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1.日常の終わり、非日常の始まり(3)

 ――寒い。

 目を覚ましてまず最初に思ったのがそれだった。

 無意識のうちに毛布をたぐりあげようと手を伸ばし……あれ?

 あるはずの感触がそこにはない。

 うっすらと目を開く。ぼやけた視界がすぐに焦点を結び、まず視界に入ったのは汚れた天井。

 ついで視線を下げても、かけていたボロの毛布は見あたらず。

(……?)

 不思議に思ったコウイチは、のろのろと首を巡らせ――硬直した。

(……なぜ)

 そこにあるのは、幼い少女の寝顔。手を伸ばせば触れそうな至近距離にである。端から見れば寄り添うような形で、なんだか犯罪的な光景かもしれない。

 アリヤが体に巻きつけてあるのは、コウイチが使っていたボロの毛布。

 寒いはずだ。というか、これは……

(夢、か)

 夢だろう。でなければベッドで寝ていたはずのアリヤがこんな近くにいる理由がない。というわけでこれは夢、確定。

(と、いうか……)

 気がついたら変な場所にいたのも、カセドラとかいう謎生物のことも、その後で起こったこともぜんぶ夢のことに違いない。

 つまり自分は今、家のベッドでぬくぬく惰眠をむさぼっているのだ。


 ……あれ? ならなんで寒いの?


 などと現実逃避めいた結論を出しつつも、同時に沸き上がった疑問に首を傾げていると――

 ぱちりとアリヤの目が開いた。

「……んにゅ」

 口元をうにゅうにゅと動かし、小さな手でごしごしと目をこする。さらにあくび。

 さて、どうするべきか――などと思案している間にも、ぼんやりしていた目が、すぐ前にあるコウイチの顔をとらえて真ん丸に見開かれたかと思えば、

「……何やってんのよ」

 三角につり上がっていく。

「……いや、これは」

 アリヤの表情が、一転穏やかなものに変わった。

「昨日、『それはない』と言ったなかったっけ?」

 昨日?

 ああ、なんかロリコン疑惑を向けられた時にそんなことを言ったような言ってないような。

 ……ってあれ?

 夢……じゃ、ない?

 思考がそこに行き着いた瞬間、コウイチの背中にどっと汗が噴き出した。

 目の前には、不自然なまでの笑顔を浮かべた外国風の少女。

 ただしその笑顔がコウイチには、獲物を前にした猛獣もうじゅうというか、瀕死の人間を見下ろす死神というか。なんかそんな感じに見えてしまう。

「とりあえず、話を――」

「そう」

 何が、『そう』なのか。

 コウイチの中のイヤな予感が最高潮さいこうちょうにまで達する。

 それと同時に、アリヤの笑みが一際深くなり――すぐに鬼のそれへと豹変した。

「この……変態!」

「へぶ」

 勢いよく立ち上がったアリヤのサッカーボールキックが腹に決まった。

 ごろごろと転がって、壁にべたんと体を打ってようやく止まるコウイチ。

「朝っぱらから何やってるんスか……」

 カセドラの呆れたような声が、薄れゆく意識の中でぼんやりと聞こえた。

 いや、もう何がなんだか。


 ……あー。

「……兄さん?」

 うー、あー。

「ちょ、どうしたんスか、兄さん」

 うー?

「……壊れた?」

 恐る恐る語りかけるカセドラに、ソンビのような反応を返しながらも、コウイチは働いていた。

 今日やることは、昨日と同じ水汲みと薪割り。

 筋肉痛をはじめとする体の節々の痛みで、たぶん昨日よりも効率が悪い。

「……てい!」

「っ!」

 カセドラの尻尾がむちのようにしなって顔面を打つ。

(……何を)

「何をじゃないッスよ! なんスか、さっきからあーうーって」

(……いや、朝の件で)

 思い切り蹴られた腹をさすりながら、心の中で“思う”コウイチ。

 声を出すとぶつぶつと独り言を言う変な奴みたいに見られるので、意識して声はおさえるようにしているのだ。

「……あー、あれッスか。ってもしかして蹴られたのをひきずってるとか?」

(まさか)

