表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/55

16.白日の下に(2)

「オーキン……どうしてここに?」

 小川に姿を現したのは、ティオにとって見慣れた顔だった。

 驚きの表情を浮かべたティオはすぐに何かに思い当たったようにオーキンに駆け寄る。

「そ、そうだ……! 知ってるだろ、キルバとガスートが殺されたって! だから、戻ってきてくれたのか?」

「あ、ああ……」

 オーキンは歯切れ悪く顔を背けた。

「……?」

 怪訝けげんそうに見つめるティオに再び顔を向けたときには、オーキンの表情は追いつめられたようなものへと変わっていた。その顔のまま迫られ、ティオは驚いてのけぞる。

「ど、どうしたんだよオーキン」

「ティオ。逃げるぞ」

「え……?」

 ティオは首を傾げた。

「なにを言ってるんだ? 逃げるって、どこへ」

「どこだっていい。こんなふうにコソコソ隠れる真似しなきゃいいところだったら」

「ま、待ってよ。それだったらみんなで話さないと」

「みんなじゃない。逃げるのは、俺とおまえだけだ」

「……冗談だろ?」

 笑おうとしたティオの表情がこわばる。オーキンが本気だと悟ったからだ。

「そんな……できないよ」

「……そう、か」

「わかってるだろ。オーキンならともなく、アタシは……」

 口ごもるティオに、オーキンは落胆したように肩を落とした。

「なあ……どうしたんだ、オーキン。疲れてるのか……っ!」

 近づいて顔をのぞきこもうとするティオの体を、鈍い音をたてて衝撃が襲った。

「が……はっ」

 見下ろすと、腹にオーキンの拳がめり込んでいた。痛みよりも脱力感に襲われ、地面に膝がつく。

「な、んで……?」

 見上げようとしていたティオの頭が、がくりと垂れた。

「ティオ、悪い……!」

 力の抜けたティオの体を抱き抱え、オーキンは絞り出すように呻いた。

「もうこのどうしようもない血筋に縛られるのも、一人だけで逃げるのも嫌なんだ……!」


 ◆


 盗賊たちの間に流れる空気は、昨日からがらりと変わっていた。

 何があったのか聞けるような雰囲気でもないが、漏れ聞こえてくる会話からすると襲撃に失敗して死人が出たらしい。それだけでなく、盗賊たちのほとんどがどこかしら怪我をしていた。

 険しい顔で話しあう盗賊たちに混じることなどできるはずもなく、翌日もコウイチは隅の方でじっと時間が過ぎるのを待っていた。

「……はあ」

 思わず溜息がこぼれたのは、居心地の悪さを感じたからだ。

 死んだという盗賊と親しかったわけではない。挨拶あいさつに毛が生えた程度の会話しか交わしていなかったと思う。顔もあまり思い出せないし、悲しいとも思えない。

 だが知った顔が死んだという事実は、コウイチの胸に穴の空いたような感覚を覚えさせた。きっとティオや他の盗賊たちに比べれば、小さな穴なんだろうと思う。

 あまり、想像したくはないが。

(これから……どうなるんだろう……?)

 落ち込んだまま暗い考えに浸っていると、小柄な人影が出ていくのが目についた。

(……ティオ?)

 いつになく元気のなさそうな様子が気になって、そっと後をつける。考え事でもしているのか、こちらに気づく様子はまるでない。

(どこへ……?)

 疑問を浮かべて間もなく、答えはわかった。ティオがいつも水浴びをしているという小川である。

(……まさか、体を洗いにきた、とか?)

 だったらすぐにでもこの場を離れないと、変態と誤解されてしまう。

“周りから見たらとっくに手遅れッスけどね。こっそり後をつけ回すとか”

(ぐ……)

 自分でもストーカーっぽいかなと思っていただけに、カセドラのセリフは胸に刺さる。

 というか、そんなふうに言われたらますます声をかけづらくなるわけで――

(……?)

