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第二十一話 「悪鬼抹殺指令、殺す覚悟を決めちゃった」

「「ティレア様、お召しにより参上しました」」

「よく来てくれたね」


 エディムとオルが部屋に入ってきた。二人とも片膝をついて臣下の礼をとってくる。まるで王に謁見する騎士の如くだ。


 遊びとはいえ、この二人は忠実に俺を主君みたいに扱ってくれる。俺も、ノリで色々命令したことはあるけど、これから人を殺して来いなんて言われるとは夢にも思っていないでしょうね。


 殺す相手が極悪人とはいえ、こんな事を言ったら軽蔑されるかもしれない。二度と友達には戻れないかもしれない。でも、それでもティムを守るためにはこうするしかない。国家が悪鬼を放置しているのなら、身にかかる火の粉は自分ではらわなければならないのだ。


 悪鬼は暗殺するしかない。でも、本当に暗殺なんて成功するだろうか? 相手はあの伝説の悪鬼だ。その悪行もさることながら戦闘の実力も天下一品なのだ。悪鬼の強さを表すエピソードは枚挙にいとわない。


 例えば、ある高名な魔法学者が悪鬼をこう評した。


 もっとも効果的な、かつ破壊に満ちた魔法を作りあげた人間は誰か?


 一騎で千人を駆逐したヴェン・ヴェートだろうか……。

 常勝将軍を掲げたシューメントか……。

 それとも、生涯無敗を貫いたミヤムー・サッシか……。


 もちろん、古今東西全ての人物を知るわけでないが、知っている範囲で良いというなら答えは決まっている。


 それは、サム・ゴードンだ。


 ほかにも「サム・ゴードンの強さは言葉で言い表せない」とか「サム・ゴードンの呪文には一字一句無駄がない」とか聞いているだけで、その強さが規格外だとわかる。


 ふむ、考えてみると、俺はエディム達に無謀な挑戦をさせようとしてないか?


 ……いや、だ、大丈夫、大丈夫。


 オルの実家は大貴族、この地下帝国を作り上げるぐらいの有力貴族だ。そしてエディムは吸血鬼、その力は普通の冒険者を凌駕する力を持っている。二人が協力すれば、闇に紛れて悪鬼を暗殺するぐらいできるよ。


「ティレア様……?」


 エディムが怪訝そうに声をかけてきた。

 いかん。俺がずっと無言でいるから、不審がっているね。


「あ、あのね……実は……」

「はい」

「うぅ、だめだ。やっぱり言えないよ」


 先ほどまでの決心が揺らいでしまう。だってエディムとオルが一点の曇りのない目を俺に向けてくるんだもの。全幅の信頼ってやつだ。こんなに信頼してくれている仲間に血なまぐさい犯罪行為を頼めないよ。


「ティレア様、どうされたのですか?」

「い、いやね……頼みがあるんだけど、あなた達に申し訳なくて……」

「ティレア様、そんなお気遣いなど無用です。どうぞ遠慮なくご命令ください」

「エディムの言うとおりです。非才な身なれど、ティレア様の御為に粉骨砕身で仕える所存です」


 エディムやオルがそう言ってくれるが……。


 甘えてもいいのだろうか? こんないい奴らを巻き込みたくない。オルもそうだが、エディムは特にこういう血なまぐさいことから遠ざけておきたい。なんたってエディムは今までさんざん国家から追い立てられて苦しい思いをしてきたのだから。やっとやっと人間らしい生活をしているところに、こんな暴力行為を持ち込むなんて……。


 やっぱり二人には隠しておくべきか……。


 いや、だ、だが、そうなると俺やティムの身が危険なのだ。ティムの危険を取り除くにはこの二人の協力が必須不可欠なのである。


 うぅ、どうしよう? 俺がジレンマに苦悩していると、


「エディム、どうやら覚悟を決める時がきたようだ」

「えっ? それはどういう意味ですか?」

「緊急の呼び出し。しかもここに来ることを誰にも知らせぬなとのティレア様の厳命であった」

「そうでしたね。特に、カミーラ様には気づかれないようにとのご命令でした」

「そう、それらを加味し、ティレア様がここまで言い淀む命令など一つしかない」


 オルが神妙な顔をして思わせぶりなセリフを吐いている。おぉ、オル、あなた超能力者にでも覚醒したのか? 


