2.居候先の姉妹の事情(3)
「あの」
「……なんですか?」
翌朝――
朝食を終えたコウイチは、レナファに声をかけていた。話しかけられたのが意外だったらしく、レナファは戸惑ったような顔をする。
「何か手伝えることがあったら、言ってほしい」
「え?」
アリヤが驚いた声をあげた。
レナファが困惑したように眉を寄せる。
「いや、その……昨日の肉のお礼というか、自分にも何か、できることはないか……と」
「……」
気力を振り絞っての発言だったが、沈黙にすぐに後悔が押し寄せてきた。
ひょっとして、いい迷惑だったろうか……。
困った顔をしたレナファが、アリヤに目を向ける。
「いいんじゃない。姉さん」
「アリヤ……」
「水汲みはあたしがやっとくし、薪もだいぶ溜まってきたから、今度は姉さんが手伝ってもらったら? さすがに狩りに連れてくのは無理だろうけど、荷物を運ぶぐらいならできるだろうし」
妹にそう言われて、レナファは複雑そうにしつつも頷いた。
「それなら……はい、わかりました」
思わずほっと息をこぼす。嫌われているかもしれないと思う相手との会話は、なんでこんなに疲れるんだか。
「森に入るので、準備をしておいてください」
言いおき、レナファはコウイチに背を向けた。相変わらず、なんとなく距離をおいた態度である。
アリヤいわく、狩った鹿の一部が、まだ森に置いてあるらしい。
獲物にもよるが、そうしたことも珍しくないという。今回の鹿もレナファ一人では運びきれず、残った分を今日にも運んでくる予定だったらしい。
準備と言われても何をしていいのかわからず、皮袋に飲み口をつけた水袋をアリヤに渡されたくらいだった。
「何日も森に入るわけじゃないしね。身軽なほうがいいと思うわよ」
あまりの荷物の少なさに戸惑っていると、アリヤにそう言われた。
「お待たせしました」
言うほど時間もかからず、レナファも準備を整える。
毛皮のすね当て、肘当て。背中には矢筒と弓を背負い、腰には鉈と縄、小さめの皮袋を下げている。
こうして見るといかにも猟師というか、見た目にも効率的で無駄がない。レナファの容姿と合わせて、凛々しさが引き立っている気がする。
「それじゃ……行ってくる、アリヤ」
「うん。行ってらっしゃい姉さん。あとコウイチもね」
木々が生い茂った森へと入る。
「……」
特に会話もなく、レナファのあとに続いて歩く。
淡々と。黙々と。何を話していいのかわからないということもあるが、レナファの足取りは思っていたよりも早く、そもそも話すような余裕がない。
「どうしたんスか? 急に積極的になって」
(……カセドラ)
例によって、謎生物はすぐ近くでくるくると回っていた。
「もしかして、好みのタイプとか?」
(いや、別にそういうわけでは)
好みか好みじゃないかと聞かれればまあアレだが、そうした下心があってのことではない。そもそも手伝いを口実に仲良くなろうとか、そんな積極性というか図々しさは持ち合わせていない。
「確かに兄さんにはそんな度胸はなさそうっすね」
(……)
わかってるなら言わないでほしいと思う。
「それなら、昨日のあの子たちの会話を聞いて気まずくなったとか?」
(っ! ……君も、聞いてたのか)
「当然ッスよ……というか、元々二人だけで住んでたところに、いきなり食い扶持が一人増えたんスよ? 台所事情が苦しくなるなんて、そんな当たり前のこと兄さんもとっくに気づいていると思ってたんスけどね」
(……)
気まずくなって、顔を落とす。
昨日、意図せず話を盗み聞きしてしまった直後、激しく落ち込んだことを思い出した。
そんなことなど、思いもしなかった。
黙っていれば毎日朝昼晩、三度の食事が出てきたあの場所とは違うのだ。ついあの時の感覚で甘えていた自分に嫌気がさした。
「またへこむ……いいじゃないッスか。そりゃ今まで気づかなかったのはヌケてるっていうか、兄さんらしいとは思うんスけど、それを挽回するために手伝うなんて言ったんスよね? それならこの後の働きで頼りになるところを見せればいいんスよ」
「……カセドラ」
……もしかして、励まされているのだろうか。
謎生物にすら励まされる自分のふがいなさを情けなく思いつつも、なんだか胸の内がじんわりと暖かくなった気がした。
「それに兄さんが落ち込むのは勝手ッスけど、遅れてるッスよ」
顔を上げると、レナファの背中はかなり遠くなっていた。慌ててペースをあげる。
