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幕間.微妙な結末、揺らぐ道筋

 声に目を覚ました。

 コウイチは寝ぼけ眼をこすりながら起きあがると、小屋の外に出た。まぶしい日差しに目を細めながら、そこにある光景を眺める。

 追いかけっこをしてはしゃぎ回る子供たち。甲高いが、耳にさわるというほどでもない、目覚ましになった声だ。

 日陰では、女たちが服を洗いながら話をしていた。まだ少女といっていい年齢の子から、老婆までいる。少女は時々うらやましそうな目で遊び回る子供たちを見ていた。

 男たちは、力仕事をする者もいれば、手頃な石に腰掛けてのんびりとしている者もいる。それぞれだったが、女子供に対して数が少ないようだった。

 どこにでもあるような、人々の営み――だが明らかに、普通とは違うところがあった。

 遊んでいる、幼い子供たち。そのうちの一人は、頭から短い角を生やしていた。顔以外のほとんどが、体毛に覆われている子供もいる。皮膚に鱗のようなものをつけた子供もいれば、手足の爪が異様に鋭い子供もいた。

 コウイチなどはすっかり見慣れたが、それでも初めて来た時には驚いたものだ。

 盗賊たちが、家族と別々に暮らす理由の一つがこれだった。

 ここは、盗賊たちのアジトのさらに奥にある集落。肉体の変化をまだ制御できない幼い子供たちのために、この場所はある。

「――コウイチ、おはよう」

「……おはよう」

 振り返れば、リゼがいた。

「腕の具合はいいみたいだね」

「まあ……」

 左腕を掲げてみせる。肘から先を骨折して少し前までは吊っていたが、今では負担をかけなければ痛みもほとんどない。

「完治、というわけでは、ないが」

「ここに来てよかったのかもね」

 素っ気ない仕草で集落を横目にするリゼ。コウイチはそんな彼女の様子に、ほんの少しだけつまらなそうな感情が混ざっているような気がした。


 ――アジトでの、ティオとの戦いの後。気絶していたコウイチは知らなかったことだが、そのコウイチをどうするかで一悶着ひともんちゃくあった。

 一つは、ラストルティアまで下りてそこで治療を受けさせる案。

 もう一つは、盗賊たちの集落まで連れていき、そこで治療する案。

 距離的には集落のほうが近く、また怪我も命にかかわるほどではないため、結局は集落まで連れていくことになった……とは、後で聞いた話である。

 傷が癒やすため、コウイチが集落で静養するになり、リゼは本人の希望でコウイチの護衛役につき、レグラスも嫌々ながらといった様子でついてきている。

 スルトはといえば、集落に着いて間もなくゴルドーや数人の盗賊たちとともに姿を消していた。盗賊たちを移住地へ案内しているらしい。

 彼らが戻ってくるまでの間、コウイチたちは予定もなかった来客に驚く集落の住人たちと、距離感のある付き合いをしながら日々を過ごしていた。

(さて……)

 リゼは何を言うでもなく、すぐ隣に立っている。客人という扱いになっているコウイチたちは何かしなければならないこともなく、有り体に言って暇だった。

 だから、というわけではないが、コウイチは決意していた。うやむやのうちに先延ばししていたことを、ここにいる間にしておこうと。

 いつ、何が起こるかわからないから。

「……リ、リゼ」

「なに?」

「少し……いいだろうか?」

 小屋に招いて、隅に置いてあった荷物を探る。ここで暮らすようになってから、ラストルティアの宿に預けっぱなしになっていたのをリゼが持ってきてくれていた。

 奥底のほうにあったそれを取りだし、リゼへと差し出す。

「日頃お世話になっている、お礼……ということで」

 それは革製の腕輪だった。クレイファレルの街で買った、表面に横を向いた竜の姿が刻まれているものだ。革製で薄いが、それに見合わず頑丈で幅広なので、手首を保護するのにも役に立つ。

