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10.へたれ長じて従士(候補)となる(3)

「コウイチ、あんた――まだ隠していることがあるんだろう?」

 その問いかけに連想したのは、自分が異なる世界から来たという普通なら考えもしないような事実だった。

(なぜ、そのことを)

 真っ先に浮かんだのは、自分と同じような人間を知っているという可能性だ。それなら、自分が異邦人いほうじんだということを知っていてもおかしくはない。だとしたら――

「そう構える必要はないさ。戸惑とまどう気持ちはわかるけどね。なにせ、今まで出来なかったことができるようになったんだから」

「……」

(……あれ?)

「あんたが巻き込まれたっていう事件の時――あんたはある力を使った。そうだろう?」

(……? ……。……っ!)

 内心でなんか違う、と首を傾げた後、コウイチはようやくラヴィスの言いたいことが思い当たった。

 どうやら彼女が言っているのは、グレンが死んだと聞かされたあの夜に起こった不思議な出来事のことらしい。

図星ずぼしだね?」

「ええ、まあ……」

 最初に想像していたのとは違くて、少し拍子抜ひょうしぬけしたが。

(少し……?)

 なんでかわからないが――気づいてしまった。元の世界への関心がうすまっていることに。

(……いや)

 きっと、一時的にそういう気分なだけだろうと思い直す。

 ともあれ――

 予想は外れたが、そっちも気になっていたところだ。いったい、あれはなんだったのか。どうやらラヴィスは、それにも見当がついているらしい。

「じゃあ今度はそれについて、洗いざらい話してもらおうか」

 言われるままに、コウイチはあの夜の体験を言葉にした。といっても、あんな経験はグレン相手の一回こっきり。それでも今までになかったことだからか、どんなことが起こったのかついさっきのことのように正確に思い出せた。

 とはいえ、自分でも信じ切れず、夢だったではと思いながらなのでいつも以上に歯切れが悪かったが。それに信じられないだろうと思って口をつぐんできたが、信じられたら信じられたで、今度は変な目で見られるのが怖いという思いもあった。

 最後まで話を聞き終え、

「なるほどねぇ……」

 ラヴィスは納得したように大きく頷き――視線を動かした。

 コウイチがつられてそちら側を見ると、さっきから何も喋らないでいたカセドラがこくりこくりと船をこいでいた。どうも話の途中から聞いていなかったらしい。

 ラヴィスが鷲掴わしづかみにして、カセドラの顔を自分のほうに向けさせる。

「びゃっ! な、何するんスか!」

「あんた、少し休んでおきなよ」

「へ? なんで――」

「まだ本調子じゃないんだろう? さっきつなぎなおしたばかりだからね。まだ十分に力が戻ってないのさ」

「はぁ……。じゃ、そうさせてもらうッス……」

 自覚があるのか、カセドラは素直に頷いた。何の前置きもなく、その姿がかき消える。

(はて……?)

 まるで、都合の悪いことを聞かせないように追い払った、そんな感じだった。

「さて、と」

 何事もなかったかのようにラヴィスがこちらに向き直り、

「あんたが何を心配してるのか想像はつくけど、気にすることはないよ。そうしたちょっと変わったことができる人間は少なからずいるもんだから」

 あっさりと言ってのけた。

「……いや、なんでそのことを」

 まるで考えていたことがわかるかのようなラヴィスの口振くちぶりに、思わずコウイチがたじろぐと、ラヴィスはフッと笑って右手の平を上に向ける。

「例えば――」

 ラヴィスの右手から、ほんのわずかな量、緑の燐光りんこうが現れる。かと思ったら、その手の平から少し離れた空間が揺らいだように見えた。

「なっ……」

 すぐに球状へと形を変えた揺らぎを、ラヴィスは手の平を返すようにして投げつける。それがゆっくりと飛んでいき、壁へと当たった瞬間――


 ドンッ!