 そこははっきりと否定。それは別にいい。いいのだが――

(いや、いったいどうしたものかと)

「あ、そういうことッスか。えーと……」

 言いよどむカセドラ。その視線が、屋外で洗濯物を干しているアリヤに向けられる。

 ズゴゴゴゴゴ――

 なんかそんな擬音さえ発してそうな、見るからに不機嫌なその姿には妙な迫力があった。

 というか朝の件からこっち、警戒しているのか話しかけてきてもくれない。

「……確かにあれはちょっと近寄りづらいッスね」

 カセドラにも同意され、ますます声をかけづらくなってしまう。

「どうするつもりッスか?」

(どう、と言われても)

 できることなら機嫌をなおしてもらいたいとは思う。こんなわけのわからない場所に来て困っていた自分に親切にしてくれた相手なのだ。険悪けんあくな関係でいたくない、と思うのは人情だろう。

 かといって謝って機嫌をとるというのも何か違う気がするし……。

「子供相手に悩むことじゃないッスよ……」

 カセドラがとほほ、と肩(っぽい部位)を落とした。

(それは、まあ)

 などと思いつつも、不思議と情けなくも思えない。

 見た目を別にすれば、アリヤの態度や物腰はどうにも子供らしくないからだろうか?

 大人びているというか、ようするにしっかりしているのだ。一人で生活して家事もこなしているからだろうが、そこらへんはほとんど親任せだった自分からしてみれば、素直にすごいと思えるわけで。

「まあ朝の件を兄さんのせいにするのはこくッスかね。兄さんがあの子を運んで自分の近くに寝かせたってんなら別ッスけど」

(まさか――)

 否定しようとしたコウイチの思考がピタリと止まる。

 そんなことをした憶えはない。憶えはないが、もしそれが事実だとしたら。

 ――真っ暗な部屋の中、静かに寝息を立てて眠る少女。それを見下ろし、不気味な笑みを浮かべる男。男はそっと少女を抱き抱え自分の寝床の横におろす。そして男は満足げな表情で、少女の横で眠りにつく――そんな光景が頭に浮かんだ。

(……死のう)

「なんでへこむんスか」

(いや、だって……)

「冗談ッスよ。オイラ、ずっと起きてたから知ってるんスけど、兄さんの毛布をぶんどってすぐそばで寝たのは間違いなくあの子ッスよ。半分寝てたみたいッスけど」

(……)

 ひょっとして、夢遊病の気でもあるのだろうか?

「けどあの場合、理屈じゃないと思うんスよ」

(感情の、問題と?)

「そうっスね。相手は女の子ッスよ。目を覚ましたらすぐ横にたいして親しくもない男が寝ているってなったら、そりゃ驚くってもんッス」

 それはそうだが。

「だから兄さんもそんなに引きずらないほうがいいッスよ。あんまり考え込まないで、いつも通り振る舞えばそのうち元通りになるんじゃないッスかね~」

 そうかもしれないのだが。

 その“元”が考え込む性質なのだから、どうしろというのか。

 子供相手に~とか、うじうじ考え込むのは~とか、理屈でわかっていても感情では割り切れないところが、自分でも自覚しているダメなところなわけで。

 あー、ダメだなあと軽いうつに浸りながら黙々と進める作業は、当然ながらはかどらない。

(働けど働けど我が暮らし――)

 別に働きづめというわけでもないのだが、なんかそんな感じのフレーズが浮かんでくる。じっと手を見ると、つぶれたまめから血がにじんでいた。

(……せつない)

 憂鬱ゆううつな気分に浸っていると、いつの間にかすぐそばまでアリヤが近づいていた。緊張しつつ、問いかける。

「……なにか」

 アリヤは不機嫌そうな無表情で、手を突き出した。

「ん」

 その手にあるのは、先端に糸と小さなJの字型の金具のついた長い棒……釣り竿? 見てみると、もう片方の手にも同じものを持っている。

「これは」

「ん」

 押しつけ、背中を見せて歩き出す。

「……」

 なんだというのだろう?

