3.雨降ってなんとか(3)
「――て」
温もりの中――夢も見ることなく熟睡していたコウイチは、慈しむような声を聞いた気がした。
ゆさゆさ、と体が揺すられる。
「――イチ」
さっきよりも鮮明だが、それでもまだ厚い膜を通したように聞こえるその声には覚えがある。
(……ア……リヤ……?)
ゆさゆさゆさ、といくらか激しさを増した揺さぶり。それでもまだ、眠りの淵から完全に引き離すほどのものでもない。
いや、むしろ――
(なんか……気持ちいい、かも……)
ハンモックの上で揺られるような、そんな気持ちよさが目を覚ましかけたコウイチの意識を再び眠りへ誘おうとしている。
「――イチ、コウイチっ」
少しずつ苛立ちが増してきている声も、今となっては子守歌のようで――
「アリヤ……」
「あ、起きたの?」
「……おやすみ」
そう声に出したとたん、コウイチの意識は夢の世界へと――
「ッ……起きろ、つってんのよ!!」
――ゴィン。
旅立つ寸前で、強烈な衝撃に見舞われることになった。
「……痛い」
「痛い、じゃないわよ。いつまで寝てんの?」
ぷりぷりと怒りをあらわにするアリヤの前で、うずくまりながら額を抱える。頭がジイィン、と痺れ、視界には星が飛んでいた。
「な、にを」
「別に大したことしてないわよ。ただ気持ちよさそーに寝てるあんたの頭めがけて膝を落としただけ」
「……」
いやいやいや、それは十分に大したことなのではないだろうか。
抗議の眼差しを向ける間もなく、アリヤはフン、と鼻を鳴らすと、
「さっさと水汲み行ってきてよね」
それだけ言って出ていってしまった。
(……まあ)
どうやら自分は寝坊したようだし、多少やられ過ぎの感はあるとはいえ、それだったら怒られるのも当たり前かもしれない。
気を取り直し、体を起こそうとする。
「……っ!!」
直後、全身を襲った衝撃に、コウイチは目を見開いた。
(こ、これは……)
脚といわず腕といわず、全身がひきつったような痛みを訴えてくる。体を起こす、そんな日常的な動作をしただけだというのに。
「な……何が……」
痛みに襲われながらも、コウイチはその原因を探り――思い出した。
(そういえば昨日、歩けなくなったレナファを背負ってここまで……)
思い出すと同時に、疑念も沸き上がってきた。あれは、夢だったのではないだろうかと。あんなことが自分にできるのだろうかと。
「まーだ寝ぼけてるんスか?」
聞き慣れた声に振り返る。
カセドラが、呆れと苦笑の入り交じった表情を浮かべていた。
「カセドラ、昨日のあれは」
「夢じゃないッスよ。ちょっと周りを見てみればすぐわかると思うッスけど」
言われて視線を周囲に巡らせ、すぐに違和感に気づいた。
(……あれ?)
