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17.姉妹来訪(3)

「おーい、アリヤちゃん。注文取りに来てくれよ」

「はーい、ただいま!」

「料金はテーブルに置いとくぜ。ごちそうさん」

「ありがとうございましたー!」

 すっかりお馴染みとなったやり取りが行き交い、“月下の黒猫亭”の時間はまたたく間に過ぎていく。

 働き手二人が加わった店では、連日客足が絶えることはなかった。元々安くてうまい料理が食べれるということで人気がある店だったが、今ではさらに客が増えている。

 その理由を、レナファはアリヤのおかげだと思っている。愛らしく、子供らしい元気の良さで接客するアリヤは早くも店に馴染んでいて、客からも人気がある。

 実はレナファも見た目とその控えめな態度で人気があったりするのだが、本人は暗く見られているだけと思いこみ、まったく気づいていない。

「今日はレナファちゃんは見れずじまいかあ」

「ま、仕方ねえさ。こんな日もあらあ」

 帰りがけの客の一人がつまらなそうにぼやくと、その連れが慰めるように肩を叩いた。

 そうした会話をレナファが聞いていないのは、ひとえに役割分担ができていたからだ。

 接客の得意なアリヤが注文をとって料理を運び、レナファは厨房で皿洗いや料理の下ごしらえをする。レナファ自身も接客よりはよほどうまくやれると思っているし、肉の扱いなどは慣れたものだ。一抱えもある肉を調理しやすい大きさに切り分ける手際の良さは、女将も目を丸くするほどだった。

 アリヤのほうが忙しくなればさすがに接客に出なければならないが、そうしたたまにしか姿が見れない、という事情もひそかなレナファ人気の理由につながっていた。

 忙しいが、充実した日々。まだこの街に来た本来の目的を果たせていないことを除けば、不満などないはずだった。

 アリヤと出かけた市場で感じた、胸のしこりさえなければ。


「……はぁ」

 憂いを含んだ溜め息――

 一日の仕事が終わり、レナファは部屋の中で膝を抱えていた。いつもなら心地よい疲労感にすぐに横になって眠りたくなるのだが、レナファはあることで思い悩んでいた。

「やっぱり……向いてないのかな……」

 人と接するのはあいかわらず苦手意識がつきまとう。たまにする接客でも、ひどく疲れを感じるほどだ。なので、活き活きと接客をこなすアリヤには、すごいなと思うと同時にわずかな引け目を感じていた。

 ――接客下手な自分に代わって、アリヤに負担を押しつけているんじゃないだろうか?

 厨房で働いているレナファも負担はかわらないし、アリヤも他の人間もそんなことは思っていない。だが、自分がきっかけで住み慣れた村を離れなければならなかった、という思いこみが、レナファにそんな想いを抱かせていた。

 それに拍車をかけるのは、市場でアリヤが見つめていたあの髪紐だった。

「似合うだろうな……」

 あれで髪を飾ったアリヤを思い描き、想像上のあまりの可愛らしさに口元をゆるませる。本人も欲しがっていたようだったし、もしプレゼントしたらすごく喜んでくれるだろう。

(……買っちゃおうかな)

 ひそかにそんなことを思うと同時、レナファの値札の金額を思い出した。

「どうしよう……」

 途端に問題を思い出して表情を曇らせた。


「姉さん、持ってきたよー」

 声はドアの外からだった。気持ちを切り替えてドアを開けると、お湯の入った桶と手ぬぐいを抱えたアリヤが部屋に入ってくる。

 姉妹はお湯に浸した手ぬぐいで、体を拭き始めた。

「働いた後のご飯もおいしいけど、暖かいお湯で体を拭くのも気持ちいいもんよね」

 上機嫌そうに体を拭うアリヤの気持ちがレナファにはよくわかった。

 小川で水浴びをして体を綺麗にしていたことを思い出す。あれはあれで気持ちよかったが、肌寒い日には辛くも感じたものだ。

 ゆるく絞った手ぬぐいで手の届く範囲を拭き終えると、アリヤが手ぬぐいを手にして背中に回り込んだ。

「じゃ、背中拭くね」

「うん、お願い」

 髪を手でまとめて前に持ってくると、無駄な肉のない、それでいて女性らしさを感じさせる背中があらわになる。狩猟生活で鍛えられているからか、いくらか筋肉がついてるが目立つほどでもない。

