第二十七話 「エディムと悪鬼捜索隊」
うぅ、ぼんやりする。頭にもやがかかったようだ。額に手を当て記憶を探る。
私、何をしていたんだっけ?
確か奥義を繰り出し、そして……はっ!
すばやく立ち上がり、周囲を確認する。そうだ。ゴードンを取り逃がしたのだった。奥義である魔吸血を発動させ、数多の雑魚達を血の刃で切り刻んでやった。だが、ゴードンの死体だけなかったのである。
まずい。首魁を取り逃がした。任務失敗である。しかも、ティレア様直々の密命での失態だ。その重要性は考えるまでもない。
まずい、まずい、まずい!
「まずいよぉお!」
「何がまずいのだ?」
「えっ!?」
鈴の音のような美しい声に振り替える。その先には、銀髪紅眼の美少女がいた。カミーラ様である。
愛しい愛しい敬愛する主の姿に心臓が跳ね上がった。
「カ、カ、カ、カミーラ様。な、何故このようなところへ?」
「動揺しすぎだ、バカ者! エディム、貴様が面白そうなことをしておったから、追跡魔法で追ってきたまでだ」
「追跡魔法をお使いに……」
「そうだ。このような面白きことを内緒にしおって」
「も、申し訳ございません」
「まぁ、よい。我も途中参加と洒落こもう」
「え!? カ、カミーラ様もご参加されるのですか?」
「無論、このような面白きことに我をのけ者にする気か!」
カミーラ様とご一緒に行動できるのは、何よりの幸せである。
だが、ティレア様からカミーラ様には特に内密にするようご命令を受けている。悪鬼討伐の件は、話す訳にはいかない。本当は話してご助力して頂けたらどんなに助かるか……。
「カミーラ様、申し上げます。悪鬼と異名をとった強者はニィガでした。首魁とはいえ、ゴードンはとるに足らん三流でございます。カミーラ様御自ら手を出すほどのものではありません」
「ふむ、確かにあのような屑を処分しても面白くないか」
「ご存じでしたか」
「何を寝ぼけたことを言っておる! 貴様の魔力を通して逐一見ておったわ!」
カミーラ様の発言に衝撃を受ける。首魁のゴードンを取り逃がした場面を、いや、それどころか今までの失態を主が見ていた。強烈に羞恥心が沸き起こる。
「で、では何もかもご存じなのですか?」
「途中からだがな。お前がひぃひぃ言いながら屋敷に入り、ニィガはおろか有象無象共に手こずり、揚げ句のはては自爆。詰めの甘さからニィガに殺されそうになるところまで、きっちり見ておったぞ」
「え!? ニィガは私が殺して……」
「それが甘いと言っておる。ニィガはあの時点で生きておった。愚か者にもほどがある。我が来なければ、貴様は壊されていたのだぞ」
「そ、そのようなことは露知らず……も、申し訳ございませんでした」
「ふん、少しは鍛えておけ!」
そ、そうだったのか……。
ニィガに騙された。奴は死んだふりをして私の寝首を掻こうとしていたとは。カミーラ様に対し、とんだ恥をかいてしまった。後悔しても遅いが、もう少し慎重に行動するべきだった。カミーラ様はそんな愚かな私をニィガから守り、あまつさえ傷の回復までして頂いたのである。主にそこまでしてもらい、なんと勿体無いことか。それに引き換え私はなんの役にも立っていない……。
とにかくこれ以上の失点はまずい。
「あ、あのカミーラ様、それでは取り逃がした首魁の捜索に移りたいと思います」
「うむ、そうだな。最後のゴミ掃除はお前に任せる。よもや今度はしくじることはなかろうな?」
「も、もちろんでございます。必ずやゴードンの首、討ち取ってご覧に入れます、ですから――」
カミーラ様にこれ以上、失望されたくない。何がなんでも悪鬼を打ち取り、汚名をそそぐ。カミーラ様に近づき、熱弁する。
「寄るな!」
「カ、カミーラ様……?」
「エディム、貴様臭うぞ。お姉様の品なら自身を磨いておくのが当然であろう」
「あ、あ、う、あ。ち、違うんで――」
「エディム、悪鬼の首の持参もそうだが、その悪臭もなんとかしておけ!」
「は、はぃ」
カミーラ様は鼻をつまみながら、転移魔法でそのままご帰還された。
ふぅ、へなへなとその場に崩れ落ちる。
はは、もう死にたい。敬愛する主になんて無様な真似をしでかしたのだ。羞恥心で悶え死にしそうである。
くっ、何もかもあのバカティッシオのせいだ。あの無能野郎のせいでどれだけ被害を被ったか!
怒りで頭がヒートアップしていく。
いけない。怒りで我を忘れている暇はない。やることは山ほどある。眷属との密な連携に現状の把握。バカティッシオへの報告等等……。
何よりゴードンの逃走経路はいまだ検討がつかない。今もあれだけの数の包囲網の中、探査されていないのだ。おそらくゴードンは、独自の逃走手段を持ち合わせているのだろう。
それは何か?