アリヤたちが使っている寝台の上、そこには毎夜、自分が使っていたはずのボロの毛布が畳まれている。
そして、アリヤたちが使っていた毛布はといえば、
「あ――」
視線を下げた床の一ヶ所、そこには広がっているさっきまで使っていたはずの毛布には、穴一つ空いていなかった。
いつもの倍、時間をかけて水汲みを終わらせる。
空になった桶を投げ出すように置き、コウイチは地面に横になった。
(つ、疲れた……)
慣れてコツを掴んだはずの作業だが、今の体でやるには負担が大きすぎたらしい。
全身筋肉痛と疲労にまみれた体は、思ったよりも動いてくれなかった。
とはいえ、作業はこれで終わりではない。
よっこらしょ、と年寄りくさい掛け声を内心で呟き、体を起こす。家の裏手にある斧を取ってこようとしたところで、アリヤに声をかけられた。
「薪割りはいいわよ」
え? と驚いた顔を向けると、いつかのようにアリヤは二本の釣り竿を持って立っていた。
「今日はこっち」
言いながら、片方の釣り竿を突き出してくる。
「姉さんがしばらく狩りに出られないからね。あたしたちが食料調達しとかないと」
言いながら視線が向けられた先には、薬草を塗り込んで布を巻いた足首を庇うようにして立つレナファがいた。どこか心配そうな眼差しでこっちを見ている。
「……なるほど」
たしかにあの足では当分狩りは無理だろう。
納得しながら、自然と顔は明後日の方を向いていた。
……昨日のことが夢でないのなら、あの一連の会話も実際にあったことなわけで。
「何よ? 変な顔して」
「……いや、別に」
「ふーん……まあいいわ。じゃあ行くわよ!」
追及されたらどうしよう、と思っていただけに、気合いを入れて歩きだしたアリヤの反応にほっとする。
それにしても――
(……気まずい)
これからもしばらくはこの姉妹にお世話になるしかない。そうなるとレナファと二人きりになる場面も出てくる。
そのことを考え、コウイチは気づかれないようにこっそりとため息をついた。
――そんな鬱々とした思いが結果に出たわけではないだろうが。
「……コウイチ」
「……」
アリヤのジト目から逃れるように、視線を脇へそらす。そうすると、イヤでも魚一匹入っていない桶が目に入った。
……なんというか、まあ。
この前の大漁は、どうやらまぐれだったようで。
「「ハァ……」」
重なったため息。驚いて横を向くと、アリヤも驚いた顔をしてこっちを見ていた。目が合うと、ぷいっと顔を背ける。
わかりやすくご機嫌斜めなその様子に、コウイチもがっくりと肩を落とした。
「つまりー、自分には釣りの才能がありー、その秘められた才能が開花しただけなのだー」
わざとらしく棒読みの声のした方を見ると、案の定ニヤついた顔のカセドラがいた。
「ようするにー、これからはどんな場所に行ってもー、そこに川と釣り竿があればー、生きていけるに違いないー。つまり釣りこそが、自分の存在意義なのだー。……ぷぷぷ」
「……」
ぷちん、と。
いつかどこかで誰かが思っていたことを間延びした口調で話され、コウイチの中で何かが切れた。
――あは、あははは、あはははははは。
虚ろな笑みを浮かべて周囲を見渡すと、適当な岩はすぐに見つかった。ふらふらと夢遊病患者のような足取りで近づく。
「あ、あれ? 兄さん? どうしたんスか?」
両手を岩に添え、前後に体を揺らす。
「に、兄さん? ちょっと、無視は反則ッスよ」
なんか声が聞こえた気がするが、聞こえない聞こえない。
そしておもいっきり体を仰け反らせ――
(……いっせーの)
「どわあぁぁあああああっ!!」
飛んできたカセドラの翼で羽交い締めにされた。
「ちょ! ちょちょちょちょ、兄さんなに岩にヘッドバッドかまそうとしてんスかっ! 気でも狂ったんスか!?」
「いや――死のうかと」
思っていたことをそのまま口に出すと、カセドラの口がひきっ、と歪んだ形になった。
「に、兄さん。からかったのは悪かったッスから、落ち着いて」
「……」
カセドラの必死な様子に、はたと我に返る。
気づけば、アリヤが不審者を見るような目でこっちを見ていた。
「なにやってんの、さっきから?」
「……いや、別に」
