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17.姉妹来訪(2)

「レナファさん、アリヤちゃん!」

 クレイファレルに着いたその翌朝。兵舎から出た姉妹に、呼びかける声があった。

「あ……」

「ランディさん?」

 駆け寄ってきたのは、昨日門のところで会った兵士だ。すぐ後に同僚らしい兵士がついてくる。

「お……おはよう、ございます……」

「おはようございます、ランディさん。どうかしたんですか?」

 さりげなくランディと姉の間に割り込むように動きながら、アリヤは首を傾げた。表情は笑顔だが、内心では警戒心をむき出しにしている。

(――フンだ。姉さん狙っているのバレバレなんだから。近づこうとしたって、そうはいかないわよ)

 自分の認めた男以外を、大好きな姉に近寄せるつもりはない――

「ああ、いい知らせだぜ」

 アリヤのそんな思いに気づくはずもなく、ランディは得意げに“いい知らせ”を口にした。


「――え?」

 思わずレナファが驚きの声をあげる。

 してやったりといった表情で、ランディは隣にいた兵士を指さした。

「だからさ。こいつの家が食堂をやっているんだよ。今ちょうど人手を探していて、ちょうどいいことに住み込みもできるんだって。で、二人をどうかって話がでているんだけど」

「い、いいんですか?」

 早くも降ってわいたような都合のいい話に、アリヤが半信半疑といった顔をする。その兵士は純朴そうな笑みを浮かべて頷いて。

「大丈夫だよ。宿も兼業でやってるんだけど、満室になることなんて滅多にないからね。一人で一部屋はさすがに無理だろうし、住み込みだからそのぶん給料も安くなるけど」

「大丈夫です! 寝る場所とご飯がついてくるんだったら、あたし一生懸命働きます!」

「わ、私も」

「じゃあ昼過ぎにでも店に行こうか」

「はい! あれ、でも――」

 思わぬ幸運に飛びついた姉妹は、同時に首を傾げた。

「なんであたしたちが仕事を探してるってわかったんですか?」

「バーナルのおっさんにさ、頼まれたんだよ。手伝ってやってくれって」

「バーナルさんが?」

「あの人に言われたら、やらないわけにはいかないからなあ。ま、元々俺は手伝うつもりだったけど」

 アリヤは意味深な笑みを浮かべるランディに愛想笑いを返しながら、

(へえ……おっかなそうな人に見えたけど、面倒見がいいのかな。昨日だって泊めてくれたし。それとも、あたしたちがコウイチの知り合いだから?)

 と、心の中で首を傾げながらもバーナルへの評価を上方修正した。

(食堂の仕事……。どんなこと、やるんだろ。接客とか……? 私に、できるかな……)

 レナファはといえば、自分に向けられた笑みの意味に気づく余裕もなく不安に襲われていた。


「はい! 鹿肉と香草の肉野菜炒め、お待ちどう様!」

「む、麦酒です。……どうぞ」

 その日の夜から、さっそく姉妹は働き始めた。昼間に食堂に行き、即決で働かせてもらえることになったのだ。とはいえ本格的に雇われたわけではなく、まずは働きぶりを見て、ということになっている。

「おーい、こっち、注文いいかい?」

「はい、いま行きまーす!」

「料理まだこないのか? 酒だけ飲み干しちまうよ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 姉妹は接客をしながら、忙しく厨房と客の間を歩き回っている。

“月下の黒猫亭”というしゃれた店名のわりには、店内は賑やかな雰囲気に包まれていた。

 客のほとんどがこの街の住人で、旅人や行商人が立ち寄ることはあまりないような店である。加えて今夜の店内は姉妹の噂を聞きつけたらしく、席を満たす客の半数ほどが仕事を終えた兵士たちだった。

「あんたたち! 見るのはいいけど、余計なちょっかいを出すんじゃないよ。悪酔いして絡んだりしたら、叩き出すからね!」

 看板娘ならぬ看板姉妹を一目見ようと集まってきた兵士を、恰幅のいい中年の女性が怒鳴りつける。兵士たちにとってはオフクロさんのような存在である、この店の女将だ。

「わかってるって。ちょっと見にきただけだよ」

「それならいいんだけどねぇ。色ボケした若いのがいっせいにくるんだから、警戒するのも当然だろう?」

 知り合いゆえの気安さからか、軽口をたたき合う女将と客の兵士だが、レナファとアリヤの二人は忙しすぎてそれどころではない。なにしろ慣れない仕事の初日から満席状態がずっと続いているのだから。