 まるで壁を全力で殴りつけたような音が、部屋中に響きわたった。

「こんな感じに、ね」

 慌てて壁へ駆け寄ると、ラヴィスが投げた何か・・が当たったあたりがかすかにへこんでいた。指でなぞらなければわからない程度のものだが――

「これ……は……」

 助けられた時の光景が頭に浮かぶ。あの時は意識がはっきりしていなかったので、てっきり飛び道具か何かを使ったのだと思っていたが。

「一般的じゃないけど、こうした力を持つ人間はけっこういるよ。何が出来るかなんて人によってまちまちだけどね」

「……そう、ですか」

 考えてみれば、それほど驚くものでもないのかもしれない。

 ここは異世界なのだ。見たこともない生物はおろか、精霊だって存在する。

 ファンタジーに出てくる“魔法”みたいなものだってあってもおかしくは――

「魔法や魔術って呼ばれているところもあるけど――」

(っ!?)

「わたしは好きじゃないね。それに名前をつけると、その名前にくくられるってこともあるから」

「……それは、どういう意味でしょうか?」

「そんなに難しい話じゃないよ。名前に“魔”がつくと、まるで良くないものみたいに聞こえるってだけのことさ。それを使う人間まで悪人に見られることもあるだろうしね」

「はあ……」

 言いたいことはなんとなくわかるが……それより、まず思いついた名称が最初に出てきたのは、偶然だろうか。まあ……偶然、だろうと言い聞かせておくことにする。

「だからわたしは“練操術れんそうじゅつ”って呼んでいる。単純に、“練り上げ操るもの”って意味でね。一言でそうは言っても色々なものがあるし、なかには普通に使われている道具で代用できるものだってある。わたしのだって、個人で使うような投石器とうせききと効果はあまり変わらないからね」

 そこで区切くぎり、ちらりと探るような視線が向けられる。

「あんたのは、どうもそういうのとは違うみたいだけど」

「たしかに……そうですね」

 とはいえ、いまいち自分の力だという印象は薄かった。

(あの時もカセドラの言うとおりにしただけだし……)

「さっき、あの精霊にやり方を教わったって言ってたね」

 頷くと、ラヴィスはあごに指を添えて天井を見上げた。

「ふぅん……興味深いね。精霊がえる人間が練操術も使えるってのはよくあることだけど」

「そうなんですか?」

「精霊が視えるから練操術が使えるか、練操術が使えるから精霊が視えるか、どっちが先かはわからないけどね。どちらか片方ってのも珍しくないし。それはともかく、なんであんたの力のことを知っていたのか、今度あいつに話を聞いておいてくれないかい? さっきも言ったとおり、あそこまで自我を持った精霊ってのは珍しいんだ。何か新しい話でも聞けるかもしれない」

「はぁ……」

 とはいえ、あれからその話をしてもとぼけられるだけで、まともに聞けていない。今だって完調というわけでもなさそうだし……話を聞くのは、もう少し後になってからがいいだろう。

「できるなら手元に置いて、すみから隅までじっくり調べ上げたいところなんだけどね。……欲を言えば解体とかもしてみたいし。さすがにそれをやったら死ぬだろうけど」

「……」

 なんか……小さくてよく聞こえなかったけど……後半やたらと物騒ぶっそうなことを呟いていた気が……。

 ついでに言うと、ぶつぶつと呟くラヴィスさんの目が異様な輝きを発していて怖いです。

 ふっとラヴィスが視線を上げる。若干じゃっかん腰が引けているコウイチに気づき、彼女は目を瞬かせてから、

「なに?」

 と聞いてきた。

「いえ、なにもっ……!」

 慌てて首を横に振り、何も聞こえていないフリをするコウイチ。

 カセドラを遠ざけた理由がよくわかった。こんな話を聞かされたら絶対にラヴィスに近づかないに違いない。少なくとも自分だったら、視界にも入らないようにする。

「……誤解されても困るから言っておくけど、これはわたしの好奇心だけで言っていることじゃないよ」

(……本当、だろうか?)

