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13.へたれと愉快な盗賊たち(1)

「ご機嫌はいかがですか? お父様」

「フェリナか……」

 ベッドの上で横になっている父親に歩み寄り、フェリナ・リース・クレイファレルは静かに声をかけた。

 クレイファレル領主、セナード・アレル・クレイファレルは億劫おっくうそうにまぶたを開けて愛娘の姿を認めると、うっすらと笑みを見せた。その笑みは、以前のものと比べるまでもなく弱々しい。

 すっかりやせてしまった――

 父親の力ない笑みを見て、フェリナは胸を痛める。

 レイモンが死んだこと、また彼の犯した罪を知って以来、セナードはすっかり気力を失っていた。今では病気がちになり、起きている時間のほとんどをこうしてベッドの上で過ごしている。

「すまないね……。領主としての務めも果たさず、すべてをおまえに押しつけて……不甲斐ふがいないことだ」

「体調がすぐれないのですから仕方ありませんわ。今のお父様のお務めは、一刻も早く元気を取り戻して皆を安心させることです」

「ああ……そうだな」

 深々と息を吐き、セナードは窓の外へ目を向ける。

「フェリナ」

「はい」

「私はね、人を信じるという行為を素晴らしいものだと思っていたんだよ」

「……はい」

「だが――欠点を知りながら、あるいは知ろうともせず信じることは、今回の件でただの怠慢たいまんだと思い知らされた」

 フェリナの耳に、父の声は力なく聞こえた。無理もないと思う。善意の固まりのような人が、よりにもよって身内に裏切られたのだから。その衝撃はかなりのものだっただろう。

「では……信じることを、止めますか?」

「いや」

 セナードの声に力がこもった。

「信じることは、止めない。ただし、良い部分だけ見ることは止めにする。良い部分も悪い部分も含めて、すべてを信じることにする」

「悪い部分も……? それは、うたがうということではないのですか?」

「そうではない」

 セナードはゆるりと首を振った。

「疑うという行為は、疑心を元に最初から人の欠点を探していくことだ。だが疑ってばかりいては、いつかは人の悪い部分にしか目がいかないようになる。私はあくまで信じるという行為から始めたいと思う。そのなかでもし欠点や悪い部分を見つけたら、目をつぶらずに向き合っていくつもりだ」

 それは、決意のこめられた宣言のように聞こえた。張りのあった声は、だが次の言葉を口にする時には力を失う。

「そうしていたら……レイモンも、あのような無惨むざんな死に方はしなかったはずだ」

「あの方の死はお父様の責任ではありません」

 咄嗟とっさに口をついて出た言葉はしかし、セナードをなぐさめることはできなかった。

「そうだな……」

 そうは言ったが、まるで納得できていなさそうな声音だった。納得するつもりもないのだろう。

 暗くなりかけた雰囲気の中、セナードはふと思い出したように口を開いた。

「ところで――」

「はい?」

「以前におまえの護衛を頼んだ兵士――コウイチと言ったな。彼がグレイセン殿の元で従士じゅうしになったことは聞いたが、その後はどうなのかね? うまくやれているのか?」

