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第二十五話 「エディムと誤算」

「侵入者だ。逃がすなぁ!」

「雑魚が! 消えろぉお!」

「ごばぁああ!」


 魔弾をぶつけられ、爆散する傭兵達……。


 最上階フロアーに到達すると、敵の数が倍増した。来る敵、来る敵に魔弾を放ち、その首をへし折る。


 はぁ、はぁ、はぁ、数が多い。


 普段の私なら片手間で殺せる奴らなのだが……。


 ジェシカの血を吸って回復したとはいえ、全快とはほど遠い。何せジェシカを殺すわけにはいかないから、手加減して血を吸ったのだ。血が全然足りない。


「な、なんなんだ……お前は?」

「お、俺は知っているぞ。この力、こ、こいつ吸血鬼だ。魔族だよ!」


 ちっ、ばれたか!


 まずい。魔族が襲来したと悪鬼にバレたら、逃走される可能性がある。急がなければならない。だが、傭兵達は私が魔族とわかるや、遠距離から魔法弾を打ってくるばかりで近づこうとしない。


 くっ、地味に面倒だ。徐々に体力が削られていく。それに、ついて来ているジェシカの存在が負担を倍増させている。何せジェシカは、ほとんど役に立たない。それどころか敵にやられそうになるので、ジェシカを庇いながら戦闘をするのだ。余計に体力を使うはめになる。


「ジェシカ、ここまでね。あんたは逃げな」

「いや! こんなに消耗しているエディムを置いていけないよ」

「あ、あのね。尚更逃げてよ。あんたを庇いながらの戦闘はけっこうきついのよ」

「ご、ごめん。役に立てなくて……」

「いいから、行って!」

「う、うん……そうだ! やっぱりティレアさんを呼んでくるね」


 だから余計な真似だと言ってるだろうが! それだけはやめろ。私が幹部の方々に処刑されるんだぞ。


「ジェシカ、ティレアさ……んを巻き込みたくないって言ったでしょ」

「で、でも……」

「ジェシカ、私は大丈夫だから。危なくなったらちゃんと逃げる。ジェシカには……そうだ、牢屋から逃げた人達をちゃんと見守ってあげて。多分、また傭兵に捕まった人達もいるかもよ」

「た、確かに小さい子供もいたし、逃げきれていないかも……」

「そうでしょ」

「うん、わかった。捕まった人達は私に任せて」

「お願い」

「それじゃあ、エディム死なないで」


 そう言って、ジェシカは階段を降りて離れていった。


 ふぅ、やっとお荷物が消えてくれた。ほっと一息つく。


 本来であればカミーラ様の持ち物であるジェシカが壊れないようについている必要がある。だが、このままだとティレア様の密命が達成できなくなるのだ。二つを求めれば、一つも得られない。これがベストではないがベターな方法だ。


 それにジェシカはもういない。人間の良識に合わせた戦いをしなくて良い。吸血鬼の本能の赴くまま、敵をむさぶり尽くしてやる。


 愉悦を浮かべ傭兵の真っ只中に飛び込み、そのまま血を吸い尽くす。


「ぐぁあああ。た、助けてくれぇ!」


 ふん、まずい血だ。上等でなく下等な血である。回復のため、残らず吸い尽くしているが、普段であれば飲み捨てにしている部類だ。まぁ、悪鬼の部屋に到達するまでに全快の半分でも回復できれば、御の字だろう。


「吸血鬼、死ねぇ――っ!」


 突然、死角から魔法弾の連弾が飛び込んできた。


 ちっ、雑魚が!


 血を吸うのにかまけすぎたらしい。反応が遅れた。とっさに防御の姿勢を取るが、いくつか被弾しそうだ。


 唇を噛み締め、被弾する魔法弾の衝撃に備えていたが……。


 魔法弾は別な方向からの衝撃によって、飛ばした敵ごと消し飛んでいった。


 あれは魔弾!? まさかダルフか……?