死のう発言は聞かれずにすんだらしい。
そして微妙に気まずい空気の中で再開された釣りは、やはり不調のままで。
「……」
こうも釣れないと、苛立ちや諦めを通り越して眠くなってくる。
アリヤはどうか、というと、なぜか鼻をスンスンと鳴らしていた。
「……何か」
「ねえ、ちょっと汗くさいわよ」
言われて、昨日汗だくになったのに、水浴びをしていないことに気づく。いつもは水汲みのついでにするのだが、うっかり忘れていた。
「気になったんだけど、いつも洗濯はどうしてるの?」
「ここで水浴びをするついでに、体ごと洗っているが」
服が一組しかないので、そうするしかなかったのだ。慣れない手作業のせいか、だいぶくたくたになってきた気がする。
「……信じらんない」
目を見開いてぼそっと呟くアリヤ。
そういえば、洗濯をしている姿を見かけることが多い。というか、それほど服を持っているわけでもないのに、空いている時間はいつも洗濯をしている気がする。かなりのきれい好きらしい。
信じらんない信じらんないと虚ろに呟くアリヤを横目に、とりあえず臭いだけなんとかすることにする。
どうせこれだけ釣れないのだから、いま川に入っても問題ないだろう。
川縁まで近づいて、すくった水で両腕を洗う。ついで膝まである川の中にゆっくり足を進めていった。
「……なにやってんの?」
「いや、汗だけ流そうか……と?」
振り向くと、妙に据わった目をしたアリヤがずいと腕を伸ばしてきた。
「な……なにか?」
「服をよこしなさい」
……えーと。
「理由を、聞いても」
「洗濯するからに決まってるでしょ。というかさせろ」
妙な迫力を漂わせながら、アリヤが一歩前へ進み、押されたようにコウイチは後ずさる。
「いや、だが」
家族でもない年下の女の子に服を洗ってもらうとか、はっきりいって抵抗があるわけで。
「洗濯してくれるって言ってるんだから、してもらえばいいじゃないッスか」
カセドラがどこかから声をかけてくる。
(……だが)
ここで重要な問題が一つ。
替えの服がないのだ。洗濯のためにいま着ている服を渡せば、どうなるかは明白なわけで。全裸とまではいかないだろうが、下着姿を他人に見られるのは勘弁してもらいたい。
「い・い・か・ら!」
そんな心情など知ったことではないとばかりに、アリヤが立てた親指でクイッ、と後ろを指して、上がれと指示する。
「……」
がっくりと肩を落とし、言われるままに戻るコウイチ。その足取りは、売られていく子牛のように重い。
そして川縁の苔むした岩に足をかけたところで――お約束のように足を滑らせた。
「あ――」
「ちょ、コウイチ!?」
反射的に、アリヤが手を伸ばす。単純に考えればアリヤがコウイチを支えられるわけもないのだが、コウイチもまた反射的に差し伸べられた手を掴んでしまっていた。
結果――
ばしゃーんと派手な水しぶきを立てて、二人はいつかのように水浸しになった。
腰をついて呆然とする二人。あちゃーといったように、翼で顔を覆うカセドラ。
ぽかんとしていたアリヤの表情が、ふいにふっと緩んだ。
「……なに? あんたは人をずぶ濡れにする趣味でもあるの?」
「いや、そんな、滅相もない」
慌てて顔の前で手を振る。背筋を冷たいものが急激に駆け上げってくるのは、気のせいだと思いたい。
「一度だけじゃなくて二度までも……何してくれてんのよあんたはーっ!!」
青筋立ててうがー、と吠えたアリヤを前に、必死に頭を下げて許しを請う。
……なんか最近、こんなことばっかりしている気がする。
コウイチが自分自身に呆れ果てていると、顔を真っ赤にして怒っていたアリヤがうなだれた。
「……せっかく、姉さんのことでお礼を言おうと思って釣りに誘ったのに……」
「え」
というコウイチの声に反応して、
「え?」
と、アリヤが顔を上げた。
一息、二息。間の抜けたような沈黙の間、二人は目を合わせる。
自分が何を口走ったかに気づいたのか、さっきまでとは違った意味でアリヤの顔が赤く染まった。
「いや、ちょ、別に……そうっ、なんでもないの、なんでもないから!」
あたふたと両手を動かし、必死で言い募る。
「いや、だが、今」