「あんたと繋がっているからには、あいつはあんたから遠く離れられないし、逆にあんたもあいつから色々と影響を受けるかもしれない。だからあんたも、あいつのことを知っておくに越したことはないってことさ。誰だってよく知らない奴にずっとそばにいられたら不安だろう?」

「まあ……」

 そこらへんは今さらのような気もするが。

 ともあれ、機会があったら聞いてみるのもいいかもしれない。まともな答えが返ってくるかどうかはわからないが。

「それで、あんたの力に話を戻すけど」

 これはあくまで推測だけど、と前置きをしてラヴィスは話し始める。

同調どうちょう能力、とでもいう奴だろうね。おそらく、対象の相手の思考や感情に使用者が干渉かんしょうできるような、精神系の練操術だろう」

「同調……」

 だとしたら……やはりあそこは、グレンの心の中だったのか?

 言葉だけで言われてもピンとこないが、あの時に感じた濁流だくりゅうのような何かと、話に聞いたグレンの狂気。それらから連想すると、あながち間違っていないような気がする。

「相手の心を開かずに、どんなふうに感じているか知ることができる、か。身体で例えれば、体の外側を開かずに内臓だけ掴んでこねくり回すことができるってことだろうね」

「……」

 気のせいだろうか。なんか、言葉にとげがあるような……。

「冗談だよ、冗談。そんなビクビクしなくてもいいのに」

「……いえ、別にビクビクしてなど」

 してたかもしれない。だってこの人、怒らせたら怖そうだし。

「話に聞くだけでも、どうやらそんな便利な力じゃないってのはわかるよ。相手の心を好き勝手できるわけでもなさそうだ」

 確かにあれは、そんな使い勝手のいいものではなさそうだった。

 濁流にまれそうになった、あの時。呑まれていたら、どうなっていたか……少なくともいい結果にはならなかっただろう。

 リスクの大きさがわからないうちは、使ったみる気にはなれない。

「これって……使い道、あるんでしょうか?」

「さあね。無造作むぞうさに使わないほうがいいことは確かだろうけど……なんだったら色々試してみたらどうだい? 自分の力がどの程度のものか把握はあくしておくってのも必要なことだよ」

 ラヴィスはそう言うが。

 あの力は、あれ以来使えていない。それどころか、

「そもそも、使い方がわからないので」

「ならやり方を教えてあげようか? 確実じゃないけど、取っ掛かりくらいなら掴めるかもしれない」

「……いいんですか?」

「ついでだしね、いいよ」


「――こんな感じ。わかったかい?」

 ラヴィスが見本にと練り上げた練操術の弾丸は、彼女の手の平の上であっさりと霧散した。

「……」

 わかったかい、と言われても。

 体の中の流れを感じとってあやつるとか、体内の熱を外に押し出す感じとか色々教えてくれたのだが、説明が感覚的すぎていまいち理解できなかった。

「あまりわかってないみたいだね」

 苦笑するラヴィスに、すいませんと謝ると、

「仕方ないさ。練操術は言葉で教わって簡単に理解できるようなものじゃない。使い手によってその感覚が違うってこともあるしね」

 そうなぐさめの言葉をかけてくれるが、これなら元の世界で太極拳たいきょくけんとか気功的な何かを習っておけばよかったかもしれない。……いや、それで効果があるかは知らないが。

「ともかくは、集中すること。自分の中の何かを、体の外に出すようにすること」

 それだけを意識して、見よう見まねでやってみることにする。

「わたしで練習してみようか」

「……よろしく、お願いします」

 実験台をけ負ってくれたラヴィスに一礼し、その顔を見据みすえる。

「……」

 集中、集中……。

「……」

 意識を……集中して……。

「……」

 自分の中の何かを……外に出すようなイメージで……。

「……」

 五分ほど経過けいかしただろうか。不意にラヴィスが顔をそらした。唇を引き結んで、肩を震えさせている。

「あの……?」

 明らかに尋常じんじょうではない様子に、コウイチが集中をいて、

(まさか……異常でも? いやでも何も手ごたえとかなかったし……)

 などと本気であせっていると、ラヴィスが口元をひくつかせた顔を向けてきた。

「あ、ごめん。ちょっと笑えてきて……」

(わらっ!?)

