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11.実地試験(3)

 次の日、コウイチたち四人はそろってある場所へ向かっていた。

 前日のことを引きずって、コウイチの足取りは重い。スルトとも距離を置いて歩いていた。

『――おまえを見捨てるだろうけどな』

(……本気、なのだろうか?)

 あの時のスルトの言葉が頭にこびりついて離れない。

 言われた時は本気だと感じたが、今日になってからのスルトの態度は、思わず冗談だったのではないかと思いたくほど昨日通りだった。今日も前を歩きながら、喋り通しである。

“前から思ってたんスけど”

(……なにを)

“兄さんって、精神面が貧弱というか……本っ当に打たれ弱いッスね”

(……)

 ずーん、と。言葉の刃に胸を貫かれ、コウイチはがっくりと肩を落とした。

 きついことを言われたぐらいでうだうだと悩んでいる情けなさは自覚していたので、カセドラの言葉がなおさら心に響く。

 そんな同僚どうりょうの様子がさすがに気になったのか、

「コウイチ、何かあった?」

 気遣うようにリゼが声をかけてきた。

「いや……なんでも」

 なんでもなくはないのだが、昨日のことをそのまま話すのはなんとなく抵抗があった。実は冗談だったとしたら話すようなことでもないわけだし……このことを人に相談するのは、なにか違う気がするのだ。

 そしてリゼが本気で自分を心配してくれているのはわかるだけに、嘘をつくのも後ろめたく。

「……そう」

 納得したかはわからないが、それだけ言ってあっけなく話を打ち切ったリゼには逆に感謝したいぐらいだった。


 四人が足を運んだのは、街の端の少しさびれた区画にある一件の建物だった。

「……」

 その建物を目にした瞬間、コウイチの中でよどんでいた不安が跡形もなく吹っ飛んだ。

 正確には、その建物の周りでたむろっている人々の外見を見て、である。

 コウイチなどは思わずすぐに回れ右をしてしまいそうになるいかつい体つきをした傷顔や、ぎろりと鋭い眼差しを向けてくる男。腰や背中に剣や槍、胴体には鎧や胸当てといったように、武装をしている者もいる。

 いかにもカタギではなさそうな匂いがプンプンしてくる。前に見たことのある、レグラスといた男たちと同じ匂いだった。

 通行人もあからさまに顔を背けて、目を合わさないようにしている。その周辺だけ見事に別空間が出来上がっていた。

「こ……ここは?」

「傭兵向けの仕事をけ負ったり、斡旋あっせんしたりする、いわゆる傭兵ギルドって奴だな」

 昨日通りの軽い口調でスルトが説明し始めた。

 ギルド、というのはいわゆる組合みたいなものらしい。

 こうした規模の大きな街などでは、こうした傭兵の窓口的な場所がある。特にここは交易で栄えた街なので、行商人や隊商の護衛など傭兵はそれこそいくらでも必要とされているらしい。

 依頼者から仕事を請け負って傭兵たちに仕事を紹介したり、また傭兵間などでの問題を仲介ちゅうかいしたりするのが“傭兵ギルド”の役目なのだそうだ。

 クレイファレルにはそうした施設はないが、あそこはそもそも多くの兵士や騎士団も駐留ちゅうりゅうしており、傭兵の需要が少ないのが理由らしい。そうした街では怪しげな酒場の主などが窓口を兼ねていることが多い。

「特に最近は戦争らしい戦争もないからな。傭兵もこうした場所で仕事を探さなきゃならないってわけさ」

 レグラスはと見ると、おもしろくもなさそうな顔で傭兵ギルドを眺めていた。

(……なるほど)

 たしかにレグラスなら、あの中に混じっても違和感がなさそうである。

「特に盗賊の件もあるからな。他の同じような街より仕事は多いんじゃないか」

 それだけこの街には傭兵が多い、ということなのだそうだ。道理で街に入るときにレグラスが何も言われないわけだ。

「……なぜ、ここに?」

「もちろん、隊商の護衛の依頼を受けるためだ」

「は……?」

 思わずさらっと口にしたスルトを見つめる。リゼも目を見開いていた。

「傭兵だっていつわっているのは、本当の身分を隠すためだけじゃないってことさ」

 得意げに言い放ったスルトに、コウイチは今度こそ言葉を失った。


「ここで仕事を受け、傭兵として隊商の護衛に参加する。実状を知るためには、実際に体験してみるのが一番だろう?」

 数十秒の思考停止の後、コウイチの目の前では詰め寄ったリゼにスルトがそう説明していた。

(む、むちゃくちゃ……)