 私の体調を心配して助けに来てくれたのか? あのバカティッシオの目もあっただろうに。よくぞ、来てくれた。

 正直、今の半減した体力で悪鬼とニィガ二人を同時に相手するのは不安であった。さすが私が最も信頼する部下だ。


 信頼の眼差しを持って、魔弾が飛んできた方向を見る。


「ダルフ、よくぞ来て――」

「ジェジェでございまする」

「……」

「エディム様どうされました? ダルフ様の命をうけ単身突入して参りましたぞ」


 ……まぁ、微妙な戦力だが、こいつとて私の二次眷属なのだ。露ばらいぐらいできるだろう。


「ジェジェ、このまま一気に進むぞ」

「はっ」


 ジェジェの魔弾で敵を蹴散らしながら進む。やはり、サポートの有無でずいぶん勝手が違う。ぐいぐいと目的地まで進んでいく。


 そして……。


 ひときわ煌びやかな空間に突入した。どうやらここが悪鬼の部屋なのだろう。豪華絢爛な調度品。そこらかしこから搾り取ったことが窺える。まぁ、邪神軍の地下帝国に比べたら下も下のレベルではあるが……。


「ジェジェ、貴様はニィガの足止めをしろ。その間に私が悪鬼の首を討ち取る」

「御意。ですが……」

「なんだ? 自信がないのか?」

「いえ、足止めに留まらず、もちろんニィガを倒しても問題ないですよね?」

「……大丈夫か? ニィガは長年、悪鬼の右腕を務めた曲者だぞ」

「はっはっは。エディム様、魔法歴史学は私の専門ですぞ。エディム様に申されるまでもなくわかっておりますよ」


 くっ、まったく学園の教師をしているときからいけ好かない性格だったが、吸血鬼になっても変わらない。実力以上に自分を見せてくる。


「わかっているならいい。一分でいい。ニィガの注意をひいておけ!」

「はっ。ニィガの素っ首討ち取ってご覧にいれます」


 いまいち信用できないが、時間も差し迫っている。何より体力が半減している今の私じゃ多対一はきつい。ジェジェにニィガを任せるしかない。


 ゴードンの部屋に入り、周囲を見渡す。


 左に四人、右に三人、奥に五人……。


 おまけに階段から駆け上ってくる奴らもいる。こいつらは今まで殺してきた奴らよりも質が良さそうだ。


 厄介だな。連携される前に討ち取れたらいいが……。


「貴様が侵入してきたという魔族か?」


 ニヤけた悪人面の男……こいつが悪鬼ゴードンだな。そして、そいつを庇うようにして立っている老人、あいつが悪鬼の片腕ニィガだろう。

 ニィガの風格、佇まいは尋常ではない。これはちょっとジェジェには荷が重いな。さっさと悪鬼を殺して、私が手を貸さないとやばそうだ。


「ジェジェ、手はず通りだ。一分はもたせろ」

「はっ」


 ジェジェに指示を出し、電光石火で悪鬼に迫る。ここで残していた魔力を出し切るつもりだ。悪鬼を殺し、返す刀でニィガの首も討ち取る。


「なっ!? は、速い」

「ふっ、おそい」


 悪鬼が振り下ろす剣より先に、奴の首に到達――


「ぐふっ!」


 背中に強い衝撃が襲った。


 くっ、何が起きた?


 振り向くと、ニィガが魔法弾を放っていた。


 な! まだ十秒もたっていないぞ! ジェジェは……?


「エ、エディム様、も、申し訳ご……ぐはっ!」


 つ、使えない。使えなさすぎる。「一分は持たせろ」って言ったのに。それがまさか十秒も持たないとは……。


 ジェジェはニィガに四肢を切断されていた。常人なら確実に死んでいるが、吸血鬼の特性のおかげでかろうじて生きているみたいだ。まぁ、こんな使えない奴は死んでも問題無い。むしろ死ね!


