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第二十八話 「参謀ドリュアスの苦悩(前編)」

 ここは邪神軍地下帝国のとある一室。数十人の魔族がひっきりなしに情報活動している。それはマナフィント連邦国への諜報、捕虜達の監視、兵站の確保等等、様々であった。

 防諜、作戦、企画、通信と様々な情報が飛び交う。ここは、軍団員の中でもとりわけ優秀な頭脳を持つ者が配備された作戦総本部である。記憶力はもちろん情報を公平に判断する見識を持ち、柔軟な思考も兼ね備えた邪神軍の頭脳が揃っていた。


 そして、その頭脳集団を取りまとめ、指揮をしているのは邪神軍参謀ドリュアス・ボ・マルフェランドである。ドリュアスはそのひときわ豪華なデスクに座り、今後の戦略を立案していた。傍らには第四師団師団長のベルナンデスが、片膝をついて控えている。


「ベルナンデス、報告を続けよ」

「はっ。マナフィント連邦国国境には、既に部隊を配備しております。国境警備隊も警戒が薄く、いつでも進軍可能です」

「そうか。国境の守りの拠点であるビスカ砦はどうだ?」

「同様ですね。攻められると思っていないのか、兵の数も少なく士気もあまり高くありません」

「ふん、愚かな人間共だ。あそこは経済を結ぶ重要な位置であろうに……」

「それでは侵攻を命じますか?」

「頃合いではある。だが、ティレア様からのご許可を頂けていない。外征部隊隊長には、引き続き待機をしておくように命令しておけ」

「御意」

「あと、気になるのは魔王軍だ。奴らへの諜報はどうなっておる?」

「はっ。魔王軍は、南のサウズ地方に根を張っている模様です。ただ、動きはありません。それっきりですね」

「人間側に侵略はしていないと……?」

「はい、沈黙を守っております。私見ですが、この沈黙は却って不気味です」


 ベルナンデスが不審に思うのも無理はない。邪神軍を除けば、魔王軍は最強といってもいい勢力だ。はっきり言って人間側など第三勢力どころか敵にすらなっていない。狩場のようなものである。

 実質、邪神軍が覇を唱えるには、魔王軍さえ打ち倒せば良いのだ。だが、それは向こうも同じと言える。勢力を拡大するためにも、狩場に等しい人間側に侵略しない手はないはずなのだが……。


「魔王軍の抑えは、第三師団に任せていたな」

「はっ。ムラム師団長を始めとする第三師団です。そして、魔竜ガルカン、ギャングが睨みを効かせています」


 ふむ、この戦力なら総力戦を挑まれない限りは、即殲滅はないだろう。仮に六魔将が攻めて来たとしても、時間を稼げるはずだ。まぁ、念には念を入れて第四師団のメンバーも追加しておけば問題ない。


「よし、魔王軍に対する諜報の数を倍にしろ。少しでも不穏な動きを見せたら、すぐに報告するように取り計らうのだ」

「ははっ。すぐに人選し、任にあたらせます」


 ベルナンデスが退出していく。


 ふっ、さすがはカミーラ様が任せていた諜報部隊の長だ。情報収集の手際の良さに諜報員をまとめるリーダーシップ、どれもが私の求める水準を満たしている。魔王軍に対しては情報が足りず、こちらからは動けぬ。後はベルナンデスが持ってくる情報によって、都度都度対処していくしかないだろう。


 魔王軍への警戒、周辺諸国への侵攻、そして、組織の構築とドリュアスにはやることがやまほどある。作戦の立案から指導と、一人でやるにはとても処理できない案件が毎日発生しているのだ。普通に優秀なだけでは、心労で倒れているだろう。ドリュアスが魔族の頑健な身体を持ち、さらに言えば飛び抜けて優秀だから賄えるのである。ただ、それでもストレスは徐々に積もっていくし、心は疲弊していくものだ。だが、ドリュアスの顔は明るい。


 なぜならば……。


  後二日か。嬉しさでついチケットを握り締めてしまう。公私のけじめはつけねばならぬと、わかっていてもニヤけてしまう。


 とうとう当てた。軍団員がこぞって争うティレア様「らいぶいべんと」の最前列チケットである。不正は許さず、あくまで公正にクジを引かねばならない。だから、当てるのは一苦労だ。部屋の規模から毎回三十名ほどしか当たらない。しかも、最前列チケットにいたっては百倍以上の倍率で、プレミアムチケットなのだ。


 今度の休みは、かぶりつきの席に座れる。ティレア様の偉大な大技を、間近で拝見できるのだ。これ以上の幸せがあるだろうか。禁書と言われた書物を見たときも、魔装といわれた武具を見たときも、こんなトキメキはなかった。


 あぁ、ティレア様。あなたは何故、そこまで私の心を虜にするのか!