 呆然と見送っていると、しばらく歩いていったところでアリヤは振り返って顔を赤くしつつパタパタと戻ってきた。

「なんで来ないのよ!」

 ……いや、そんなこと言われても。

 どうやらついてこいという意味だったらしい。

 仕方ないのでついていくことにした。


 連れていかれた先は、水汲みに使っている川の少し上流にのぼったところだった。川幅が広くなっており、その分、流れる水の量も多い。

(……なぜ)

 手に持つ釣り竿とアリヤを交互に見ながら、コウイチは首を傾げた。

 ここまで来たら釣りに誘われた、ということぐらいはわかる。が、その理由がわからない。

 いや、正直助かるのだが。鬱のまま単調作業をするのもしんどくなっていたし。

「あの子も悪かったって反省してるんじゃないッスかね。今朝のあれは、どう見ても兄さんに非はなかったッスから」

 そうなのだろうか?

 それにしては、先を歩くアリヤの背中は、それと見てわかるほどご機嫌斜めだった気がするが。

 まあ、ここまで来たら付き合わないわけにはいかないだろう。とはいえ釣りなどやるのは初めてなので、どうしたらいいのかなー、とぼんやり。

 アリヤはを見ると、川辺にある岩をひっくり返して、そのその裏にいた小さな虫をつまんでいた。

(……なるほど)

 あれがえさということか。真似して岩をひっくり返すと、なんか足が何本もある気味悪い虫がわさわさと。

(……)

 しばし硬直したあと、恐る恐る指を伸ばす。刺されないかなー、などとびくびくしつつ、何度か失敗してから釣り針に虫を刺した。

 さて、次は――とアリヤを見ると、呆れたような眼差しでこっちを見ている。

 目が合うとすぐに視線をそらし、手頃な岩の上に腰掛けて釣り竿を振る。

 ポチャン、と音を立てて餌付きの釣り針が水面に沈んだ。

 コウイチも少し離れた岩に腰を下ろし、釣り糸を水面に垂らす。

(……)

 さて。

 ……どうしよう?

 やることが待つだけになってしまえば、後は会話でもして場を和ませられればいいのだが。

 生憎あいにくと口下手な上に、今の重苦しい空気ではそんな器用な芸当はできそうにない。

 と、いうか。

 さりげなくアリヤに目を向けると、傍目はためにもわかるほど集中していた。下手に話しかけたら怒られそうなほど気合いが入っている。

(……いや)

 待て待て。これはチャンスではないだろうか?

 ここで大量の魚をゲットすれば。

 見直される→和やかな雰囲気に→朝の一件がチャラ→ぜんぶ元通り……ということになるのでは?

「そんなにうまくいくもんッスかー?」

 などと呆れの混じったカセドラの言葉が終わるや否や――

 ピク。

 かすかな手応え。驚いて反射的に引き上げた釣り竿の先には、ぴちぴちと小振りな魚が踊っていた。


 一時間後――

 コウイチのすぐそばのおけには、十匹以上の魚が狭い中を泳ぎまわっていた。すべてコウイチのつり上げたものである。

(……なるほど)

 釣れなければ退屈と聞いていたが、釣れればこれほどおもしろいものだとは。

 ビギナーズラック、という言葉は聞いたことはあるが、身をもって体験したのはこれが初めてだった。

 まずい、はまるかも。

 すっかり夢中になったコウイチは、このまま一生釣りをしていてもいいような高揚感こうようかんに包まれていた。

(……そうか)

 ふと思いたつ。

 初めての釣りだというのに、この釣果。競馬などの賭事だったらともかく、初心者にこれほどの成果があげられるものだろうか?