 その背中をアリヤがごしごしと絶妙の力加減で拭いていく。

「んっ……」

「あ、ごめん。強かった?」

「そうじゃなくって……気持ちよかったから、つい……」

 思わず漏れた吐息。恥ずかしさにレナファは顔を赤らめながら答えた。

「二人だけなんだから恥ずかしがらなくってもいいのに」

 そうは言われても今のような声を出すのは抵抗がある。レナファは口を結んでアリヤが拭き終わるのを待った。

「はい、終わったよ」

 ほっとした、気の抜けた瞬間を見計らったように、

「――えい!」

「ひひゃん!」

 不意打ち気味に、アリヤの細い指が背中を撫でた。

「え、え……?」

「ひひゃんって。あっはは。姉さんかわいー」

 何が起こったかわからないままレナファが振り向くと、悪戯を成功させたアリヤが笑い転げていた。

 怒ったらいいのか、叱ったらいいのか迷ったが、笑うアリヤを見ているうちにそんな気もなくなった。

 こんな姿を見せてくるのも自分の前だけだと思うと、ついつい仕方ないなあと思ってしまう。

「もう……いつまでも笑ってないで。背中、向けてね」

「うん!」

 二人で使っているベッドの上にアリヤが腰掛ける。

 レナファは手ぬぐいをお湯に浸してから絞ると、力加減に気をつけながらその背中を拭き始めた。

「どう……かな? 痛くない?」

「ううん。ちょうどいいよ」

 いつもの欠かせないやりとりだ。大切な妹の小さな背中を見るたびに、守らなきゃ、という思いがこみ上げてくる。

 ふと思いつき、レナファはアリヤの髪に触れてみた。ほどいた髪の毛が背中の半ばまで流れている。この髪とあの髪紐の組み合わせを想像したが、やはり悪い印象は思い浮かばなかった。

