14.へたれのお悩み相談室(1)
「いつもより少ないな」
「どこの商会も、今は警戒しているんだ」
朽ちた砦の一室。今は盗賊たちの根城となっているその場所で、ゴルドーは一人の男と向かい合っていた。
「これからは一回の輸送量を多くして、輸送自体の回数を減らす気だろうな」
まだ若いその男は、諦観の混じった口調で言う。陰鬱とした声音と薄暗い部屋の空気に当てられたように、ゴルドーもため息をついた。
「そのぶん一度の輸送につく護衛も増えるってか。やれやれ、そんなにがっついてるつもりはないんだけどよ。奪うにしても根こそぎ頂戴したりしねェってのに」
椅子の背もたれから体を離す。手にしていた書類を無造作に机の上に放り投げると、ゴルドーは男を見上げて労いの言葉をかけた。
「ご苦労だったな。これだけわかれば十分だ。また頼むわ……っと」
思い出したように目を瞬かせる。
「ここにいる間は顔は隠しとけよ」
「なんでだ?」
「いま、客がいるからな。顔を覚えられたらちと面倒だ」
無言で頷いてから、退室する。ゴルドーがそう予想していたのとは裏腹に、男はもの言いたげにその場にとどまった。
「……何か言いたいことがあるのか?」
「オレが――」
「ん?」
「オレがわざわざ、ここまで報告しにくる必要があるのか?」
ゴルドーが男が何を言いたいのかをすぐに理解する。それなりに逡巡しての言い方だったのが救いだった。
――いつか、言い出すかと思っちゃいたが。
なんて答えるかを考え、ゴルドーはつるりとした禿頭を撫でる。
「そりゃあ効率だけ考えれば、街の近くに誰かよこして情報だけ受け取ったほうが手っ取り早いわな。おまえのことがバレる可能性も減るしよ」
「なら――」
「それじゃあ味気ないだろ?」
男の目をのぞき込むように首を傾けて、ゴルドーは笑いかけた。
「群れから離れて一人で体張ってるおまえを気にしてる奴らもいるんだ。報告がてら顔を見せて安心させてやれよ、オーキン」
オーキンと呼ばれた男の表情が、初めて揺らいだ。
「たまにはティオの相手もしてやってくれ。口に出して言いやしねえが寂しがってたぞ」
今度こそ、オーキンは部屋を出ていった。逃げるように足早に。
ゴルドーはため息をついて椅子にもたれる。ぎしぃ、と背もたれが悲鳴をあげた。
「どうしたもんかね」
呟いた声は、自分自身に向けられたものだった。答えをさがすように、ゴルドーは目を閉じた。
◆
「……?」
コウイチがそれを見たのは、外壁の隅の、廃材置き場となっている一角だった。砕けた石材などが積み重なり、ちょうど人が隠れるのに適した空間となっている。
そこにはいたのは、今まで見たことのない人懐っこい笑顔を浮かべているティオと、全身を外套ですっぽり包んだ誰かだった。体型からして男だろうが、目深に被ったフードのせいで顔は見えない。
あからさまに怪しいが、ティオの態度が部外者ではないことを物語っていた。初めて見るティオの表情に、コウイチはつい足を止めて様子をうかがってしまう。
観察しているうちにコウイチは、二人の距離感の違いに気づいた。
よく見れば親しげに話しているのはティオだけだ。男はどこかわずらわしげに、仕方なく相手をしているといった感じだった。声までは聞きとれたわけではないが、雰囲気からそうした心境がありありと浮かんで見て取れた。
(誰だ……?)
男に視線を集中する。といっても顔も見えないので見知った盗賊かどうかもわからない。ここにいるということは、たぶんそうなのだろうが。
(……?)
男を見つめているうちに、覗き見をしているからか急に後ろめたさがわき上がってきた。
――でも、それにしてはなんだか……?