 女性向けのプレゼントには向いていなさそうだが、実用的な物を好みそうなリゼに似合うと思って選んだものだった。

「これを、あたしに?」

 コクコクと首を上下に振る。

 少し考える素振りを見せた後、リゼは腕輪を手にとって右腕にはめた。

「ピッタリだ」

 感心したような声をあげ、手首を曲げて動かすのに支障がないか確かめる。

「うん、大事に使わせてもらうよ。ありがとう」

 ほころぶような笑顔とともに礼を言われ、コウイチは言葉を失った。

「なに?」

「あ、いや……」

 見とれていたと正直に言うには、いくらなんでも恥ずかしすぎる。横を向いて、たどたどしくごまかしの言葉を口にした。

「よろこんでくれて、よかった……と、思って」

 長くあった胸のつかえがとれたような気分だった。

 コウイチにとっては照れくさく、傍から見たらほほえましい時間は、しかしそう長くは続かなかった。

「コウ! 起きたか?」

 小屋の扉を開け放つと同時に飛び込んできたのはティオだった。

「ん……?」

 その笑顔は、リゼを目にするなりすぐに不機嫌なものへと変わる。

「なんだ。オマエもいたのか。アタシはコウと話があるから、どっか行け」

 あからさまな邪魔者扱いに、リゼは表情の消えた顔をティオに向ける。

「先にコウイチと話してたのはあたしなんだけど」

「ふん、そんなの知るか」

 漂い始めた不穏な空気に、コウイチの背中に自然と汗が浮き出る。相性が悪いのか、少女二人の関係は決して良いものとはいえない。大抵は喧嘩腰のティオが原因なのだが、問題は二人が火花を散らす時はたいていコウイチがその場にいることだった。

「な、なんだよ……ん?」

 リゼの無言の迫力に怯んだのか、顔をひきつらせながら視線をさまよわせるティオ。と、その視線がある一点で止まった。――すなわち、リゼの手首にある腕輪へと。

「腕輪? なんだかそれ、これと似てるな」

 言いながら取り出したのは、以前にティオにプレゼントした金属細工だった。竜を象ったものだが、そのデザインが腕輪に刻まれたものとそっくりといっていいほど似ている。

(……マズい)

 冷や汗が背中を伝う。

 似ていても不思議ではない。なにせそれらの出所は、同じなのだから。

「それは……?」

 自分の腕輪と見比べて、何か感じるものがあったらしい。リゼが疑問を投げ掛けると、ティオは満面の笑顔を見せた。

 なにやら、とんでもなくイヤな予感におそわれる。

「ちょ、ま――」

「ん? へっへー、いいだろ。前にコウにもらったんだ」

(……ああ)

 終わった――なぜか、そんな気がした。

「……へえ」

 リゼの視線が、痛いほど突き刺さる。どんな顔をしているのか、怖くて見ることができないが。

 本当のところを言えば、ティオへ渡した細工はリゼのプレゼントの腕輪を買った時におまけとしてもらったものなのだが、さすがにそれをティオの前では言えるわけがない。それに言ったとしても、リゼの原因不明の怒りが収まるかはまた別問題なわけで。

“楽しくなってきたッスね~”

 こんな時には嬉々として話しかけてくるカセドラさん。お願いですから……お願いですから黙っててください。

「世話になってるお礼、ね」

「いや、あの、これは、その」

「別にいいよ。コウイチが誰に何をあげようと、あたしには関係ないんだから」

 リゼが最後に冷ややかなまなざしを向けてから小屋を出る。これ以上話したくもないと言いたげな背中に中途半端に手を伸ばしたまま、コウイチはがっくりとうなだれた。

「? なんだアイツ?」

 ティオが何もわかっていなさそうに首を傾げる。

 結局リゼが口を聞いてくれるようになったのは、翌日からのことだった。


 小屋ではなく、本格的な家屋。その奥まった一室を借りて、扉を閉めきる。

「さて、何から話したらいいものかな」

 顎に手を当てて、スルトは首を傾げた。どう話すか考えているというより、あえてもったいぶる態度をとることで、向かいに座るコウイチとリゼの反応を楽しんでいるようにも見えた。