 ガーン、と。ショックを受けたコウイチの足が、一歩二歩と後ずさる。

「そ……そんなに、おかしな顔をしていたと……?」

「いや、そういうわけじゃなくって、あまりに真剣だったからつい……何も知らない人が見たらあやしく思うだろうけど」

「……」

 慰めにもなっていないラヴィスの言葉に、余計にショックを受けたコウイチの肩ががっくりと落ちた。

「けどやっぱりダメだね。全然使えていない」

 何事もなかったかのように言うラヴィスに、コウイチはのろのろと顔を上げる。

「……わかるんですか?」

「ああ。これは見えるかい?」

 言いながら突き出したラヴィスの手が、緑の燐光で包まれている。思わず目を奪われるような綺麗きれいあわい光だった。

(どこかで……見たことがあるような……)

 燐光をじっと凝視していると、ふいにその光がかき消えた。驚いて目を見開くコウイチに、ラヴィスが小さく頷いてみせる。

「どうやら見えるらしいね。この光が練操術を使っている時の特徴とくちょうなのさ。逆に言えば、これがないってことは、力を使えていないってことになる」

 とは言っても、とラヴィスが肩をすくめてみせる。

「練操術が使えてもこの光が見えない人間もいるんだけどね。そこらへんは精霊と同じさ」

「なるほど……」

 見えたり、見えなかったり、使えたり、使えなかったり。どうも練操術や精霊関係のことはかなり個人差があるようだった。

 ラヴィスが肩を持ち上げて首を傾げる。

「こうなるとお手上げだ。今度あの精霊にやり方を教わっておくんだね」

「……はあ」

 まともに教えてくれるかは望みうすだが……とりえあず今度話すときに聞いてみよう。

「ああ、それとだね。練操術のことは秘密にしといたほうがいいよ」

「……? それは、なぜでしょうか」

「わたしたちみたいなのを嫌う連中もいるってことさ」

 ラヴィスがあからさまに顔をしかめる。

 素っ気ない言い方から話したくなさそうな様子がありありとみてとれた。こんな状況でさらに突っ込んで聞ける積極性は持ち合わせていないのだが、それでも気になるものは気になる。

 そんな心情をさっしたのか、

「ま、あまり見せびらかすようなものじゃないってことだけ覚えとけばいいさ。悪目立ちしたくはないだろう?」

 ラヴィスはそれだけ言って話を打ち切った。

「そう、ですか……」

 なんとなくだが、ラヴィスの言いたいことがわかった気がした。

 普通の人とは違う。少し変わっている。それだけで爪弾つまはじきにされるきっかけとしては十分だろうし、しかもなんだかよくわからない力の持ち主となると、人によっては嫌悪感すら抱くかもしれない。

 そうした考えが正しいと思っているわけではないが、そうした考え方があるということぐらいはわかっていた。

「ですが、それならなぜ僕に」

「あんたには一度見られたことがあるからね」

 ラヴィスがあっさりと言った。隠す必要もない、ということか。

「……あんたに練操術を教えるなんてことがなければ、シラを切るつもりだったんだけどさ」

 ぽつりと付け足したその言葉には、なぜか複雑な感情が込められているような気がした。

「さて、わたしからの話は終わりだ。ここで少し待ってるんだね」


 ラヴィスが出てしばらくしてからグレイセンが部屋に入ってきた。

「ラヴィスから話は聞いたが――」

 言いながらこちらを見やる眼差しは真剣で、いつもの穏やかな雰囲気とはまるで違っていた。

「君は、このことについてどう思った?」

「……どう、とは」

「自身が他者にない力を持っていると知って、だ」

「……」

 そうは言われても。そもそもそんな力を持っているという実感すらとぼしく、持ってたら持っていたで別になにも、というのが正直なところだった。

 もっと目に見えてわかりやすく、あからさまに派手な力だったら別かもしれないが……少なくともラヴィスの推測すいそく通りのことができるとして、だから何? というのが本音だ。