 俺の言いにくいことを察するなんて……。


「それでオルティッシオ様、ティレア様が言い淀む命令とはなんなのですか?」

「決まっておろう。カミーラ様の排除だ」

「「はぁ?」」


 俺とエディムのすっとんきょうな声が重なる。


 な、何言っているんだ、こいつ? とうとう頭がおかしくなったのか?


「そ、そんな……どうしてティレア様がカミーラ様を排除するのですか!」

「エディム、邪神軍の覇道の為には命令の一本化は必然だ。現在、カミーラ様の権限が大きく逸脱し、ティレア様の領域を侵しておられるのだぞ」

「そ、そんな嫌です。私はカミーラ様を裏切ることなどできません」

「エディム、それ以上言うな! うぅ、わ、私だって辛いのだ」

「でしたら……」

「だまれ。邪神軍の為に耐えぬか! ティレア様とて苦渋の決断をされたのだ」


 オルは、涙を流しながらエディムをそう説得している。うん、オルがバカなのは知っていたが、ここまでだったとはね。


「オル、いい加減にしなさい。それ以上、馬鹿なことを言うようなら、その舌を引っこ抜くわよ」

「ひ、ひぃ。も、申し訳ございません」

「あなたねぇ~。私がティムを害するわけないでしょ! まったく、あまりの言葉に呆然としちゃったよ」

「ティレア様、それではカミーラ様抹殺の指令ではないのですね?」

「当たり前でしょうが! 冗談にしてもタチが悪い」

「そ、それではティレア様が言い淀むご命令とはなんなのでしょうか? 人払いをするほどであったので、てっきり……」


 オルが恥ずかしそうに質問をしてくる。てっきりってなんだ? どうやったらそんな勘違いをするんだ。もうなんか拍子抜けしたな。


「はぁ、ティムは関係ない。人払いしたのは、あなた達二人だけに頼みたいことがあったからよ」

「そうですか。安心しました」

「安心って……今から頼む内容によってね、あなた達は犯罪者――」


 いや、犯罪者になって牢屋に入る程度では生ぬるい。こいつらのことだ。事の重大性を理解しないに決まっている。もっと、踏み込んで言わなきゃいけない。


「コホン、私の頼み事であなた達は死ぬかもしれないのよ」


 俺の物言いにキョトンとする二人。どうやら俺の頼み事が予想外だったらしい。そうよね。普通は命懸けの頼みなんて聞いたら引いちゃうよね。


「あ、あのティレア様、それはたんに危険な任務ということですか?」

「そうよ。『たんに』という言い方が軽く聞こえるけど、生存率五パーセント、生きるか死ぬかよ」

「ふっふっふ」

「ど、どうしたのオル、急に笑い出しちゃって」


 危険な任務って聞いて恐怖で狂ったか、オル。


「ティレア様、このときを待っておりました。不肖オルティッシオ、ティレア様のために命を惜しみませぬ。ぜひともその任、お受けしとうございます」


 あ~なるほど危険な任務と聞いて中二病がくすぐられたか。でもね、これは遊びじゃない。本当に危険なんだから。この馬鹿にリアルを教えてやらないとね。


「オル、まだ事の重大性がわかっていないようだから教えてあげる」

「御意」

「悪鬼ことサム・ゴードンって知っている?」

「い、いえ、知りませぬ」

「そっか。まずはそこから説明がいるか」

「あ、あのティレア様。サム・ゴードンについては、次の軍議で議題にしようと思ってました」


 俺とオルとの会話に、エディムが手を挙げて口を挟んできた。


「エディムは悪鬼を知っているのね」

「はい。元々私は人間ですので、有名なサム・ゴードンについて知ってました」

「それじゃあその悪鬼が今、王都で悪さをしているのも知っている?」

「はい。愚かにもゴードンは、邪神軍の陣営を侵食してます。私もそれを苦々しく思っておりました。排除しようかと考えましたが、先走りせず一応、軍議で議題にしてからと思いましたので」


 なるほど。エディムは眷属達のネットワークがあるから情報を知っていたんだね。悪鬼達の所業を見てエディムも苦々しく思った。そして、悪鬼をなんとかしようと思って軍議、つまりドリュアス君に相談しようとしていたのね。


 うん、心優しいエディムらしい。でもね、軍議をすればドリュアス君だけでなく、ティムも巻き込むんだよ。悪鬼への対処法が殺人しかない以上、巻き込む人は少ないほうがいい。