 今のセナードが雑談めいたことを口にするのは珍しい。フェリナは驚きを押し隠しながら、父親の問いに答えた。

「特に問題が起きたという話は聞いておりません。今頃は従士のお仕事の関係で、ラストルティアにいるはずです」

「ほう。すでに手元から離れているというのに、そんなことまで知っているのか。やはり前から思っていたが、気になっているようだな」

 さきほどまでのものとは一転しておどけた表情をするセナードを見て、フェリナは父の意図を悟った。自分を心配させまいと、元気に振る舞おうとしているのだ。

 演技とはいえ、そうしたことができるのは気力を取り戻している証拠である。

「お父様ったら……」

 フェリナはそれを喜びながら、恥じらう素振りを見せた。

「気にしてはいますが、そういった意味ではありません。あの方には返しきれない恩がありますから、何か困ったことがあれば力になりたいと思っているだけですわ」

「だがこの街ではともかく、ラストルティアでは何かあったとしても、すぐにわかるというわけではないだろう。心配ではないのかね?」

「心配はしていません。あの方なら、無事に帰ってくると信じていますから」

「ふむ……信頼しているのだな」

「……ええ。信頼していますよ」

 返事を返すまでのわずかな間。そして確信的なその言葉に違和感を覚えてか、セナードは不思議そうな表情を浮かべた。

 隠された意味などない、とばかりに穏やかな表情を浮かべていたフェリナだが、いきなり口元に手を当て、クスクスと笑みをこぼし始めた。

「フェリナ……?」

 セナードが目を丸くする。ついしてしまった行為にじらいを覚え、フェリナは顔を赤らめた。

「いえ……以前、コウイチさんがお酒を飲んだ時のことを思い出していました」

「笑うということは、楽しい出来事だったんだろう。あの物静かな青年がどういう酔い方をするのか、私も興味があるな。陽気ようきになるのかね?」

「いえ、逆です」

「逆?」

「少しだけ……ええ、ほんの少しだけ、暗くなるんです」

 なぜそれで笑えるのかと、セナードが首を傾げた。

 フェリナは小さい子どもが自分だけが知っている秘密をもったいぶるような、彼女にとっては珍しいそんな笑みを見せたが、それ以上のことを話さず、領主代理としての執務しつむへと戻っていった。

 ラストルティアから届いた報告に彼女が眉をひそめることになるのは、その翌日のことである。


 ◆


「だべっ!」

 頭を襲った衝撃がなんなのか知るより早く、

「立て」

 眼前に突きつけられたのは、さやに納まった剣。それがこれ見よがしに振り上げられると、コウイチはわけもわからないまま慌てて立ち上がった。

「な、な――」

「出ろ」

 そこは明かりも窓もなく、入り口から差し込む光の影になっていて声の主の顔は見えない。どこかで聞き覚えのある声だと思ったが、考える余裕は与えてもらえそうになかった。

 背中を小突かれるまま、建物の外へ。一歩外に出た瞬間、日の光に目がくらみ、コウイチは思わず顔を背けた。それでも小突かれるのは止まらないので、仕方なく足を進める。ようやくまともに見えるようになったのは、二十歩ほど歩いた後だった。

 周囲を見て、ぎょっとした。

 そこは過去に打ち捨てられたとりでか何からしい。石造りの頑丈がんじょうそうな建物が点々と立ち並んでいた。とはいえ、かなり古いものらしくほとんどの建物は原形をとどめていない。あたりには石材が散乱していた。

 だがそのことより――コウイチが驚いたのはそこにいる人々の姿を見たからだった。

 襲撃の時に見かけた顔である。ただし、護衛の傭兵側ではなく、当然商人たちでもない。

 よりにもよって、襲撃した側の盗賊たちだった。

(……ようするに)

 自分は捕まったらしい。そのことに気づくと同時、盗賊たちの視線が自分に集まっていることに気づき、思わず後ずさりそうになる。直後に小突かれ、また足を進めることになったが。

 どうやら、ここは盗賊たちの本拠地のようだった。

 以前からある物を利用しながらも、不足分を補うためだろう。よく見れば、石造りの建物以外にも、後から建てたらしき小屋がいくつかあった。そこで雨露あめつゆをしのいでいるのだろう。

 同じように周囲はちかけた石材の外壁と、先を尖らせた丸太を組み合わせたさくで囲まれていた。

 さらにその周りは背の高い木々で囲まれている。その高さと密度は、砦を隠すのには十分すぎるように思えた。

 なるべく盗賊たちと目を合わせないようにしながら、コウイチはその様子をうかがった。

 襲撃での怪我か、腕や頭などに包帯を巻いている者もいるが、荷の強奪ごうだつに成功したからか雰囲気は明るい。笑顔の彼らを見ていると、とても人の物を無理矢理奪うような悪人には見えなかった。どこにでもいる一般人のようだ。