 この場を立ち去るか声をかけるか悩んでいるうちに、どこからか現れた男がティオに声をかけた。足まで隠す外套を着たまだ若そうな男だ。

 コウイチは首を傾げた。

(なんか……どこかで見たような気が……)

 顔は知らない、と思う。だがその服装と、ティオと二人きりという状況がコウイチの記憶にひっかかった。

 思いだそうと頭をひねっていると、目を疑うことが起こった。

 いきなり男がティオを殴りつけて気絶させたかと思うと、肩に担いで歩き出したのだ。

(……は? なんで?)

 わけがわからないが、男がティオをどこかに連れていこうとしているのは明白だった。

 どうすれば、と思うよりも先に、体は動いていた。男の後を、こっそりつけるように。

“助けるつもりッスか?”

(……そう、なるかも)

 何ができるかわからないが、放ってはおけない。というかここで見て見ぬふりできるほど肝は太くない。

“はぁああ……。お人好しッスね~”

(いや……)

 お人好しとか、そういう問題でもないと思うが。

 息を殺し、音を立てないように男に少しずつ近づいていく。

 不意打ちしてティオを助け、あわよくば男を倒すつもり、だったのだが。なんの前ぶりもなく男が振り向いた。

「っ!?」

 驚いて動きを止めるコウイチを見て、男が表情を険しいものへと変える。

(しまっ――)

 ティオを離し、男が突進してくる。手には鈍く光るものが握られていた。外套がいとうに下に隠し持っていた短剣だ。

 剣を抜こうとして、何もない空間を手が泳ぐ。手元にないのをすっかり忘れていた。慌ててよけようと思った時には、もう間に合わない距離にまで近づかれていた。

 短剣が体に刺さるその直前――

 茂みから飛び出した人影が二人の間に割り込み、男の短剣を持つ手を打った。痛みにうめき、短剣が男の手から離れる。人影はそのまま体を回転させて、肘で頭を打ち抜いた。

 白目をいて、男がばったりと倒れた。

 自分の窮地を救った人影の正体に、コウイチは目を見張る。

「レ……グラスさん」

「おい。どうなってんだこりゃ。つーか誰だよコイツ」

 ここ数日まともに言葉も交わしていない、コウイチとともに盗賊に捕まっている本物の傭兵である。

 眼光鋭く聞かれ、コウイチは慌てて首を横に振った。

 男の正体も、なぜティオを連れていこうとしたのかもコウイチにもよくわかっていない。わからないことだらけだ。

 舌打ちするレグラスに怯えつつ、どうすればいいのか考えているコウイチの耳が茂みをかき分ける音を聞き取った。

 身構えた先、出てきたのは見知った二人だった。

「よっ。久しぶりだな」

「コウイチ……!」

 まるで朝の挨拶をかわすような調子で片手を上げるスルトと、珍しくわかりやすい驚きの表情で目を見開くリゼ。

「リゼ……と、スルト、さん?」

(なんでここに?)

 久しぶりの再会なはずだが、疑問が多すぎて感想を思い浮かべる余裕もない。

 二人をまじまじと見つめるコウイチの視線は、ある一点で止まった。スルトの上着についている、新しそうな赤い染みに。

(血……?)

 注視しているのはコウイチだけではなく、スルトのほうもコウイチを見ていた。

「ふぅん……扱いはそう悪くなかったみたいだな。ここでの生活はどうだった?」

「は……? あの……どう、とは」

「捕まっている間にひどい目にあわされたり、なぶりものにされなかったって意味だよ」

「いえ……むしろ、よくして、もらったかと」

「……ま、そうだろうな。閉じこめられてるわけでもなさそうだし」

 なぜか納得したようにスルトは頷く。

「なにグダグダ話してんだ。もうここには用はねェだろ?。街に戻るぞ。これ以上関わると面倒くさいことになりそうだ」

 苛立つレグラスをちらりと見て、

「悪いな。まだ用がある」

 スルトはこともなげに言い放った。

「ああっ!?」

 怒りの声をあげるレグラスを気にしたふうもなく、スルトたちが出てきたのとは反対側の茂みに声をかける。

「なあ、あんた。話したいことがあるんだが、出てきてくれるか?」

(……?)

 誰もいなかったはずの茂みの奥に、人影がうっすらと浮かんだ。

「あ……」

 コウイチには見覚えのある人物である。

(いつから、ここに?)

