第二十四話 「エディムとジェシカとの共闘」
「エディム、皆を連れて早く逃げましょう!」
いい子ちゃんのジェシカだ。こう言い出すことはわかっていたはずなのに……。計画通りいかず、落ち込む。
はぁ、ここの女共の血を吸って回復を図りたかった。だが、それをやるとジェシカに不信がられる。私はあくまで「人間の心を持った吸血鬼」を演じなければならない。これもティレア様の設定を遵守するためだ。ティレア様がどのくらいその設定に重要性を示唆しているかわからない以上、破るわけにはいかないのである。
仕方がない。
手刀を繰り返し、鎖に繋がれている女共を解放していく。パキン、パキンと鉄鎖の割れる音が牢屋に響いた。
「あ、く、鎖が……わ、私助かるの……?」
「あ、ありがと、お姉ちゃん」
「あ、あああ、ありがとうございます。本当にありがとうございます!」
女どもが口々に騒ぎ出す。
やめろ。警備に気づかれるじゃないか!
いや、そろそろ巡回がくる。遅かれ早かれ女達が逃げ出したことは、ばれるか。急がねばならない。
「ジェシカ、悪鬼の居場所って知っている?」
「ううん、わからない。私も連れてこられたばかりだから」
「そう……」
どうする? 大立ち回りしながら、雑魚共に聞いて回るやり方では体力がもたない。かといってこのまま隠れながら探してたら、いくら時間があっても足りない。もたもたしてたらバカティッシオが突入してくる。
「エディム、もしかしてゴードンを殺そうとしているの?」
「えぇ、そうよ。いい子のジェシカが反対してもこればかりは――」
「反対なんてしないよ! あ、あんな酷い男。ひ、広場で、あいつはたくさんの人を殺した。連れていかれる娘を必死にかばってたその子の両親、それだけじゃない。妹を庇ったお兄さん、もっとたくさん、たくさんの人を……ゆ、許せない。あんな非道な男、エディムがやらないなら私がやってた!」
ジェシカが悲壮な顔で叫ぶ。あの心優しいジェシカにここまで言わせるとは……ゴードンとはなかなかの悪のようだ。
だが、相手が悪かったな。ティレア様のものに勝手に手を出し、調子に乗るとは言語道断だ。私がたっぷりと地獄の責め苦に喘がせてやる。
女達を牢屋から解放後、私とジェシカはゴードンのいる部屋を探す。だが、屋敷は迷路のように入り組んでいるうえ、そこらじゅうに傭兵が番をしていて、捜索は遅々として進まなかった。
「ジェシカ、このまま隠れながらの捜索は埒があかない。少し強引な手を使うよ」
「待って。エディム、あなた辛そうよ。最初会ったときにも思ったけど、体調が悪いんじゃない?」
さすが、勘のいいジェシカ。再会に感激している中で見ているところはちゃんと見ている。
ジェシカの言うとおりだ。もう、気を抜いたら倒れそうである。ふらふらで貧血が悪化しているのだ。女共で回復できなかったのが今更ながらに悔やまれる。
「ジェシカ、確かに今の私は体調が悪い。だけどね、ゴードンは絶対に討ち取らなければいけないの」
「エディム、ここは一旦、撤退も視野に入れた方がいいよ。ゴードンは許せないけど、エディムが死んじゃったら嫌だよ」
あぁ、もうジェシカ、うざい。撤退は絶対に不可。任務失敗なんて報告できない。というか報告した時点で私は処刑される。
「大丈夫、私は吸血鬼よ。簡単にはくたばらないわ」
「で、でも……そ、そうだ! ティレアさんに助けてもらおうよ。エディムも知っているよね。ティレアさんならゴードンなんて軽く倒してくれるわ」
それはもっと不可! ありえない。任務に失敗した上にそのケツを主にふかせるなんて……。
そんな恥ずべき行為をしでかしたら、私は幹部の方々にリンチされる。いや、それ以上の拷問をされるだろう。うぅ、恐ろしい。
「ジェシカ、ティレアさ……んを巻き込めないよ。あの方は私の恩人なんだ。それにね、悪鬼討伐が遅れれば遅れるほど犠牲は広がっていく。今夜、悪鬼を討ち取れなかったら、また誰か別な女性がキズモノにされ殺されていくよ」
「そ、そうだね。ティレアさんばかりに頼ってちゃいけない。それに、今もゴードンに召し出され酷い扱いを受けている女の子がいるもの。助けなきゃ」
「そうでしょ」
「うん、でも本当に体調は大丈夫なの? 私もできる限りフォローするから無理はしないでね」
「うん、わかった。で、さっき言おうとしていた作戦があるんだけど……」
「作戦って……?」
「なに簡単よ。私がそこの物陰に隠れているから、だれか傭兵一人を誘い出してきて。そいつを締め上げてゴードンの居場所を吐かせるから」
「騒ぎにならずに情報を得るいい作戦だと思うよ。でも、どうやって傭兵をおびき寄せるの?」
「それは色仕掛けに決まっているでしょ」
「え――っ! ま、またやるの……」
「またって。ジェシカ、色仕掛けってやったことがあるんだ?」
「う、うん、ティレアさんと一緒に魔族と戦ったときにね……」
「とにかく経験があるのならお願い。だれかその辺を歩いている奴を引っ張り出してきてよ」
手当たり次第に眷属にして暴動を起こすって手もある。だが、それをやると私が人間の心を持っていないってジェシカが不審がるだろうし……。
はぁ、まったくこんなまどろこしい作戦をするのはあんたのせいなんだからね!
