5.へたれ長じて兵士(見習い)となる(3)
空が少しずつ暗くなり始めていた。夕暮れが終わり、元いた世界とは違う、ただ暗いだけの夜がもうすぐ始まろうとしている。
「ふう……」
コウイチは多少疲れの残る体を労わるように、冷えた煉瓦の壁に背中を預けていた。
すぐ目の前には一件の食堂兼酒場。コウイチの感覚からすれば夕方の六時ぐらいだが、店はもう書き入れ時らしい。外からでもにぎわっているのがすぐにわかった。
電気を使った照明がないこの世界。屋外にいる限り、主に頼りとする明かりは、空で輝く太陽の光。必然的に、人々の生活サイクルもそれに合わせたものになる。ようするに、夜は早く寝て、朝は早く起きる。
一日の終わりに酒や食事を楽しむ客と、その間を忙しく動き回る給仕の女たち。厨房からは調理の音と怒鳴り声が絶え間ない。
そうした日常的な光景の中に、フェリナがいた。テーブルを回り、客に何かを聞いている。
動きやすさとカモフラージュを兼ねてか、金髪を帽子の中に隠して、そこらで見かけるような地味な服に身を包んでいた。
本来なら護衛である自分も店の中にまで一緒に行くべきなのだろうが、外で待ってほしいと頼まれたのだ。
視線の先では、フェリナが話を聞いた客に頭を下げて礼を言っているところだった。
ここ数日、彼女につき合ってわかったことがある。
セナードはフェリナをただの箱入り娘じゃないと言っていたが、実際に彼女は驚くほど精力的だった。
外見は取り繕っても、その存在はやはり浮いて見えるほどお嬢様なのだが、一日に何件も酒場や食堂といった人が集まる場所を巡り、何人もの人に話を聞いている。相手が知らない人間だろうと、物怖じせずに。
時間を区切られたことで、より急いでいるということもあるかもしれないが、鍛えられる前だったら逆にこっちが根をあげていたかもしれない。
そして、もう一つ。
漏れ聞こえてくる会話からわかったことだが、彼女はどうやら誰かを捜しているらしかった。
それが誰で、なんで捜しているのかまではわからないが。
横でクルクル回っていたカセドラがぴたりと動きを止める。
「オイラがこっそり聞いてきてもいいッスよ?」
「いや、それは」
気にはなるが、さすがにそこまでして知りたいとは思わない。
わざわざ外で待たせるということは知られたくないということだろうし。
「そッスか」
カセドラもそれほど興味がないらしく、あっさりと引き下がった。
そんなことを話している間にも、何人もの客が店に出入りしている。
そんな日常の光景をただ立って見ていると、どうしても考えることがあった。
そもそも、なんで自分はこの世界にいるのだろうか、などということではない。それはもう考えるのを止めていた。
どう考えても答えが出そうになかったし、他に考えることは山ほどあったから。
考えているのは、この世界についてだった。自分が今いる世界は、いったいどういうところなのだろうか、という内容である。
太陽もあれば月もある。そういった意味では、地球と変わらない環境だ。文化は昔のヨーロッパ風で、映画などで見たことのあるものがあちこちで目につく。
もちろん、完全に同じではない。見たことのない生物の存在や、自分がいた世界ではありえない、赤やら緑やら青といった人々の髪や目の色がそれだ。
いわゆる平行世界というSF的な単語が浮かんだが、そもそもSFには詳しくない上、ここがそうだと証明できる手段も思いつかない。
なのでもう少し狭い範囲に視点を当ててみようと、まずはこのセンダリア王国という国に焦点を絞ってみたのだが。
(……)
最初にそう思い立った時のことを思い出して、コウイチは軽く鬱になった。
そもそも、テレビもインターネットもないようなこの世界。情報の流通が発展していないせいで、知ろうとしてもわからないことも多い。
何かを知ろうとしたら、本を読むか、あるいは人に聞いてみるしかない。……元から情報収集には人とあまり接しない手段を選んできたコウイチだ。まったく関わりのない赤の他人に話を聞くという行為に、かなりの抵抗を覚えた。
それでも一度、兵士たちの間では馴染みとなっている行商人に話を聞いたことがある。行商人はコウイチが兵士見習いだとわかると、
「この国のことについて、か? 変なこと聞きたがるな、あんた。センダリアの生まれじゃないのかい?」