それからしばらく歩いた後、
「休憩しましょう」
レナファの一声で、ようやく休憩に入った。
肩で息をしながら、その場に座りこむコウイチ。
正直、ありがたい。
足場が悪いということもあるが、それ以上に先を行くレナファについていくのはキツかった。
そして自分がキツいと思っているにも関わらず、レナファは平気な顔をして汗一つかいていない。歩き慣れているとかそういう問題以前に、根本的な体力が違うのだろう。
渡された水の残りを気にしながら、口に含む。
(……まずい)
ぬるい上に、染みついた皮の臭いが嫌に気になる。
レナファはといえば、同じように皮袋に入った水を少しずつ口に含んでいた。
「あの」
「……なんですか?」
「いえ。あの、あと、どれぐらいで、目的の場所につくのかと」
「今日中には、帰れると思います」
「そう、ですか」
ぶつ切りの、会話とも言えない言葉の投げ合い。加えてお互いぼそぼそっとした口調で喋るものだからはずむわけがない。
(と、いうか……)
早くても、今日いっぱいはかかるというわけで。
時計がないので、時間がわからない。時間がわからないと、つらい時間はますます長く感じられる。
またしても訪れた沈黙に、
「兄さん兄さん」
耐えかねたようにカセドラが声をかけてきた。
「せっかくなんスから、いろいろ聞いてみたらどうッスか?」
「……いろいろ、とは」
「そりゃあもうお約束としては、好みの男のタイプとか、彼氏はいるのかとか」
(……)
それはあれか。ある日突然転校してきた美少女に対する質問か何かか。今時マンガぐらいでしかそんなシチュエーションはお目にかかったことはないのだが。それにそうした質問をするのは、たいていおちゃらけたお調子者キャラだ。対極の位置にいるような自分にそんなのの真似をしろと言われても――
「いやあの……冗談なんスけど。そんな本気にとられても……で、なんかないんスか?」
ああ、冗談か。……というか、そうは言われても。
聞きたいこと聞きたいこと……。
「……あ」
思わず出した声に反応して、レナファがなにか? と言った顔を向けてきた。
「いえ、その……アリヤのことで、少し」
「アリヤが……妹がどうかしたんですか?」
「昨日のことなんですが。村の子供たちを相手にした時と、いつもの彼女の様子が、違ったようだったので」
「ああ……」
納得したように頷くレナファ。意外そうに、眉を持ち上げた。
「知らなかったんですか?」
「……何を、ですか?」
「……そう」
ふっ、と、力なく息を吐く。そのあと少し迷ったような素振りを見せたが、やがて重々しく口を開いた。
「あの子は……他人相手には本当の自分を偽っているんです」
「?……なんでまた、そんなことを」
「昨日の話、聞いてましたよね。両親がいない私たちは、村の人たちからも嫌われたら生きていけないんです」
「え……」
絶句する。
正直言って、それほど切羽詰まっているとは思えなかった。
その内心を読みとったのか、レナファが力なく笑う。
「私の狩りと、森に入って食べるものを探せば、日々の生活は送れます」
狩りの成果は安定しないが、それでも二人分の食料を確保するだけなら足りないということはまずない。すぐ近くの森は食材の宝庫だから、食うに困るということにはならない。
「普段の生活なら、ですけど。何か問題が起こったりしたら……」
その時を想像したのか、レナファの顔が歪んだ。
コウイチもようやくそのことに思い至る。いつ何時も普段通りの生活が送れるとは限らない。もし姉妹のうちどちらかが病気にかかったり、怪我をすれば、とたんに生活が立ちゆかなくなるのだ。
「あの子は幼いし、私だっていつ怪我をするかわからない……」
そうした時、誰かに助けてもらわなければならない。その時の誰かとは、すぐ近くに住む村人たちに他ならなかった。
「私は……人と話すのが苦手で。あまり人付き合いも得意じゃないんです。それで、代わりにアリヤが……」
なんとなく予想していたことを、レナファは恥じるように口にした。もちろん、狩りに出ている時間が長いということもあるだろう。
「だから、アリヤはあんな……猫をかぶるような真似を?」
レナファが頷く。
短い付き合いだが、アリヤの我の強さはコウイチも身に染みてわかっていた。
もし彼女がそれを表に出せば、誰彼と衝突するだろうことも。