「どしたの姉さん?」

「う、ううん……その、綺麗な髪だと思って」

「え? ……えへへ、ありがと。姉さんの髪も綺麗だと思うよ」

 照れ笑いを浮かべ、アリヤが足をぶらぶらと振る。体を拭き終え、姉妹は眠りについた。


 アリヤへの髪紐を買おうと思い立ってはみたものの、すぐには実行できない問題があった。

 単純に、お金が足りないのだ。

 クレイファレルに来た時に持っていたお金は二人の共有のものだ。それを使うわけにもいかない。

 働いて稼いだお金で買おうにも、まだそれほどお金が貯まっていない。貯まるまで待つにしても、その前に誰かに買われてしまっても困る。

 手早く、かつ実行可能な金稼ぎの手段――頭をひねって考えてみても、レナファに思いつけるのは父親に教えてもらった狩猟と弓の技術しかない。

 だが近くに狩猟に向いた場所がなく、前に狩りをしていた森は遠すぎる。往復だけで何日もかかるようでは、あまりに効率が悪い。

 レナファの考えはすぐに行き詰まったようにみえたが、すぐにあることを思い出した。“月下の黒猫亭”に来る兵士たちが弓の使い方について話していたことを。

「そうだ……」

 なにも弓を使うのは、猟師だけではないのだ。


「なるほどねェ。だから俺のところに来たってわけか」

 机の上に足を投げ出して、傾けた椅子に座ったバーナル。

 休日にレナファは兵舎に来ていた。手にはここ最近では手入れ以外で触れることのなかった弓がある。

「で、嬢ちゃんは兵士になりたいのか?」

「いえ、そういうわけでは……ですけど、その気もあります」

 バーナル、知り合いの兵士の中でもまとめ役に近い立場なので。

 バーナルの元に来たからといって、レナファは兵士になりたいと考えていたわけではない。

 ただ日常的に弓を使っているここでなら、自分にもできることがあるのではと考えただけだ。

 そのことを話すと、バーナルはうなりながら首を傾げた。

「ってことは、弓の手入れや修理とかか? 悪いがそういうのは間に合ってる。それに手入れぐらいならテメェでできるように教え込んでるんでな。それ以外でってんなら……まあ、ちっと試してみるか」

 足を下ろし、机の上で腕を組んだ。

「それがお嬢ちゃんの弓か?」

「はい」

 うながされるままに弓を渡すと、バーナルは目を細めて観察したあと、弓を引いて驚いた顔をした。

「かなり使い込んであるな。弦の張りも強い。よく引けるもんだ」

「あの……元は、亡くなった父の使っていたものなので」

「へぇ。……手ェ、見せてみな」

 おずおずと両手を開く。レナファの手の平を見て、バーナルはなるほどな、と頷いてから弓をレナファに返した。

「ちっと構えてみせてくれるか?」

「ここでですか?」

「ああ、いつもしているようにやってくれればいい。実際に獲物を狙う感じでな」

「でも矢が」

「なしでいい。ただし、あると思ってやってみな」

 そんなことはやったことはなかったので戸惑ったが、レナファは言われるままに構えた。

 深呼吸を繰り返し、ここが兵舎の一室ではなく、木々の生い茂る森の中だと想像する。

 部屋を囲む灰色の壁が消えていき、かわりに視界にあるのは自分を取り囲む森の自然だ。

 はるか先にたくましい体格をした雄鹿がいた。群を率いて先頭を歩いている。風下に立ち、木の陰から慎重に狙いをつける。想像の矢を弓の弦につがえて、慎重に引き絞っていく。キリキリと、弦が引き絞られていく。

 パンと、何かを打ち鳴らす音が響いた。集中が途切れ、視界にあった想像の鹿や森が消え失せる。

 驚いたレナファが振り向くと、バーナルが両手を打ち合わせて満足そうに笑っていた。

「もういいぜ」

「……え? もう、ですか?」

 これから、という時に止められて、レナファは首を戸惑いの表情を浮かべた。

「あの、それで……?」

 自分は、雇ってもらえるのだろうか――そんな期待を込めた目を向けると、バーナルはあっさりと首を横に振った。

「兵士としては無理だな」

 レナファはがっくりとうなだれる。バーナルはバツが悪そうに頭を掻いた。

「うちのバカどもはお嬢ちゃんみたいな若い女が入るのを喜ぶだろうけどよ。はっきり言っちまえば向いてないな」

「向いてない、ですか?」

(実力不足、というわけではなくて?)

 想像していたのと違う言葉に、レナファは首を傾げた。

「さっき見せてもらったもんで嬢ちゃんの腕前はだいたい想像がつく。若いのに集中力もたいしたもんだ。その点だけで言うなら申し分ねェな」

「それなら、何がいけなかったんでしょうか?」

「わからねェか」

 そうだろうな、と言うようにバーナルは頷いたあと、

「なあ嬢ちゃん。一つ聞かせてくれ。あんたは、その弓で、人を殺すことができるか?」

 区切るような口調の問いかけだった。

 レナファは言葉を詰まらせ、すぐに過去の自分の行為を思い出す。

 ――無我夢中で引き絞った弓弦が高い音を鳴らし、飛んでいった矢が追ってきていた盗賊の体に突き刺さるあの光景。その後、背を向けて逃げ出したもう一人も容赦なく矢を突き立てた。