 ドリュアスが恍惚とした表情で浸っていると、ベルナンデスが慌てて部屋に駆け込んできた。


「ドリュアス様、大変でございます! 国境配置の兵が王都に帰還しております」

「なっ!? どういう事だ?」

「はっ。どうやら作戦総本部から王都への帰還命令が出ているもようです」

「ば、馬鹿な!? そんな指示を出した覚えはないぞ」


 これは明確な軍規違反だ。ティレア様を除けば、勝手に兵を動かしていいのは統帥権を持つカミーラ様ただお一人である。他の誰であろうとも兵を動かすには軍議による許可が必要だ。カミーラ様はそんな愚かな命令はしない。


 であれば、誰がこのような不埒な真似を……。


 少なくとも帰還命令は、平団員では出せない。部隊長クラスの者がかかわっている。どんな理由があろうと、勝手な行動は軍紀の乱れに繋がってしまう。たとえ古参の重鎮であっても即刻、処断してやる。


「ベルナンデス、至急その指示を出した人物を特定しろ」

「そ、それが……」

「どうした? ん!? もしやその人物は既に特定しているのか?」

「も、申し上げます。指示を出しているのはオルティッシオ師団長と思われます」

「……わかった。後は私に任せてくれ」

「ぎ、御意」


 オルティッシオが軍規違反を犯した。


 愚かな……。


 前々から気に入らない奴であった。ティレア様に弓を引いておきながら、のうのうと生きている。誇りや忠誠心を持つ者なら、そんな恥すべきことはしない。真っ先に自害するだろう。まぁ、謀反をするような奴に、そんな矜持を持てと言われても無理なのかもしれない。


 ティレア様がお許しになったからこそ、我慢していただけだ。不忠者ではあるが、腐っても元近衛隊幹部である。軍務でボロ雑巾のように擦り切れるまで使って、捨ててやろうと思っていた。ちょうどいい機会だ。ティレア様率いる邪神軍に汚物はいらない。さっそく消毒してやろう。


 オルティッシオを断罪するため、参謀室を出て地下帝国を練り歩く。


 すると、外では伝令がひっきりなしに飛び交っていた。オルティッシオが伝令達に何やら指示を出しているのである。もはやオルティッシオの軍議違反は明白であった。独断で兵を動かしている現場を目の当たりにし、怒りが沸く。


 よし、奴はこの場で断罪だ!


「ここにいたか、オルティッシオ! 貴様は何ゆえ兵を勝手に王都に呼び戻しておるのだ!」

「参謀殿。兵を動かしたのは理由があります」

「それはいかなる理由だ? 私に断り無く兵を動かすとは、事と次第によっては貴様を処分――」

「兵を動かした訳は、ティレア様の密命の為です」


 え!? こ、こいつは今、何を言ったのだ? ティレア様の密命だと? 参謀である私を抜きにして……? もしや嘘か。いや、さすがにそんなデタラメを言うほど愚かではないだろう。


「そ、そうか。ティレア様が密命を……オルティッシオに……?」

「ふっ、参謀殿が知らぬのは当然ですよ。これはティレア様からの密命ですから」

「う、うむ。きばって任務をこなすのだぞ。そういう事であれば、兵は好きなだけ使え。心配するな。私がなんとかする」

「当たり前です。なんたってこれはティレア様から直々に賜った君命なのです。そう直々の君命です。大事な事なので、二回言いましたぞ」


 くっ、いけしゃあしゃあと勝ち誇りよって。オルティッシオ、許さぬ!


 全知全能をかけて貴様を――いや、待て、怒りを抑えろ。オルティッシオを殺せば、ティレア様の密命を邪魔したことになってしまう。何をおいてもティレア様を第一に考えねばならない。


 し、しかし、な、なぜ私に内緒で……。


 いかん。このような考えではだめだ。なんたる事だ。ティレア様から「我が子房」といわれ有頂天になっていた。だから、肝心な所でティレア様から外されるのである。信頼を勝ち取るべく、今まで以上に邁進せねばならぬ!


 それにしても、ティレア様の密命とはいかなるものか……?


 日頃、ご命令をあまり出さないティレア様だ。よほど重要な案件に違いない。手伝いたい。どんな業務よりも優先し、尽くしたい。それこそ軍師たる私の務めだ。断じてオルティッシオ如きに任せられるものではない。


 そうと決まれば……。


 く、屈辱だが、ここはオルティッシオに頭を下げて、その密命に携わろう。


「オ、オルティッシオ、何か私にできることはないか? 力を貸すぞ」

「参謀殿、あなたは密命の意味を理解しておられるのか? これはティレア様から信頼された者しか明かせられない内容なのです。あなたには相談できないのです」

「ぐ、ぬぬ……」

「そういう事で私は忙しい身なのでこれで失礼する。これから密命の作戦を立てねばなりませぬからな。あぁ、作戦参謀がいれば、作戦立案などすぐに終わるのですが……その参謀殿が主に信頼されていないのではなんとも……くっあははは!」


 オルティッシオは高らかに笑いながら、地下帝国を出て行った。その勝ち誇った顔がイラついてしょうがない。ティレア様のため、ティレア様のため、念仏を唱えるように堪えるが……。


「うぉおお! オルティッシオ、許さんぞぉ――ッ!」


 オルティッシオに正論を言われ、屈辱を味わい堪忍袋の限界を越えてしまった。雄叫びをあげながら、周囲の調度品を叩き壊していく。参謀という地位にあるまじき行為とわかっているのだが、抑えられそうにない。


「はぁ、はぁ、舐めやがっ――」

「何、大声出しているの?」

「え!?」


 振り向いた先には私が敬愛してやまない主、ティレア様のお姿があった。

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