(……否)

 つまり、自分には釣りの才能があり、その秘められた才能が開花しただけなのだ。

 ようするにこれからはどんな場所に行っても、そこに川と釣り竿があれば生きていけるに違いない。つまり釣りこそが、自分の存在意義なのだ。

 手に職を得た気になり、変なテンションで舞い上がっているコウイチに、カセドラのめた横やりが入る。

「あー、盛り上がってるところ悪いんスけど、ちょっといいっスか」

(……なにか)

「釣りの腕前はすごいって思うんスけど、最初の目的を忘れてないッスか?」

 目的? 釣りの目的が魚を釣る以外にあるとでも言うつもりだろうか、この謎生物は。

「いやそうじゃなくて……隣を見れば思い出すッスよ」

 言われるままに隣を見て、コウイチははたと我に返った。

 そこではアリヤがおもしろくなさそうな顔を釣り糸を垂らしている。ここに来るまでよりも、機嫌は明らかに悪化していた。

(……アリヤの、釣果は)

「ボウズッス。一匹も釣れてないッスよ」

(……)

 それは機嫌も悪くなるはずだ。

(……どうしよう?)

「さあ?」

 すげなく返され、コウイチはうろたえた。

 さっきまでの高揚感はどこへやら。

 このままアリヤが一匹も釣れず、自分だけが釣れる事態が続けば。

(さらに気まずくなることは、必至ひっし……)

 とはいえ、さっきから適当に釣り竿を垂らしているだけなので手加減のしようもない。

 などという間にも、また一匹釣れる。横目にアリヤを見ると、目をつり上がらせてなんか陽炎かげろうみたいな怒りのオーラを立ち上らせていた。

(……まずい)

 冷や汗をだらだら流し、コウイチはできる限りゆっくりと餌を釣り針につける。

 そのまま振りかぶり――余計なことを考えていたせいか、釣り針は思わぬ方向に弧を描いた。

「きゃっ」

「え」

 よりにもよって、釣り針はアリヤの服にひっかかった。

「ちょ……なにやってんのよ!」

 抗議の声を張り上げるアリヤ。焦って竿を引くコウイチ。

 釣り針が引っ張られ、それは狙っていたようにアリヤのスカートをめくりあげた。

「え?」

「あ」

 止まる時間。驚いてむき出しになった下着に目をやるアリヤと、同じものを見て硬直するコウイチ。

「……」

「……」

「兄さん……」

 カセドラの声は呆れを通りこして、どこか投げやりにさえなっていた。

 いやいやいや、ちょっと待ってほしい。

 今のは決して狙ったわけではなく、あくまで不幸かつ偶発的な事故であり、だからこそそれをした者を罪に問うべきではない、と思うのだがどうだろうか。

「当事者が言う台詞せりふじゃないッスよ、それ……」

 カセドラの声はいよいよ疲れたようなものに変わっていた。

 アリヤはというと、硬直から抜け出して体をプルプルと震わせている。うつむき加減になった顔から、表情はうかがえない。

「あの……アリヤ、さん?」

 コウイチは恐る恐る近づき、

「なに……すんのよ!」

 げし!

「ぶは」

 鬼の表情のアリヤに思い切り蹴り飛ばされた。そして――

「あ」

「え――」

 ばしゃーん。

 そのまま川に転び、頭を打って気絶した。


 目を覚ますと、暖かい空気に包まれていた。

「あ、起きた……?」

 アリヤの気まずそうな声が、すぐそばで聞こえる。

(なにが……?)

 首を巡らせ、すぐそばに焚き火とちょこんと膝を抱えて座ったアリヤを見つける。アリヤの髪は、なぜか湿ったように垂れていた。

(はて……?)

 川に落ちたことまでは思い出せるが、その後の記憶がまったくない。

「……重かったわよ」

 アリヤがそっぽを向いてまま、ぽつりとこぼす。

(……ああ)

 コウイチは事情を把握はあくした。

 どうやら、あやまって川に落ちた自分を、アリヤが引っ張りあげて助けてくれたらしい。

 その時に濡れた服を乾かす為、焚き火をしているのだろう。

「だいたい当たりッスよ。ちなみにオイラも気づかれないように手伝ったッス」

 いきなり現れたカセドラが、いかにも恩着せがましい口調で肯定した。

「お礼はあそこでいい匂いたててる焼きたての魚でいいッスよ」

 焚き火の周りには、木の枝に串刺しになった魚が立ててあった。半分ほどは火に当てられているが、残りは煙だけ当たるように配置されている。

 服を乾かすついでに魚も料理しているようだ。煙だけ当ててるのは、燻製くんせいにするつもりだろうか、たぶん。

(なるほど)