 狩人として磨かれた腕は、あっけなく二人の人間の命を奪っていた。

 あの後、何度も夢に見て、そのたびに跳ね起きた。

 初めてだったのだ。人を狙って矢を放つのも、人を殺すのも。

(今さら、ためらうことなんて……)

「……できます。それに、前にも一回――」

「だがそれは追いつめられたからじゃねェか? そういうことじゃねェのさ。自分や仲間が追いつめられてるわけでもねェ。見過ごすことだってできる。そういう状況の中で、自覚的に、生きている一人の人間の命を奪うことができるのかって話だ」

 今度こそレナファは声を詰まらせた。

 あの時は、必死だった。ああしなければ、アリヤや村人たちが殺されていただろうから。

 だがもし自分が射殺そうとしている相手に、自分にとってのアリヤのような大切な存在がいると考えたら。

 大切に思い、思われるような繋がりを、自分は断ち切れるだろうか。

 自分の腕の中で冷たくなるアリヤを想像し、レナファはその場で崩れ落ちそうになった。視界は暗く、吐き気すらこみあげてくる。

「う……く……」

(……できっこ、ない……)

 うなだれて暗い顔をするフェリナに、バーナルがなぐさめるように声をかけてきた。

「そう気ィ落とすなよ。そいつは欠点ってわけじゃねェ、むしろ誉められた性分だよ。それにだ、コウイチだってあんたが人殺しになることを望んじゃいまい」

「……」

「だがその弓の腕前、埋もれさせるにゃ惜しいな」

「……え?」

 おどろいたレナファが顔を上げると、ニヤリというような笑みを浮かべて指を立てたバーナルと目が合った。

「そこで提案だ」


教導役・・・、ですか?」

 バーナルの“提案”を聞いたレナファは目を丸くして驚いた。

「そうだ。嬢ちゃんにはうちの若い奴らに弓を教えてやってほしい」

 椅子の背もたれに体を預けながら、バーナルは笑みを深くする。

「と、言ってもだ。弓の扱いを教えるだけなら、ここにもそれができる奴はいる。だから嬢ちゃんに頼みたいのは、もっと実戦的な訓練の話さ」

「実戦的?」

「はっきり言やあ、兵士どもを“狩り”に連れてってほしい、ってことだ。人間と動物相手じゃ勝手が違うだろうが、動かねェ的だけ狙っていても上達にも限度があるからな」

「狩りを、訓練に利用すると……?」

 生活の糧を得るために狩猟を行っていた身としては、訓練のためにそれをするというバーナルの提案には抵抗を感じた。

 バーナルは深々と頷いた。

「そうだな。場所は嬢ちゃんが使っていたっていう狩り場でいいだろ。ちと遠いだろうが、荷車(荷馬車?)を持っていけば帰りも困らねェはずだ。狩った獲物は兵士たちの食料にする。大食いがそろってるから余ることはねェだろうが、いくらかは“月下の黒猫亭”に持ってけばいい。肉がタダで手に入るんだったら、その間だけ休んでもあそこの女将も文句を言わねェだろうよ」

 言い終えると、皮肉気な笑みを浮かべた。

「それにだ、これなら嬢ちゃんも雇われたばかりの店をやめなくたっていいわけだ。悪くない話だろ?」

 レナファはハッと顔をあげた。

 アリヤのことで頭がいっぱいになって、そこまで考えが回っていなかったのだ。

「で、どうだ? いい条件じゃねェかい?」

「……少し、考えさせてください」

 考え込んだ末、アリヤは絞り出すようにそう言った。


 悪くない話とバーナルは言った。たしかにそうだと思う。

 弓の訓練のために狩りをする、ということにもためらいは覚えたが、割り切れないこともない。

(狩りにいく自体は……不安は、ないんだけど……)