そう言ってあっさりと応じてくれた。
いわく、このセンダリアという国は国力こそ普通だが、長い歴史を持つ古い国らしい。そして東には、二つの国と国境を接している。昔、それらの国と戦争をしていた時に戦場となったのが、このクレイファレルの街周辺だったらしい。
(そんな時代に、いなくてよかった……)
「いたら真っ先に死んでるッスよ」
いつものようにカセドラにからかわれても、こればかりは否定できない。
地理的には大陸のだいたい西側に位置し、気候は一年を通して温暖。特産品は豊かな森林から得られる木材やそれらを活かした加工品だという。
「……だいたい?」
「ああ、俺もこの国とその周辺しか知らないからなあ。だいたいそのあたり、としか言えないんだよな」
「地図、とかは」
「大陸全土のかい? あるわけないだろ。一国の地図ですら出回ってないってのに」
首を傾げていると、まだ若いその行商人は呆れたように言ったものだ。
「ちったぁ考えてみなって。地図とかが簡単に手に入るようだったら、戦争の時におエライさんが困ることになるだろ。あったら便利だとは思うんだがね」
「……なるほど」
地理や地形を知られていれば、その分不利になるという理屈。
そういえば、日本でも昔どこかのエラい人が外国人に地図を渡したことで罰を受けたとかなんとか……そんな話を聞いた気がする。
生まれついて戦争など経験しておらず、歴史上の出来事としてしか知らないコウイチにもその理由は納得がいくものだった。
コウイチの職業を思い出してか、行商人はフォローするように言った。
「そんなに重く考えるこたないって。ここ最近この国周辺で、戦争なんて起こってないんだから。あんたが出向くなんてこたぁ多分一生ないよ」
ぜひそうであってほしい。
とりあえずその話題は打ち切って、周辺の国のことについて聞いてみると、行商人は足元に広げたいくつもの商品に視線を落としてニヤリと笑った。
「それ以上は何か買ってくれたら教えてあげるよ」
そうは言われても手持ちの金などほとんどなく、その日はそれで諦めた。
何も買わなかったコウイチに行商人は毒づくこともなく、
「ここにはよく出入りしてるから、懐に余裕がある時は頼むよ。……なんていっても、俺も自分が足を運ぶ国のことくらいしか知らないんだよ。もっと手を広げたいとは思うんだが、一人でやってるうちはこんなもんだ」
そう言って苦笑してみせた。
後で思い知ったのは、その言葉がこの世界のほとんどの人間に共通しているものだということだ。
ようするに、自分の生きていく上で関わっていく領分以外での知識がほとんどない。王国というからには王様がいるのだが、その名前も知らないというのも珍しくなかった。
スイッチ一つで手軽に情報を得られるわけではない、ということもあるだろうが、彼らにしてみれば、関係のない情報がなくても問題なく生活できる……ということらしい。そうした認識が当たり前のようだった。逆に自分が色々なことを聞こうとしても、なんでそんなことを知りたがる? といった顔をされる始末。
最初はそれが落ち着かなかったが、今は自分も知らなくてもいいや、という気分にさえなってきている。嫌な方向に慣れてきているのかもしれない。
そうしていくらか上の空になっていたところで、
「お待たせいたしました」
店から出てきたフェリナに声をかけられた。
「……いえ」
「今日は、もう帰ります」
そう言う彼女の表情は暗かった。何も情報が入らなかったらしい。
歩きだしたフェリナの後について、帰路を歩く。
(……)
「どうしたんスか? そわそわして」
思っていることが挙動に出ていたらしい。カセドラに突っ込まれた。
(……いや、なんだか……落ち着かない)
「へ?」
心の中で返事をすると、カセドラが目を丸くした。
女の子と一緒にいるから――というわけでもない。前を歩くフェリナの姿が、あまりにもきれいだからだ。
容姿の話ではない。びっと伸びた背筋と、思わず見とれてしまうような歩き方。それがあまりにもきれいすぎて、背中を丸めがちな自分とつい比較してしまう。
名家のお嬢様などという人種に会ったことはないので、はっきりとは言えないが、たぶん厳しい教育を受けてきたんだろう。
大人びた外見や物腰でつい上に見えてしまうが、自分より少し年下くらいではないだろうか。
この人は……なんで自分を指名したんだろうか?
