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第十九話 「本物の悪鬼に出会ってしまった」

 ふん、ふん♪ 今日も天気が良いですな~。


 お日様の日差しが心地よく肌を刺激する。こういう時は食材探しにかぎるね。料理研究のため、市場に目新しい食材がないか探しにいくのだ。最近、また冒険者が王都に集まってきているから何か面白い魔獣の肉とか売っているかもしれない。期待が膨らむ。


 オルから軍資金をもらい、いざ出陣! 巾着に白金を入れ市場へと向かう。


 ふふ、これだけあればひととおり食材を買ってもお釣りが出る。どうせなら食材だけでなく料理機材も買っちゃうか。もう一つ寸胴鍋が欲しかったんだよね。


 あ、そうだ! ついでに香辛料も買っちゃおう。うんうん、今、創作している料理にスパイスが必要だったんだ。


 それと……。


 ――ってやば! またいつもみたいに衝動買いしそうになっていた。いかん、いかん、俺は自分の中に巣食っていた物欲を取り除く。


 そうなのだ。この数ヶ月、オルがこんなふうに気前よくお金を貸してくれるから、ついつい買い物しすぎちゃったんだ。オルもさぁ、お金貸してって言ったら白金を渡すんだから非常識だよ。白金って庶民の年収分あるからね。


 はぁ、こんな事を続けていたから赤字になったのだ。今日は使い過ぎないぞ。決意を新たに市場を目指す。


 そして、市場に差し掛かろうとする手前の通り道でミレーさんを発見した。ミレーさんは西通りで呉服店を営んでいる気風の良いおばさんである。ミレーさんは初めて王都で暮らす俺を見かねて色々世話してくれたのだ。それは地域住民との顔合わせや穴場のお店の紹介など枚挙にいとわない。ただ、ミレーさんは大の話好きである。変な噂話に振り回されることも多々あったけどね。


 まぁ、噂好きでゴシップ的な情報をキャッチするめざといところは前世のオバタリアンに近いものがある。だけど、基本は世話好きで優しいおばさんなのだ。


 とりあえず、挨拶しておこう。


「ミレーさん、こんにちは!」

「あら、ティレアちゃん」


 ミレーさんが俺に気づいて振り返った。


 ん!? なんかミレーさんの表情が暗いぞ。いつもにこやかな笑顔を振りまいているのに変だなぁ。


「あの何かあったんですか?」

「ティレアちゃん。サミーちゃん知っているよね?」

「はい、確か東通りの商店で働いていた子ですよね?」

「そう、その子よ。今朝自殺したらしいのよ」

「えぇ! そうなんですか!」


 サミーちゃん……。


 あまり話したことはなかった。日常品を買いに行った時に一言二言話をしたぐらいかな。笑顔の可愛い子だったのは覚えている。確か幼馴染と結婚するって風のうわさで聞いていたけど……。


「可哀想に。悪い貴族に手篭めにされたみたいでね」

「ひ、ひどい!」

「本当に酷すぎるわ! その極悪貴族は、止める婚約者もサリーちゃんの目の前で殺したそうなのよ」


 えっ!? 極悪非道の貴族、ま、まさか!?


「あの、それでその悪党の名前は?」


 俺が尋ねると、ミレーさんは周囲をきょろきょろと見渡し、俺の耳元に顔を近づけてきた。


「いい、話すときは十分に注意してね」

「は、はい」


 噂好きのミレーさんがここまで周囲をはばかる相手。嫌な予感がする。頭の中で警鐘が鳴っている。


「名前はサム・ゴードン。数十年前にも同じように暴虐を繰り返して国外退去された公爵よ」

「なっ、悪鬼!?」

「ティレアちゃんも知っているのね。そう別名『悪鬼』あらゆる女をくいものにし庶民を恐怖のどん底に陥れた男よ」


 ミレーさんから衝撃の事実を聞かされる。


 嫌な予感が当たってしまった……。


 悪鬼ことサム・ゴードンは大貴族にして魔法の第一人者である。サム家は先々代からの豪奢な生活がたたり、家が傾きかけていた。だが、ゴードンが当主に就任してから一変、急速にのし上がっていく。


 ただ、その手腕は極悪非道。その身分と甘いマスクを武器に女性をたぶらかし資産を貢がせていった。女をみれば騙し貢がせ、男は容赦なく殺し奪っていく。

 

 あまりの暴虐ぶりにときの王、アルクダス三世がサム家を閉門、当主ゴードンを国外退去させたのだ。名門サム家は代々公爵の家柄で滅多な事では罪に問われない。だが、王は先例を破り侯爵家を閉門させた。ゴードンがそれほど民から怨嗟をかっていたのだ。


 ソースは全て母さんからの受け売りだけどね。


「ミレーさん、なんでそんな極悪人がまた王都に戻ってこれたんですか?」

「それはわからないわ。なぜか王家が帰国を認めちゃったみたいなのよ。王様はゴードン公爵が大嫌いだったはずなのにね」


 なぜ謹慎を解いたのか?


 王都は今、復旧の真っ只中にある。国外に追い出した極悪貴族の対処をしている暇がなかったのではないか。ただでさえ国の中枢の何人かはエディムLOVEになってて犯罪人の対処を見過ごしちゃいそうだし。


 いやいや、それはないか。王都にはレミリアさんがいる。あのレミリアさんが極悪人にそんな好き勝手な振る舞いを認めるはずがないよ。


「あ、あのゴードンを止め――」

「しっ! 噂をすればよ。公爵が来るわ」


 ミレーさんが血相を変えて俺の話を止め、向こう側を指さす。ミレーさんが注意した方角を見ると、大勢取り巻きを連れて練り歩いている集団がやってきた。その集団の中央で一番エラそうにしている奴がゴードンのようだ。


 髭を生やしていてやつれているが、顔立ちは整っている……か?