「最初から。全部、話してください」

 即座に険しい口調でリゼが言った。

「そうせかすなよ。こっちは今日戻ってきたばかりなんだから」

 場を和まそうとしたのか、スルトはおどけた調子で言ったが、リゼに鋭い一瞥いちべつを向けられて肩をすくめる。

「タバスタル商会、憶えているか? 発端は、おまえたちも関わったあの一件だ」

 コウイチは緊張に体をこわばらせ、リゼの表情から怒りが消えて真剣なものになった。

 ――忘れられるわけがない。

「あの事件の後、調べを進めているうちに、タムヒカ――あまりよくない薬草の一種だが、その流通先がラストルティアのいくつかの商会だとわかってな」

 その時のことを思い出しているのか、スルトは苦笑を浮かべて頭を掻いた。

「追加調査をしていたんだが、なんせ管轄外の街でのことだ。慎重に調べなきゃならない。で、調べているうちに、都合よく盗賊退治の依頼が舞い込んできた。これを活かさない手はないよな」

「それじゃ、ラストルティアでよく一人で行動していたのって……」

「どの商会が、どの程度タムヒカの流通に関わっているのか詳細を調べるためだ。で、それを調べている途中で――まあそれはこの街に来る以前から小耳に挟んでいたことなんだが、他にも怪しいところが出てきてな」

「怪しい……?」

「商会側から、盗賊に隊商の情報が流れているんじゃないかって疑惑さ。自分たちの商売敵だけが襲われて損害を出すようにな」

 傭兵ギルドで護衛の任務を選ぶ時、スルトはあっさりと引き受ける仕事を決めた。あの仕事を選んだ理由は、その商売敵とされている商会からの依頼だったからだという。

「結果として、その話は事実だった。タムヒカの一件と関わっている連中のほとんどが、その件に手を染めてたってのが笑えるよな。元々金持ちの奴らばかりだっていうのに、欲深いもんだ」

 話の内容とは裏腹に、スルトの口調は子供のしでかしたイタズラを語るようなものだった。

「これが今回の盗賊騒ぎの真相ってわけだ。俺たちの表向きの仕事ももう終わりだ。もう報告も済ませてあるから、あとは上が判断することだな。クレイファレルに戻った時に少し話を聞かれるかもしれんが、とりあえずはおつかれさん」