その後ろめたさにコウイチは、自分のものではないような妙な違和感を覚えた。悲しんで泣いている人のそばにいて、たいして悲しくもないのについもらい泣きしてしまうような、ようするにつられて感情が揺さぶられているようなそんな感覚だ――相手のことも知らないのに。
なんでそんなふうに感じているのかを考えているうちに、男はその場から立ち去った。その後ろ姿を幼い子どものように寂しげに見つめるティオの表情が印象的だった。
コウイチがティオに男の正体を聞いてみたのは、昼食をすませてその片付けが終わってからのことだった。三十人以上の所帯だけに、食器を洗うだけでもけっこうな時間がかかってしまう。
昼食までに話しかけなかったのは、ティオが見てすぐにわかるほど落ち込んでいたからだ。不機嫌さをむき出しにしているならともかく、へこんでいる彼女は珍しい。
もちろん覗き見をしていたのは言えるわけがないので、そこらへんはごまかしてある。
「オマエ、自分の立場を忘れてるだろ」
落ち込んでいた代わりに今度は不機嫌になっていたティオは、バカにしきったような表情をコウイチに向けてきた。
「捕まえてる奴になんでもかんでもかんでも話すか、バーカ」
(……そういえば)
扱いが扱いだけについ忘れていたが、ここは盗賊たちのアジトで、自分は彼らに捕まっている立場なのだ。
自分の間抜けさに感心すると同時に、コウイチはがっかりと肩を落とした。そんなコウイチを見て、ティオはそわそわと落ち着かない態度になる。
やがてコウイチを睨みつけて、口を開いた。
「なあ」
「……なにか」
何か気に障るようなことでもしただろうかと、ビクつきながらティオの表情をうかがう。
「街って、どんなところだ?」
「……は?」
予想外かつ唐突すぎる質問に、コウイチはぽかんと口を開いた。
「街にはいろいろなものがあるって聞いた。そこでしか食べられないものや、手に入らないものもあるって。人だってたくさんいるし、建物だってこことは比べられないくらい建ってるんだろ?」
「それは……まあ」
「こんな山の中で生活してた奴が街に行ったら、楽しくって離れられなくなったりするもんなのか?」
「それは……人による、としか」
「ふぅん」
街のこと自体を聞きたいわけではなく、ずっと田舎で暮らしていた人間が都会に行ったらどう思うか――それと同じような質問なのだとわかったが、それこそ人それぞれとしか言いようがない。刺激的なのは間違いないだろうが。
眉間にしわをよせたまま黙り込むティオ。納得していないのは明らかだった。
どうもその表情からは、街への憧れや好奇心というよりは、不満や不安といった感情が読みとれる。あまり良い印象を持っていないらしい。
「その……街には、行ったことは、ないのか?」
「ないぞ。一回も」
ティオは当然のようにあっさりと答えた。その言い様に、
「一回、も……?」
「ずっとこんな感じの場所に住んでたからな。オレが生まれてない頃、ここに来る前からそうだったって聞いてる。だから他のみんなもたぶん同じだ」
驚きに眉をひそめて、平然と答えたティオを見つめた。
となると、彼女は生まれてからずっとこんなふうに隠れ潜んで生きてきたことになる。
その行いが原因なので自業自得といえばそれまでだが。さすがに気の毒な気がしてきた。
なので街のことを話そうかと言うと、ティオは少しためらったあと頷いた。
「そっか……それっぽく見えないから忘れてたけど、オマエ傭兵だからいろんな街に行っているだよな」
(街、というか)
この世界で多数の人が住んでいた場所は三つしか知らないわけだが。
それはともかく、彼女にとっての街とは、ラストルティアのことだろう。ただあの街は数日間しか滞在していなかったので、人に話せるほど知っているわけではない。まさか元の世界の話をするわけにもいかないし。
あまり突っ込まれて傭兵でないことがバレても困るので、過ごした期間がもっとも長いクレイファレルの話をすることにした。
「クレイファレル……?」
聞き慣れない名を耳にしたように、ティオが首を傾げる。この国の東端にある街だと説明すると、初めて聞いたという答えが返ってきた。
記憶を探るように、そこで行った場所、食べたもの、出会った人たちや体験したことを口にする。クレイファレルの街の説明というよりは、ただ自分のことを話しているだけのような気がしてきたが、ティオは集中して聞いていた。
話していて気づいたのは、自分で思っていたよりも密度の濃い日々を過ごしていたということだ。元の世界で漠然と過ごしていた日々と比べれば、雲泥の差だ。
(……そういえば)
つたない話し方が申し訳なくなるほど熱心に聞くティオの姿に、ふと疑問が浮かんだ。
――彼女はなんで、盗賊行為に参加しているんだろう?