王都に詳しくその歴史、地形、成り立ちを知っている人物なら、ゴードンの行方がわかるかもしれない。その人物は魔法学園で魔法歴史学の教鞭を取り、それ関係ではいくつもの論文を発表し、賞を取っていた。
倒れている役立たずを見る。
はぁ~。忌々しいが、捜索の指揮にジェジェほど適任はいない。
「ジェジェ」
「……うっ、うご……が」
「『うごっ』じゃない。起きろ!」
「うご……ぎ」
だめだ。ジェジェの奴、虫の息、死ぬ寸前だ。ニィガに受けた傷がすさまじく、治癒力が追いついていない。時間が経てば、そのうち死ぬだろう。
ちっ、非常に不本意だ。だが、今、こいつに死なれては困る。
意を決し、自分の血を与えてやることにした。自身の左手の指を切り、血をジェジェの口に押し込む。
すると、ジェジェの体がみるみる修復されていく。吸血鬼特有の治癒力が活発になったのだ。
「うぉおおお――っ! な、なんという芳醇な香り。ジェジェ復活しましたぞ。エディム様! あなた様のためなら――」
「あぁ、もう美辞麗句はいい。それより至急やって欲しいことがある」
「ははっ。なんなりと」
「お前にはゴードン追跡の指揮を執ってもらう」
「悪鬼を取り逃がしたのですか?」
「くっ、そうだ。ニィガは死んだが、ゴードンは転移魔法で逃走した。どっかの誰かが役立たずだったせいでな!」
「ふふ、ご安心ください。新生ジェジェ、パワーアップして舞い戻りました。ゆえに前回のような不覚はとりません」
「貴様の自信過剰には飽き飽きだ。御託は良い。大丈夫なんだろうな?」
「もちろんでございます。ゴードンの逃走経路は、既に予測済みです」
「なんだと? それでゴードンはどこにいる?」
「まぁ、お待ちください。順序立てて説明致します」
くっ、この時間が惜しい時に。こういう空気の読めないところも変わらない。
「ジェジェ、さっさと説明しろ!」
「はっ。エディム様がやきもきされていることから察するに、ゴードンは包囲網に探知されていないのでしょう?」
「そうだ。この屋敷数キロ四方に渡って、我が眷属部隊と第二師団が監視している。どれだけ慎重に動こうとも、探査網に引っかからないはずがないのだ。それなのに眷属からの報告は今だない。考えたくないが、既に転移で王都外に逃げられたのかもしれぬ」
「エディム様、私が魔法学で教えたでしょう。転移魔法で転移できる距離はせいぜい数キロですよ。それはどんなに魔力があっても変わるものではありません」
「わかっている。だが、その転移を繰り返していけば……」
「それこそ愚の骨頂ですぞ。魔力の淀みですぐに探知されますし、転移魔法の連続使用は死の危険がつきまといます」
「じゃあ、どこにいるというのだ!」
「おそらく地下水路を下っているのでしょう」
「地下水路!? そんなもの王都にあったか?」
「エディム様、きちんと授業を聞いておられないからそうなるのです。昔、アルクダスI世の時代に下水道を完備しようとする動き――」
「黙れ。講釈を聞いている暇などない。貴様はその地下水路に部隊を送れ。ダルフ達にも念話で話を伝えておく」
「御意」
そうしてジェジェは指揮を執るべく屋敷の外へと出て行った。
そうか。地下水路か。授業を思い出した。そう昔の王都は地下水路が網目状に広がっていたらしい。今ではそのほとんどが埋め尽くされ使えなくなったが、ゴードンはそのどこか使える水路を使い逃走しているのだ。
いくらジェジェが王都に詳しくても朝までにその水路を特定できるだろうか? 時間があればやれるだろうが、ティレア様の密命のリミットは夜明けだ。時間をオーバーする可能性がある。
現段階で王都のあらゆる情報を握ってるのは、ベルナンデス様率いる第四師団だ。邪神軍諜報部隊に事情を話して、力を借りたほうが良いかもしれない。
「エディ――ム、探したぞぉ! 首尾はどうだ? もちろん万事うまくいったのだろうな!」
あぁまた面倒な馬鹿が現れた。
そうか。もう突入してくる一時間が過ぎだのか。はっきり言ってバカティッシオに構っている暇はない。
だが、バカティッシオは一応上司である。ゴードンを取り逃がしたことを報告せねばなるまい。憂鬱だ。この馬鹿、怒り狂うだろうな。慎重に報告しないと、こいつに殺される危険がある。
「申し訳ございません。力及ばず、ゴードンを取り逃がしてしまいました。ですが既に捜索部隊の派遣――」
「な、なんだとぉ――っ! 貴様ぁあ、許さん。その首捻り取ってやる!」
バカティッシオが怒りに任せて私の首を絞め続ける。
くっ、この馬鹿力め……馬鹿だが、強さだけは本物だ。とても振り払えない。
ま、まずい。このままだとこのバカに殺される。
こ、こんなバカに殺されてたまるか! バカティッシオの手を振り払うため、最後の力を振り絞った。
「がぁあああ、だぁ――っ! はぁ、はぁ……」
「エディム、貴様は絶対に許さん。私がティレア様から信頼を失ったらどうする! 貴様はぁ、殺す!」
「はぁ、はぁ。お、お待ちください。こんなことをしている暇はありません。ゴードンを取り逃がしてもよいのですか!」
「なにを。貴様、自分のミスを棚にあげる気か!」
「オルティッシオ様、一度取り逃がした失態は後で罰を受けます。ですが、ゴードンの首を取らないと我々はやばいですよ」
「な、な、なにがやばいだ。取り逃がしたのは貴様だろうがぁ!」
なんて言い草だ。私から言わせると、取り逃がした原因はお前なんだよ!