 明らかに警戒した様子のバズは茂みから出ないまま口を開いた。

「なんで気づいた?」

「俺はあんた以上に、そういうのが得意なんでね。ところで――」

 スルトはすくめた肩をおろし、

「あんたたち全員と話したいんだが。仲間のところに連れて行ってもらえるか」

 バズがきょをつかれたような顔をして眉をもちあげる。すぐに険しいものへと変わり、その表情がなんでそんなことをしなければならないと語っていた。

「できれば断らないでもらいたいね。こっちには、必要ならコウイチに案内させることもできるんだ」

 肩に手を乗せられ、コウイチは驚いてスルトを見る。状況にそぐわない笑顔を浮かべていた。

「あんたに声をかけたのは、敵意がないことを示すためだ。いきなり行って取り囲まれるのはいいんだが、問答無用で襲いかかってこられたら困るからな」

 困るどころではないと思う……などと考えている間にも、無言でにらみつけるバズに、スルトは無造作に近づいていった。あまりに気負いのない動作に、バズは戸惑ったような顔をする。

「それに俺は、あんたたちの秘密を知っている」

「なんだと……?」

 スルトがバズに耳に口を寄せ、何かをささやいた。直後、バズの顔色が一瞬で変わった。

(……え? なにこれ?)

 置いてきぼり感がハンパない。レグラスは完全にふてくされた顔をしていて、救いを求めるようにリゼを見ると、彼女も詳しいことは聞かされていないのか、不満そうに首を横に振った。そのことに少しだけホッとする間もなく、

「――コウイチ」

 かけられた声にコウイチが慌てて振り向くと、バズが真剣な顔をしていた。

「こいつらはあんたの仲間だな」

「え……まあ……はい」

「……わかった。ついてこい。コウイチ、ティオを頼む」

「は……?」

 オーキンはバズが担いで歩き始めた。

「交渉成立だな」

 スルトがニッと笑って後に続く。

 リゼも腰の剣に手をかけて周囲に目を配りながら歩き始めた。レグラスはといえば、明らかに不機嫌そうな顔でついていく。

 しばらく呆然としていたコウイチは、あわててティオを横抱きに抱え上げ、あたふたとその後を追った。抱き上げた体の軽さと柔らかさを意識する余裕もない。

 何を思ったのか、少し先でスルトが立ち止まってコウイチを待っていた。

「信用されてるんだな」

 含みのありそうな笑顔で言われる。ふとその横を見ると、カセドラが同じ顔をして浮いていた。


「このっ……馬鹿野郎が……!」

 アジトに着くなり、バズに事情を聞かされたゴルドーは苦々しい顔で気絶しているオーキンを睨みつけた。激情を吐き出すように深々と息を吐き、

「閉じこめとけ。話は後で聞く」

 ゴルドーの一言でオーキンは気を失ったまま肩を抱えられ、引きずられるように砦の中へ連れていかれた。

 話を聞いた限り、レグラスが乱入する以前からバズはあの場にいたらしい。

 ゴルドーに視線が集まっている隙に、ティオを盗賊の一人に預けて身軽になったコウイチはこっそりとバズに話しかけた。

「あの……なんで、あそこに?」

 バズが決まり悪そうに頭を掻く。

「前からあんたとティオが二人きりになるような時には見張らせてもらってた。……ティオ一人じゃ、心配だったからな」

(……なるほど)

 考えてみれば、あっても不思議じゃない話だ。

 納得しているコウイチに、バズは軽く頭を下げた。

「ティオのこと、助けようとしてくれたよな。ありがとな」

(……いや……まあ……)

