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6.へたれとやさぐれ(2)

「骨まではいっとらん」

 素っ気ないその一言に、ホッとため息がこぼれた。直後、眉間みけんにしわを寄せる。

 赤くれ上がった右手に、節くれ立った手で乱暴に薬が塗られたからだ。さすがに痛みが走ったが、すぐ横でフェリナが心配そうに見ていたので声に出すのはなんとかこらえる。

 ――いきなり襲いかかってきた男から逃げた後、コウイチたちはこの街の兵士たちにとっては“御用達ごようたし”といえる診療所しんりょうじょに向かった。兵舎にほど近いその診療所は、兵士たちが訓練で怪我をした時に最も利用している場所だ。

 そこで働く老医師のガークスは、無愛想だが腕の確かな医者として、この街で働く医師や薬師くすしたちの信頼を集めていた。以前に近隣の村が盗賊に襲われ多くの怪我人が運び込まれた時、治療のまとめ役をしたのがガークスだとも聞いている。

 診療所はすでに閉まっていたが、ガークスはそのことに一言も触れないままコウイチたちを中に招き入れた。

「当分は痛むだろうが、これくらいはいつものことだろう。三日ほどは安静にすることだな」

「ありがとう、ございました」

 礼を言うコウイチをちらりと一瞥いちべつすると、老医者は奥にある居住空間へと引っ込んでいった。扉を閉じる前に振り返り、

「玄関の鍵は机の引き出しの中にある。使ったら扉の下の隙間から中に滑り込ませておけばいい。用がすんだなら出ていけ」

 最後まで素っ気ない物言いで、扉を閉めた。

(……?)

「診察は、もう終わったのでは」

「……まだここにいていい、ってことかな」

 リゼも首を傾げながら呟く。

「あのお医者様には、私も父も何度か診ていただいていますから」

 フェリナが、ぽつりと呟いた。

 驚いてフェリナを見ると、彼女はガークスがいるはずの扉の奥に向かって深々と頭を下げていた。

 ということは、ガークスはフェリナの正体に気づいたはずだ。いくら特徴的な金髪を隠していても、これだけ近くで見ればすぐにわかることだろう。

 コウイチとリゼのことも知っているから、領主の娘に兵士と兵士見習いの三人という組み合わせには疑問を抱いたはず。それなのに何も言わなかったということは――

「訳ありの事情を察して、場所を貸してくれたってことじゃないッスか?」

 その声と同時、紫色の球体がはポンッと姿を現した。

(カセドラ?)

 無事だったのか。

「うー、まだクラクラするッス」

 少しフラフラしながらも、その体に目立った傷はなさそうだった。

「ひどいッスよ。オイラを置き去りにしてくなんて」

 ふてくされたようにカセドラがぼやく。

(……えーと)

 ごめん。完全に忘れてました。

「ちょっ、兄さんひどいっ!」

(それはともかく――)

「え、えぇー……」

 打ちひしがれるカセドラを放っておいて、リゼとフェリナに向き直る。

「そういうことなら、遠慮なく使わせてもらってもいいのでは、と」

 どのみちあんなことがあって、いつものようにお別れというわけにはいかない。

 リゼとフェリナも頷くと、三人は向かい合って黙り込んだ。

 話すことはそれぞれあるのだが、誰から話すべきか、という沈黙である。

「……とっさに手を引いてなかったら、折られてたろうね」

 そう切り出したのは、リゼだった。包帯が巻かれたコウイチの右手を見ている。

 めているのか、責めているのか、いまいちわからない言い方だが、コウイチは気まずそうに目を伏せた。

 ――はっきり言って、実力が違いすぎた。

 そのこともわからず、戦おうとした。その前のコントじみたやりとりを見たということもあるが、大勢から一人になった途端、これならやれるんじゃないかと思ったのはたしかだ。もちろんそんなわけもなく、文字通り手痛い代償を払ったわけだが。

「もし剣を抜いてたら、こんなぐらいじゃすまなかったと思う」

(と、いうか――)

 もし剣を抜いていたら、今頃どうなっていたのだろう?