 落ち着かない気持ちでそれらをながめていると、

「止まれ」

 背後の声はそう命じてきた。連れてこられたのは広めの開けた場所だった。もとは中庭か何かだったのかもしれない。

 ガシャッ、と何かの落ちる音が聞こえた。

「こっちを向いてそれを拾え」

 恐る恐る振り向き、眉をひそめる。そこにいたのは、襲撃の時に戦った赤い髪の子どもだった。

 その腕がまっすぐに伸びた。コウイチに突きつけられる。

 それは、手甲てこうと一体になった武器のようだった。二の腕から指の根本までを覆う鉄製の防具の先から、ちょうど中指にかぶさるように一本の刃が伸びている。長さは手首から指先ほどの、短剣より短いものだ。それを両手に装着し、子どもは鋭い眼差しでこちらを見ている。

「何してる。拾え」

 苛立ったような声に、慌てて足下を見てコウイチは目を丸くした。取り立てて特徴のない剣だが、はっきり見覚えがある。それは自分のものだ。

 なんでこれを、と疑問には思ったが、返してくれるというなら受け取らない手はない。拾い上げ、剣を抜く。何か細工されている様子もなかった。

「拾ったな。じゃあそれで――」

 紅の眼が、ギラリと光った。少なくとも、コウイチにはそう見えた。

「アタ……オレともう一回戦え」

(……は?)

 こちらを注目していた盗賊たちがざわめく。

 おもしろそうなことが始まった、そう言いたげなざわめきである。

「……いや、なぜ」

「理由なんかどうだっていい。早く構えろ」

(……そんなムチャな)

 こんな周りじゅう敵だらけの状況で戦えるはずがない。何より、相手が子どもだとわかっていて戦う気にはなれなかった。

 戸惑い顔のまま立ち尽くしているコウイチにごうやしたのか、いきなり刃が振り払われた。すんでのところでコウイチはそれを避ける。

「あ、あぶな……っ」

「なんで戦わない!?」

 後ずさったコウイチに、怒鳴り声が叩きつけられる。正直に言えばますます怒らせるだけだと思ったコウイチだったが、上手い言い訳も思いつかずただ目を泳がせた。

 いよいよしびれを切らして、子どもは武器を振り回して駆け寄ってきた。泡をくって逃げ出すコウイチ。

「たーたーかーえっ!!」

 まるで……というか、まるっきりだだっ子である。ただし、振り回している刃は本物であり、それで切られれば怪我をする――下手をすれば死ぬ。

 本人にしてみれば命がけだが、周りからしてみればいい見せ物でしかなかったらしい。目を血走らせて逃げるコウイチを、盗賊たちが大盛り上がりではやしたてる。

「逃げるなー!」

(冗談じゃない……!)

 追いつかれれば死ぬかもしれないのに、誰が止めるものか。

 笑いのうずの中心を、コウイチは必死になって走った。とはいえ周りは盗賊たちに囲まれているので、その中をグルグルと回る形である。

 何周しただろうか、そのうちに走り疲れて息が上がってきた。なんだか頭の中でケタケタと笑い声が聞こえた気がしたが、そのことを考える余裕もない。

 必死で逃げ回っていたコウイチだが、終わりは呆気なく訪れた。よろける体で曲がろうとして、足をすべらせたのだ。

「え゛」

 体が傾いていく。踏ん張ろうとするが、足に力が入らない。それだけなら転ぶだけで済んだだろうが、運の悪いことに、倒れる先には握り拳大の石が転がっており、ちょうどそこは頭と重なる位置だった。