 自分から危険に身を投じるとか。言いたいことはわかるが、それにしたってもっと別のやり方があるように思う。

 ひきつった顔のまま、コウイチが口を開く。

「その、もっと他の……聞き込み調査とかは」

「そこらへんはもう終わらせてあるからな」

 あっさりと言われてしまった。

「……いつの間に」

「言っておくが、これは決まってることだ。おまえらにもつきあってもらうぞ。それに本格的に従士じゅうしになったら、この程度の危険は日常茶飯事だからな?」

 笑顔で言うスルト。その考えを変えさせる方法が思いつかないコウイチは周りに視線を向けるが、

「……わかりました」

 不承不承ふしょうぶしょうといった様子でリゼは頷き、

「……フン」

 レグラスはどうでもいいと言いたげに鼻を鳴らしただけだった。

(えーと……)

“平穏無事はもう諦めたほうがいいんじゃないッスか?”

「……」

 ……もう生きて帰れればいいかな。

 諦めの境地に浸って、死んだ魚のような目で遠くを見るコウイチ。

「それでだ」

 スルトが笑みを深くして、レグラスの肩に手を回した。

「あんたにはさっそく役に立ってもらう。なんたって本職なわけだし、怪しまれることもないだろうしな」

「何やらせる気だ?」

 うっとおしそうにその手を払いながら、レグラスが顔をしかめた。

「あんたに交渉しろとは言わないさ。隣に立っていてもらえばそれでいい」

「? それだけか」

「それだけだ。運が良ければあんたの顔を知られているかもしれないしな。そうなら選べる仕事の数も増えるだろう?」

「……チッ」

 つまらなそうな表情でスルトを見た後、レグラスはつばを吐き捨てた。

「……?」

 意味がわからず、コウイチが首を傾げていると、背後からリゼの声がした。

「――父さんから聞いた話だけど」

 驚いて振り向くと、すぐ後ろにリゼが立っていた。耳打ちするような声量で前置きをしてから、彼女が話し始めた内容をまとめると――

 傭兵にとって大事なのは、実力よりもまずは信頼だという。信頼がないと、報酬ほうしゅうを値切られたり、そもそも良い仕事は回してもらえない。下手な傭兵に任せて失敗でもされたらギルドの信用にかかわってくるからだ。信頼のない傭兵は、そうした“失敗する可能性”も考慮こうりょにいれて仕事を振り分けられることになる。

 そして信頼は実績を積み上げなければ得られない。有力な傭兵から紹介してもらうという方法もあるが、それにしても何もないよりはマシという程度でしかない。仕事を確実にこなし、本人の実力を見せつけないと本当の信頼は得られないからだ。

 信頼がないうちは、報酬が少なく割の合わない仕事をしていくしかない。逆に言えば、信頼を勝ち得て名が売れれば、仕事は向こうから舞い込んでくる。

(……つまり)

「レグラス……さんは、それなりに有名な傭兵、ということか……」

「たぶんね」

 なんだかんだ言って実力は認めているらしい。リゼはあっさり頷いて、コウイチから距離をとる。

(……なるほど)

 納得してから、ふと気づいた。リゼと話していたのに、特に緊張をしなかったことに。

 どうやら、こういった事務的なことならなんの抵抗なく話せるらしい。

 リゼへのわだかまりが消えたわけではないが、前向きになれる材料が見つかって胸がすっと軽くなった気がした。

“え……そんなんでいいんスか? ……もっとこう……雑談をして盛り上がったりとかとか……”

(それはもっと、慣れてから……ということで)

“はあ……そッスか……”

 あまり期待していないような気持ちがありありと伝わってくるカセドラの反応だったが。ここで無理して盛り上げようとしても、そもそも何を話していいかわからず、逆に行き着く先はいたたまれない沈黙だということはわかりきっているので、ここは流しておく。

