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第二十三話 「エディムと悪鬼邸突入」

 バカティッシオのせいで足取りがおぼつかない。


 はぁ、はぁ。と、とりあえず吐こう。


 体力は消耗するが、このまま胸糞悪い気分のままでいるより百倍ましだ。バカティッシオから見えない位置まで移動すると、喉に指を突っ込み嘔吐する。


 おっげえぇえ! 


 うぅ、カミーラ様には絶対お見せできない姿だ。恥も外聞もなくひたすら吐く。体中に蔓延していた不愉快感を全て出し切る。あぁ、クラクラする。体中の血という血を全て外に吐き出した。胸糞悪い粗悪な血を出したはいいが、血が足りない。貧血気味だ。


 はぁ、はぁ、なんか新入生歓迎会で嫌な先輩達に無理やり酒を飲まされた記憶を思い出す。生意気だと先輩達に呼び出され、慣れない酒を無理やり飲まされた。


 あの時もこうやって吐いてたっけ……。


 嫌な思い出だ。


 その後も何度も何度も先輩達に呼び出され、無茶な要求をされ続けた。最後は退学覚悟でやってやろうかと思ったが、ジェシカが教師を巻き込んで止めてくれたから助かった。


 しかし、今は己自身で解決しないといけない。バカティッシオと心中なんて真っ平御免だ。


 この貧血気味の体力では悪鬼討伐は厳しい。任務遂行を確実に達成するには、突入役をバカティッシオに代わってもらうのが一番だ。だが、その方法を取ればバカティッシオの株は上がっても私の株は急降下する。

 ティレア様の君命を体調不良で断念したとなれば、邪神軍での私の立場は無くなる。特に、カミーラ様に知られたらどれほど失望されるか……。


 それは絶対にしたくない。もともとバカティッシオのせいでこんな目に遭っているのだ。なぜ、私が失望されなくてはならないのだ!


 ならば方法は一つ。ダルフ達眷属の助力を得るしかない。


 念話発動!


『ダルフ、聞こえるか? 至急ここに――』

『エ、エディム様、申し訳ございません。包囲網がオルティッシオ様に――』


 バ、バカティッシオ、一体何をやらかしているんだ?


『ダルフ、どうした? オルティッシオ様が何をしているのだ? 説明しろ!』

『も、申し上げます。オルティッシオ様がジン隊、キャス隊を襲撃してます』


 は、はぁ!? 何やってんだ、あの人! 味方を襲撃って、そこまで堕ちたか!


『ダルフ、とにかくオルティッシオ様を――』

『エディム様、申し訳ありませんが、至急こちらに来てオルティッシオ様を止め――ぐはっ! オルティッシオ様、な、何を……?』

『ダ、ダルフ、どうした? 何が起きた? ダル――』

『エディム、貴様ぁ! 何故お前の眷属共が包囲網を敷いておるのだ。まさか手柄を独り占めする気ではなかろうな!』


 突然の怒声が頭に響く。うぅ、頭が痛い。


 バカティッシオが、勝手にダルフの通信に割り込んできた。まったく、好き勝手してくれる。だが、襲撃の理由がわかった。私に手柄を独り占めされると思ったのか。全く器が小さすぎるぞ。包囲網を敷いたのは、たんにあんたが信用できないだけだ。だが、本音は言えない。


『も、申し訳ございません。決して手柄を独り占めしようと考えてなく、何かオルティッシオ様の手助けになればと思い、勝手ながら眷属達を配置しておきました』

『エディム、お前はまるでわかっておらん。作戦外の行動は連携も何もなくなる』

『は、はい』

『いいか。包囲網は私の隊が完璧に敷く。お前の眷属共に用はない。わかったな』

『はっ。ですが、せっかく眷属を用意したのです。オルティッシオ様が敷いた包囲網の外側で構いませんので、配置のご許可を頂けませんか?』

『うーん、邪魔はしないだろうな?』

『もちろんです。決して出すぎた真似は致しません。どうかお許しを……』

『わかった。それではお前の眷属共は、ここより一キロ先に布陣させろ。また各眷属部隊は、私の指揮下に入れさせるのだ』

『御意』

『それとジンにキャスと言ったか。奴らは隊から外せ!』

『な、何故です? 奴らは部下達の中でも指折りの猛者達なのですよ』

『指折りだぁ? あの程度の腕で増長し、しかも邪魔だからどけと言ったらクソ生意気に『エディム様以外の命令は聞かぬ』とほざきやがった』

『な……』

『まったく、あやつら半魔族のくせに偉そうに。師団長の私に逆らうなど邪神軍の事を舐めているとしか思えん!』


 あ、あいつら、なんて態度を取るのよ。これじゃあ、私までもが邪神軍に敬意を払っていないみたいじゃないの。


『も、申し訳ございません。奴らには厳しく指導しておきます』

『そうしておけ!』


 そう言うと、バカティッシオは念話を断ち切った。とにかく状況はわかった。はぁ、これじゃあ眷属の援軍は期待できない。下手に眷属を動かすと、バカティッシオがまた暴走するだろう。


 念話発動!


