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13.へたれと愉快な盗賊たち(2)

 傭兵と身分を偽り、コウイチが盗賊に捕まってから、すでに五日が過ぎていた。

 その間。

 どんなひどいことをされるのかとビクビクしていたのとは裏腹うらはらに、コウイチの盗賊たちのアジトでの扱いはきわめてマシなものだった。

 想像していたように、粗末そまつな食事だけ与えられて奴隷どれいのごとくこきつかわれるようなこともなく、与えられる食事も盗賊たちと同じもので、その立場は捕虜ほりょというよりも、客に近いものがあった。むしろ、ここに連れてこられた理由に同情されて、親切にされるほどだ。

 一緒に捕まったレグラスなどは、盗賊たちと気が合うのかすっかり馴染なじんでいるように見える。ちょっと馴染み過ぎじゃないかと思うほどだ。打ち解けて毎晩まいばんのように酒盛りを楽しむようにまでなっていて、盗賊の一味と言われたら誰もが信じるだろう有様だ。

 コウイチはというと、最初の夜以来、なぜか酒の席にまぜてもらえなくなっていた。酒が好きというわけではないのでそれは別にいいのだが、あの夜に何が起こったのか――酒を飲んでからのことが、記憶にない。わかっているのは翌日に二日酔いに苦しめられたので、限界を超えて酒を飲んだことと、その結果、何かをやらかしてしまったことくらいで。

 いったい何があったのか――というか何をやらかしてしまったかなど知りたいとは思わないので、コウイチはあえて聞かないでいる。

(……知らぬが、仏……というし)

 それはともかく、そのレグラスに一度だけこれからどうするかを相談したことがあった。その時は、「余計なことはするな」とすげなくあしらわれただけだった。何か考えがあるのかもしれないが、あてにされていないことだけはわかった。いくらか空しさを感じつつも、逆らうと怖いのでその場は黙ってうなずいておいたが。

 ともあれ、コウイチの捕虜生活はこれといった不満もなく、平穏無事に過ぎていた。このままここで骨を埋めてもいいかなー、という思いがうっすらとかすめたほどだ。

 いや――

 決定的な不満が一つあった。

「さぼるなっ!」

 ガンッ!

「っ……ッ……!!」

 回想にふけっていたところで、投げられた石がコウイチの頭を直撃した。もんどりうって声も出せずに悶絶もんぜつする。

「いきなり、何を」

 頭を押さえて見上げれば、腰に手を当ててふんぞりかえった赤い髪のティオ、いや、鬼がいた。

「さぼってるからだ! 何か文句あるか!?」

「いえ、滅相めっそうも……」

 文句はあったが、それを口に出せばさらにひどいことになることがわかっているので、口をつぐむコウイチ。

 そう、鬼だ。コウイチにとって、ティオの存在は鬼や悪魔に近いものだった。

 まず文句を言えば殴られる。グチをこぼせば蹴られる。目を合わせればその目つきが気に入らないと、石が飛んでくる。かといってあからさまに見ないようにしていると、それも石が飛んでくる。ここまでくるといちゃもんをつけられているとしか思えない。

 そして不幸なことに、よりにもよってその鬼がコウイチの見張り役についているのだった。

 幸いというか、初日のような決闘じみた真似を無理矢理させられることはないが(ゴルドーに言われたらしい。本人が不満そうにこぼしていた)、それならなぜ見張り役なんかになったのかというと、本人がやりたがったからだそうだ。

 閉じこめられない代わり、ということで、コウイチたちは武器こそ取り上げられているが自由な行動を許されていた。

 捕まっている側のコウイチが、これでいいのか、と思うほどの野放しに近い扱いである。

 それこそ、逃げようと思えばあっさり実行できそうなくらいだ。山から下りて人里にまでたどり着けるかどうかは別にして、だが。

 一応それをさせないための見張りなのだが。

「ふん……なんだったら逃げ出してもいいぞ」

 と、ティオはさかんに逃げることをうながしてくる。なぜかというと

『逃げそうになったら力尽くで止めてもいい』と言われているかららしい。

 つまりは、それを望んでいるのだ。こいつは。

 それを知ってからというもの、コウイチは少なくともティオの前では逃げる素振りも見せないことを決めていた。ちょっと怪しい動きをしてみせただけで刃を向けられたらかなわない。