「うぅ、嫌だなぁ」
「乱暴な手を使うよりいいいでしょ」
「う、うん、気が乗らないけど、ゴードンを倒すためだもんね」
ジェシカが納得してくれた。あとは獲物が見つかるのを待つだけである。
通路の物陰に隠れる事、数分……。
ヒゲもじゃ、筋肉質のエロそうな男を発見した。いかにもジェシカを好みそうなスケベオヤジだ。
「さぁ、ジェシカ、暗がりにおびき寄せるのよ。あとは私がゴードンの居場所を聞きだしてやるから」
「うぅ、できるかなぁ」
「大丈夫よ。ああいう頭の悪そうな中年オヤジは、ジェシカみたいな幼い身体に欲情するものなの」
「くっ、エディムまで。こ、これでも成長しているのに……」
ジェシカはぶつくさと文句を言いながらも意を決したみたいだ。肩を露出させ、体をクネクネさせ始めた。
さぁ、あなたのちっぱいが役に立つ時よ。
「ね、ねぇ。そ、そこの、おじさん?」
「なんだ? 女、貴様、どうやってここに?」
「か、からだがほてっちゃう。はぁ~ん、ねぇ、そ、そこでいい事しない?」
ジェシカ、渾身の演技!
よくやった! できればもう少し自然に振舞って欲しかったが……。
まぁ、ウブなジェシカだ。セリフが棒なのは、仕方がない。
「しょんべんくさいガキが何を言ってやがる。さっさと牢屋に戻らんか!」
「え!? あ、あのいいこと……」
「ゴードン様もストライクゾーンが広すぎるぜ。こんなガキ共のどこがいいのか」
ジェシカが涙目でこちらを見てくる。
あぁ、ダメだったか……。
やはりジェシカでは色気が足りない。しょうがない。不本意だが、誘い役も私が引き受けるとしよう。
くいくいと指でジェシカに戻るように合図する。ジェシカが肩を落とし、すごすごと戻ってきた。
「うぅ、だから無理だって言ったのに……」
「そうね。あんたじゃ色気が足りない。交代よ、私がやる」
「なっ、エ、エディム……」
ジェシカが戻ると、交代に物陰から飛び出す。肩を露出し、ちらちらとスカートの裾を上げ下げする。
「は~い、おじさん、どう? いい事してあげるよ」
「また女が……いったい警備は何をやってやがる」
「ねぇ、こっちに来て~」
「はぁ、しょんべんくさい女はひっ込んで――」
む! 思わず胸元を露出させる。どうだ、ジェシカにはない谷間だ。ティレア様には負けても、この年にしてはなかなかのプロポーションと自負している。
「ほぉ、なかなか育ってるじゃないか。ガキと思ったがこれは中々……よしよし、オジさんが可愛がってやろう」
よし、釣れた。ふふ、あとは暗がりに連れ込んで締め上げる。私はジェシカを横目にふふんとドヤ顔してみせる。
あ、ジェシカ、悔しそうだ。ジェシカはわなわなと震えていた。
「さぁ、おじさん、こっちに――」
ひらひらと舞うように物陰に誘導し、中年オヤジが眼前に近づいてくる。
「ぐへぇへぇへ。まずはお試し――ん!? くっせぇえ――っ! なんだお前の臭さは! ありえんぞ」
「えっ……?」
あと少しで物陰に引きずり込めたのに。その中年オヤジは、鼻をヒクつかせながら後ずざりする。
臭い? な、なぜ?