 憮然ぶぜんとしたままのレグラスを引き連れて、スルトが歩き出す。そのまま傭兵ギルドに入ろうとしたところで、立ちふさがるように三つの人影が割り込んだ。

「……?」

 スルトの前に立ったのは、三人の傭兵の男たちだった。ここにいる中でも特にきわだつ悪人顔に、ニタニタと笑みを浮かべている。一般人相手ならその容貌ようぼうだけで十分脅しになるだろうが、レグラスや他の“本物”を知っているコウイチは正直安っぽさを感じた。

 当然、スルトもひるんだ様子を見せず、

「どいてくれないか。俺たちはあそこに用があるんだが」

「そんな小娘とひ弱そうな小僧を連れてか?」

 リゼとコウイチに視線をくれて男の一人が言った。その口元が嘲笑ちょうしょうの形に歪んでいる。

「遊びじゃねェんだぜ。出直してきな」

「そういうわけにもいかないのさ。そろそろ仕事をしないと、ふところが寂しいんでね」

「んなこたァ知らねェよ」

「……まいったな」

 困ったように頭をくスルト。会話を聞いているコウイチにも、男たちがどうやっても通す気がなさそうなのはわかった。

「どうしても金が欲しいってんなら――」

 一人がリゼに視線を向け、好色そうな表情を浮かべた。

「そこの小娘を一晩貸し出すってのはどうだ? 飯代くらいならくれてやるぜ」

「……っ」

 冗談のつもりか、男たちは粗野そやな笑い声をあげる。

 思わず息をんだコウイチは、そっとリゼの様子をうかがった。

 一見変わりないように見えるが――目が、わっている。自然体だった右手が、すぐにでも剣の柄を握れる位置に動いていた。

「おいおい、そんな色気もなさそうなのにそれは払いすぎだろ?」

「ああ、そうかもな――」

 リゼが剣を抜くよりも。どうやってリゼを止めようか考えていたコウイチが、自分でもわからない衝動に駆られて一歩踏み出すよりも早く。


「ウゼェな」


 友好的とは対極の位置にある声音が、場の空気を凍りつかせた。

「……あ? いまなんて――」

 ガンッ!

「いがっ! ……ぅ、あ?」

 男が振り向くよりも早く、その重そうな体が宙に持ち上げられ、近くの壁に叩きつけられる。

「ザコのくせにいきがってんじゃねェぞ、クソが」

 どすの利いた声で言うスルトの両手には、いつの間にか抜き身の剣が握られていた。

 何が起こったか分からない様子で目を白黒させる男の首に、抜き身の刃が触れる。コウイチの目にも止まらない、一瞬の早業はやわざだった。

「最後に聞いといてやる」

「っ……!」

「一瞬で終わらせられるのと、さんざん苦しんでからくたばるのと、どっちがマシだ?」

 男の首にえられた二本の剣。そのうちの一本は刃が、もう一本は刃とは逆側にあたる部位――みねが男の首に当てられていた。

 押し当てられた峰が、だんだんと肉に食い込んでいく。刃側ではないから切れることはないが、男の顔色が少しずつ血の気を失っていった。

「あ……がっ……」

「答えねェか。ならどっちでもいいってことだよな?」

 首を締められる形になって答えられるはずもない。

 そんなことはわかっているだろうに、すごみのある笑みを浮かべるレグラスは力を緩めようとはしない。

 その嬉々とした表情は、獲物を前にして舌なめずりする肉食獣を彷彿ほうふつとさせた。

 ……実際のところ、やりたくもない仕事を押しつけられてたまっている鬱憤うっぷんを晴らすための、ようは八つ当たりなのだが、その相手になった男は運が悪かったとしかいいようがない。

 男が白目をいて泡を吹き始める。男の仲間はレグラスの迫力に呑まれて近づくこともできない。

 すでに男が気絶しているのはコウイチの目にも明らかだった。これ以上続ければ、今度は命に関わってくる。

通過儀礼つうかぎれいは、それぐらいで十分じゃないか?」

 そしてそれを止めたのは、レグラスの背後からの、この場にはそぐわない軽い声だった。

「目立つような真似はやめろって、言ったよな?」

「チッ……」

 場を収めるにはあまりに軽すぎるスルトの声に、レグラスの体から立ち上っていた殺気が霧散むさんする。舌打ちをしてから離すと、男はそのまま地面に倒れ、ぴくぴくと痙攣けいれんしはじめた。