「なんでもないったらないの!」
睨みつけるためにつり上がった目の形とは対照的に、その口元は言いたいことが言えない時のようにうにうにと動いていた。
「……」
「……」
「……っ」
「……?」
「~~っ!」
「……アリ――ぶっ」
声をかけようとしたら、勢いよく水をかけられた。
「……! な、なにを」
「何を、じゃないわよ! 何か喋りなさいよっ!」
と言いつつ、そんな暇もないくらい水をかけてくるのはいかがなものだろうか。
「ちょ、ま……や、止め――」
顔を覆って逃げれば、追いかけて容赦なく水を浴びせてくるアリヤ。筋肉痛がたたって逃げ切ることもできない。そんな光景が続くうちに、
「――ぷ」
怒っていたような声に、笑いが混じるようになって。
「アリヤ……?」
「アハ、アハハハハッ」
子供のように、純粋な楽しさからくる笑みを満面に浮かべたアリヤに目を奪われたのは一瞬。
「――ブハッ」
かけられた水が運悪く気管に入ってむせたのはその直後のことだった。
「ゴホッ、ゲフッ……ちょ、だから、待――」
「やーよ、アハハハ!」
――結局、川の中を転げ回りながらの時間を忘れるような一時は、体の冷えたアリヤがくしゃみをするまで続けられた。
その日の釣果はゼロで、それでもスッキリした様子のアリヤと一緒に帰った頃にはすでに空が赤く染まり始めていた。
「――今日は、ありがとうございました」
アリヤを膝の上で寝かせたまま、レナファは浅く頭を下げた。
「……いえ」
そう答えるコウイチの声は、疲れが残っている影響と、もう一つの理由のせいで小さなものになっていた。
(……どうしよう)
早くも来てしまったレナファと面と向かっている状況に、内心で頭を抱える。アリヤもいるので二人きりというわけではないが、寝ている少女を勘定に入れても仕方がない。
意識をそらすために、アリヤの顔をじっと見る。はしゃぎ過ぎてよほど疲れたのだろう、夕食を食べるなり、倒れ込むように寝てしまった少女の寝顔は、天使というか無垢というか、そんな表現の似合うものだった――いや、別にロリコンとかいうわけじゃなくて。
「……」
……さーて。
寝るかな。疲れたし。
いくらか癒された気分のままそうは思いつつも、なかなか切り出せない。ちらちらと毛布に視線をくれていると、レナファがぽつりと声を漏らした。
「不安、でした」
「……え?」
「あなたが来たことで、これまでのアリヤとの生活が壊れてしまうんじゃないか……そう思ってました」
逆に、いきなり切り出された重い内容の話に戸惑う。同時に、あー、やっぱりそう思ってたんだと納得するところもあった。
「もしかして、一昨日のことも……」
「はい。聞いてました」
村長との会話を聞いていたことをあっさり認めると、レナファはいきなり頭を下げた。
「ごめんなさい。あんな態度をとってしまって……あなたは悪くないのに」
「あ、いえ……気にしていないので」
そうは言いつつも。
まるっきり気にしてないわけではなかったのだが、レナファの言葉を聞いてそのわだかまりがストンと胸の下に落ちた気がした。
……無理もないことだと思う。逆の立場だったら、自分はそういう態度をとらないとは言い切れない。
いくらか晴れた気分でレナファを見ると、彼女はまだ何か言いたいことがあるかのようにそわそわしていた。
「……なにか」
促すと、彼女はようやくといった様子で口を開いた。
「あの……私は、何日も家を離れなければならないことがよくあります」
狩りに出ている間のことを言っているのだろう。相づちを打つ。
「その間、アリヤはこの家で一人きりなんです。ですから――」
どこか迷ったような表情を振り捨てると、レナファは勢いをつけるように顔をすぐ近くまで寄せてきた。
「ちょ……っ」
「その間、あなたには妹のことをお願いしたいんです」
……。
え?
「え、いや、あの……なんで自分に?」
「このぐらいの子が一人きりというのはやっぱり心配ですし……それにこの子も、あなたに懐いているみたいだから」
懐かれてるとか。
確かに初対面の時よりは距離は縮んだ気がするが、正直扱いが雑になっただけのような気も……。いや、それが懐かれている証拠、なのか?