「そりゃあもう、右腕の手首から先がなくなってたッスね」

 いつの間にか復活したカセドラが、ケタケタ笑いながらのたまった。

(……えーと)

 ……ちょんぱ?

 サーっと、コウイチの顔から血の気が引いていく。

 そんなことになったらめちゃくちゃ痛い――というか、ヤバいのでは。そうなった場合、この世界の医療技術で助かるのだろうか。いや、運良く助かったとしても、そんなことになれば当然兵士はクビ。他に働く当てもないのでそのままのたれ死ぬしかないわけで。

 ガクガクブルブルガクガクブルブル。

 最悪の人生の終わり方を想像して、コウイチの体が極寒に裸で放り出されたように震え始めた。

「コウイチさん? まだ、痛みますか?」

 あまりに顔色が悪かったらしい。

 フェリナが心配そうに顔を覗き込んできた。吐息がかかるほどの距離から、慌てて体をそらして離れる。

「いえ、あの……だいぶ、マシになりました」

 打たれた瞬間こそ激痛が走ったし、今でもまだ痛むが、耐えられないほどではない。訓練を受ける前なら悶絶もんぜつしていたかもしれないが、今ではかなり我慢強くなっていた。訓練の成果を実感して、少しだけ気分が晴れる。

「あの男、たぶん傭兵だよ」

 リゼの言葉に、ふと引っかかるものがあった。

 ……そういえば、襲われる直前に仕事がどうとか言っていた気がする。レイモンと一緒にいた男ほど荒んだ雰囲気はなかったが、言われてみれば確かに同じ人種に思えた。

「かなり強いよ。あたしでも、勝てないと思う」

「え」

 リゼが訓練の時に見せるような真剣な顔つきになっていた。年上の、ベテランの兵士相手でもいい勝負をしてみせる彼女がである。

 コウイチの意外そうな反応が気に入らなかったのか、リゼは不満げに唇を歪めてみせた。

「勝てる自信があるなら、不意打ちなんてしないよ」

 そう言えば、男が気づいた時、真っ先に逃げると言い出したのはリゼだった。あれだけフラフラでも勝てるかどうか怪しいということか。

 確かに目に見えないはずのカセドラの体当たりをかわしたことをみても、只者ただものではない感じだった。あれがなければ、その後のリゼの不意打ちもかわされていたかもしれない。

 ……ん?

 不意打ち、ということは、その前から彼女はあの近くに隠れてたということで。

「リゼは……いつからあそこに?」

「見慣れない男たちが裏通りから出ていくのを見かけたから、ちょっと気になって。あの男の仲間だよね?」

 なるほど。あの集団は確かに目立つ。自分がリゼの立場でも様子を見に行くだろう。

 納得していると、リゼが眉をひそめて聞いてきた。

「……そういえば、あそこにもう一人、あの男の仲間が残っていなかった?」

「……え?」

 誰か、とは自分とフェリナと、あの傭兵らしい男以外にだろうか。

「いや、誰も」

「そう? 他にも誰かいた気がしたんだけど」

「それは、酒場の客とかではなく」

「そういうのじゃなくって……まあいいか」

 さして気にしたふうでもなく、彼女は話を切り上げる。

「だけど、今日はいきなり変わったことを言い出すと思ってたけど」

 リゼの視線が、コウイチから隣のフェリナへと移った。

「誰かを守りながらの戦い方ね。まさか、フェリナ様のことだとは思わなかったけど」

「……いや、まあ」

 理由を聞くような口調に、コウイチは視線を泳がせた。ここまで来たら隠すのは無理だろうが、それを自分の口から話してもいいものかどうか。

「……わかりました」

 何かを決意したような声に、二人はフェリナの方を向く。

「お二人には、事情をお話します」

 引き結んだ口元が、その心情を表していた。


「行方不明になっている友人を捜しているんです」

 コウイチを護衛として連れていることを説明した後、フェリナが夜毎よごと外出している理由を初めて口にした。

(捜しているのは、友達だったのか……)