 スルトは軽く頭を下げ、

「それで、なにか質問はあるか? なんでもかんでも答えられるってわけじゃないけどな」

 コウイチは思わずリゼと目を見合わせた。

 質問も何も、肝心の盗賊たちのことを何も触れていない。

「彼らがただの人間じゃないということ、なぜわかったんですか」

 疑問を発したのはリゼだった。

「盗賊たちのことだな。そいつは残念だが答えられない」

「なぜですか?」

「おっと、それも答えられないな。言ったろ? なんでもかんでも答えられないって。あいつらの正体や、なんで助けるような真似をしているのかって関しての質問はナシだ」

 おどけた仕草で言った後、スルトは、とは言っても、と続けた。

「それだけで納得しろってのも酷だからな。ひとつだけ教えておく。この世界にはあの手の連中は珍しいもんじゃないのさ。ただ表に出ないだけだ」

 それだけ言ってスルトは口を閉ざしたしまう。満足したわけではないだろうが、これ以上は期待できないと思ったのだろう。リゼは渋々といった様子で引き下がった。

「あの……彼らはこの後、どうなるんですか?」

 おずおずと問いかけたコウイチに、スルトは笑みを向けて答えた。

「居場所を移るのには同意してもらった。表向きは捕まるのを恐れて別の土地に逃げ出したってことになるだろ。あながち間違いじゃないしな」

 ホッと胸をなで下ろす。答えてもらったことと、その内容に。

「なら」

 リゼの表情が、真剣さを増した。これだけは答えてもらわなければならないという思いがにじみ出るような表情だ。

「最初の襲撃の時、なんでコウイチを見捨てるような真似をしたんですか?」

「見捨てたわけじゃないさ。あの状況だったら、おまえ一人担いで逃げ出すのが精一杯だった」

「……そもそも逃げる必要はなかったのでは?」

 答えずに笑みを深くするスルトに、リゼはますます眼差しを鋭くする。スルトが降参する時のように両手をあげた。

「わかったわかった。正直に言うよ。試したかったのさ」

「試す……?」

「あの状況をコウイチがどう切り抜けるのか。この後も俺たちと一緒にやっていけるのかを、だ。もう一つは、捕まえたコウイチを盗賊たちがどう扱うかをだな」

 悪びれもせず言い放ったスルトに、二人は唖然とした。

「盗賊たちが噂と違ってただの犯罪者集団だったら、移住の話を持ちかける気はなかった。お互いにとって幸いだったことに、そんなことはなかったが」

「それを、試したんですか? コウイチで?」

「ああ、そうだ。半分くらいは成り行きだったけどな」

「殺されていたかも、しれないんですよ……?」

 震える声で、リゼが言う。

「それならそれでしょうがないさ。ここで死ぬ程度の運と実力の持ち主なら、このさき命がいくらあっても足りない」

 スルトはあっさりと言い切った。かと思うとコウイチに笑いかけ、

「というわけで、おめでとさん。最後の最後で意地を見せてくれたからな。俺の見立てじゃ、おまえは合格だ。これからもよろしくな」

 平然と握手を求めてくる。

 人の命をなんとも思わない物言いに、浮かべた笑顔も仮面のようにしか見えなくなってくる。

 コウイチとリゼが得体の知れないものを見る目で差し出された手を凝視すると、スルトは苦笑しながら差し出した手を引っ込めた。

「近いうちにここを離れる。いつでも出られるように、準備しておけよ」

 背中越しにひらひらと手を振りながら部屋を出ていく。

 沈黙の後、リゼは激情を吐き出すように深々とため息をつく。その目から怒りの感情が薄れていった。

「……コウイチ」

「……?」

 リゼの表情が、今までコウイチが目にしたことのない色を帯びた。これから口にすることをためらうような様子に、思わず注目してしまう。

「……リゼ?」

「コウイチはこれ以上、戦いの場に身を置くべきじゃないと思う」

「え……」

「ごめん。変なこと言って。だけど、本心だから」

 リゼはそう言って身をひるがえした。寂しそうな声が、妙に印象的だった。

(……どういう、意味だろうか)

“さあ? 向いてないってことじゃないッスかね~”

(向いて……?)

 思い当たることはあった。

 剣の技を鍛えている以上、それを使うことがあるということ。それは最悪の場合、誰かを殺すということにつながる。

 幸いにも、今まではその機会はなかった。だがもし、そうしなければならなくなった時――

 自分は剣を、振り下ろせるだろうか?


「もう行くのか?」

 名残惜しさを感じさせる声でティオが言った。

 盗賊たちの集落から発つその日。集落の外れにいるのは、コウイチたち四人と、道案内役のバズ。見送りにきたティオとゴルドーの七人だった。

「まあ……また、会うわけだし」

 再会の日は、そう遠くないことが決まっている。

 何をどういう経緯でそうなったのかわからないが、ティオはクレイファレルで暮らすことになったのだ。

 一つだけ、もしかしたらと思える出来事をコウイチは思い出した。

 ほんの数日前、スルトが集落に戻ってきた翌日の話だ。


「なあコウ。聞いていいか?」

 ティオにしては遠慮がちな問いかけに、コウイチは首を傾げながらも頷いた。

「オマエ、アタシが怖くないのか?」

「怖い……?」

 恐る恐るといった様子だったが、質問の意味がわからなかった。そりゃ最初は殺されかけたり理不尽な目にもあわされたが。今ではそんなことは……まあ、ほとんどないし。

 考え込むコウイチに業を煮やしたように、ティオが声を張る。

「そうじゃなくって! アタシの本当の姿のこと!」

(……ああ)

「いや……まあ、別に」

「は? なんで?」

「なんで……って」

「どう考えても変だろ! あんなふうに……毛がぶわって生えて、狼みたいになって」

「それは……普通じゃないとは、思うけど」

「……だよな」

 ティオが肩を落とす。

「怖いとは、思わない」

「……?」

 おずおずと上目遣いをするティオだったが、別に嘘を言っているわけではなかった。そもそも自分がこれまで経験したことに比べれば、特別際だっているわけでもないし。

「見た目は、変わっているとは。思うけど……中身は、ティオがティオだってことは変わっていないって……わかったから」

 直情的で、傷つきやすい。それでいて負けず嫌いな少女の気質。さすがに恥ずかしかったのでそこまでは言わなかったが。

「そうか……うん、決めた!」

「……?」

 元気を取り戻した様子で頷くティオ。

 そのさらに翌日のことだ。彼女が、クレイファレルに来ることがわかったのは。


(まさかあれが……というわけでは、ないと思うけど)