 そしてレグラスが周囲を見渡すと、様子をうかがっていた傭兵たちは、値踏ねぶみするようなものから一転、恐れをこめた眼差しをレグラスに向けていた。

 仕事を求める傭兵が増えれば、それだけいい仕事にありつける可能性が減る。だからよそから来た傭兵などは、他の傭兵から邪魔や妨害を受けることも珍しくない。

 そこまで露骨ろこつな真似はせずとも、彼らもこの機会に新顔の同業者の腕前を確かめておこうとしたのだろう。

 結果として彼らはレグラスをあなどってはいけないと思い知ったわけなのだが、それ以上に。

 ガクガクガクブルブルブル――

 ひきつった表情で、コウイチは膝を震わせていた。

 なんのことはない。レグラスの凶行を見て怖じ気づいていた。

 今さらながら、自分のしでかしたことを思い出して目の前が真っ暗になる。

“こんなのと戦ったり駆け引きしようとしてたんスね、兄さんは”

 カセドラのからかい混じりの言葉などまったく気にならない。そんなことよりも、心から思う。

(生きててよかった……!)

 手を合わせて空を仰ぎたい気分だった。膝は震えていたが。

 コウイチが改めてレグラスに近づかないことを誓っていると、複雑な面持ちでリゼがレグラスに歩み寄った。

「……お礼は言ったほうがいい?」

「は? バカかテメェ。あいつらがうっとおしかったからやっただけだ」

「そう」

 そんなところだろう、とむしろ納得したように頷くリゼ。それからコウイチを見て何か言いたそうな顔をしたが、何も言わないまま口をつぐんだ。

 そしてそのコウイチはと言えば、リゼのそんな様子にはまったく気づかず――

(生きてるって、素晴らしい……)

 カセドラの呆れたような感情などまったく気にせずに、命の大切さを噛みしめていたのだが、

「じゃ、入るか」

「……え゛」

“ひょっとして、自分が今から何するか忘れてたんスか?”

 今から傭兵ギルドに入って仕事を受けることをすっかり忘れ、カセドラにさらに呆れられていた。


 先ほどとは違う意味での注目を浴びるなか、ギルドに入る四人。

 ある意味、ヤ○ザの事務所に入る以上の緊張感を持って足を進めたコウイチなのだが――

(……あれ?)

 中に入って拍子抜けした。

 想像していたようなギスギスした雰囲気もなく。受付のカウンターといくつかのテーブルや椅子があるだけで、外にいるようないかにもといった強面こわもての人種が待ちかまえているということもない。

 この世界ではよくあるような、一般的な食堂に近い雰囲気だった。ただし、騒々しさはかけらもなく、中にいるのは受付らしき中年の男性一人だけ。それも、いかにもな荒事を連想させるような男性ではなく、そこらへんに普通にいそうな普通の男だった。

「なんというか……思っていたよりも……」

 想像とのギャップに目を丸くしているコウイチを見て、スルトが笑い出す。

 彼が言うには、

「見た目からして傭兵みたいな奴が待ちかまえていたら、依頼者が話しかけにくいだろ?」

 ということらしい。

(……なるほど)

