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17.姉妹来訪(1)

番外編的な短編です。主人公は登場しません。

 ――時を、少しさかのぼる。

 これは、コウイチがとらわれの身になった頃のこと。


「来たわっ!」

 クレイファレルの街の外壁――その門の前で、腰に手を当てて胸をそらす少女がいた。年齢は十を少し過ぎたほど。髪を頭の両側で結び、つぶらな瞳は期待にきらきらと輝いている。年齢相応の愛らしさのある少女……なのだが、その見た目にはそぐわないポーズは、周囲の視線を自然と集めた。

 当人はそれに気づかないようで、期待に満ちた目をそびえ立つ壁に向けている。

「ア、アリヤ……。目立ってる、目立ってるから」

 興奮して見られていることにも気づかない少女に、控えめな声がかけられる。

 声の主は、アリヤと呼ばれた少女よりは五歳ほど年上と思われる女性だった。少女によく似た顔立ちで、長い髪を頭の後ろでくくっている。恥ずかしいのか顔を伏せて、落ち着かなそうに体を揺すっていた。

「あ……」

 周りを見て、アリヤはようやく自分が注目されていることに気づいた。慌てて愛想笑いを振りまき、道の端へとよける。

「ご、ごめん姉さん」

「うん……いいけど」

(気持ちはわかるから――)

 アリヤに姉と呼ばれた女性――レナファは、ゆるりと首を振った。妹が興奮している理由はよくわかるから。なにしろ、彼とは久々の再会なのだ。

(もうすぐ、会えるんだよね……)

 そう思うと、興奮を抑えきれないのは自分も同じだった。

「じゃあ、行こっか」

「ええ!」

 意気揚々と門へと進む妹の後を追い、レナファは街を囲む壁を見上げる。

 姉妹の育った村では、要所要所に獣除けの柵がある程度だった。見るのは二回目だが、初めての時はゆっくり見る余裕などなかった。

 いくらか気圧されそうになりながら、レナファは開け放たれた門へ近づいた。

 門の前には、数人の兵士がいた。

「ようこそクレイファレルへ」

 そのうちの一人が笑みを浮かべながら声をかけてくる。目の前で注目されていた姉妹に気づかないはずもなく、どことなく笑いをこらえているような表情だった。

「お嬢さんたち、一応ここで荷物の確認をさせてもらっているんだが、協力してくれる?」

「あ、はい」

 兵士に言われるままに素直に荷袋を開いて見せる。見られて問題のある物など何もない。レナファの持っていた弓矢に兵士は不思議そうな表情をしたが、特に何も言わなかった。

「どうも。二人は姉妹かな?」

「はい。そうです」

「この街は初めて?」

「前にも一度だけ来たことがありますよ」

 話しかけられたレナファに代わって答えたのはアリヤだ。口下手で人見知りなところのある姉とは違い、彼女は人と接するのは慣れている。

 兵士は少しだけ残念そうな顔をしてみせた。

「そうか。なら説明はいらないかな」

「一度来たっていっても、ほんの少し、いただけですから」

「それなら簡単な案内ぐらいならできるけど。そういえばこの街には何をしに?」

 アリヤは少しだけ口ごもった後、思いたったように声をあげた。

「その……あたしたち、人に会いに来たんです。その人も兵士なんですけど」

「へえ。なら俺も知っているな。名前は?」

「コウイチ、っていいます」

 ピキ――

 その瞬間、姉妹にはまったくわからない理由で、空気が凍りついた。

「え、ええと……質問だけど、そいつと君たちは、どういう関係?」

「家族、みたいなものです」

 心の底からうれしそうに答えるアリヤ。レナファも恥ずかしそうに頬を染め、顔を伏せる。その口元には笑みが浮かんでいた。

 姉妹が意図したものではないが、その態度は見る者が見れば誤解してもおかしくないものだった。

「そ、そう。……マジかよ、めちゃくちゃ俺好みだってのに……」

 こわばった笑顔のまま相づちを打つ兵士。その後に続く言葉は呟きのような小声だったが、聞き逃さなかったアリヤの肩がピクリと揺れた。

 兵士は硬い表情のまま、スススと他の兵士たちのほうに近づく。

「……おい、聞いてたか」

「ああ。コウイチって……アイツだよな」

「それしかいねえだろ。あのヤロウ……リゼとフェリナ様以外に、こんな子たちともイイ関係になってたのかよ」

「なんであいつばっかり……」

「くそっ、どっちとそういう関係なんだ?」

「そりゃ姉のほうだろ。妹だったら……それもうらやましいかも」

「自重しろバカ」

「よし。とりあえず他の奴らにも知らせとけ」

「それって……」

「帰ってきたら制裁だな。シメるしかねえ」

「そうだな。嫉妬に狂った男の恐ろしさってのを思い知らせてやる」

「ク、ククク……」

 なにやらドス黒いオーラを発しながら密談する兵士たち。

 姉妹が怖々と見守っていると。話を終えた兵士がどこか迫力の増した笑顔を浮かべながら戻ってくる。

「あの、どうかしたんですか?」

「ああ、いや。なんでもない。なんでもないよ」

 ごまかすように手を振る兵士。明らかにうさんくさい。

「姉さん、行こ」

「う、うん」

 急いで街に入ろうとする姉妹を、兵士が慌てて呼び止めた。

「ちょ、ちょっと待った」

「……なんですか?」

 警戒しながらも笑顔で対応するアリヤだったが、兵士の次の一言でその笑顔が凍りついた。

「せっかく会いにきたのに残念だけど、今、コウイチの奴いないぜ」

「……え?」

 沈黙――

 驚愕に目を見開く姉妹に、兵士は気まずそうな表情を浮かべる。

「え、それは、その、なんで、ですか?」

 動揺のあまりしどろもどろになるアリヤに、兵士が同情の眼差しを向けた。

「ちょうど仕事で他の街に行っているんだよ。運が悪かったなぁ」

 姉妹の顔から一瞬で血の気が引いていった。

「そんな……」

 動揺して言葉を失う姉の横で、妹が顔を伏せた。肩がプルプルと震えている。

(――泣くか?)