はっ!? そ、そういえばあの浮浪者共の臭いがついたのか……。
あの臭いは確かに強烈だった。死体同然の血を吸ったのだ。口臭もすごいことになっているかも。
「臭い、臭い、臭すぎる! 俺はガキも嫌いだが、不潔な女も嫌いなんだ。さっさと牢屋に戻りやがれ!」
「き、貴様ぁあ!」
臭いだと! 人間如きが舐めた口を! 思わずそいつの喉を鷲掴みにする。
「ぐぉおお! な、なんだ、その力? く、苦しい。がはっ。た、助けてくれ!」
「な、なんだ、どうしたんだ?」
騒ぎを聞きつけ、傭兵共がうじゃうじゃとむらがってきた。や、やばい。早く居場所を吐かせないと!
「おい。お前、このままくびり殺されたくなければゴードンの居場所を言え!」
「ぐっ。だ、誰が、言う――」
「ふん」
首にかけている手の圧力をさらに増す。中年オヤジの首からミシミシと折れる気配が伝わってくる。
「ぐあぁあ! 言う、言うから! ゴホ、ゲホ。はぁ、はぁ、だからやめてくれ」
中年オヤジを締め上げ情報を入手すると、そのまま落とし気絶させた。
まったく、イラつかせやがる。
情報によると、ゴードンは屋敷の最上階にいるらしい。このまま上に進めばいいだろう。
「ジェシカ、ゴードンの居場所がわかった。最上階よ」
「……うん、でもなんで騒ぎを起こすはめになったの? 何かあいつと言い争ってたみたいたけど、く、臭いとかどうと――」
「ジ、ジェシカ、今はそんな問題じゃないでしょ。早くゴードンを倒さないと」
「そうだね」
私とジェシカは迫り来る傭兵を躱しながら最上階に進む。だが、傭兵共は先に進めば進むほど増えていくばかりだ。このまま躱して進むにはもう限界だ。かといってこんな雑魚共を倒すのに体力は使いたくない。
「ジェシカ、こっから先は躱してはいけない。傭兵共の露ばらいを頼める?」
「う、うん」
ジェシカが魔力を高め、戦闘モードに移る。よし、こいつらはジェシカに任せよう。悪鬼との戦いの前に少しでも体力を温存させておきたい。
ふぅ~っ。
目を瞑り、深く息を吐く。体内の魔力循環を調え、回復を図るのだ。「流」と呼ばれる所作である。数分ほど同じルーチンを繰り返す。
少し、楽になったな。
目を開ける。最上階に向けて行動開始だ。ジェシカ、傭兵を何人倒したかな――ってまだ一人も倒していないじゃない!
というかジェシカもしかしてピンチ? ジェシカは傭兵共に魔法弾を撃ってはいるが、なかなか決定打にはなっていない。それどころか奴らの魔法弾、あるいは弓矢に翻弄されまくりである。
はぁ、人間ってここまでもろかったんだ。こんなもろい存在と競い合っていた時期があったなんて……。
ってやばい。カミーラ様の持ち物がこのままでは壊される。ジェシカ、あんたはカミーラ様の許可なく勝手に壊れてはいけないのよ。
あぁ、くそ、絶対に体力が削られるな。私は魔弾を生成すると、そのまま奴らに向けて放っていく。
「ぐぉああ!」
「な、なんだ……? あの威力!」
「ひ、ひぃ。魔法弾の威力じゃねぇええぞ!」
傭兵共が私の魔弾に及び腰になる。だが、怪我を負ったようだが、誰ひとり死んでいない。やはり力を抜いた魔弾では倒せない。ちまちまとこのまま魔力を節約していっても、敵の数は減らない上に時間だけが過ぎていく。
はぁ、はぁ、ったくまどろっこしい。魔力を最大限に高めて傭兵共を威圧する。残り少ない魔力だが、ここである程度使わないとジェシカと共倒れになりそうだ。
「ジェシカ、下がって」
「で、でも……」
「いいから。あんたを死なせるわけにはいかないの! 下がりなさい!」
「う、うん」
ジェシカを下がらせ、傭兵共と向き合う。最上階まであと数階、ここの雑魚共を粉砕すれば目的地まであとすぐ、ここが正念場だ。
「さぁ、雑魚共、死にたい奴はさっさと出てきなさい!」
「「うぅぁああああ!」」
雑魚共が半狂乱になって襲いかかってきた。どうやらさきほどの魔弾と私の威圧でパニックを起こしているらしい。
はは、これは光明。団結して陣を敷かれてたら非常にまずかった。これなら奴らはタダの的だ。魔弾を放ち、雑魚どもに踊りかかる。向かってくる敵の剣を折り、その首の骨を砕いていった。
そして……。