 誰かを捜しているのはわかっていただけに、その理由はすんなりとコウイチの胸に収まる。

「それはわかりましたが、なんでフェリナ様がご自身で捜しているんですか?」

 口調こそ丁寧ていねいだが、領主の娘にも遠慮えんりょない物言いでリゼが疑問を口にした。

 当然の疑問だった。友人が行方不明になったとしても、フェリナが自分で探す必要はない。彼女の立場なら、父親である領主のセナードに訴えればいいだけの話だ。

「それは……」

 言いづらそうに、フェリナが視線を落とす。

「何か、事情でも」

「彼女は……私の友人なんですが、聖封教会の関係者なんです」

 その言葉を聞いた途端、リゼの表情が納得したようなものに変わった。

(……聖封教会?)

 どこかで聞いた憶えはあるが、なんだったっけ?

「あの……聖封教会、とは」

「「え?」」

 なんて聞いたら、思いっきり意外な顔をされた。

(もしかして、常識?)

 まずいことを聞いたのかもしれない。

 この世界にも宗教があるのは知っていたが、元々の世界から宗教というものに興味もなく、身近に熱心な信者がいたわけでもない。なのでついスルーしていたのだが。

「あの……ご存じないんですか?」

 首を傾げたフェリナとは対照的に、

「ああ……そういえば記憶がないって言ってたね」

 リゼが納得したように頷く。

 いわく、聖封教会とは――

 この世界で最も広く広まっている歴史のある宗教らしい。

 変わってるなと思ったのが、この宗教が信仰しんこうするのが、創造神ではなく、その後を引き継いだ世界を管理する神だということ。この世界に残る神の奇跡の残滓ざんしを見つけ、管理するのが主な役目とかなんとか。

(神の残滓……?)

 いくつか疑問に思うこともあったが、この聖封教会。世界的に広まっているせいか、いくつもの宗派に分かれているらしい。

「この国で広まっている宗派はそれほど教義も厳しくないのですが……」

 歯切れの悪い言い方から察したのか、リゼが口を挟んだ。

「関係者って……ひょっとして神官の方ですか?」

「……ええ」

「そういえば、街の教会がしばらく閉まったままでしたね」

 この街にも、中心部に小さな教会があるらしい。

 細かい場所を言われて、屋根の上に音符おんぷの親戚のようなものが飾られている建物を思い出す。たぶんアレのことだろう。

 正直、宗教関係となるとちんぷんかんぷんだが、聖職者となれば他の職業に比べて周りの目も厳しいのかもしれない。

 聞く話によると、姿をくらます直前、理由はわからないが彼女は夜に盛り場へと出かけていたらしい。だが神官とかいう以前に、夜の街に一人で繰り出すような女性ではなかったという。

 なんにせよ、そういうことがあった後で行方不明となれば、よくない噂が立つかもしれない――それがフェリナが独力で友人を捜している理由だという。

「なら、夜に、出歩いていたのも」

「同じ時間帯に話を聞けば、より詳しい手がかりが得られると思ったからです」

「それで、何かわかったんですか?」

 フェリナは表情を曇らせてかぶりを振った。

「詳しいことはなにも……ただ、彼女が焦った様子で誰かを捜していたということぐらいです」

 しくも、今のフェリナと同じことをしていたわけだ。

 だけどなんでそんな時間に? と疑問は浮かんだが、先に口を開いたのはリゼだった。

「それで、これからどうするつもりですか?」

「……それは」

「今の話になんでさっきの男が首を突っ込んできたのかわかりませんが、コウイチ一人にあの男の相手は無理です」

 まるっきりの事実だった。フェリナを守るどころか、一人だけ逃がすこともできそうにない。

「セナード様に言って、表沙汰おもてざたにしたほうがいいと思います。ご友人がフェリナ様の言うとおりの方なら、なにか事件に巻き込まれた可能性もあるわけですし」

 フェリナが辛そうに目を閉じた。

 何かおおやけにできない理由でもあるのだろうか。

「実は……彼女はもうすぐ結婚する予定なんです」

 フェリナが苦しそうな声で、理由を口にした。

 その相手は今では別の街に住んでいるが、以前よりの付き合いだという。問題は、相手の家が名家だということだ。このことが知れ渡ったら破談になる可能性もあるらしい。

「ですが……こんなことになってはもう言われた通りにしたほうがいいのかもしれませんね」

 コウイチの怪我を見て、フェリナが諦めたように呟いた。

(……)