『ダルフ大丈夫か?』

『はっ。も、問題ありません』

『とにかくオルティッシオ様のご命令だ。包囲網をここより一キロ引かせろ。その後については、オルティッシオ様のご指示に従うのだ。それと、キャスとジンは包囲網から撤退させておけ』

『エディム様、宜しいのですか? このままでは、包囲網の主導権をあちらに握られてしまいます。エディム様さえよければ決戦覚悟で――』

『バ、バカ者がぁあ――っ! 下らぬ事を考えるより、すぐにオルティッシオ様の指揮下に入れ!』

『は、はっ』


  眷属ダルフに指示を出すと、足をふらつかせながら屋敷へと向かう。


 か、体が重い。力はほとんど入らない。


 気分は最悪。援軍(ケンゾク)も来ない。馬鹿(オルティッシオ)がいるだけ……。


 こんな状態で討ち入るのか?


 悪鬼の館……事前に調べた情報だと、警護が数百程度である。強者がいるわけでもない雑魚ばかり。普段の私であれば、正面突破で蹴散らしながら余裕で首が取れる。だが今は、平常時の三分の力しかない。数で押されたら体力が尽きる。

 

 しょうがない。あまりやりたくはなかったが、ゴードンの女として召し出された事にして潜入する。そして、雑魚はかまわずいっきに頭をとる。


 作戦が決まり、門に到着する。門番共が私を見つけ、駆け寄ってきた。


「止まれ! こんな夜更けに内容だ? ここはゴードン様の私有地だぞ」

「あ、あのゴードン様に召しだされた者です」


 ゴードンに召し出されたと聞いた門番共が、好色な顔を覗かせる。


「そうか。ゴードン様が……だが、不審者かもしれん」

「あぁ、そうだな。ひっひ、少し身体検査をさせてもらうぞ」


 下卑た言葉を交わして、私の衣服を剥ぎ取ろうとする。


 こ、殺す! 私の体はカミーラ様のものだ! 貴様らのような下衆が触れて良いものではないぞ!


 反射的に攻撃しようとするが……かろうじて堪える。


 待て。堪えろ。騒ぎになった場合、全員を相手に戦っていては体力がもたない。考えろ。雑魚に構わずにゴードンまで到達する道を……。


「あ、あのいいんですか? 勝手に私に手を出しちゃって……」

「な、何を言うか! 俺達はただ身体検査を――」

「ゴードン様、ハツモノが好きって言ってたのに私、汚されたって報告しますよ」

「なっ!? 貴様脅す気か!」

「事実を言ったまでです。ゴードン様、短気ですからね。特に男には容赦がない。もし、こんな事がばれたら……」

「おい、やばいぞ。ゴードン様の女に手を出したなんて思われたら……」

「そ、そうだな」


 ふぅ、なんとか下衆共に手を出されずに済んだ。後はこいつらにゴードンのもとまで案内してもらえばいい。


「ちっ。お前、こっちだ」


 門番に案内されるがまま屋敷の中に入る。中は傭兵共で溢れかえっていた。至るところに護衛が配置してある。部屋の作りも意外に狭くゴチャゴチャしていた。いわゆる侵入者対策である。この調子だとトラップ部屋もありそうだ。これはますます正面突破は無理だ。確実に悪鬼のもとへと案内してもらわねばならない。


 門番に案内され歩くこと数分……地下の階段を降りる。


「ここだ、入れ!」


 なっ、牢屋だと!? 悪鬼の部屋に入るのではないのか?


「あ、あの私はゴードン様に召し出されたのですよ。どうして牢屋に入る必要があるんですか?」

「まずは牢屋だ。そして、ゴードン様が気に入った女を部屋に呼び出す。お前のような小娘は別だが、女の刺客だっているんだ。いきなり部屋には入れんぞ」


 ちっ、ゴードンめ、なかなか用心深い。そうだよ。奴は女絡みで恨みを買っている。女の刺客には、十分に気をつけているのだろう。


「おい」

「何でしょう?」

「俺達は何もしなかった。変な事をゴードン様に言うとただじゃおかないからな」


 門番共はそう捨て台詞を吐いて、その場から出て行った。ふん、馬鹿な奴らだ。明日にはゴードンに怯える必要はないというのに……。


 まぁ、怯える相手が魔族に変わりはするがな。


「あなたも捕まっちゃったのね」

「だ、大丈夫よ。きっとレミリア様が助けにきてくれるわ」


 はぁ、ただでさえ体調がすごぶる悪いのにうっとおしい。私が牢屋に入ると、数人の女どもが駆け寄って声をかけてきた。ジャラジャラと鎖の音がかんにさわる。動き回らずにおとなしくしておけ。