 若い時はモテたかもしれないが、今は年相応に老けている。また、国外退去でストレスが高まったのか、不摂生な体つきだ。ただ、らんらんと輝くその目つきは猛禽類を思わすかのようだ。常に獲物を狙ってギラギラとしている。その取り巻き達も類友と呼ぶべく下卑た顔つきだ。歩くたびに通行人にからんでいる。多分、女でも探しているのだろう。


「ミレーさん、噂に違わず下品な集団ですね」

「そうよ。一昨日もこんなふうに練り歩いて、サミーちゃんを……」

「くっ。悪鬼って正体がバレているから人目を憚らず狼藉しているんですね」

「えぇ、もう取り繕うことはしない。やりたい放題よ」

「見ていて不愉快です。私、警備隊を呼んできます」

「ティレアちゃん、やめときなさい。呼んでも無駄よ。警備隊にも公爵の取り巻きが潜んでいるわ」

「そ、そうなんですか?」

「そう、下手に通報でもしたらティレアちゃん、公爵に目をつけられるわよ」


 うぅ、それは嫌だ。君子危うきに近寄らずか。このまま人影に隠れてやり過ごそう。ただ、ゴードン達の傍若無人ぶりは目に余る。


 本当に誰か止めないのか?


 レミリアさんは……?


 治安部隊の人達は……?


 事態がよくわからない。とりあえず、この場はゴードン達一行が通り過ぎるのを待つとしよう。


 俺が戦々恐々としていると、一人の中年男が通りから飛び出してきた。


「ゴードン、貴様だけは許せん!」


 突然の怒声。剣を持った中年男がゴードン達の前に対峙する。中年男は、剣を正眼に構えてゴードンを射殺すかのように睨んでいた。


「下郎! ゴードン様の御前だぞ、無礼者!」


 中年男の乱入にゴードンの取り巻き共が騒ぎだし、一斉に剣を抜く。十対一で中年男に不利な状況だ。中年男を取り囲み、同時に攻撃せんとしている。


「まぁ、待て。話ぐらいは聞いてやろう。で、何が許せんのだ?」


 ゴードンは、ニヤニヤしながら自分の部下達を抑える。自分が有利な状況とわかっているのだろう。この状況を楽しんでいるようだ。

 

「お前が手篭めにした我が妻リンの事だ!」

「くっく、リンねぇ~」

「なにがおかしい!」

「リン、リン、さぁ誰だったか……」

「貴様、忘れたとは言わさんぞ!」

「お前は今までやったシュインの数を覚えておるのか?」

「貴様はぁ――っ!」


 中年男は激高し、ゴードン達に襲い掛かる。中年男が気合と共に刀を突き出す。次々と倒れる取り巻き達。その気迫は目を見張るものがあり、取り巻き共がたじろいでいた。その隙をつき、中年男がゴードンに肉薄する。正眼の構えから袈裟懸けにゴードンに斬りかかった。


 だが……その剣はゴードンに届かない。剣は突如ゴードンの前に現れた一人の男によって弾かれた。


「主に変わりお相手する」


 そう言って現れた男を見る。執事風の老人だ。ただし、ただの老人ではない。その肉体は鋼の様を見せていた。


 あいつは多分、母さんが言っていたゴードンの右腕ニィガ・キーだ。ニィガの背景は謎に包まれている。一つだけ言えるのは、ゴードンの傍らには常にニィガがついており身辺を警護しているという事だ。


 ニィガ……確かに底知れぬ強さを持っていそうだ。


 その風貌に佇まい、強者の余裕を感じさせる。中年男もニィガの強さを感じ取っているようでジリジリと後退していく。


「ニィガ、下がれ」

「はっ」

「喜べ。お前の蛮勇に敬意を表し、私自ら相手をしてやる」


 ゴードンがニィガに下がるように命じ、自ら剣をかかげた。ただし、両手剣にも関わらず片手で剣を持っている。普通、両手剣は片手で持てるようにはできていない。よほど両者に力の差がないとできない構えである。


「て、てめぇ、俺を舐めているのか!」

「どうした? 下郎、遠慮するでない。私は生まれつき、右手が動かなくてな。な~にちょうどいいハンデだ。さぁ、かかってくるがいい」

「舐めるな! 貴様のような屑のハンデなどいらん。俺も片手でやってやる!」


 中年男も両手剣を片手で持ち、ゴードンに向かっていく。


「あ、騙されちゃだめ! そいつは嘘ついてるよ!」


 思わず声を荒げるが、俺の制止も虚しくゴードンはすぐさま右手を使い、返す刀で中年男の胸を貫いた。


「ぐはっ! はぁ、て、てめぇ、右……手が」

「おぉ、なんという事だ! いましがた右手が動くようになった。お前には礼を言わなくてはならないな。はっはっは!」


 そう、こいつは若い頃、右手の麻痺を装って詐欺を働いた。時に女の同情を買う時に。また戦闘で人を騙し討ちをするときによくこの方法を使ってたそうだ。母さんから聞いていたが、本当に卑劣な奴だ。もちろん右手でなく左手、両足、様々なハンデを装い人々を騙し続けた。


「さすがはゴードン様です」

「くっく、古い手に引っかかりおって。まだこんな馬鹿がいたんだな」


 ゴードンとその取り巻きどもがゲラゲラと笑っている。卑劣すぎる。俺が怒りに震えていると、


「お~そうだ、忘れるところだった。先ほど私を嘘つき呼ばわりした者がいたな」


 ゴードンがギロリと睨む。


 ま、まずい。隠れるつもりが見つかってしまった。

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