 こんなふうにビクビクさせられるくらいだったら、いっそのこと閉じこめられていた方がマシだったと考えたこともあるのだが、それはそれとして。

 ティオの暴虐ぼうぎゃくはそれだけにとどまらず、

「捕まえられたくせに何もしないなんて生意気だ」

 と、なんだかんだで雑用を押しつけられていた。

 何もやらないでいたら時間を持て余すのは明白だった。こんな状況でそうなれば、悲観的な考えばかりが浮かんできそうなので、それは別に構わない。

 やらされることといえば、なんだか懐かしさを覚える水くみとまき割り。そして食後の片づけやアジトの修理、補強の手伝いなどだった。特に負担になるようなことでもない。他の盗賊たちがいる手前、あまり理不尽りふじんなことをさせられないということなのだろう。

 今も伐採ばっさいされた木の枝を切り落とす作業をしているところだった。武器にもなりそうな大振りのなたを使っているが、周りから警戒されている様子もない。警戒心むき出しでこっちを見ているのはティオくらいだった。

 問題は、雑用をそつなくこなすコウイチを見てつまらなそうにしているティオだ。

「もたついてたらバカにしてやろうと思っていたのに……」

 と、不満そうな顔で言われ、コウイチはさすがにげっそりした顔を隠せなかった――直後にスネを蹴られた。

 ここまでいくと、心構えと精神衛生上、そういうものだと割り切ったほうがいいのかもしれない。

 あきらめの境地にいたる一方、これからのことを考えると、今の険悪な関係(極めて一方的だが)を続けるのはあまりよろしいとは思えない。そういうわけで、少しでも打ち解けようと声をかけたのだが、

「あの――」

「うっさいバカ話しかけんなバカこっち見るなバカ」

「……」

「バーカバーカ」

(……そこまで、言わなくても……)

 嫌われているのはわかっている。わかっているのだが、こうも悪し様に扱われると、自分が悪いのかも、と思う気持ちがかないわけでもなくて。

 そもそもなんでここまで嫌われているのだろうか。

 発端は襲撃時に勝ってしまったことだろうが、向こうだってガチで殺しにきてたし、そもそもあの状況でわざと負けるという選択肢はありえないし。

 なら性格がイヤとか、存在自体がダメとか……。いやいやそれなら見張り役になろうだなんて思わないだろうし。

(……ハッ)

 まさか……まさか気に入らないから、早いところき者にしようと?

 この子にとって自分は、生きている価値もないどころか、一刻も早く消し去ってしまいたい存在なのか……!?

 つまりこの子にとって自分は、多くの主婦にとってのあの触覚を持つ黒光りする生き物と同じような存在なのか。

 ……いや、あのゴから始まる生物だって息絶えれば死骸しがいは分解されて大地に還るのだ。

 つまり自分は、どんな生物の分類にも当てはまらない無機物――リサイクルしようのない産廃だというのか……っ!