言いたい。すごく言いたい。だが、本当に喧嘩をしている時間はないのだ。ここは私が大人になって話をすすめるしかない。
「オルティッシオ様、冷静になりましょう。責任のなすり合いをしている場合ではありません。任務に失敗すれば、誰が原因であれ私達二人はおしまいに決まっているではありませんか!」
「くっ。貴様のせいで――」
「オルティッシオ様、ストップです。私の落ち度に関しては後でいくらでも聞きますから。しかし、捜索を早く開始しないと、密命の刻限は夜明けですよ」
「むむ、仕方がない。今はゴブリンの手も借りたいところだ。貴様の命を取るのは一旦保留にしてやる」
「ありがとうございます」
「で、エディム、この後はどうするのだ? ゴードンはどこにいる?」
「オルティッシオ様、私が入手した情報によるとゴードンは地下水路を逃走しているもようです」
「地下水路だと!? 本当だろうな?」
「はい。現に地上ではあれだけ包囲網を強いているのに、いまだ警戒網にひっかかっておりません」
「確かに。では、至急地下水路に部隊を送るのだ!」
「もちろん、指示はしております。ただ、使える地下水路を見つけるのがあまりに困難な状況です。昔の文献を頼りに有識者に指揮を任せていますが、はたして夜明けまでに間に合うかどうか……」
「なんだと。それではどうする? 何か知恵をだせ!」
知恵を出せって……じゃあお前が知恵を出せよ!
いかん、我慢だ。こいつと争っている時間はない。
知恵か……。
バカティッシオの乱入で考えが中断していたが、やはり第四師団に助力を乞う。第四師団はドリュアス様の直轄だ。ティレア様の密命ではあるが、軍師のドリュアス様になら打ち明けてもさほど問題にはならないと思う。
「ドリュアス様にご助力を乞うべきではないでしょうか?」
「はぁ? な、なぜあやつに助力を乞わねばならない。ふざけるな! だいたいティレア様からの密命の意味をわかっておるのか!」
「はい。ですが、今は緊急事態です。このまま二人で事を進めば、任務自体が失敗に終わるかもしれないんですよ。それにドリュアス様は軍師です。本来、密命の内容を知っていてもおかしくはありません。任務に失敗するぐらいなら、話して助力を貰ったほうがいいですよ」
「い、嫌だ。反対、反対、絶対に反対だ! 何故、奴に手柄を分けてやらればならぬのだ!」
あぁ、馬鹿が案の定わめく。だが、地下水路に関しては、眷属達と第二師団だけでは全て網羅できない。やはり王都のあらゆる情報を握っている第四師団の協力が必要不可欠だ。なんとかこの馬鹿を説得しなければならない。
「オルティッシオ様、お願いします。地下水路に詳しいのは邪神軍が誇る諜報部隊しかいません」
「嫌だ。奴に頭を下げるなど――そうだ。ベルナンデスに直に頼んでみるか!」
「オルティッシオ様、そういう上を無視したやり方はいけません。どちらにしろベルナンデス様は、ドリュアス様の許可を仰ぎに行きますよ」
「し、しかし……」
「それに密命を話すとしたら、軍師のドリュアス様以外は許容できないと思います。ティレア様はカミーラ様を含め皆には話さないようにご指示を出しました。ですが、ドリュアス様には何か話したげな様子でした」
「むむ、だが……」
「オルティッシオ様、このままティレア様の君命を果たせないほうが最悪の結果だと思います」
「わ、わかった。だが、参謀殿にはエディムお前が頼んできてくれないか?」
こ、こいつどこまで迷惑をかけたら気が済むんだ。私だってそんな不名誉な報告はしたくない。
「オルティッシオ様、私は眷属達の指揮を執らねばなりませぬ。それにこういう場合、上の者が報告するのが筋ではないでしょうか?」
「うぐぐっ。わ、わかった。やればいいんだろ、やれば!」
「宜しくお願いします」
バカティッシオは、不満たらたらで地下帝国へと向かっていった。あれだけドリュアス様を挑発していたのだ。何をされるかわかったものじゃない。まさに自業自得である。