そもそもなぜ男だらけの盗賊たちの中で、一人だけティオみたいな女の子が混じっているのか――不思議に思っていたことだった。
母親らしき人物はいない。というか、ティオ以外に女性の姿は影も形もなかった。
そしてそんな不自然で、ある意味異常な環境なのに、周りの男たちのティオを見る目にギラついたものはない。女性を誘拐してきているわけでもないし、あまり考えたくはないが、欲望の矛先が向いてもおかしくないと思うのに。あくまでティオを自分の子供や妹のように見ている感じだ。
違和感は常にあった。ここは穏やかすぎるのだ。盗賊たちに間に漂う雰囲気、というか空気は、和気藹々としたものだし。彼らの人間関係も、家庭的というか、身内のような気安さと信頼でつながっている。
やっていることが自分たちの命も懸かった犯罪行為なだけに、もっと殺伐としていてもおかしくないのに。それともそんなイメージは自分の勝手な思い込みなのだろうか。
“ん~、言われてみればここは呑気すぎるッスかね~?”
眠そうな声でカセドラが応じる。最近ではティオを警戒してか、姿を見せることが少なくなった。
“けどほら、前に気づいたことがあるじゃないッスか。あれが関係しているんじゃないッスか?”
(……あれは、そうかもしれない、というだけで)
カセドラが言っているのは、ほんの数日前に思いついた推測だった。
ここで生活を送っている間に、気づいたことがある。少人数ずつだが、盗賊たちが入れ替わっているのだ。二、三日の周期で見知った顔がいなくなったかと思えば、初めて見る顔がアジトにいたりする。かと思ったらいなくなっていた男たちもすぐにまた見かけるようになる。
気のせいや勘違いじゃない証拠に、見慣れない顔の盗賊のこっちを見る目もどこか物珍しいものを見る目だった。話には聞いていたが、見るのは初めてだというような態度で。
最初は泊まりがけで猟にでも行っているのかと思ったが、手ぶらで帰ってくるところを見るとそういうわけでもなさそうだった。
どこに行っているんだろう――疑問に思いながらもあまり深くは考えなかったが、何気なくといった様子で推測を口にしたのはカセドラだっった。
“もしかしたら、他にもアジトがあるかもしれないんじゃないスか”
(……なんで、そんなものが)
“ここがもし見つかった時のために、逃げられるように、とか?”
いざという時の避難所というわけか。そう言われると、確かにあってもおかしくない気がしてきた。
だが、それとここの穏やかさになんの関係があるのか。
“いやだからッスよ? そのもう一つのアジトには、ここにいる人たちの奥さんや子どもがいて、そこに交代で会いに行ったりしてるから、ここの人たちは穏やかでいられるんじゃないか、ってことなんスけど”
なるほど、確かにそうであればここの空気も、ティオを見る目も納得できそうな気がした。
言うなれば、ここは前線基地のようなものなのかもしれない。
盗賊として危険な行為に参加している男たちがここに詰め、そうでない者は安全な場所で男たちの無事を待つ。
あくまですべて、そうかもしれないという推測なわけだが、そう的外れでもない気がする。
だが――
だとしたら、ティオが盗賊行為に参加している理由がわからなかった。
ゴルドーや他の盗賊たちが無理にやらせているようには見えず、ティオも嫌々やっているわけではない。人手が足りていないというわけでもなさそうだし。
さすがにそれを本人に聞くのは気が引けたので、ティオがいない隙に見知った盗賊の一人、まだ若いバズという男に声をかけてみた。
襲撃時、得意の斧ではなく剣で戦ったあの男だ。盗賊たちの中でもとりわけ友好的で、親しげに声をかけてきてくれる。コウイチがためらいながらも話しかけれるようになった一人だった。
ティオが女だということを最初は気づかなかったと言うと、彼は腹を抱えて笑った。
「やっぱり勘違いしてたか」
(……やっぱり?)