 慌てて慰めの言葉をかけようと兵士が手を伸ばす直前、少女は伏せていた顔を上げた。

「え?」

 泣き顔を予想していた兵士の口から、間の抜けた声がこぼれる。

 アリヤの顔は、真っ赤に染まっていた。目がつり上がっている。その表情は、間違いなく怒りのそれだ。

「……の……」

「へ? な、なんだって?」

 思わず耳を寄せた兵士は、少女の口に耳を寄せた。直後、

「コウイチ……のバカぁー!!」

 少女の絶叫が、穏やかな空に響きわたった。


「はぁ……」

 レナファは深々と溜め息をついた。

 狭い部屋でのことなので、嫌でも耳に入る。アリヤが心配そうに落ち込んだ姉を見た。

「大丈夫? 姉さん」

 レナファは困ったような笑みを浮かべた。

「うん……ちょっと引きずっているだけだから。」


 あの後、ランディと名乗った門番の兵士の計らいで二人はとある人物に引き合わされた。

 名前はバーナル。アリヤは忘れていたのだが、レナファは彼の顔を覚えていた。この街でコウイチと別れるときに一緒にいた中年の兵士だ。兵士たちの中でもまとめ役に近い立場である。

 彼は姉妹のことを覚えていた。ばかりでなく、とりあえずの寝床として兵舎の空いている部屋を使っていいとさえ言ってくれたのだ。

 いわく、

『どうせ部屋は余っているんだしな。それに金の節約にもなるだろ』

 ということらしい。

 料金の安い宿に泊まろうとしていた二人にとってはありがたい話だった。


 コウイチに会えず意気消沈していたレナファとは対照的に、切り替えが早いアリヤは、コウイチのことを質問した。

 いま、どこで、何をしているか――

 バーナルの困ったように頭を掻きながら、

『わりィな。あまり詳しいことまで話すわけにはいかねェんだ』

 と言ったが、コウイチが兵士を辞めて騎士団に入って従士になったことは教えてくれた。

「けどコウイチも薄情だよね。そんなことになったのに全然知らせてくれないんだもん」

 アリヤが頬を膨らませると、レナファが困ったような笑みを浮かべた。

「きっと……あの人も、忙しかったんだと思う」

「だけど姉さん」

 レナファに哀しそうな目を向けられ、アリヤは言葉を詰まらせた。姉にこんな顔をされると、アリヤとしてはこれ以上何も言えなくなる。

 アリヤはふてくされた顔でそっぽを向きながらベッドに入った。

 しばらくためらった素振りを見せてから、レナファも同じベッドに入る。自然と一枚しかない毛布を姉妹で共有する形になった。

 一人一部屋でもいいと言われたのだが、さすがにそれはと遠慮していたのだ。

 眠るにはモヤモヤしたものが残り、観念したアリヤは素直に胸の内を口にした。

「……ごめん。ちょっとグチが言いたかっただけだから」

「うん。わかってる。……私のほうこそ、ごめんね、巻き込んじゃって」

「やめてよ、悪いのは姉さんじゃないんだから」

 謝る姉を、アリヤは咄嗟に遮った。わき上がってくる感情はさっきまでのようなちょっとした不満ではなく、強い怒りだ。

「でも、私のせいで村を出なきゃならなかったんだし」

「姉さんのせいじゃなくて、あのバカが悪いのよ! 前の村長が生きてた頃は邪魔者扱いしてたくせに、自分が村長になったらすり寄ってくるんだもん。それで姉さんがなびかなかったら今度は俺の嫁にならなかったら村から追い出すって……もー、いま思い出しても腹が立つ! 何様のつもりだっての!」

「けど、悪いことばかりじゃなかったし」

 姉妹が村から出て行く際、以前にレナファが助けた村人たちが持ち出せない家財や食料などを買い取ってくれたのだ。基本的に物々交換で生活し、まともな金銭の持ち合わせもない姉妹にとって、それはとても助かることだった。

 しかも姉妹にはわからなかったことだが、村人たちが支払った金額は、対価にしては多すぎるものだった。

「……まあね」

 アリヤが渋々といったふうに頷いた。背を向けていた体が、そっと抱きしめられる。

「だから、ね。がんばろう、アリヤ。この街でも、きっといいことあるから」

「……」

 うん、というアリヤの返事は、レナファにだけ聞こえるほどのものだった。

「まずは、お仕事と住むところを探さなきゃね」

 いつまでもバーナルの好意に甘えているわけにはいかない。とりえあず自活できるようになることが、当面の目標だ。

「早めに見つかるといいんだけど……アリヤ?」

 妹の返事が返ってこないことを不思議に思い、耳をますとかすかに寝息が聞こえてきた。

「……そっか」

 飛び出るように村を出て、この街まで歩き通しだったのだ。口には出さなかったが、疲れていたのだろう。

 レナファは妹の寝顔を見て表情を緩めると、夢の世界に旅立った妹の頭を撫でてから自分も目を閉じた。脳裏に浮かんだ青年の姿に、心の中でそっと呼びかける。

(コウイチさん……)

「早く……会えるといいな」

 自然とこぼれた願いを口にしてから、レナファもまた意識を手放した。せめて、夢の中で再会することを期待しながら。

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