「お、おい……?」

「……え?」

 気づいたら、なんかどん引きされてた。

 のろのろと顔を上げると、なんかビクってされた。

「な、なんだよ……そんな死にそうな顔して」

「……誰の、せいだと」

「う……い、いいか! ちょっと離れるけど、逃げるなよ! いいな! わかったか!?」

 念を押すように言い捨てて、ティオはどこかへ行ってしまった。

(えっと……)

 ついうっかり文句を言ってしまったわりには、怯えたような反応だったが。

(……そんなわけないか)

 まあとりあえず、いなくなってくれたのはありがたい。

 いくらか重く感じ始めていた腕をみほぐしながら、これからどうするか考える。さしあたって命の危険はなさそうなので、すぐに逃げなくてもいいだろう。

 とすると、外からの助けを待つか。言われたとおり、解放されるのを待つか。どちらにしろ、待つ、ということになるが。

(……いや)

 顔を伏せたまま首を横に振った。

 ただ助けられるのをじっと待っているというのも情けないし、盗賊たちが嘘をついているとは思いたくないが、本当に解放されるかもわからない。

 とはいえあまり派手なことはできないので、当面の方針としては大人しくしているフリをして、盗賊たちから情報を聞き出しながら機会を待つといったところか。できればここがどこなのかも知りたいが、さすがにそこまでは話してくれないだろう。

(もちろん、聞くのはティオ以外で、ということで)

 うまくいけば、脱出の糸口くらいはつかめるかもしれない。レグラスに言われたことには逆らうことになるが、コウイチにはどうしてもひっかかることがあった。

 ……人のことを心配していられる立場ではないということはわかっているのだが、リゼのことが気がかりだった。

 こちらの状況に気づいていて背を向けたスルトも気にはなるが、それよりも彼に担がれていたリゼはあの時、ぴくりともしていなかった。

 重傷を負っているようには見えなかったし、盗賊たちの言葉を信じるのなら、誰も殺していないという。それなら気を失っていただけということになる。それならそれでいいのだ。

 ただ、自分の目で確かめるまでは安心できないというだけで。


 ◆


「なーにかおもしろいことはないッスかね~」

 意味があるのかないのかわからないような小さい翼。それをパタパタとはためかせ、紫色の丸い体を漂わせながらカセドラはのんびりした口調で言った。

 心境を一言で表すなら、退屈、である。

 いつもと違って環境に置かれたので、もっとおもしろいことがあるのかと思ったらそんなこともなく。笑えたのは初日くらいで、後は平穏で何の刺激がない日々が続いていた。

 この数日間、前に痛い目をみせられたレグラスをつついで遊んだり、盗賊の内緒話をこっそり盗み聞きしながら暇をつぶしていた。いくつか彼らの秘密を知りもしたが、はっきりいって物足りない。

 カセドラにとっての一番の刺激しげきは、宿主のコウイチに起こるハプニングだった。娯楽と言い換えてもいい。

 繋がっているからだろうか。他人が災難に巻き込まれるよりも、コウイチのそれははるかに刺激的だった。その慌てようや焦りが直接伝わってくるのだ。

 コウイチが死んだら自分も消滅してしまうらしいので、本格的に危ない目にあってもらっても困るが、それでもここまで平和だと退屈で死んでしまいそうだ。

 もしかしたら自分は退屈が理由で死ぬような生き物なのかもしれないなどと考えていると、

 ピコーン、とどこかで音が鳴った気がした。

 天啓てんけい的なものがカセドラの脳裏にひらめく。

「これッス……!」

 カセドラはうちふるえながら、拳の代わりに翼をグッと丸めた。

 すなわち、『死なれて困るなら、生かさず殺さずでいじればいいじゃない』と――



 ◆


(遅い……)

 近くの石に腰かけながら、コウイチは時間を持て余したように空を見上げていた。周囲の盗賊たちが会話を交わすなか、一人ぽつんとたたずむその姿はやけに寒々しい。

 こんな時にこそ情報収集をすればいいのだが、元から人に話しかけるのに苦手意識を感じる性質である。相手が人の良さそうな一般人だったらかろうじてなんとか、というところだが、相手が人の良さそうな(?)盗賊ということで完全に腰がひけてしまっていた。

 なので、こうして大人しくティオが戻ってくるのを待っていたわけなのだが、

「兄さん兄さん」

「カセドラ……?」

 珍しく姿を見せて、カセドラが飛んできた。

 なにかと思うと、

「兄さん、ここから脱出して街まで行く道が見つかったス」

(脱出……?)