話を聞いていた周りの盗賊たちも、なぜか苦笑を浮かべている。
「男みたいな口調だし、見た目はガキのまんまだしな。あんたが勘違いしてんじゃないかって話題にもなってたぜ?」
ま、女として扱うと怒り出すからって接していた俺たちにも原因はあるんだろうけどな――そう言いながら肩をすくめて、バズは首を横に振った。
「昔っから男勝りなところはあったが、あそこまでじゃあなかったのにな。困ったもんだよ」
困ったとはいいながらも、困りきった様子ではなさそうだった。なんというか、ちょっとわがままな身内をほほえましく見守るような感じだ。
そのことを指摘すると、バズは照れくさそうに笑った。
「膝ぐらいの小ささの時から知ってるんだからな。家族みたいなもんだ」
「そうそう」
盗賊の一人が相づちを打ち、どっと笑いの渦が広がる。
「ってなわけでだ。んなこたァないと思うけどよ。あまりあいつを泣かすような真似をしてくれるなよ」
何割かは脅しの混じった冗談に、思わず冷や汗を垂らしたが、
「おいおい、バズ。泣かされてるのはむしろこいつだって」
「ちげぇねえ」
「あいつもワガママだからなあ」
盗賊たちは頷きあい、勝手に納得していた。日頃の印象はやっぱりそんなものらしい。
アットホームな雰囲気につい疎外感を覚えてしまったが、聞きたかったことを思い出してためらいながら口を開く。
「あの……」
「なんだ?」
「なんでティオが……その、襲撃に参加を?」
「なんでって……」
バズが戸惑いの表情を浮かべた。他の盗賊たちも、笑みを消して注目してくる。まずいことを言ったかもしれないと思い、慌てて首を振った。
「あ、いや。……責めているわけでは、なく。ただ……一人だけ女の子だっていうのが、気になって――」
「お、おい……」
急にバズがうろたえ始めた。視線が背後に向けられているのに気づいて、振り返ろうとした矢先、
「だから、なんだ?」
硬質な声が投げかけられ、コウイチはビクリと身を震わせた。
「え……」
驚いて振り向くと、いつからなのか、はっきりと怒りを露わにしたティオがそこにいた。
「女だから、おとなしくひっこんでろって言うのか?」
顔を赤くして、ティオはゆっくりと言葉を紡ぐ。いつものように怒りに任せて声を荒げるのではなく、それだけ聞くと落ち着いているように思える。
それでも今のティオが、いつ爆発してもおかしくないような何かを秘めていることをコウイチは肌で感じていた。
「……そういう、わけでは――」
別に女だからとか、そんなことを言いたかったわけではなく、純粋に疑問を口にしただけのつもりだったのだが。
「女だからって……」
そう弁解する前に、ティオはぷるぷると全身をふるえさせ、
「女だからって、バカにするなああぁっ!!」
思わず耳をふさいでしまうような大声で、絶叫した。
目を丸くしてコウイチはティオを見つめる。盗賊たちも、驚きの表情を少女に向けた。
ティオは肩で息をしながら涙の浮いた目でコウイチを睨みつけ、走り去ってしまう。
「……あ」
何か声をかけるべきかと思った時には、すでにその姿は砦の中に消えていた。
なんでティオがあそこまで怒ったのかわからないコウイチを一人、取り残して。