 ガン、と聞くからに痛そうな音が響く。

 場が静寂せいじゃくに包まれた。

「お、おい……?」

 戸惑いの声を聞くよりも早く、コウイチは再び気絶した。


 再び目を覚ませば、すでに空は真っ黒にまっていた。夜だ。にも関わらず、妙に眩しい気がした。それに、なんだか騒がしい。

「つ……」

 ずきずきと痛む頭を押さえ、体を起こす。すぐに眩しい理由に気づいた。中庭のあちこちで、焚き火が焚かれていた。騒がしいのは人が集まっているからだ。

 ぱっと見て、十代後半から三十代の男たちが三十人ほどいる。食べ物を口に入れながら、手にした杯で乾杯しあっていた。どうやら、宴会か何かの真っ最中らしい。

 一人が目を覚ましたコウイチに気づき、近づいてきた。

「目ェ覚ましたか。災難さいなんだったな」

「は……?」

 何を言われるかと内心ビクビクしているところでそう声をかけられ、コウイチは間の抜けた反応を返した。

「昼間の追いかけっこのことだよ。見てるこっちは笑えたけどな」

「はあ……」

 思い出しながらなのか、笑いながらの男の言葉にコウイチは漠然ばくぜんと相づちをを打つ。正直、余興よきょうでナイフ投げの的になれぐらいのことは言われるかと思っていたのだが、

(なんというか……普通?)

 むしろ、親しげというか。

「悪い奴じゃないんだが、ティオは負けず嫌いでな」

「ティオ……?」

「さっきさんざんな目に遭わされたガキのことだよ。ここの頭領の一人っ子でなあ」

 赤い瞳に戦意を宿して襲いかかってきた子どもを思い出す。身震いしながら、コウイチは慌てて周囲を見渡した。

 男が苦笑を浮かべる。

「もうここにはいないから安心しな。おまえが気絶した後、ふてくされて出ていっちまった」

 ホッと息をもらすコウイチ。一安心して余裕が出てきたからか、一つ疑問が浮かんできた。

「あの――」

「んあ?」

「なんで、自分をここに……?」

 まず思い浮かべたのが人質という単語だったが、自分を人質にとっていいことなど何も思いつかない。どこぞの裕福な金持ちの息子というわけでもないし、そもそもこの世界に家はない。

 もちろん盗賊たちはそんなことを知らないだろうが、それでもたまたま襲った隊商の護衛を人質にとってなんの意味があるというのか。

 首を傾げるコウイチを見る男の目に、同情の色を浮かんだ。

「おまえもとんでもないのに目をつけられたなあ」

 眉をひそめたコウイチに、男が気の毒そうに声をかける。

「昼間、おまえティオとって勝ったろ? あれがかなり悔しかったらしくってよ。やり返さねェと気がすまねェって言い出してな」

「……は?」

 最初それが質問の答えとは結びつかず、コウイチは目を点にした。

「いや……やり返すって……」

(まさか……そんなことのために、連れてこられた……とか?)

「運が悪かったな。あいつの血気盛んなとこにゃ、俺たちも手を焼いてるんだよ」

「……」

 ちょっと待ってほしい。

 襲撃された時に、たまたま戦った盗賊が頭領の子どもで? それに勝ったせいで目をつけられて、盗賊の本拠地に連れてこられた?

 あまりに想像の外の理由に、思考が停止する。

 男がなぐさめるように肩を叩いてきたが、愕然がくぜんとしていたコウイチはうつろな視線を漂わせるだけだった。

「命まではとられんだろうし、本当にヤバくなったら俺たちが止める。なに、ずっとここにいろってわけじゃねえ。そう遠くないうちに出られるだろうから、その間だけうまいこと相手してやってくれや」

 そう思うなら、あの命がけの追いかけっこの時に止めてほしかった……。

 あまりに情けなさそうな顔をしたからか、盗賊の男は気まずそうに目をそらした。

「ま、まあ捕まったのが一人じゃなくってよかったよな、な?」

 取りなすような言葉とともに向けられた視線の先。そこにいた人物を見て、コウイチは目を丸くした。

 赤ら顔の盗賊たちに笑顔で酒を勧められ、むすっとした顔でそれを口に運んでいるのはレグラスだった。さすがに武装は外されているが、縛られているわけでもない。今まで気づかなかったのは、その姿があまりにこの場に馴染なじんでいるように見えたからだ。