「あ、アリヤ。……大丈夫?」

「な、なんとか。こんなに忙しいだなんて思わなかったけど……」

「ほら二人とも、話してないで料理運びな! 冷めちまうよ!」

「「は、はい!」」

 すれちがいざまの会話すら見逃さず、女将の発破が飛ぶ。二人は慌てて仕事へ戻っていった。


 その日の夜はあっという間に過ぎていき、店が閉まった後でへとへとになった二人は、女将と同じテーブルで果実水を飲んでいた。

「お疲れさま。どうだい、仕事のほうは」

「疲れました……でも、これなら頑張れそうです」

 本心だった。忙しくはあったが、終わってみれば気持ちのいい充実感で疲労すら心地よく感じる気がする。

 アリヤが正直に答えると、女将は満面の笑みを向ける。

「あんたはこの商売に向いてるね。初めてにしてはよくやってたよ。で、あんたは――」

 不安げな顔をするレナファに、女将は苦笑を浮かべた。

「あんたは、もっと大きな声を出せればいいんだけどね」

「すいません」

 レナファは悄然しょうぜんとうなだれた。何度も客に聞き返される場面があっただけに、否定はできない。

「怒っているわけじゃないよ。手を抜いてたってんじゃないんだからね。それにね、誰だって向き不向きはあるもんだ」

「それじゃあ」

「ああ、合格だ。二人とも、これからもしっかり働いとくれよ」

 その言葉に、姉妹は驚きの表情を浮かべながら目を合わせた。鏡合わせのように二人の顔が喜色に染まっていく。

「姉さん!」

「アリヤ……!」

 新しい住まいと生活の糧を手に入れた嬉しさのあまり、姉妹は抱き合う。そんな二人を傍らで女将が微笑ましそうに見ていた。


「ん~! こうやってゆっくり出かけるにも久しぶりね、姉さん!」

 伸びをしながら、アリヤは隣を歩く姉を見上げた。レナファは往来する人の波に視線を奪われながら頷く。

「うん……そうだね」

 働き始めてから初めて与えられた休日。クレイファレルの大通りを姉妹は歩いていた。

 明確な目的があるわけではないので、その歩みはのんびりとしたものだ。

「で、どうしよう? 女将さんのオススメ通り、市場に行ってみる?」

「そうだね。……お金の扱いにも慣れておかなくちゃ」

「何がいくらで買えるか知っておくのも大事だもんね」

 もともと金銭よりも物々交換が主流の田舎村で暮らしていた二人である。さすがに見かねた女将に、

『買い出しにいってもらうこともあるかもしれないからね』

 という言葉と、いくらかの小遣いとともに教えてもらったのが市場の存在だった。

 大通りからわき道に入ると、すぐに目的の場所が見えてきた。大通り以上に賑やかな雰囲気が外からでも伝わってくる。

「うわぁ……」

「人、多いね……」

 驚きに目を見開くアリヤと、不安顔をするレナファ。両脇に並んだ屋台や露天商のせいで大通りの半分ほどになった道幅には、ひしめき合う人々の姿があった。

「朝じゃないからこれでも少ないほうなんだろうけど……大丈夫そう、姉さん?」

「う、うん」

 気遣うようなアリヤの問いかけに、人見知りのレナファはひるみながらも頷いた。

(――ダメだな。アリヤに気を使わせちゃ)