はぁ、はぁ、はぁ、なんとかこの階にいる傭兵を全滅させた。
うぅ、や、やばい。けっこう体力を消費してしまった。もう倒れたら、このまま立ち上がれそうにない。
柱にもたれながら息を整える。そういえばジェシカ、死んでいないよね? 下がらせてはいたが、戦闘中は敵に集中していたからジェシカを見ていない。
「はぁ、はぁ、ジ、ジェシカ、無事……?」
「うん、ありがとう」
「よ、良かった……」
「エディム、ごめんね。負担ばかりかけて。ね、ねぇ、本当に大丈夫?」
「はぁ、はぁ、だ、大丈夫だって言っているでしょ。そ、それよりも先を急ぐよ」
「だめぇ! エディム、いくらなんでも無茶よ。とりあえず休もう。こんな状態で、とてもゴードンは討ち取れないよ」
確かにジェシカの言うとおりかもしれない。これから先、体力は無くなっていくのに敵の数は増える一方だろう。
血が必要だ。美女の血ならなお良い。眼前に美少女がいる。吸いたい。吸って体力を回復しないどうしようもない。だが、ジェシカはカミーラ様のもの。手を出していいわけがない。
だけど……。
カミーラ様、申し訳有りません。このままだとティレア様の君命を果たせません。どうか私の不義をお許し下さい。
「ジ、ジェシカ、お願いがあるんだけど……」
「なに? なんでも言って」
「はぁ、はぁ、あ、あなたの血を分けてほしいの」
「えっ!? そ、それは……」
「大丈夫、全部吸ったりはしない。ほんの少し、ちょっとだけでいいから……」
「う、うん……少しだけなら」
「はぁ、はぁ、ジェシカ、安心して……私が、あ、あなたを殺すわけないじゃない。私達、友達でしょ」
「うん、そうだね。いいよ」
ジェシカが腕を出してくる。ふふ、友達思いのジェシカらしい。吸血鬼に血を吸われるというのに……。
出した腕が小刻みに震えているのも可愛いこと。安心しなさい。あなたはカミーラ様のもの。殺さないし眷属化もしない。ただ、少しあなたを堪能させて。
ジェシカが出した腕を取り、そのままジェシカに抱きつく。そして、ブスリと首筋にかぶりついた。
「ち、ちょっとエディム……?」
「な、何? はぁ、はぁ、いいって言ったでしょ」
「い、言ったけど、なんで、そんなところを触るの? ちょ、いやん」
「我慢してよぉ。吸血行動ってね、性衝動も膨れ上がってくるのよ」
ただでさえ、あんな気持ち悪い思いをしたのだ。美少女で口直ししないとたまったものじゃない。
「い、いや、で、でも、はぁ、はぁ、ちょっと」
「はぁ、はぁ。ジ、ジェシカ、可愛いわ、ジェシカ」
血を吸いながらジェシカの胸や可愛いうなじにキスをする。
そして……。
「はぁ、はぁ、ちょ、そ、そこは……やだ! やめてよ!」
「はぁ、はぁ、が、我慢しなさい。これくらいがなによ」
「ひっ、ひ、やだ、やだよ。やっぱりエディムは変わったんだ。ひっく、人間じゃないのよぉ~」
ジェシカが泣いている。いけない、やり過ぎたか? このままだとティレア様の設定がくずれてしまう。多少なりとも回復したし、これぐらいで終わらせるか。
「ご、ごめんね、ジェシカ」
「ひどい。ひどいよ」
「本当にごめんなさい。言い訳になるかもしれないけど、吸血していると理性が無くなるの」
「……ひっく」
「ねぇ、なんでもするから許して。ジェシカが血を分けてくれたから体力が回復したんだよ。ありがとう」
「……も、もう平気なの?」
「うん、本当に体調が良くなったわ。あ、そうだ! お詫びにリントの喫茶でお茶を奢るからさ」
「リントってエディム覚えててくれたの?」
「当たり前でしょ。ジェシカが課題やってていけなかったもんね」
「うぅ、うぅ、覚えててくれた。吸血鬼になる前の話なのに……うぅ、エディム」
そう言ってジェシカが抱きついてくる。はぁ、疲れるなぁ。もう泣いたり怒ったり宥めるのに苦労する。
「許してくれる?」
「うぅ、シフォンケーキも奢ってくれなきゃやだ」
「いいわいいわ。好きなだけ奢ってあげる」
「えへへ、約束だからね。今度、ティレアさんも誘って三人で行こう」
ティレア様を誘ってお茶って……。
ジェシカ、なかなか難易度高いことを言ってくれるわね。そんな提案したら幹部の方々にどれだけ嫉妬されるか。