「なんで……?」

「いい仲間じゃねェか。おまえを命がけで助けようとするなんてよ」

 そういえば、気絶する前にこっちに駆けつけるレグラスを見た気がするような……。いやでもそんなことされる理由がないし。しそうな人でもないし。

 疑問符だらけの頭のままレグラスを眺めていると、急に背中を叩かれた。

 驚いて振り向くと、そこには見覚えのある顔がいた。

「よおっ!」

「なっ……」

 襲撃の時、コウイチが倒した盗賊だ。二十をいくつか越えたぐらいに見える若い男で、顔には笑みを浮かべている。

 復讐ふくしゅう、という単語が頭に浮かんで体が凍りついたが、返されたのは苦笑だった。

「やり返そうってわけじゃないから安心しな」

 そう言ってその場に座り込む。コウイチの顔をまじまじと見つめたかと思うと、ため息をついて頭を横に振った。

「あんたにはすっかりだまされたぜ。弱そうなナリしてるから楽勝だと思ってたのに、あっさり返り討ちだもんな」

「……はぁ」

 なぜか、感心されてしまった。とりあえずやり返される心配はなさそうだと、ホッとしたのもつかの間、

「だからあまり前に出るなって言ったろが。おののないおまえなんて、てんで弱いんだからよ」

 最初に話しかけてきた男の言葉に、コウイチは首を傾げる。

「えっと……は?」

「ああ、こいつはいつも斧を使ってるんだけどよ。それが壊れちまってな、仕方なくあの時は剣を使ってたんだよ」

「運がよかったぜ。相手があんたじゃなかったら、殺されてたところだ」

(えーと……)

 ようするに、自分があっさり勝てたのは相手が実力を発揮できてなかったからで。

 あっさり勝てた理由を知って、コウイチはがっくりと肩を落とした。

「あれ……? なんかへこんでね?」

「あー……そうっぽいな」

 などというささやき声や

“ま、そんなに急に成長するわけないッスよね”

 なんていうカセドラの慰めとも励ましともつかない声もどこ吹く風で、コウイチは一人アハハとうつろな笑みを浮かべる。

「あー……その、なんだ。こいつに勝ったのは本当なんだし、そうガッカリすんなよ。おまえらが殺さないでくれたから仲間は一人も死なずにすんだし、積み荷もいただいたしな。首尾よくいったから酒もうめェってもんだ」

「一人も……?」

「おうよ! ついでに言えば、護衛していた連中にも死んだ奴はいねェはずだぜ」

 誇るように胸を張る男に、コウイチは驚きの眼差しを向けた。

 数で勝っていたとはいえ、あれだけの乱戦で死人が一人もでていないとは。

(もしかして……)

 最初はこちらが優勢に見えたのも、挟み撃ちが始まるまでは消極的に攻めていたからなのかもしれない。それなら、最初から自分たちは手玉にとられていたことになる。

 だとすると、レグラスが危惧きぐしていたとおり、彼らをただの盗賊と侮るのは誤りかもしれなかった。

「おっと、我らが親バカ頭領の登場だ」

 考え込んでいたコウイチは、その声に驚いて顔を上げた。

 のっそりと姿を現したのは、遠目からでも目立つ禿頭の大男だ。盗賊たちと言葉を投げ交わしながらこちらに近づいてくる。

(え……なんで、こっちに……?)

 困惑しているコウイチの目の前で立ち止まると、あごに手を当てた。唸りながらまじまじと見つめてくる。

 頭領という立場もそうだが、その巨躯と遠慮のない眼差しにコウイチは思わず体を縮こませた。

「首はもう大丈夫か?」

 しかし、かけられたのは意外な言葉だった。

「は……?」

「首だよ、首。手加減したつもりだが、強くやりすぎたかもしれんと思ってな」

 言われて気絶する前に見た見上げるような人影を思い出す。どうも自分を気絶させたのはこの男だったらしい。

「いえ……もう痛くは……」

「そうか、そりゃよかった」

「ティオが危ねェからって、おっかねェ顔してたもんな、おまえ」

「本気でっちまったかと思ったよ」

 それまでニヤニヤと成り行きを見ていた盗賊たちが、からかうような声をあげる。

 うるせェ、と短く悪態をつき、禿頭はどこか安心したように息を吐いた。

 どうやら盗賊たちの間では、厳しい上下関係などは存在しないらしい。

 そのことを意外に思いつつも、それよりもあなたのお子さんに追い回されたあげく、転んで出来た痛みの方が大きいです、という抗議が思い浮かんだが、それは心の中だけにとどめておくことにする。