 ティオ一人の意志で決められるわけもないし。ゴルドーやスルトだけが知るような、もっと別の理由があるんだろうが。とんと思いつかない。

 そのことでまた一悶着あったのだが――それはともかく、ティオは移住地へ移動してからクレイファレルに来ることになっていた。

 コウイチたちに同行しないのは、一度ラストルティアへ立ち寄るためだ。

 顔こそ隠していたので盗賊の一味だと知られている心配はないだろうが、もしかしたら誰かがティオの赤髪と背丈からその正体に思い至るかもしれないからだ。

 捨てられた動物のような眼差しを見て、コウイチは気づいたらティオの頭に手を置いていた。

「コ、コウ?」

「あ、いや……」

 慌てて引っ込める。

 予想に反して、ティオは怒らなかった。ただ恥ずかしそうに顔を赤く染め、

「じゃあ、またな!」

 照れ隠しなのか、元気に手を振って走り去ってしまう。

「ずいぶんと好かれたみてえだな」

 野太い声が頭上から降ってきた。驚いて振り返り、のけぞる。

 ゴルドーがいた。人好きのしそうな笑顔だが、なぜか威圧感のようなものを伝わってくる笑顔だ。

「おまえに話がある。おまえだけにな」

 意味ありげに笑みを深くし、背中を向ける。ためらったものの、コウイチは大人しくついていった。

「オーキンのことだがな」

 名前を言われても一瞬誰のことかわからなかった。とまどっていると、ゴルドーが補足するように付け足す。

「ティオを連れていこうとした奴のことだ」

 ああ、と納得した。

 ゴルドーが話し始めたのは、彼のことだった。

 盗賊の中でも腕の立つ青年だったらしい。ティオとも兄妹のように仲がよかったという。だが襲撃時、腕に傷を負ってその影響で利き手の握力がほとんどなくなった。

 戦えなくはなったが、本人の希望もあってラストルティアへ密偵として送り出していたらしい。

 ティオやバズから聞いた話を思い出しながら、コウイチは耳を傾けていた。

「だが、そこで出会ったリオーグって野郎に、たぶらかされたみてえだな。あんなくだらないことしだかすなんてよ」

(リオーグ……?)