 自分も、レグラスに助けられたようなものだし。

 なんて答えたらいいかと迷うコウイチの思考を、ゴルドーの威圧的な声が遮った。

「で、おまえはなんだ?」

 声はスルトにかけられたものだったが、思わず振り返ってしまうほどの迫力が込められていた。

 案の定、たどり着くなり盗賊たちに囲まれたというのにスルトに怯んだ様子は少しもない。ゴルドーの脅しつけるような問いかけにも、

「コウイチの仲間の、ただの傭兵さ」

 世間話に興じるような軽い口調で応じてみせた。

「そのただの傭兵が、俺たちのことをどこで知った? わざわざそれを話して、何が狙いだ?」

「俺たちの目的はアンタたちの保護だ」

「保護?」

「簡単に言えば、あんたたちみたいな特殊な連中が世の中から爪弾きにされないように動いているのさ。あんたたちだってここには居づらくなっているんだろ。出ていく相談でもしてたんじゃないのか? 俺たちならあんたたちの新しい移住先も用意できる。その代わり、少しばかり言うことを聞いてもらうけどな」

「……いいように利用されるだけじゃないだろうな?」

「そんなつもりはないさ。行動はいくらか制限されるだろうけどな。あんたたちがコウイチにしたのと同じような扱いになると考えればいい」

「ただの傭兵が、なんでそんなことをする?」

「そこらへんは追々説明するつもりだ。が、俺は使い走りみたいなもんでな。詳しいことは上の人間に聞いてほしい」

(上……?)

 スルトの上司といえばグレイセンだが、あの人が関係しているのだろうか。いやだが、スルトは“上”としか言わなかったし……。

「それとこれとは無関係だが、この近くに物騒な連中がうろついていたぞ。声をかけたら殺されそうになったから、反撃させてもらった。オーキンっていったな。さっきの奴がつけられてたんじゃないのか?」

「血の臭いの元はそれか。殺したのか?」

 ゴルドーもスルトに血がついていることには気づいていたらしい。物騒なセリフが出てきたことにビクリとしながらスルトを見ると、スルトは両手を上げて首を横に振った。

「いや、その必要もなかったからな。気絶させて武器だけ取り上げて捨てておいた」

「そうか……ありがとよ」

「礼は必要ないぜ。後をつけるのに失敗したのか、そいつらも迷っているみたいだったからな。放っておいてもここにはたどり着けなかっただろうな。それで、答えを聞いていいか?」

「断る」

 即答だった。

「俺たちだって現状はわかっている。あんたの言うことが本当なら、いい話なんだろうよ。だがな――」

 ゴルドーが一歩踏みだし、スルトに近づいた。身長が違うので、自然と見下ろす形になるが、もし見下ろされているのが自分だったらと想像して、コウイチの背筋に冷たいものが走った。

「名前も知らない奴に、いきなりこんな話を持ちかけられて頷くと思うか?」

「まあ無理だろうな」

 ゴルドーのような迫力のある巨漢に見下ろされてなお、スルトは余裕を失わなかった。あっさりと頷き、ゴルドーの言い分を認める。

 それで引き下がるとは思っていないのか、ゴルドーは厳しい表情を崩さないままスルトを見つめた。

「だから、ってわけじゃないが、提案がある。俺とあんた、一対一で戦って、俺が勝ったらとりあえず言うことを聞いてもらうってのはどうだ?」

 思いもよらない提案に、ゴルドーだけでなくその場の誰もが押し黙った。騒然としかけた場をゴルドーが手をあげて抑え、ゆっくりと問いかける。

「とりあえず、ってのはどういうことだ?」

「そんな決闘もどきでこれからの人生を決められたくはないだろ? 移住地まで来てもらって詳しい話も聞いてもらう。だが気に入らなかったり信用できないと思えば、出て行く算段でもたてればいい。元から無理強いする話でもないからな」

「こっちが勝ったら?」

「あんたたちの好きにすればいい。俺たちの扱いも含めてな」

(ちょ……!)

 言い放たれたセリフにコウイチはぎょっとした。焦ってスルトを見たが、素知らぬ顔でゴルドーと向き合っている。

「……おまえの仲間もか?」

「あんたの仲間まで巻きこんでの話なんだ。こっちの犠牲が俺一人だけってのは不公平だろ?」

 勝手に話を決めないでほしい……と言いたいところだが、口を挟めそうな雰囲気ではなかった。なにより、今のゴルドーに目を向けられることが恐ろしい。

「断ったら?」

「想像に任せる」

「……わかった。乗ってやる」

 ニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、ゴルドーは頷いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