「あの子は、あんなに小さいのに本心を隠して、自分を偽らなければいけないんです」
自分のふがいなさを嘆くように――レナファはぽつりと呟いた。
(……そういう、ことか)
アリヤの態度の豹変。姉妹の置かれた境遇。
それらを理解し、重く長いため息を吐く。
「なので、あの子が地の性格を見せられるなんて、あなたをよっぽど信頼していると思ってたんですけど……」
……は?
意外を通り越して、予想もしていなかったレナファの言葉に、コウイチは目を丸くした。
「いや、それは」
たまたまアリヤの本性を最初に見たからであって、信頼云々とは関係ない。
そのことを説明すると、レナファは拍子抜けしたように、
「そうなんですか?」
と、首を傾げた。
「あなたを家に泊めてるのも、そうだからだと思っていたんですが……」
「そういうわけでは、ないと思いますが。……それとは関係なく、彼女は僕を助けてくれたのではないかと」
「そう、ですか。……そうですね」
穏やかな笑みになるレナファ。
内心では、妹の優しさをほほえましく思っているのかもしれない。
同情もあったと思う。本性を見られたという弱みもあったかもしれない。だがそれでも根本的な理由は、アリヤの性格ゆえだろう。
彼女の乱暴な言葉つかいはあくまで表面的なもので、根っこはあくまでお人好しなのだ。
でなければそれほど楽な暮らしでもないのに、縁もゆかりもない他人の自分に、何日も寝食をあてがうことはない。
「――はっきり言って、あなたがうちにいることは迷惑だと思っています」
不意に投げかけられた言葉が、コウイチの心に突き刺さった。
「ですけど……アリヤが、あの子がいいと思っている間は、私もあなたがいてもいいと思っています。でも……もしあなたが妹を悲しませでもしたら――」
レナファの目つきが変わる。おそらく、狩人としての彼女の眼なのだろう。初めて会った時の、矢を向けられた時の鋭く刺さるような眼差しだった。
「その時は……力尽くでも出ていってもらいます」
歩くのがつらいようなら、待っていてもいい、と言われた。
帰りに合流するので、荷物もその時に分ければいいと。
……はっきり足手まといと言われるよりも堪えた。
――で、現在。
「……って、なんで本当に待ってるんスかああああぁー!」
カセドラの絶叫が森の奥で木霊した。
「……」
だって、はっきり迷惑だって言われたし。足手まといになってたのは事実だし。無理してついていこうとしても彼女のペースを乱すだけだし……。
二人(?)きりなので喋っても問題はないのだが、声を出す気力もない。
「それ、本当にそう思ってるんスか?」
(……)
見透かされたような問いかけに、返す言葉もない。
もっともらしい言い訳を並べつつも、自分でも本当は嫌なことから逃げ出したいからということはわかっている。
それが獲物をおいてある場所までの道のりということもあり、キツいことを言われたレナファと一緒にいるということでもあり。
重い話を聞かされた直後で、気が重くなっているということもある。実際に体感しているのは、あの姉妹にもかかわらず。
そのことが自分でもわかっているので、ますます自責と自己嫌悪の念がつのっていく。
カセドラが深々と息を吐いた。
「兄さんのダメっぷりは知ってたつもりだったッスけど……」
そう言われても、反論する気力も湧いてこない。ここで反論できるほど、顔の皮は厚くなかった。
「はあ……もういいッスよ」
呆れたと言わんばかりに、カセドラが姿を消す。
もしかすると、もう二度と目にすることはないかもしれない。そうは思いつつも、引き留める気にはなれなかった。
いや――カセドラだけではない。
ああは言っていたが、もしレナファが自分を置き去りにして帰った場合を想像してみた。
ありえない、とは言えない。
そんな事態になったら、自分は森から出ることもかなわなずに朽ち果てるだろう。じわじわと不安がこみあげてきたが、それすらも仕方ないかも、と思えてしまう。
そして、そう思ってしまう自分をコウイチが心底いやになり始めた時――
ガサ……。
それが、コウイチの前に現れた。
「……?」
レナファが戻ってきたにしては早すぎる。はじめは、森の動物か何かだろうと思っていた。
それは、間違いではない。
ただし、それはコウイチが見たことがないような生き物で――加えて、明らかな敵意を放っていた。
「なっ……」
(いの……しし……?)