「あ、でもはぐれるといけないから……手、つないでいこうか?」

「うん!」

 うれしそうに頷くアリヤの手を取り、レナファは市場へと踏みこんでいった。


 市場では地べたに敷物をしいてその上に商品を並べただけ、という店は少数で、ほとんどは屋根と陳列棚のある組み立て式の屋台で商売をしていた。

 そこには衣服や生活雑貨、野菜や果物など、色とりどりの商品の数々が並べられ、たまに村にも来ていた行商人のものとは比べものにならない種類の品物が売られていた。

「うわ、すごいね姉さん」

「うん、それにすごいにぎやか……」

 商品を売ろうと、そこかしこで威勢のいいかけ声が飛び交っていた。できるだけ価格を引き下げようと、値段交渉をしている客の姿も珍しくない。

 田舎の村ではまず体験できないような熱気にこの場は包まれていた。

 恐る恐る人にぶつからないように歩くレナファの横で、アリヤは好奇心をむき出しにして周囲を見回していた。

 その中でまずアリヤが目を奪われていたのが、おいしそうな匂いを漂わせている屋台が集まった一角だった。

「姉さん、おなか空かない?」

「ん……ちょっとすいたかも」

「ならあそこ行こ!」

 言うやいなや、レナファの手を引いて目当ての屋台にまで突き進む。

「おじさん、これ一つちょうだい!」

「はいよー」

 ちょうど昼時ということもあり、その屋台は繁盛していた。

 お金と引き替えにアリヤが買ったのは、牛の臓物煮込み入りの麦粥むぎがゆである。大鍋からお椀によそわれたそれは、臭い消しに香草が入っていて生臭さはほとんどない。ついてきた木匙きさじで口に運ぶと、逆に臓物が味に深みを与えているのがわかった。

「うわあ、おいし……」

「ほんとだ……」

 瞬く間に二人で一杯の麦粥をたいらげたあと、次に目をつけたのが豚肉の串焼きだ。一口目を口にしたレナファが目を瞬かせた。

「これ、ジャガイモにお肉を巻いてるの?」

「うん、たぶんそうだよ。それも蒸かしてつぶしたものを使っている。だからとっても柔らかくて、それにこのピリピリした感じ……胡椒を使っているのかな。すっごいおいしいよこれ」

 生まれ育った村では、胡椒のような香辛料は行商人からしか手には入らない高級品だ。料理に使ったことなど、数えるほどしかなかった。

 二人の感想に気をよくした店主が、串焼きを一本差し出した。

「うれしいこと言ってくれるねえ。ほれ、おまけにもう一本やるよ」

「え、いいのオジさん?」

「いいっていいって」

 二人で仲良く分けな、と言う店主の言葉通り、二人は分け合って食べてから他の屋台に足を向けた。

「あ~、おいしかった。あ、次はあそこ行こ」

 食べ物ばかりで喉が乾いたらしい。アリヤが指を指したのは、飲み物を売っている店だった。

 一見よくある果実水のようだが、最後にレモンをひと搾りしてくれるので口当たりはさっぱりしている。味付けが濃い物を食べた後にはちょうどよかった。

 その後も目についたものを食べ歩き、気がつけば市場の真ん中にまで来ていた。

 女将にもらったお古の財布の中身を見て、

「ちょっと使いすぎちゃったかな?」

「わからないけど……今日くらいは、いいと思う」

「だよね!」

 笑顔を向けあい、お腹を満たした二人はあちらこちらの屋台を覗いて市場を歩いた。

 最初はあまりの人の多さに腰が引けていたレナファも、すっかり慣れて楽しめている。はぐれないようにとアリヤとつないでいた手も、今では離れていた。

 ふと、レナファは近くにアリヤの姿がないことに気づいた。

「アリヤ?」

 焦って振り返ると、立ち止まっているアリヤはすぐに見つかった。ほっとして近づく。

 アリヤが見ていたのは、主に装飾品を扱う屋台の前だった。

 後ろから興味半分に覗いてみると、色とりどりの指輪や髪飾りなどが目についた。場所が場所なのでさほど高級な物はないが、それでもこの市場の中では高価な商品が並んでいる。

(欲しいものでも、あるのかな?)

 気になってアリヤの視線をたどってみると、目に入ったのは鮮やかな色合いの、髪を結うための紐だった。

 視線を落とし、アリヤの髪を見る。頭の両側でくくっているそれは、飾り気もなにもないただの麻紐である。

 次に値段の書かれた木札を見た。途端にレナファは表情を曇らせる。

買えないことはない。ないが、二人の給金やもともと持っていたお金を考えると、かなりの高値だった。

 買おうかどうか迷っていると、アリヤに手をつながれた。

「姉さん、行こ!」

「え……あ、うん」

 そのまま引っ張られるようにその場を後にする。

 レナファの胸にいくらかのしこりを残したまま、姉妹の休日は過ぎていった。


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