「うぅうぅ。まぁま、助けて」

「うぅ、あ、悪鬼、ゆ、許さない。よ、よくもあの人を……」


 他の女共の怨嗟やすすり泣きもうるさい。こいつら全員噛み殺してやろうか! ん!? そうだ。ちょうどいい。こいつらで口直ししよう。体力回復もできるし、一石二鳥だ。


 牢屋にいる女共を見る。ゴードンは幼女から熟女まで一通り集めてきているようだ。年齢層が幅広い。なんというか変態だな。だが、その見る目は確かだ。捕まっている女は、誰もが目を見張る美人である。ふふ、魔力は少ないが、これだけの美女の血を吸えばパワーも戻るだろう。


 それじゃ最初の生贄は……。


 周囲を見渡す。


 ん!? ツインテールの愛らしい少女を見つけた。


 まずはお前から、って――


「ジェシカ!」

「エディム!」

「あ、あんた捕まってたの?」

「う、うん、ゴードンが広場でやりたい放題やってたの。でね、あまりにも酷くて逆らったら……」


 はぁ、まったく相変わらずのいい子ちゃんね。このまま噛み殺してもいいんだけど、ジェシカはカミーラ様のものだ。


「ジェシカ、動くんじゃないよ」

「えっ!?」


  ジェシカが繋がれている鎖に手刀を振り下ろす。パキンと音が鳴り、鎖がちぎれた。もちろん、私が牢屋に入った際に繋がれた鎖はとっくに外してある。いくら弱っているといっても、人間用の鎖如きで吸血鬼は縛れない。


「さぁ、早く逃げなさい」


 あんたはカミーラ様のものでしょうが、悪鬼に手篭めにされるなんて許さない。


「うぅ、エディム、ありがとう!」


 ジェシカが大粒の涙を流しながら抱きついてくる。いいからそんな事よりさっさと逃げろっての!


「ジェシカ、お礼はいいから早く――」

「うぅ、ひっく。わ、私ね、ずっと、もうエディムは私の知っているエディムじゃないって思ってたの。でも、違った。エディムは私を助けてくれた。嬉しい。嬉しいよぉ!」


 ジェシカは感涙して必死に抱きついてくる。


「ああ、もうわかった。わかったから、だいたいあなたはカミ――」

「へへ、ティレアさんの言うとおりだった。吸血鬼になってもエディムは人間の心を取り戻していたんだね」


 は、はぁ? 何それ? 人間の心? それにティレアさん(・・)だと? 


「ジェシカ、どういう事?」

「うん、ティレアさんが――」


 それからジェシカがかいつまんで説明してきた。どうやらジェシカは邪神軍については何も知らないようだ。まぁ、ティレア様も何か思惑があってジェシカに秘匿されているのだろう。それならば家臣である私は主の意向に従うまでだ。


 ただ、ティレア様……。


 「人間の心を持った吸血鬼」って無茶ぶりすぎやしませんか! 魔族の正体を隠したいのはわかります。ですが、かんのいいジェシカがそんな嘘にひっかかるとは思えませんよ。


 あ、でも今、確かにジェシカは私を信じている。成り行き上、さっき助けはしたけど、その程度でかんのいいジェシカが信用したりするかな。


「あ、あのジェシカ――」

「あぁ、エディム、良かった。良かったよぉ~」


 なるほど。このジェシカの態度、信用したというより信用したいってところか。ティレア様もそんなジェシカの心情を利用してそんな設定をされたのかな?


 う~ん、でもたかがジェシカごときになぜそこまでする必要があるのか? そこまでの利用価値も無いと思う。仮に何か利用価値があったとしても力で抑えるなり、なんだったら私が忠実なる眷属にしたててもよいのに。


 わからない。ティレア様のお考えはさっぱりわからない。ただ一つ言えることがある。ティレア様は、私にジェシカの前では「人間の心を持った吸血鬼」を演じて欲しいみたいだ。


 ……やりましょう。演じましょう。それがティレア様のお望みならば、家臣として全力で演じてみせます。


「あージェシカ、今まで心配かけたよね、ごめん」

「エディム、本当に心配したんだよ。学園にもあまり来ないし、みんなの事、エディムが避けているって聞いたし……」

「本当にごめんね。ほら私、吸血鬼になって色々悩んじゃってたから。学園の皆とは距離を置いていたんだ。でも、そのティレアさ……んのおかげでなんとか前向きに進もうって思い直して」

「そうだったんだ。さすがティレアさんね、うん、また一緒に学園に行こうね」

「うん」

「ふふ、そうだ、エディム。ジョンもあなたのことすごく心配していたんだよ」

「あ、あのね……」

「もちろん、彼ね私のことはただの友達。本当に好きなのはエディムだって……」


 ジェシカ、心底どうでもいいよ。

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