本物の猪を、目の当たりにしたことはない。今まで目にした猪は、すべてテレビを通してか、本の中で描かれたものでしかなかった。
それでも、あれが猪ではないことぐらいはわかる。
本物の猪は、あんなに大きくなかった。
本物の猪は、あんなハリネズミみたいな鬣を持っていなかった。
本物の猪は、頭に角なんか生やしていなかった。
(あれは……いったい……?)
現実の猪を倍ほどに巨大化させ、凶暴さを増したような角と鬣をその生き物は備えていた。
そしてその一本しかない角はまっすぐに――立ち尽くすコウイチへと向けられていた。
(……)
じっと角を凝視する。
あれで刺されたら、たぶん死ぬ。死体はどんなふうになるだろうか?
きっと、普通の猪に殺されるより酷いふうになるのだろうが――
(……? ……ああ、そういうことか)
なんでこんなことを悠長に考えていられるのかと思ったら、現実感がないからだ。目の前で威嚇しているのが、あんな見たことのない怪物ではなく普通の猪だったら、もっと取り乱していたかもしれない。
猪もどきが、地面を脚で掻くように土を抉っている。鼻息が荒い。地面を蹴った。高さだけでコウイチの身長ほどもある巨体が突進してくる。もし角がなくても、あんなもので体当たりされたらそれだけで死んでしまうかもしれない。
(だけど、まあ……それも……)
死ぬのは怖いが、生きていて何の役に立つのだろう――その思いが、コウイチを動かす気力を根こそぎ奪っていた。
「何やってんスか!」
体に強い衝撃を感じて、地面を転がった。
猪もどきにはねられたわけではない。横になったコウイチの眼前に着地したのは、紫色の謎生物――カセドラだった。
「ぼうっとしてどうしたんスか、兄さん! 死ぬところだったんスよ!!」
「カセ……ドラ……?」
死ぬ……?
ぼんやりしたまま、さっきまで立っていた地面に目をやる。そこは角でえぐられ、大きく凹んでいた。
それを見て、現実に立ち返るコウイチ。
途端に恐怖が噴き出してきた。
「う……ああ……」
「呻いてないでさっさと立ち上がるッス! 早く立って逃げるッスよ!! あんなの相手にしてらんねーッス!」
「っ……いや、それが」
「なんスか!?」
「足が……すくんで」
「~~!」
人間で言うところの地団太を踏む、の代わりだろうか。カセドラが口を大きく開閉させながら、その場でぐるぐると激しく回り始めた。
その間にも、猪もどきは向きを変えてコウイチに狙いを定める。
「……カセ、ドラ」
「今度はなんスか!?」
「君だけでも、逃げろ」
「は?」
「そして、伝えてほしい。……アリヤに、ありがとうと」
「ま、ちょっと待つッス。この場面でその台詞はNGって言うか……つーかアンタ、オイラが他の人間に見えないってこと忘れてないッスか!?」
「……あ」
そういえば。
「だったら、書き置きでも」
「そんなこと言ってる場合じゃねーッスよ!! 兄さん、後ろ後ろぉー!!」
振り向きたくはなかったが、振り向いた。ドドドド、という勢いのある足音とともに、猪もどきが突進してくる。
今度こそ、間違いなく死ぬだろう。
現実感が戻ったからだろうか。
今度は、少しだけ死にたくないと思った。
「だあぁああっ!! もう、っとぉに世話のやける!」
視界の端で、紫色の燐光がきらめいた。
何が、と思うよりも先に、きれいだなと思った。
猪もどきが、甲高く鳴く。そばまで迫っていたそれが、急に向きを変えた。
勢いに乗ったまま突き進む先にあるのは、大きな岩。巨体が、ドガッという破砕音とともに停止した。
(……?)