 つまり、軍議はできないのだ。エディム、オル、ごめんなさい。これからあなた達だけを巻き込んでしまう。もちろん、エディム達に危険な行為をさせておいて、俺だけ知らん顔はできない。戦闘では足でまといになるから、悪鬼の屋敷にはついていけない。だけど、せめて殺人教唆という共犯にはなる。


 俺は覚悟を決めて、二人を見据える。


「エディム、オル、心して聞いて」

「「はっ」」

「危険な任務というのは、あなた達にその悪鬼を殺してほしいの」


 またもやキョトンとする二人。今度こそ、本当に困惑しているみたいだ。当然だ。いくら極悪人とはいえ、人を殺してこいと言ったのだから……。


 軽蔑したかな?


 でもね、でもね、やむにやまれぬ事情があるんだ。今から事情を――


「あ、あのティレア様」

「な、なに?」

「任務は要するにサム・ゴードンの抹殺ですよね?」

「えぇ、そう。エディムに暗殺、オルにそのサポートをしてもらおうと思っている。もちろん、無理強いはしない。これは危険な頼みだからね」

「あ、あのお待ちください。別に危険というほどではありません。むしろ、簡単な部類かと……」


 エディム、どうやら殺人に対する嫌悪感はないみたいだ。まぁ、相手は極悪人だしね。エディムは眷属を通して俺以上に悪鬼のむごい所業を知っているのかもしれない。もしかしたら軍議でも殺害を主張するつもりだったのかな?


 とにかく、倫理観についてはひとまず置いておく。問題にしたいのはエディムが本当に悪鬼を暗殺できるかという話だ。なぜエディムはそんなに自信があるんだろう? いくら吸血鬼の力があるとはいえ、相手は伝説の悪鬼なんだぞ。


「エディム、あなたが吸血鬼の力を以て(スーパー)エディムになれるのは知っているわ。でも、相手は伝説の悪鬼よ」

「はい。でも、相手はたかが人間です」

「ま、まぁ、そうだけど……相手は一流の魔導士。それに悪鬼は自分が各方面から恨みを買っていることを自覚していて屋敷を要塞化しているらしいの。城壁値百はあるにちがいない。きっとかたいわ。それに、取り巻きとして大勢の傭兵を雇っているから多勢に無勢よ」

「ティレア様、傭兵を雇っているといっても屋敷を警護しているのはせいぜい数百といったところでしょう。恐れるに足りません」


 まだ、エディムの自信が揺らがないぞ。


 な、なんでそこまで……。


 はっ!? まさか眷属全員で戦闘をしかけるつもり?


 だ、だめよ。そんな皆を巻き込んだやり方は犠牲が大きすぎる。あぁ、でも、エディムの命が危ないんならしょうがないのかな。


「エディム、もしかして眷属達も一緒に悪鬼と戦争しようとしている?」

「いえ、眷属全員を出撃させたら騒ぎが大きくなります。それに、少なからず手駒を失うでしょう。問題ありません。私がひそかに潜入して寝首をとってきます」

「本当にできるの?」

「はい、自信はあります。それにオルティッシオ様がサポートに回るのであればもはや過剰戦力といってもいいぐらいです」

「ティレア様、エディムの言うとおりでございます。わが第二師団もサポートに回るのであれば、よもや敵を討ちもらしはしません」


 眷属無しでも可能というエディム、なんて自信だ。でも、エディムに頼るしか方法がないのも確かだ。信頼するしかない。

 あと、オルも自信満々だね。まぁ、オルは中二病特有のただの強気な発言なんだろうけどね。あぁ、なんかオルに頼むのは不安になってきたぞ。でも、オル家の力は借りておきたい。政治的な力も必要なはずだ。


「エディム、オル、わかったわ。あなた達を信頼する。こんな頼みをして申し訳ないけど、無事に帰ってきて!」

「「ははっ。勿体無きお言葉、必ずやゴードンの首を討ってご覧に入れます!」」

「あと、オル、くれぐれもご両親には宜しく伝えておいてね」

「はぁ、親といいますとマミ――」

「あぁん?」

「ひぃ、な、なんでもありません。はい、宜しく伝えておきます」


 ふぅ、またオルがマミラと言ってふざけようとしていた。こんな大変な時でも中二病はスタイルが崩れないね。こんな調子で悪鬼討伐は大丈夫なんだろうか?

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[一言] バカ、ここにて極めし
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