 と、思う反面、それなら建物の前でたむろっている連中をどうにかしたほうがいいと思うのだが。

 思わず入り口を振り返って首を傾げたコウイチに、

「自分で金ヅルを追い払う奴はいないさ。依頼人が入りづらい、ってのは確かだけどな」

 そういってスルトは笑い飛ばした。

 同業者ならともかく、依頼主に絡みはじめる傭兵などいないということだそうだ。

 そんな小声でのやりとりをしていると、書面に目を通していた受付の男が顔を上げた。

 コウイチたちに値踏みするような眼差しを向けたあと、レグラスで視線を止めて驚いたように目を見開く。

「あんた……いつからここに――」

 男はどうやらレグラスを知っているらしい。途中で口をつぐんだのは、レグラスが余計なことは話すなとばかりにぎろりとにらんだからだ。

「仕事を探しに来たんだが。なるべくすぐにできるやつがいい」

 スルトがあっさり用件を告げると、

「あ、ああ……ちょっと待て」

 慌てた様子で棚から書類をあさり始める。

 あまり待たずに、カウンターの上に依頼の内容と依頼主、仕事の報酬が書かれた依頼書が並んだ。

「この中から選んでくれ」

 もっといろいろ話を聞かれると思ったが、それがないのはレグラスのおかげかもしれない。

 スルトはそれらをざっと眺めて、無造作にその中の一枚を手に取った。

「これだな」

 その依頼書を受け取り、男は頷いてカウンターの奥の部屋に引っ込む。そこでなんらかの手続きをするのだろう。

「すぐに決めたみたいですけど、どうやって選んだんですか?」

 リゼが声をひそめて問いかける。

「さあな」

 スルトがニッと笑った。

 まさか適当に選んだ、なんてことはないだろうが。

 リゼの目が細められる。

「……襲われる隊商に、何か共通点でも?」

 共通点があれば、次に狙われる隊商を予想ができる。リゼの指摘に、スルトは笑みを深くした。

「いい質問だ……が、それはまだ話せない」

「なんでですか」

「そうだと決まっているわけじゃないからな。おまえらには先入観なしでいてもらいたいのさ」

 ということは、本当にスルトには襲われる隊商の共通点を知っているのかもしれない。

 それがいったい何なのかわからないが、スルトの口振りからするとそこらへんは自分で考えろということなのか。

 言われた通り、黙って横に立っていたレグラスが難しそうな顔で口を開いた。

「盗賊の奴ら、殺しはやらないって話だったな?」

 唐突とうとつな質問に、スルトは頷いて返す。

「話を聞く限りじゃ、できるだけ殺さないようにしているってことだ」

「……ああクソ。面倒くせェ」

「……?」

 頭を掻きむしるレグラスを見て、コウイチは不思議に思った。

 少なくとも殺される心配がないから安心なのでは、と口には出さない疑問を浮かべたが、キョトントとした顔をしていたらしい。

 レグラスが一瞬だけこちらに視線を向け、フン、と小馬鹿にしたような声を出した。

 馬鹿にされるのももう慣れた感じのコウイチに、リゼが補足ほそくする。

「相手はただの盗賊じゃないみたいだね」

「そういうことだな」

 スルトも頷く。

「……それは、どういう」

「今まで襲われた隊商に、護衛がついていなかったと思う?」

「……いや」

「盗賊に襲われたら、そいつらは抵抗するだろう? それが仕事だからな」

(……なるほど)

 リゼとスルトの言いたいことを察し、コウイチの表情に納得の色が浮かんだ。

 当然、護衛は盗賊に襲われれば死にものぐるいで抵抗したはずだ。にも関わらず、死者が出ないと言うことは――それは盗賊側に手加減する余裕があったということで。

 あるいは、抵抗する気力もなくなるほどの大人数で取り囲んだという可能性もあるが。

「その、盗賊というのは……どれくらいの人数なんですか?」

「襲われた側の話からすると、二、三十ってところらしい。数頼みの連中じゃないな」

“そうとう手強そうッスね”

 カセドラの弾むような声。

 なんでそんなにうれしそうなのか。下手したら自分だって危ないのに。

“……はっ、言われてみれば!”

 頭を抱えるカセドラのイメージが伝わってくるが、そうしたいのはこっちだと声を大にして言いたい。……変な目で見られるからやらないが。

(……とりあえず。わかった、ことは)