コウイチが見つめるなか、巨体がゆっくりと横倒しになっていく。
「……なに、が」
恐る恐る近づいてみると、猪もどきの頭に生えていた角が折れていた。変化はそれだけだが、その体はぴくりとも動かない。もしかして、死んだ……のだろうか?
「はあ~」
どっと疲れたように、カセドラがふらふらと地面に着地する。その体から、燐光の残滓が漂っていた。
「なんとかうまくいったッスよー……」
「カセドラ……これは、君が」
「そッス」
ダルそうに体を横にしながら、カセドラが言った。
「兄さんが横によけたっていう幻覚を、あの角猪に叩きつけたんスよ。岩にぶつかるように仕向けたのはオイラッスけど、それで自滅してくれたのは運が良かったッス……」
角猪? この生き物の名前だろうか? いや、今はそんなことよりも……。
「君は……なんで、そんなことが……いったい」
「あー……言いたいことはわかるッスけど、オイラにも答えられないッスよ。こんなことができるなんて、今の今まで知らなかったんスから」
「……」
都合よすぎじゃないだろうか。
……だだ、まあ。
「ありがとう……助かった」
礼を言うと、カセドラは瞬きを一つ。そのあと得意げに頬をゆるませる。
「いやあ、お礼を言われるほどでも……って兄さん?」
なんでだろう。視界が斜めに傾いていく。
気が抜けたからだろうか。体に力が入らない。不思議と、目の前が暗くなっていった。もしかして……とは思うが――
「ちょっ! 兄さん、いくらなんでもそれは、って! どうすりゃいいんスかオイラ!? 兄さーん!」
いくらなんでもないだろう。
こんなところで気絶なんて。それはいくら……なん、でも……情け、なさ、すぎ……きゅう。
「……」
ペシペシと顔を叩かれて目を覚ました時には、すでに空は赤く染まり始めていた。
朱色の空を背景にして、カセドラがふてくされた顔をして宙に浮いている。
(……気まずい)
助けてもらった直後に気絶とか、ありえないし……。
「カセ――」
とりあえず謝ろうと口を開くと、長い尻尾が口を塞いだ。その先端が、どこかを指さす。
「……レナファ、さん」
たどった視線の先には、しゃがんで角猪の死体を調べているレナファの姿があった。
コウイチの声に反応して、振り返る。
「……大丈夫ですか?」
「あ、はい。……あの、いつここに?」
「来たばかりです。……驚きました」
言いつつ、さっきまで見ていた角猪を見下ろす。
「これは、この森の主とも言われている角猪という生物です。……あなたがやったんですか?」
「ああ……いえ。その」
なんと言うするべきか。事実を話すには、カセドラのことを一から説明しなければならないし。
(……面倒くさい)
「これは……こいつが勝手に岩にぶつかって。自滅です、はい」
まるっきり嘘というわけではないが、レナファはあからさまな疑いの眼差しを向けてきた。
が、とりたてて追求しようとまではせず、視線をそっとはずす。
「……せっかくの獲物ですから。解体したいので、手伝ってもらえますか?」
頷く以外に、やりようがなかった。