……いやいやいや、それよりも。レナファを背負っての帰り道で交わして会話を思い出す。
「ダメ、ですか?」
レナファがうなだれた。今さら都合がいいですよねと呟く声が聞こえるが、別にそういうわけではなくて。
助けを求めるようにカセドラの姿を探したのが。あの自称精霊はまじめな空気はお好みではないらしく、こういう時に限って姿を現さない。
仕方ないので、意を決して口を開いた。
「あの……近いうちに、出ていくつもりなので」
「……え? ……あっ」
驚いた顔をしたレナファが、すぐに目を見開いた。彼女も思いだしたらしい。
レナファを背にして言った言葉を、あの場限りのごまかしにするつもりはなかった。だから、彼女の願いには応じられない。そういう意味の説明をたどたどしくすると、
「出ていく必要なんて……ありません!」
レナファはきっぱりと言い切った。すぐにうつむいて、消え入りそうな声で付け足す。
「いたいだけ……いてくれれば……」
その耳が、赤く染まっていた。
いたいだけ、いてくれれば――
そうは言われても、それを言葉通りに受け取るわけにはいかないだろうと思う。自分がいることが負担なのは、間違いないから。
そうは思いながらも、レナファの絞り出したような声に。
この、どこだかもわからない場所で、自分の居ていい場所を見つけた気がして、じんわりと胸が暖かくなるのを感じていた。
「でしたら、こっちからもお願いが」
「……なんですか?」
「僕には、狩りができません」
わかりきったことを聞かされ、レナファの顔に戸惑いが浮かぶ。
「ですが、狩りの手伝いや、野草の調達ぐらいなら、手伝えると思うので……。そうしていくらか時間が空いたら――その分を、アリヤと一緒にいてあげてください」
言葉を紡ぐうちに、驚いたようなレナファの表情から力が抜け、その口元が緩み――
「……はい」
そう頷いた時には、思わず見とれるような笑みを浮かべていて。
「それなら、私からもお願いが……さん、はいらないです」
「……はい?」
「ですから、あの……呼び捨てで……」
「あ……はい」
頷くと、レナファは顔を伏せて黙り込んでしまう。
……なんだろう。この雰囲気は。
経験したことのない沈黙に、思わず目を泳がせて視線を左右。なんだか顔が熱い気がする。
「あー、かゆいかゆい」
「っ!?」
驚いて思わず飛び上がった。顔をきょどきょどと動かすと、横向きに寝たような体勢で背中をぽりぽりと掻いているカセドラのにやけ顔が目に入った。
(カセっ……いつ、の間に)
「さあ? それより、鼻の下を伸ばす気持ちはわかるッスけど、そこらへんにしといたほうがいいッスよ」
それはどういう――
ゴゴゴゴゴ、となんだか回れ右したくなるような音が聞こえた気がした。
「人が寝てると思って――」
なんかドスの効いた声を出しながら、むくりと起きあがるアリヤ。いつから起きていたのか、口元がひくついている。
「なに人の姉さん口説いてんのよ!」
目の前にアリヤの頭が迫ってきたと思った直後、視界一面に火花が散った。
「っ……いや、別に口説いては」
赤くなった鼻を押さえつつ、
「というか、いつから起きて……」
そう聞いたら、なぜかアリヤは顔を真っ赤に染めて、
「そんなのどうでもいいでしょ!」
と、蹴りを入れられた。
「~~ッ! お礼を言われたからっていい気になるんじゃないわよ! ほらっ、さっさと出てく!」
「いや……なぜ」
「今日、中で寝させたら絶対に姉さんのこと襲うに決まってるでしょっ!」
いやいやいや、それはないから……というか、襲うとか子供がそんなこと口に出さないでほしい。
「いいから! 出てく!」
なぜか興奮した様子のアリヤに、背中をぐいぐいと押されて。
救いを求めてレナファを見ても、彼女も妹に異を唱えてまで助けてくれるつもりはないらしく、困った顔でたたずんでいる。
結局、為すすべもなく外に追いやられ、
「それと勘違いしないでよっ、別にあんたなんかに懐いてないんだからねっ!」
そのセリフと同時、投げられた何かが広がって視界を塞いだ。
バンッ、と、派手な音を立てて扉が閉められる。
顔を覆う何かをはぎ取ると、それはいつも使っている方のボロの毛布だった。
……えーと……。
……なにこれ?
待遇は逆戻り、どころか一昨日までよりさらにひどい。
呆然と立ち尽くすコウイチのすぐそばでは、爆笑をこらえるようにカセドラが背中を向けてぷるぷると震えていた。