 リゼの言うことの方が正しいのはわかっている。

 ただ、正直気が引けた。自分のせいではないが、自分がきっかけで誰かの人生がねじ曲がってしまうことに。

「いえ、あの……」

 大丈夫、と言いかけ、言葉に詰まる。

 今回は軽い怪我をしただけですんだ。だがそれが取り返しのつかないものだったら? フェリナが怪我をしていたら? 次はそうなるかもしれないと思うと、軽々しいことは言えない。

 だけど――本当にそれでいいのか?

 葛藤かっとうするコウイチの横で、ため息が聞こえた。

「……仕方ないか」

 フェリナに向き直り、

「あたしも手伝います」

 あっさりと言ってのけた。

「……え?」

 言葉の意味がわからないまま、コウイチとフェリナの二人はリゼを見つめる。リゼは肩をすくめて、いかにも気が進まないといった仕草をしてみせた。

「コウイチ一人じゃ、あの男相手に太刀打ちできないからね」

「え……? それでは――」

「ご友人のことはもう少し伏せておきましょう」

「ありがとうございます!」

 フェリナがぱっと顔を輝かせて、リゼの手を取った。表情一つ変えないまま、リゼが素っ気ない声を出す。

「ただし、条件があります」

「条件、ですか……?」

「コウイチの怪我が治るまでは、外出は止めること。自分たちから離れず、指示にも従うこと。守れますか?」

「ええ。それなら当たり前のことですから!」

 不安げな顔をしたのは一瞬。思わず見とれるような笑顔でフェリナは頷いてみせた。


 いつもより遅れてフェリナを館に送ってから、リゼと一緒に兵舎へと向かう。彼女の場合、女性ということもあって実家住まいなのだが、その家は兵舎のすぐ近くにあるらしい。

「あの……今日のことは、あり――」

「気にしないでいいよ。父さんにもコウイチのことを頼まれたから」

 お礼の言葉は素っ気なくさえぎられた。

 ……というか父さん?

「バーナルさんが?」

「父さんは事情は知っているんでしょ?」

「……ああ」

(そう、か)

 脅かすようなことを言いつつも、気にかけてくれてはいたのか。

 心の中でバーナルにそっと感謝。でなければ、今日もっとひどい目にあっていたかもしれないから。

「それより」

 不意にリゼが立ち止まって、真剣な目を向けてきた。

「……なにか?」

「さっきの男のことだけど、殺気を向けられていたのに気づいてた?」

「殺気」

 リゼに言われて、ああ、あれが……と思った。

 元の世界の平穏な日常では、まずせっすることなどないものだ。

 そう思うと、とんでもないところに来ちゃったなあ、などと少し落ち込んでみたり。

「まあ……一応は」

「……気づいてたんだ?」

 少し意外そうな反応だった。鈍い奴とでも思われていたのかもしれない。

 まあ気づいていたとしても、だからどうとまでは思わなかったし。以前ほど追いつめられた実感はなかったから、それで身がすくむ、なんてこともなかったわけだが。

 ……もっとはっきり、自分が殺されるようなイメージでもけば話は違ったかもしれない。

「逃げようとは思わなかったの?」

「いや、フェリナ様もいたし」

 カセドラじゃないし、さすがに置き去りにしてはいけない。

 とか思ってたら、いつの間にか至近距離でリゼに見られていた。

「……なにか?」

(なんか……ついさっき似たようなことがあった気が……)

 既視感きしかんを感じながらたじろぐと、リゼはさっと離れて唇を動かす。

「へぇ、少しは……」

 呟きの後半は、小さすぎて聞き取れなかった。

「あの……リゼ、さん?」

「ああ、ごめん。なんでもないから」

 そう言うと、さっと身をひるがえして歩き出した。

(……えーと……?)