「ああ、一応名乗っとくぜ。俺はゴルドーだ。こいつらのまとめ役をやってる」

 禿頭がニッと笑みを見せた。男臭いが、作った感じのしない笑顔だ。

 かと思うと、いきなり深々と頭を下げられた。いきなりのことにコウイチは驚いてその剃りあがった頭を凝視する。

「すまんかったな」

「いや、あの……」

「謝らなきゃならんことはいくつかあるが、まずは昼間のことだ。ティオの奴、おまえの頭や首ばかり狙ってたんだってな」

 頭を上げて、ゴルドーは困ったようにあごを掻いた。

「あいつにゃ殺しはナシって言っといたんだが。すっかり忘れちまってたみたいだ」

「はあ……」

 思わず気の抜けた声が出た。その後に起こったことのほうが印象が強くて、そういえばそうだったな、という程度にしか思い出せない。

「あまり気にしてないってツラだな」

「まあ……まだ、死んでいないので」

「……呑気のんきな奴だな」

 ゴルドーの声に呆れたような響きが混じっていたのは気のせいではないだろう。

 それにしても、と思う。以前に見た盗賊は、いかにも犯罪者的な男たちの集まりだったのに、ここにいるのは、騒がしいだけのただの気のいい男たちに見える。

「なんだ? 盗賊だからって血も涙もない極悪人の集まりだと思ったか?」

 コウイチの意外そうな表情に、ゴルドーは豪快に笑ってみせた。

「ま、無理もねェな。人様に後ろ指さされるようなことをやってるのは違いないからなあ」

 勢いのまま、背中をバンバンと叩かれる。そのあまりの強さに、コウイチはケホケホとむせた。

「そう心配すんな。おまえらを痛めつけようとか考えちゃいねェよ。ここまで連れてきたのはティオのワガママだ。あいつの気がすんだらすぐに解放するさ」

「はあ……」

 と、間の抜けた反応をするコウイチの耳元に、ゴルドーが笑みを浮かべたまま口を寄せた。

「だが、まあ……な。おまえらが仲間を一人でも殺してたら話は別だっただろうが」

 明らかに変わった声音に、コウイチは背筋が凍りついたような錯覚を覚えた。殺してたら……どうなっていたのだろうか。

 自分を見上げる瞳に怯えが混じっていることに気づいたのか、ゴルドーは元の太い声で忠告をする。

「言い忘れてたが、逃げようとは思わないほうがいいぜ。ここは山の奥深くだからな。角猪つのじし岩狼がんろうもいるし、慣れてないと迷って遭難するのがオチだ」

 脅しというわけでもないだろうが、その強面から真剣な口調で言われると、本当にそうしたほうがいい気がなってくるから不思議だ。

 カクカクと頷くコウイチを見て、ゴルドーが満足そうに手にしていた手持ちの酒樽を掲げてみせる。よく見れば酒樽形の大きな酒杯で、中に並々と酒が注がれいていた。

「おまえも一杯、どうだ?」

「自分も……?」

 まさか捕まっている身で酒を勧められるとは思わず、コウイチは思わずゴルドーを凝視した。

「細かいことは気にすんな。飲む時は人数が多い方が盛り上がるからな。おおい、こいつにも一杯くれてやれ!」

 飲む飲まないを言う前に、問答無用で酒を渡される。その酒の出所がどこなのかを考え、コウイチは複雑な面もちで受け取った。

「さあ、グイッといっとけ!」

 酒を飲みたい気分でもなかったが。下手に断って機嫌を損ねたらと思うと飲まないわけにはいかない。そんなことで扱いが悪くなっても、困るし。

 覚悟を決め、コウイチは酒を一気に飲み干した。当然ながら、酒の種類など確かめる余裕などまるでない。

 なので、その酒が以前にも飲んだことのある蒸留酒などよりも、さらに強い酒であることにはまったく気づかなかった。

 結果として、その直後にコウイチは意識を失った。

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