「そこの吸血鬼、動くな! 動くとこいつを殺す」


 ニィガが、倒れているジェジェの頭に魔法弾を打つ構えをしている。一歩でも動いたら、躊躇なくジェジェの頭を吹き飛ばすだろう。


「はっ、人質のつもりか? そんな使えない奴は目障りだ。構わん、殺せ」

「ふっふ、どうやらこいつに人質の価値はないようですな」


 ニィガはそう言って不敵に笑う。それにしても二次眷属とはいえ吸血鬼を瞬断するその手際、それに先ほどの魔法弾の威力、警戒するべきはゴードンではない、ニィガであった。


「吸血娘よ。私の居城に土足で入ってきたお礼をたっぷりしてやる!」


 ゴードンが怒声を放つ。こいつは脅威ではない。むしろ弱い部類だ。恐らくだまし討ちや不意打ちをしなければ、まともに勝負できない愚図だろう。


「ニィガ、貴様が伝説の悪鬼だったのだな」

「何をいう! 私こそ伝説の悪鬼、破壊と混沌を撒き散らす――」

「黙れ、詐欺師! お前にそんな力は無い。すっこんでろ!」

「誰が詐欺師だぁ! ニィガ、この吸血娘を殺すな。捕まえて生き地獄を味あわせてやるわ!」

「ゴードン様、殺すのはともかく捕らえるには危険すぎる相手かと」

「何!? 貴様と私がいるのだぞ。魔族と称する者などいくらでも血祭りにあげてきたではないか!」

「この吸血娘は今まで戦ってきたエセ魔族とは別格です」

「むぅう、捕らえるのは難しいか?」

「はい、それに殺すのは今をおいて他にありません。この吸血娘はどういうわけか既に消耗しております。でなければ殺すことも無理であったと思われます」

「むむ、魔族の娘で遊びたかったのだがな」

「ゴードン様。今、こやつを殺しておかねば後々面倒ですぞ」

「わ、わかった」


 ゴードンとニィガが連携して襲いかかってくる。ゴードンは剣、ニィガは時に魔法弾を放ち、そうかと思えば近接格闘を挑んできたりもする。そのスタイルは変幻自在の動きをしてくるのだ。さらにゴードンの部下達が遠距離から弓矢や魔法弾で援護射撃をしてくるからたまらない。とても一対一に持ち込めないのだ。


 せめて、ジェジェが数秒でも注意を引いてくれれば……。


「おい、ジェジェ、起きろ! 起きて敵の注意を引け!」

「うごぉごご……」

「『うごぉごぉ』じゃない! 起きろ。せめて私の役に立ってから死ね!」

「エ、エディム……さ、様、む、無理です」

「き、貴様がそれを言うか? お前は学園で『無理だと思うから無理なのだ』といつも言ってただろうが。起きろ。起きて敵と心中してこい!」

「エ、エディム様、ご、ご武運を……」


 そのままガクリと気絶するジェジェ。


 つ、使え無さ過ぎる。もう死んでおけ!


 四面楚歌の中、ニィガが魔力を集中させていく……。


 何かヤバそうだ。すかさず防御の体勢を取る。


「ぬぉお、幽波魔拳(ゴーストライダー)!」


 ニィガが拳に力を集中させて突進してきた。


 こ、これはやばい……。


 咄嗟にバックステップしてニィガの拳を躱す。紙一重、ギリギリ身体を捻ってその一撃を躱せた。風切音が耳側を通過する。


 なんて速さだ。人間の動きではない。それに異常な攻撃力。特に拳に魔力を集中させた拳撃、あれを喰らったら、いくら吸血鬼の身体とはいえ破壊される。


 こいつ、人間のくせにフルパワー時の私と同じくらいの力がある。強い。悪鬼の伝説は伊達じゃない。


「はっはっは! どうした、どうした?」


 くっ。ニィガを警戒をしていると、ゴードンの剣が絶妙なタイミングで襲ってくる。さすがに長年、連れ添っているだけあって連携がうまい。


 はぁ、はぁ、まずい。だんだん対処しきれなくなっていく。長期戦をするほど体力はもう残っていない。


 はぁ、はぁ、くそ! せめて使えぬジェジェでなくダルフがいてくれたら……。

 

 念話を使ってダルフを呼ぶか……。


 念話の発動には数秒かかる。時間を作るため、ゴードンの剣捌きの隙をつき、ダッシュで間合いに入り込む。


 そして……。


「死ねぇ!」

「ぐあぁ!」


 与しやすいゴードンの指を引きちぎり、時間を作った。


 よし、念話を……。


「甘い!」

「ぐはっ!」


 や、やばい。一瞬の隙をつかれニィガの拳が直撃した。疲労と判断ミスが重なり、大きな隙を作ったようである。歴戦の勇士ニィガはそんな隙を見逃さない。破壊される右腕、吸血鬼の治癒力も追いつかない。