「特に、何も」

「何も?」

「はい。……あまり、使い勝手のよさそうな力というわけでもなさそうなので」

「そうかね? これから使い方を覚えれば、感じ方も変わってくるかもしれないぞ。少なくとも聞いた限りでは応用おうようが利く力だと思ったが」

「それは……そうかも、しれませんが。ですが。そんな、練操術が使えたからといって、それだけで自分が変われるわけでもありませんから」

 例えば。

 たまたま運が良かっただけで、身に余るほどの大金が転がり込んできたとしても、自分がいきなり金遣かねづかいが荒くなったりはしないと思う。

 むしろ持て余して、扱いに困るようなことになるだろう。

 それと同じで、努力の結果で手に入れた技術ではなく、なんだかよくわからないうちに使えるようになったこの力も、自分のものとは言えない気がした。

 だから、感覚的にはそんな人から借りただけのようなものが手元にあっても……きっと自分はたまに使うぐらいで、それを使ってどうこうとはあまり考えないだろう。

(……まあ、今だってそんな感じだし)

「そうか……」

 目をせ、何かを考えてるような様子のグレイセンにコウイチは思わず目を奪われた。いつも穏やかな表情をしているその顔に、本音の色が浮かんだように思えたからだ。

 その隠された感情を読み取ろうとして身を乗り出した瞬間、顔を上げたグレイセンと目が合った。

 反射的にのけぞったコウイチを見つめ、グレイセンが口を開く。

「提案がある」

 告げられた言葉は、予想もしていないものだった。

「私の騎士団に入る気はないか?」

「……は?」

 突然すぎる誘いに、コウイチが目を丸くして口を開ける。

「騎士、団に、ですか? ……僕が?」

 グレイセンは力強く頷いて、聞き間違いの可能性を否定した。

「とは言っても、騎士にならないかと言っているわけではない。君には従士になってもらいたい」

「従士、とは」

貴人きじん護衛ごえいという意味もあるが、私が言っているのは騎士付きの兵士のことだ。騎士の身の回りの世話をしながらその脇を固める者のことを指す。どうだろうか?」

 唐突とうとつすぎてコウイチが呆然としている間も、グレイセンは急かすことなく答えを待っている。その態度から冗談か何かを言っているわけではないことはすぐにわかった。

 混乱した頭を振り、思考を正常に戻す。

 なぜ自分が、などと考える必要もなかった。

 だから――絞り出すように疑問を口にする。

「……一つ、教えてください」

「何かな?」

「この力があったから……僕を、兵士に推薦すいせんしてくれたんですか?」

「それもある」

「……そうですか」

 はっきりした答えに、コウイチの肩から自然と力が抜けた。同時に、心の中で支えになっていたものがくずれていくような錯覚を覚えた。

「だが、あの時言ったことも嘘ではない」

「……?」

「胸を張れと。君の行動で救われた命があると。そうした君の勇気を見込んで推薦したのも事実だよ」

 その言うグレイセンの声音は穏やかで。嘘やおためごかしを言ってはいないと信じるには十分すぎた。

「あらためて聞くが、騎士団に入る気はないか? 負担は大きくなるが、給与面などでは今より厚遇できる。引き抜く形になるが、話は私のほうから通しておこう」

「……自分に、つとまるでしょうか」

 期待される、ということに慣れてないので、自然と弱気な言葉が口をついて出た。

「それは、君次第だ」

 できる、とただ無責任に言われるわけでもなく。聞きようによっては突き放すようなその言葉には、まぎれもない誠意せいいがこもっているように感じられた。

(そう……)

 ここで首を横に振れば、変化を恐れて何もしなかったあの頃と何も変わらない。

 同じ場所で足踏みをするだけの自分に嫌気がさしていたのではなかったか。

 何より、ここで変化を拒めば、これから先もただ無気力に暮らすあの頃の自分に戻ってしまう気がして、だから――

「……わかりました」

 コウイチはゆっくりとだが、力強く頷いて見せた。

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