 どこかで聞いた名前だが、思い出せない。

 ゴルドーの口が、獰猛な笑みの形に歪んだ。

「身内にくだらないことをそそのかしやがって……いつか、このケジメはつけねェとな」

 その言葉には、話を聞いているだけのコウイチですらゾクリとするような怒りが込められていた。

 コウイチの様子に気づいてか、ゴルドーは怒りを収めるとオーキンのこれからのことについて話し始めた。

 とりあえずは移住地に連れて行き、手元に置いて毒を抜くつもりらしい。しばらくは居心地の悪さを味わうだろうが、それはバカな真似をした罰にするという。

 オーキンの名前も知らなかったコウイチにしてみれば甘すぎるんじゃないかとも思えるような話だが、あまり厳しい罰が下されるよりはマシかとも思う。

「あの……なぜ自分に、この話を……?」

 まともな面識もなかった青年のことを聞かされ、コウイチは疑問に思っていたことを口にした。

「ティオがおまえを信頼してるからだ」

 ゴルドーは真剣な顔で答えた。

「アイツはオーキンのことも信頼していた。だが結果は裏切られたようなもんだ。だから――オーキンと同じような真似はしてくれるなよ?」

 自然と背筋が伸びた。

 プレッシャーを感じて怯む気持ちはあったが、同時に義務感のようなものも湧いてきた。

 できるだろうか、と考えるよりも早く、気づいたら拳を握りしめて頷いていた。

 ゴルドーが威圧的な雰囲気を消した。体から力を抜いて、ふっと息を吐く。さっきまでのとは種類の違う笑みを浮かべた。

「あんまり堅苦しく考えんなよ。裸を見た仲だろうが」

「ぶっ」

 思わず吹き出した。

「な、な、な――」

「バズから聞いているだろ? 二人きりの時は見張っていたってよ」

 コウイチの顔から血の気が引いていく。

「あ、あれは、わざとではなく、決して」

 ゴルドーはわかっているとばかりに大きく頷いた。

「そのうちぶん殴ってやろうと思ってたが……ティオの面倒みるってことで勘弁してやるよ」

 そして、耳元に口をよせ

「だがな……半端な気持ちで手ェ出したら承知しねえぞ」

 殺気混じりの忠告に、コウイチはコクコクと頷いた。考えてのことではなく、半ば反射のような行動だったが。

 大笑いするゴルドーに背中を叩かれる。フラフラとよろけながらコウイチはその場を離れた。

「あまり脅かしてくれるなよ」

 ゴルドーが不快げに眉を寄せた。いつの間にか、スルトが姿を見せていた。

「盗み聞きか?」

「たまたま耳に入ったのさ」

 悪びれもせずに言うスルトをひと睨みしてから、ゴルドーは皮肉な笑みを浮かべる。

「おまえが信頼できそうにねえからな。ちと頼りないが、仕方ねえさ」

 口元に笑みを残したまま、笑っていない目でスルトを見つめた。スルトは苦笑で応じた。

「そう言うってことはコウイチのことは信頼しているんだな。……ところで、あの嬢ちゃんは知っているのか? 自分が人質扱いになる・・・・・・・・・・ってことを」

「さあな」

 一人だけ離れて暮らし、しかもそれが頭領の娘だというならば、本人の考えはどうあれ自然とそうなる。ましてやお互いにまともな信頼関係などないような状態では。

「安心しろよ。あんたたちに待っているのは望んでいたような平和な暮らしだ。あの嬢ちゃんが本当の人質になるような、理不尽な仕打ちをしたりしないさ」

 言葉だけで信用できるかとばかりに、ゴルドーはふんと鼻を鳴らした。瞳に殺意を宿し、スルトにぶつける。

「もしティオの身に何かあってみろ。その時は何があってもおまえをぶち殺す」

 気の弱いものなら、それだけで気を失ってもおかしくない殺気をぶつけられてもなおスルトは平然としていた。それどころかまるで誠実さの感じられない態度で、

「そんなことにはならないさ。たぶんな」

 そう薄く笑ってみせた。


 同日、ラストルティア――

 久々の街に、コウイチは居心地の悪さを感じていた。人と建物の多さに、ひどく落ち着かない気持ちになる。

 ここでは泊まらず、このまま乗り合い馬車を利用してクレイファレルに戻るのだという。正直、ありがたいと思った。

 間もなく出発ということで、馬車の待機所で待っていると、

「よっ」

 どこかに行っていたのか、今まで姿を消していたスルトが話しかけてきた。驚き思わず身構えたコウイチにかまわず、

「一つ気になることがあってな。おまえとリゼには教えておく」

 スルトは表情から笑みを消した。周囲に聞こえないよう、小声でささやいてくる。

「俺たちが傭兵ギルドで会ったリオーグって商人がいただろう? あの男も今回の件に関わったうちの一人なんだが、数日前から姿が見えないらしい」

 ――思い出した。

 ゴルドーの話を聞いたときには思い出せなかったが、確かに一度会っている。丁寧な態度と口調が印象的な、商会長というには若い感じのする男だった。

(オーキンに関わった人物と、同じ……?)

 状況的に、たぶんそうだろうが。

「姿が見えない、とは」

「消されたのか、逃げたのかのどちらかだろうな。俺は後者だと思う。尻尾切りされるような間抜けな奴だとは思えなかったし」

 思い浮かべたのは、握手をした時に感じた得体の知れない嫌な感覚だった。

「それに、そう思う理由はもう一つある。消えたリオーグの身辺を探るうちに、今回の件に関する証拠が山のように出てきたって話だ。関わった商人たちの情報も含めて。まるで、こうなることを見越してわざと残していったみたいだったとさ」

「わざと……?」

 そんなことをして、何の意味があるんだろうか。

「いったいどれだけの商会が潰れるんだろうな」

 ククク、とスルトは愉快そうな笑みをこぼした。

 ……やっぱり、この人も理解できそうにない。

「で、本題だ。俺たちも少しだがあの男と関わったからな。もしかしたらこの後もまた関わってくる可能性がある。用心まではしなくていいが、おぼえておいたほうがいい」

「……はい」

「ああ。それとこのことをリゼにも伝えてくれよ。どうも俺は嫌われたみたいだ」

 気の重くなるようなことを頼まれた。言うだけ言うと、スルトは離れる。

(なんか……前にもこんなことがあったような……)