 うぅ、なんという破壊力……。


 その衝撃で身体は投げ出され地面を転がる。さらにゴードンの剣とゴードンの部下達の魔法弾と弓矢が追い打ちをかけるのだ。度重なる攻撃で身体からは全身血が流れている。


「はぁ、はぁ、はぁ。手こずらせやがって……」

「ゴードン様、不用意に近づくのはおやめください。遠距離からとどめを……」

「ニィガ、ちょっと待て。こいつは俺の指を引きちぎりやがった。嬲らないと精神衛生上収まりがつきそうにないわ」

「ですが……」

「まぁ、考えてある。お前達、こいつを好きにしろ。ひん剥くなり串刺しにするなり思いのままだ。ただし簡単には殺すな!」

「ひゃおお、いいんですかい」


 ゴードンの部下数人が群がり、下卑た声を上げて殺到する。


「くっ……や、やめろ」

「くっひひひ、先程までの威勢はどうした? 最強の吸血鬼様なんだろう?」

「おいおい、こいつ、震えてるんじゃないか? 何が吸血鬼だ。ガキはガキだな」

「はぁ、もう堪らないぜ。はやく剥いてブチ込んでしまおうぜ」


 下等な種族の下世話な声、臭い、吐き気がしてきた。


「放せ……」

「おっ。ニィガ様にやられて血まみれのくせにまだそんな強がりを言えるのか!」

「黙れ……」

「くっくっ。おい、とっとと脱がしてヤっちまおうぜ。こいつの生意気な口調はイラついて仕方がない」


 下等な者共が無礼にも私の衣服を剥ぎとり、その身体に触れようとしてくる。


「わ、私の身体に触れるな……私の身体はカミーラ様のもの――」

「何を言ってやがる。お前の身体は俺達のものだ。好きに弄ぶから覚悟しやがれ」

「ゆ、許さぬ……」

「へっ、何を言おうが――」

「下等生物共がぁあ! 薄汚い手で触るんじゃねぇええ――っ!」 


 体内の魔力を暴発させ、ありったけの血の雨を降らせる。奥義「魔吸血(ブラッディマリー)」自身に宿る血を魔力を使って飛ばす、強烈な血しぶきだ。その血の斬撃は回避不能、四方八方に降り注ぐ。鎧や兜を装備していようがお構いなし。その切れ味は、鋼鉄をも切り裂くのである。


 はぁ、はぁ、奥の手を使わせやがって……。


 身の程をわきまえない屑共の所業に怒りが爆発してしまった。


 最強奥義……ただ、これをやるとしばらく動けないのが難点である。奥義を使用した上に流血のせいで体が鉛のように重い。このままぶっ倒れてもいいが、ゴードンの死体だけは確認しないといけない。


 強烈な眠気を振り払い、重たい手足を引きずりながら奴の死体を探す。周囲には魔吸血(ブラッディマリー)でズタズタに切断された死体が散らばっていた。撒き散らされた臓物。辺りは一面、真っ赤に染まり血の海を形成している。阿鼻叫喚、皆、何が起こったのか理解できずに絶命している様子だ。


 はぁ、はぁ、はぁ、こいつらはゴードンの部下達だ。た、たしかゴードンは後方にいたはず……。


 さらに奥に進むと、血まみれ状態のニィガを発見した。だが、その近辺にいるはずのゴードンの死体が見当たらない。


 う、うそでしょ。いない、いない。どうして……?


 慌てて部屋中を探すが、見当たらない。確かにゴードンは後方に位置していた。たかが部屋の距離だ。血の刃は届いていたはず……。


 避けたのか? 


 いや、初見で避けられるほど生半可な攻撃ではない。では、事前に察したというのか……?


 くっ、眷属に連絡を……。


 念話発動!


『はぁ、はぁ、はぁ、ダルフ応答しろ!』

『エディム様、ご首尾のほどは……?』

『……逃げられた。そちらの包囲網に動きはないか?』

『いえ……ただ妙な魔力の淀みを探知したという連絡はありました』


 魔力の淀み!? そうかゴードンめ、転移魔法を使ったか!


『ダルフ、もちろんその場所に部隊を派遣したんだろうな?』

『そ、それがオルティッシオ様が殊のほか包囲網を崩す事を恐れているようで勝手に動く事を許してもらえず、ジェジェの派遣もオルティッシオ様の目を盗んでようやくできた次第なのです』


 あ、あの無能野郎! あんたのせいで……。


『ダルフ、至急その淀みがあった場所に部隊を派遣しろ。今度はオルティッシオ様が何を言ってきても無視していいから』

『御意』


 はぁ、はぁ、もうあれから数分は経っている。今更、部隊を派遣してもゴードンはいないだろう。


 Damn It!(ちくしょう!)  逃げられた……。

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