 自分たちはますます、危険に近づいたということで。しかも、向こうから近づいてきたわけはなく、逆にこっちから歩み寄ったというのがなんとも救いようがない。

 カセドラと同じように頭を抱えるコウイチ。

 入り口の扉が重い音をたてて開いた。

「失礼」

 入り口を見ると、そこには身なりのいい男がたたずんでいた。三十をいくつか過ぎた年齢に見える、穏やかな顔つきの男性だ。

「おお、リオーグさん!」

 奥から戻ってきた受付の男が、来客――リオーグという名らしき男に笑みを向けた。

「お仕事の依頼ですな。いつもありがとうございます」

 雑な感じがなくなり、急に愛想がよくなった男。み手をし始めてもおかしくない変わりように、コウイチは呆気にとられた。

「……あの反応は、上客だな」

 スルトがぽつりと呟く。

 なるほど、言われてみれば……すらりとした長身を包む服はほつれなど見あたらない金縁付きの高価そうなものだし、こちらの世界ではあまり一般的ではない指輪もはめている。髪も丁寧ていねいに整えられていて、表情にも品が感じられた。紳士、という言葉がぴったり当てはまりそうな男性である。

 受付の男は一言二言言葉を交わしてから書類を渡され、再び奥に引っ込む。

 そして一人になったリオーグはコウイチたちに顔を向けると、

「依頼を受けに来られた傭兵の方々ですか?」

 と聞いてきた。

「ああ、そうだが」

 答えたスルトに、リオーグはそれはそれはと大げさに両手を広げ、

「日頃お世話になっております。あなたがたのおかげで、わたくしどもも大切な商品を安心して送り出せるというものですよ」

 やたらと丁寧ていねいな口調でうやうやしく頭を下げた。とても雇う側の態度とは思えない。

(……皮肉?)

 盗賊被害のことを聞いていただけに、思わずそう思ってしまったコウイチだが、

「言う割には、盗賊たちにしてやられてるって話だが――」

 スルトはそれをあっさりと口にした。コウイチがぎょっとして見ると、スルトは胸を張ってリオーグに向き直っていた。

「安心してくれ。俺たちが来たからには、積み荷を奪われることなんてことはなくなるさ」

「おや……この街に来て間もないのですか?」

「ああ、依頼を受けるのも今回が初めてだ」

「おお、それは頼もしい限りです。ぜひ今後ともよろしくお願いしますよ」

 笑みを浮かべながら、リオーグはスルトに手を差し出す。握手を求めているらしい。

 盗賊の話をあっさり流すあたり、余裕が感じられる。見た目のといい、その態度といい、それなりに偉い人なのかもしれない……などとコウイチが考えていると、

「ヴェスター商会の代表を務めております、リオーグといいます。若輩者ですが、どうぞよろしく」

 親しみを抱かせつつも、嫌ななれなれしさはまったく感じさせない完璧な営業用の笑顔を浮かべて、そう名乗った。

(……代表?)

「その歳で商会長? それはすごいな」

「はは、そう言っていただけるのは恐縮きょうしゅくですが……私などは運が良かったようなものでして。まだまだ勉強中の身ですよ」

 スルトと言葉を交わしながらの握手を終えると、リオーグは次にレグラスに手を差し出した。

「……あ?」

「どうぞよろしくお願いします」

 依頼主に握手を求められるなど経験がないのか、レグラスは困惑したようにその手を見つめていたが、やがて渋々と握手に応じた。

 次にリオーグはコウイチに向き直り、

「あなたもまだお若いようですが」

「まあ……新入り、なので」

「そうですか。これからのご活躍を期待しておりますよ」

 まっすぐこちらの目を見て差し出された手。口では謙遜けんそんしつつも、自信に満ちあふれたその態度。自信とは無縁だったコウイチにしてみれば、その一つ一つにうらやましさを感じてしまう。

 コウイチはぎこちなく握手に応じた。見た目に反して力強い。意気込みがこもっているからかもしれな


 ゾワ――


(っ……!)

 何の前触れもなく感じた衝動に、コウイチは全身を震わせた。

 幸いにも振り払うより早く手は離され、リオーグはリゼに手を差し出していた。リゼは少しためらいながらその手を握り返す。その様子に思わずコウイチは目を奪われた。彼女は特に何も感じていないようだし、見た目にもただ握手しているだけにしか見えない。

 にも関わらず――

 コウイチは離した手をまじまじと見つめた。

(いま、なにか……?)

 リオーグと握手をした直後だった。

 なぜかはわからない。わからないが――背筋が凍りつくような、嫌な感じに襲われたのは。

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