 感心してから、ふと我に返る。そういえば、お礼をまだ言っていなかった。

 焚き火を挟んで対面にいるアリヤに、礼を言おうとして、

「ごめん!」

 なぜか、アリヤに勢いよく頭を下げられた。

「……は?」

 礼を言おうと矢先の出来事に、コウイチは目を丸くした。

「朝、蹴ったこと謝る。あたし、自分が寝相が悪いってわかってるのに、あんたのせいにしちゃって……謝ろうと思ってたけど、なかなか切り出せなくって……」

「いや、それは」

 言葉をつまらせ、頭を下げたままのアリヤを見て、コウイチはうろたえた。

 相手に引かれると、ここぞとばかりに勢い込んで攻め立てるわけではなくむしろ自分も引いてしまうタイプなのだ。

 自分にも悪いところはあったのでは、とか、助けてもらったのに、そんなことをまず考えてしまう。

 ここで一言気にしていないと言えばすむ話なのだが、そうしたどうでもいいことが頭の中を占めて、簡単で当たり前のことを見失ってしまう性質の持ち主だった。

 それに加えて、謝られるという予想外の事態が混乱を助長していた。深く考えていたわけではないが、蹴られた件は何事もなく流されるのかな、と思っていた。ようは思い込みだけで人を蹴っておいて、何食わぬ顔をしているような少女だと思っていたのだ。その誤解がまた後ろめたい。

 二人とも黙りこむ中で、後ろめたさから逃れたい一心で、コウイチは辺りを見回した。

 串刺しになった魚から、食欲をそそる匂いが漂ってくる。

(……もっとあったほうがいいかも)

 たいして深く考えもせず、とりあえず息苦しさから逃れるために、釣り竿を手に立ち上がった。

 見上げるように顔を上げたアリヤに、

「もう少し、釣ってこようかと」

 それだけ言って、その場から逃れるように歩きだした。直後、

「あーもう! 何やってるんスか!」

 しびれを切らしたカセドラの体当たりに、コウイチの体は勢いよく吹き飛ばされた。

「へぶ」

 紫色の球体の体当たり攻撃に、くるくる回ってそのまま倒れる。

 ばしゃーん。

 運悪く倒れた場所は川の中で、半ば乾いたばかりの服は再びびしょ濡れになってしまった。

(……なにを)

「何を、じゃないッスよ! なんなんスかその及び腰は!? 相手が謝ってきてるんだから素直に受け入れるなり、張り倒して土下座させるなりすればいいんスよ!」

(いや、しかし)

 土下座はないと思う。

「……ぷっ」

 吹き出すような笑い声。

 驚いて顔を向けると、アリヤがおかしくてたまらないというふうに笑っていた。

「アハ、アハハハ! な、なにやってるのよ」

 けらけらと、屈託のない笑顔。彼女からしてみれば、コウイチが何もないところでいきなり転んで川に落ちたように見えたのだろう。

(……ああ、そうか)

 アリヤの子供らしい笑顔を見て、コウイチの頭の中のごちゃごちゃがすっと霧散むさんした。

 アリヤは自分の非を認めて謝ってきてくれたのだ。なら別に逃げる必要などないではないか。

「だからそう言ってるじゃないッスか」

 などとぶーたれるカセドラを押しやり、コウイチはいかにも場を和ますためにわざとこけました的なすまし顔で立ち上がった。

「……気にしては、いないので」

 アリヤは驚いた顔をした後、

「うん、ありがと」

 朗らかにうなずいた。そして手招き。

「じゃあ一緒に魚食べましょ。ちょうどよく焼けたみたいだから」

 そうして火を囲んで食べる魚は、気持ちの問題からだろうか――想像以上に美味しく感じられた。

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