 思わずカセドラを見つめてしまう。

「それは……本当に?」

「だてに森から生まれた精霊じゃないッスよ」

「……?」

 一瞬カセドラの言っていることが理解できずにきょとんとしてから、

「ああ……そういえばそういう設定だった」

「設定って……」

 カセドラががっくりと尻尾を垂れさせる。

 森と山、違いはあれど、木々が多くあるところは同じだ。だとすればカセドラの言葉にも納得できるものがある……のかもしれない。

「んじゃ行くッスよ!」

「……いや、レグラスさんを……」

 言いかけ、やめた。本格的に逃げるわけではないのだ。とりあえず場所と方向を確認するだけ。着の身着のままの行くわけにもいかないし、逃げるのは準備ができてからだ。

(……いや、一人で逃げようと言うわけでは決してなく)

「なにブツブツ言ってるんスか? 行くッスよ~」

 疑いをもたれても困るので、なたは置いていく。近くにいた盗賊に用を足しに行くというと、あっさりと頷いて送り出してくれた。少しだけ罪悪感を覚えながら、木々を分け入り盗賊の本拠地から離れていく。

 カセドラが向かうのは、盗賊たちが使っている獣道とは反対の方角だった。

 足下は石や木の根でごつごつしていて歩きにくい。苦労しながらも、なんとか後についていく。こういう時、空を飛べるカセドラがうらやましく感じる。

「だけど、いつの間に……」

「ここにきてから暇だったッスからね~」

「……?」

 なんとなく、だが。そう話すカセドラの声に、皮肉の響きが混じっているような気がした。

 間もなく、せせらぎが聞こえてきた。

(川……?)

 雑草をかき分け、たどり着く。

「なんなんだアイツ……妙な迫力出しやがって……」

 なにやらぶつくさ言う声が聞こえてきた、かと思ったら。

「ドーンッ!」

 背中から思い切りカセドラに突き飛ばされた。

「なっ……ちょ、カセ――っ!?」

 たたらを踏むように躍り出た先の小川にいたのは、水浴びをしているティオだった。背を向ける暇もなく、ばっちり目が合った。

「な、なんでここにオマエが……なんでここにっ!?」

「あ、いや――」

 慌てて逃げだそうとしたわけではないと言い訳しようとしたところで、コウイチは見た。見てしまった。

 ティオの股間には男ならあるべきものが当然なく。なぜか……胸にはつつましやかなふくらみがあった。全体的に肉付きの薄い体だが、それは間違いなく女性のものだ。

 赤い髪から滴れ落ちた水滴が、肩から腕、最後には細い指先から水面へとこぼれ落ちる。

 水に浸かっているのは膝から下だけで、当然、隠すべきところはすべてむき出しだ。

 思わず凝視してしまう。生唾を飲み込む音が聞こえたと思ったら自分がしたことだった。

 ティオが、赤い目を皿のように大きく見開いて硬直している。

(前にも、似たようなことがあった気が……)

 漠然ばくぜんと考えながら、コウイチも硬直していた。

 先に動いたのはティオだった。だらりと下げていた両手を持ち上げる。

 この後の展開を予想して、コウイチの顔から血の気が引いた。血祭りにあげられる自分の未来が、妙にリアルに思い描けた。

 逃げるということすら思い浮かばず、立ち尽くしていたコウイチの前で――ティオは予想に反して、持ち上げた両手で自分の体を隠すように抱いた。

 涙が浮いた瞳ごと背中を向け、その場でうずくまる。

「ヒッ……ック……」

 すすり泣くような声が聞こえてきた。

「え――」

 二度目の衝撃を受けて、コウイチの思考がまたしても空回りする。

「う゛ぅ……バカァ……どっか行けよぉ……」

 その声は――自分を毛嫌いしていた相手のものとは思えないほど、弱々しいものだった。

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