 馬車が走り出した。馬車と行っても上等なものではなく、ほろも座席もない荷馬車と変わらない形のものだ。今日に限って客が多いらしく、乗客は二台に馬車に分乗していた。

 コウイチはリゼと、スルトはレグラスと、それぞれ別の馬車に乗り込んだ。

 わざわざ分かれたのは、彼らと同乗したくなかったからだ。スルトには得体のしれない不気味さがあるし、レグラスにいたっては不機嫌さが極まったのか、ここ数日むっつりとした顔で口を開こうともしない。

 馬車は走り出し、すぐに外壁の門をくぐり抜けた。

「待って~くださ~い」

 聞き覚えのある間延びした声が聞こえてきた。

 見ると、若い女が今にも転びそうな足運びで追いかけてきていた。

 御者が手綱を絞り、後ろを走っていたコウイチたちの馬車が停止する。頭から座面に落ちそうになりながら、女は馬車に乗り込んだ。

「あ」

 コウイチとリゼは同時に声を出した。見覚えのある相手だったからだ。

「アイーシャ、さん?」

「あらぁ。コウイチさんに、リゼさん? 奇遇ですねぇ」

 相変わらず聞いている側が気の抜けそうな声を出したのは、聖封教会の神官をつとめるアイーシャだった。

「なぜ、ここに――」

「あら? でもコウイチさんってたしか――」

 首を傾げた二人は、リゼを交えてそれぞれの事情を説明した。

 アイーシャがラストルティアにいるのは、病気の司祭の代わりに教会の管理を任されてからなのだが、その司祭の病気も治り、これからクレイファレルに帰るところなのだという。

 コウイチたちのほうも事情を説明したが、すべて真実を話すわけにもいかない。盗賊がかかわる部分はごまかし、嘘を交えながら説明した。

「はぁ。コウイチさん、よかったですねぇ」

 疑問を差し挟むこともなく、アイーシャはうれしそうに笑い、コウイチは少なからず罪悪感を覚えた。彼女が自分を助けるのに協力してくれたとは、いま初めて聞いた。

「いえ……ありがとう、ございました」

「いえいえ~。そんなことよりコウイチさんが無事でぇ、本当によかったですよぉ」

 不意に、アイーシャがコウイチの耳に口を寄せてきた。

「それにぃ、ちゃんと渡せたみたいですしねぇ」

 リゼの腕を見ながら、笑みを深くする。

「よかったですねぇ」

「は、はあ……」

 コウイチは曖昧に答えを返した。リゼは不思議そうに目を瞬かせたああと、

「ところで、あなたの幼なじみのルークさんは大丈夫だったんですか?」

 盗賊たちを奇襲した傭兵たちの一人だが、返り討ちにあって倒れていたあの場にはいなかったのだ。

 リゼの質問に、とたんにアイーシャが表情が曇った。

「それなんですけどぉ、あの日、彼はいきなり教会に駆け込んできたんです」

 腕に怪我をしていたのだが、アイーシャの手当てをうけるとすぐにどこかへ行ってしまったのだという。ひどく焦っている様子だったらしい。

「それじゃ……今どこにいるか、わからない?」

 困った顔でアイーシャは首を傾げた。

「どこに行ったんでしょうねぇ?」


 ◆


「なるほど。確かに報告は受け取った」

「は」

 膝をつきうなだれた姿勢で、ルークは指示を待った。

 執務室らしき部屋のなかで、彼と向かい合うのは恰幅のいい体型をした五十代と思しき男だ。身にまとっている法衣は、彼が聖封教会の司教であることを示していた。

「わかった。下がってよい」

「……は?」

 予想外の言葉だった。

「よろしいのですか? あの者たちもまた、封ずべき者では」

「おまえの気にするところではない。下がれ」

 男の声が苦々しい響きを帯びた。

 そう言われては、これ以上疑問を口にすることはできない。

 ルークは納得できない気持ちを抑えつけて、退室しようとした。

「……待て。おまえにも動いてもらうかもしれん」

「と、いうと?」

 悩むような沈黙のあと、男は深々と息を吐いてから重い口を開いた。

「特一級の聖封物が――竜が、逃げたらしい」


話はこれで一区切り。

これからしばらくの間、充電期間に入ります。

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