 ……え? 少しは、なに?


 ◆


「どういうことだ!?」

 部屋中にとどろく大声を耳にして、レグラスはわずかに顔をしかめた。

 以前に仕事の内容を聞かされた時に入った、豪勢ごうせいな調度品の連なる一室。部屋にいるのはレグラスと、雇い主の男と、その護衛ごえいの傭兵。

 それまでは同じだが、ただしその部屋の主だけは以前とはまったく違う様子だった。

「大丈夫ですよ。あんたの名前が出るようなヘマはしてません」

「そんなものは当たり前だ!」

 顔を真っ赤にして、男はよくまあここまでと思えるほどの怒声と罵声ばせいをがなりたてる。レグラスは伏せた顔に一応は反省したような表情を張り付けて、それらの大声を聞き流していた。

「大口を叩きおって、まさかしくじるとは思わなんだわ!」

「そうは言いますがね」

 それでもさすがに長々と大声を浴びせられて嫌気がさしてきたので、声の切れ間をぬって言い訳を口にする。

「ご依頼はほとんど果たしたようなもんですよ。護衛していた兵士ってのも、ほどほどに痛めつけときましたし」

「娘のほうには何も言わなかったのだろうが!」

 レグラスが耳にした仕事の内容とは、ある少女の護衛を叩きのめし、とある警告をするというものだった。その際、少女に多少の害が及んでもかまわない、というおまけ付きだったが。

「今回はしくじりましたが、次はきっちりやらせてもらいますよ」

「次の機会など――」

 男がさらに声を張り上げようとして、何かを思い出したように口を閉ざした。

「……いや、そうだな」

(ん?)

 意外そうな顔をしてみせるレグラスに、男は声量を落とした。

「安くない金を払っておるのだ。元はとらせてもらわねば困る」

「なら、まだ契約は続行ってことで?」

「やむをえまいが、そういうことだ」

「……了解」

 男が背中を見せて、無言で手を振る。出ていけ、ということらしい。

 肩をすくめてレグラスは大人しく部屋を後にする。扉を閉める寸前、護衛の傭兵の口元にさげすむような笑みが浮かんでいるのが目に入った。

「どうでしたか? 説教は」

 部屋を出て数歩も行かないうちに、からかうような声をかけられる。

「耳が腐りそうだった」

「ま、しょうがないでしょ。あんたがしくじったのは確かなんですから。大人しく腐らせといてください」

 歩きながらついてくる腹心の部下の嫌みに、

「うるせ」

 とだけ返してから、ふと思いったようにポツリと言った。

「……近いうちに街を出た方がいいかもしれねェな」

「クビ、ってわけじゃなさそうですね」

「あのおっさん、あんなヘマしたってのにまだ俺らを雇うつもりだ」

「ありがたい話じゃないですか」

「ありがたいわけがあるかよ。ありゃ自分の秘密を知ってる奴は、手元に置いとかなきゃ安心できないクチだな」

「へェ……じゃあ最後はコレですかい?」

 部下が手刀で首を切る仕草をした。

「そう思っといたほうがいいだろな」

「やれやれ、ひでェ話だな」

「珍しいことじゃねェだろ」

 汚れ仕事の果てに口封じ――どこにでも転がっている話だ。

「それならいつでも出られるように、あいつらに支度したくさせときますわ」

「ああ、だがそうなる前に――」

 途端に、レグラスの表情と声にある近寄りがたいすごみが宿った。

「借りは返すつもりだけどな」

 部下が肩をすくめる。その表情が、さっきよりも硬いものに変わっていた。

「……気の毒に。あのボウズも怖ェのに目ェつけられたもんだ」

「あいつじゃねェよ」

 後ろから石を投げてきた奴。はっきりとは見ていないが、女だったと思う。

 この街で仕事をしていれば、また会えるかもしれない。本音を言えばやる気の出ない仕事だが、個人的な恨みはまた別だ。

「やられっぱなしで終わるってのもしゃくだからな」

 そう口にしたレグラスの双眸そうぼうが、獲物を見定めた獣のような光を放っていた。

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