 だが、それは一人での話だ。それがほとんど話したことのない赤の他人と、そればかりか、やり方を教えるなんて――ただでさえ人と接するのが苦手なのに。

 うまくやれる自信がない。それがレナファが答えを保留にした理由だった。

 自信が欲しい――切実にそう思うが、思うだけで得られるものではない。

 偶然にもその願望は彼女の想い人が抱いているものと同じなのだが、今のレナファがそれを知る術はなかった。


 先行きに漠然ばくぜんとした不安を抱きながら兵舎を出たところで、レナファは声をかけられた。

「あなたがレナファさんですか?」

 振り返った先にいたのは金髪の女性だった。同年齢ぐらいで、楚々そそとした笑みを浮かべている。見たことのないような上品そうな女性だった。もちろん、レナファに会ったおぼえはない。

「あの……?」

「初めまして。フェリナといいます。この町では、領主代理をさせていただいています」


 立ち話もなんですから、というフェリナの言葉で、二人は兵舎の応接室を借りて向かい合って座っていた。

 レナファは緊張でうつむきながら、上目遣いでフェリナと名乗った女性を見た。

 彼女の話では、彼女は領主の娘で、今は体調が思わしくない父の代わりに代理をしているらしい。

 自分たちに縁のある立場だとは思えないし、当然のことながら前に会ったこともない。

「あの、なんで私に声を……?」

「コウイチさんには、お世話になりましたから。彼と親しいというあなたにも、挨拶をしておこうと思いまして」

 さらっと出てきた名前に、レナファは目を丸くした。

「コウイチさんに……?」

(お世話……? こんな、きれいな人と?)

 いまいち関係がわからず、首を傾げる。

「ええ。くわしくは言えませんが、彼にはある一件で助けていただいたんです。彼には、返しきれない恩があるわけですね」

 その言葉に含まれている好意にレナファは気づいた。さらに、フェリナの頬がうっすらと赤くなっていることにも。

「あ、あのっ!」

 焦燥にかられて、レナファはつい声を張り上げた。

 なにか、と首を傾げるフェリナ。

「コウイチさんとは、どういった――」

 レナファの言葉が不自然に途切れる。関係を聞いて、もし最悪の想像通りの答えが返ってきたら、という思いが言葉を詰まらせた。

 それでもレナファの言いたいことを察したらしく、フェリナは笑みを深くして、

「彼は、私の恩人ですわ。彼が私をどう思っているかはわかりませんけど、自惚れでないなら悪からず思ってくれているはずです」

 遠回しなその言葉に、レナファの視界が真っ暗に染まった。

 あら、と照れたようにフェリナが口元に手を添える。

「あまり人に言うようなことでもありませんでしたね。これは内緒にしておいてください」

 それでは、と言い残し、フェリナは立ち去った。

 レナファは地面がぐらぐらと揺れているような錯覚をおぼえながら、声をかける余裕もなく、その姿を見送った。


 とぼとぼと、レナファはうなだれながら道を歩いていた。

 心の中は半ば諦めで満たされている。

(コウイチさん……)

 自分たちと別れた後で、彼を取り巻く環境は大きく変わっていた。コウイチ自身の立場も、フェリナというきれいな女の人の知り合いができたことも。

 前の時は、三人だけだった。自分とアリヤ、彼だけ。

(あの時は、三人だけだったから、コウイチさんも私を見てくれた。けど……)

 フェリナの、同姓から見ても魅力的な笑顔が脳裏をよぎり、レナファの気持ちはさらに沈んだ。

 あんな人がそばにいるなら、自分など見向きもされないのではないだろうか――そういった恐れが、フェリナを深く落ち込ませていた。

「あ、姉さん」

 声がした。

 のろのろと顔を上げると、“月下の黒猫亭”の前でアリヤがたたずんでいた。

 気づいたらもうここまで来ていたらしい。ここにたどり着くまでのことはまったくおぼえていない。

 アリヤは心配そうに声をかけてくる。

「姉さん、どうしたの?」

「ん……なんでもないから」

 その場は、力なく笑いながらそう返すのが精一杯だった。

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