかご安心ください」


 ティレア様は私の言葉に頷き、随分と明るくなられた。これはお悩みを解消されたに違いない。私の言葉を信頼してくださった証である。思わず、感涙しそうになった。これで私はティレア様の子房になれたであろうか……。


 そして、ティレア様はいつものご調子が戻られたようで、私に向けて決めポーズをとられた。


「では、わが子房ドリュアスよ。こたびの悪鬼討伐成功間違いなしか?」

「然り。夜明けまでには悪鬼の首を討ち取ってくるに相違ありません」


 ティレア様は私の言を聞き、ご満足の様子で寝室に戻られた。


 ふふ、私の言葉がティレア様の安心材料になったのである。バカティッシオには嫉妬で怒り狂いそうだったが、思いがけずいい方向に転がった。今回の悪鬼騒動で私の力をアピールする良い機会になったのだ。


 数時間後、地下帝国に降り立つ足音が響く。


 オルティッシオか……。


 少し早い気もするが、悪鬼の首を討ち取ったのだな。忌々しい奴だが、今回だけは労いの言葉をかけてやろう。


 参謀室を出ると、オルティッシオがいるところへと向かう。


「オルティッシオ、よくや――」

「あ、あの~参謀殿、実は……」


 なんだ!? ドヤ顔で勝ち誇った顔を予想していたのに……。


 オルティッシオは悲愴な表情を浮かべている。それにこの恐れの入った声色、こ、こいつ、まさか……。


「オルティッシオ、どうしたのだ? 早く悪鬼討伐の成果を報告しろ!」

「はて? 参謀殿はティレア様の密命の内容を知っておられるのですか?」

「知っておる。先ほどティレア様からお聞きした。ティレア様は勿体無くもお前達をすごくご心配されておられた。だから私は『万事問題無し』と伝えてある。さぁ、勿体ぶらずに報告しろ! 悪鬼は討ち取ったんだろうな!」

「そ、それがですね……」

「オルティッシオ、もしや、討ち漏らしたとかぬかすのではないだろうな?」

「め、めっそうもございません。私が人間如きに遅れをとるなどありえません。しくじったのはエディム――」

「貴様ぁあ――ッ!」


 思わず激昂し、オルティッシオの胸倉をつかみ投げ飛ばす。そして、地面に転がりのたうち回るオルティッシオの顔を踏みつける。


「オ~ルティッシ~オ、貴様はサポート役だろうが! 不測の事態に備えるのが貴様の役目だ。あんな半魔族に、事の大事を任せたきりだったのか!」

「で、ですが、役割はティレア様がお決めに――」

「貴様! 事もあろうに己の失敗を、ティレア様のせいにするつもりか!」


 オルティッシオの無礼千万な言い訳に、踏みつける足に力が入る。


「ぐあぁ――ッ! ち、違います。はぁ、はぁ、そういう意味では――」

「オルティッシオ、心して聞け。この密命、失敗したら私は自害せねばならぬ!」

「えっ!? な、何故ですか?」

「お前達が失敗したら、私は我が君に虚言を吐いたことになるのだ」

「そ、そんな軍師の采配ミスなどいくらでも――ぐはっ!」


 オルティッシオのいい加減な物言いに、踏みつける足にさらに力を入れる。


「オルティッシオ、私は年中チョンボを繰り返す貴様と違い、完璧な家臣であらねばならぬ。カミーラ様もそう願い、私をお作りになった。ゆえに一度の失敗も許されぬのだ」

「ひぃいい。わ、わかりました。悪鬼の首は必ず持ってきます」

「本当だろうな? もう王都の外へと逃げられたとか言わせんぞ」

「そ、それは大丈夫です。王都の外へと通じる門には、もともとエディムの眷属が滞在しておりました。エディムがその眷属と連絡を取り、そこから出た者はいないことを確認しております。悪鬼がまだ王都の中にいる証拠です」

「ふむ、それでは悪鬼を逃がさないようにしているのはエディムの手柄ではないか。お前は何をやっている?」

「そ、そんな……私は大々的に包囲網を敷いております。私のおかげで悪鬼の居場所がわかるはずです。何故エディムが――」

「もういい。貴様が何を言い訳しても構わん。だが、夜明けまでに必ず悪鬼の首を持って来い。さもなくば、貴様を最大級の不忠者としてさらし首にしてやる!」

「ぎ、御意。ただ、ベルナンデスを――」

「なんだ? まさか諜報部隊の助力が欲しいのか? 私が『二人で問題ない』と言ったは、私の助言ミスだとでも――」

「い、いえいえいえ、そんなことはありません。やれます。エディムと私で、奴の首を討ち取ってきます」

「ならさっさと行け! 次の報告は、悪鬼の首も持参しろ。このような中間報告は二度とするな!」

「は、ははっ」


 オルティッシオは血相を変えて、外へと飛び出していった。


 はぁ、なんという失態だ。私の頭脳もまだまだである。バカティッシオの暴走癖を考えれば、こういうリスクもあると考えるべきであった。


 まだまだ経験が足らないか……。


 とりあえずオルティッシオの尻は叩いた。これで成果をあげないようであれば、即刻処刑してやる。最大級に貶めて、殺してやるから覚悟しておけ!


 私も最悪の事態を考えておくか……。


 ティレア様が以前、お話されていた侍の「切腹」という儀式。「にほん」で武人が過ちを犯した時の責任の取り方だという。

 私もそれに倣うとしよう。このような失態をしでかした時に備えて、用意していた白装束に着替える。夜明けまでにオルティッシオが悪鬼の首を持ってこなければ、腹をかっさばいて自害するつもりだ。


 死は怖くない。だが、「我が子房」とまで信頼してくださった私の失態だ。ティレア様は落胆されるに違いない。それだけが心苦しい。


 切腹用の小刀を手に取り、腹に添える。


 あと、思い残すことは……。


 そうだ! オルティッシオが失態した場合、最後の尻拭いをせねばならない。悪鬼の首は私が取る。ついでに人間如きに失敗した不出来な部下共も処刑しよう。


 再度、ベルナンデスを呼び出す。


「ドリュアス様、ただいま参上しました」

「ベルナンデス、緊急指令を発する」

「はっ」

「まず、私亡き後は、この書類の指示に従って行動するのだ」

「えっ!? それはどういう――」

「いいから明日以降、私がいなければ、その指示に従うのだ」

「ぎ、御意」


 ベルナンデスに作戦総本部の作戦命令、後任人事、オルティッシオの処刑方法等、私亡き後の指示について記載した書類を渡す。


「次に、魔弾一斉射撃(バズーカーコール)の発動を命ずる」

「なっ!? ほ、本気ですか? 本当に王都を焼け野原にしても宜しいのですか!」

「無論だ。これは邪神軍総参謀としての指令である。夜明けをもって開始しろ。私の中止命令が来ない限り、必ず実行するのだ」

「は、ははっ」

「蟻の子一匹逃すではないぞ」

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