(初めて会った時の件――だけじゃ、理由としては弱い気がするし)
疑問に思いつつも、いきなり質問するにも抵抗がある。
弾むような話題を振れるわけもなく、そもそも会話自体が苦手。フェリナはフェリナで、何か考えごとをしているらしく一言も発しない。
「……っ」
ふと邪悪な気配を感じて、コウイチは思わず気配の先を見た。
そこにいたのは、フェリナの頭を見てウズウズしているカセドラ。ふらふらと、引き寄せられるようにしてフェリナに近づいていく。
(ちょ、まっ――)
「ていっ!」
止める間もなかった。
あたかもスカートをめくるように、カセドラの翼の先端が、フェリナの帽子をはね飛ばす。
「きゃっ……!」
そのままシャンプーのCMにでも使えそうな、さらりとした金髪があふれ出た。
「な……」
愕然としてカセドラを見ると、すでに素知らぬ顔で明後日の方向を向いていた。わざとらしく口笛なんか吹いている。
「えっと……?」
困惑した顔でフェリナが振り返った。
理由を問うような目で見られて、コウイチは言葉に詰まった。まさか自分ではなく、いつもそばにいる謎生物がやりました、なんて言えるわけもなく。
何をどう血迷ったのか、あなたの綺麗な髪が見たくてつい――なんて言ったらごまかせるだろうか、などという考えも脳裏をよぎったが、直後に否定。無理。そんなセリフを言おうものなら、その場で憤死する。そもそも途中で噛む、絶対。
そんなこんなで実際にやったことといえば、
「あ……いえ、その……すみま……せん」
消え入りそうな声で、謝ることだった。
それを見て翼で口元を隠し、プククと含み笑いをこぼすカセドラ。
(……おのれ)
初めて自分以外の誰かに殺意が芽生えた瞬間だった。今だったらなんかこう、殺意の波動っぽいオーラを出せる気がする。
それはさておき――
「ちょっと、よろけて……」
我ながら苦しいと思える言い訳を口にしながら、慌てて帽子を拾い上げる。
それを受け取りながら、フェリナは口に手を当てて、まあ、と驚いた顔をしてみせた。
「申し訳ありません。普段のお仕事でも忙しいのに、私にもつき合っていただいているからですね」
……え? 信じるの?
まさか信じられるとは思わず、コウイチは目を丸くした。
どうやら、疲れているからと勘違いしてくれたらしい。チクチクと良心を刺激されて、かえっていたたまれなくなる。
「父に言って、他の方に代わっていただくこともできますが……」
語尾を濁した言い方が、あまりそうしたくないと思っているようだった。
「……あの、なぜ、僕を護衛に?」
思わず口にした疑問だったが、フェリナは意外そうに首を傾げてみせた。
「不思議ですか?」
「僕は、まだ弱くて……正直、他にも適当な人がいるのでは、と」
自分の自虐的な言葉に嫌気がさしつつも、まぎれもない本心だった。他の兵士に比べたら、自分は明らかに未熟だ。
「まあ」
フェリナがにこにこと笑う。
「私はそうは思いません」
「……え」
「だって、前は私を助けてくれたじゃないですか」
「あれは……」
相手が一人だったし、そもそも単なる酔っぱらいだ。あの程度をあしらえなければ、訓練相手になってもらっているリゼに申し訳ない。
「あの時のこと、あなたにとってはなんてことのないことかもしれませんが、私は本当に感謝しているんですよ」
(っ……!)
その言葉に、コウイチは衝撃を受けた。
自分ではずっと大したことじゃないと思っていたことだ。自分と同様、フェリナもそんなふうに思っていると決めつけていた。だが、彼女はそう受け取っていなかった。自分がこう思っているから、相手もそうに違いない――そんな考えにとらわれていた。
(なんという……思い上がり……)
フェリナの前でなければ、そこらの壁に頭を打ちつけたい気分だった。
「ですけれど……そうですね……」
唇に指を当てて、何かを考えているような仕草をする。
そしてニコリと笑ったかと思うと、
「変に思われているのではないですか? 領主の一人娘が、こんなことをしているなんて」
などと聞いてきた。
「え……」
気になると言えば気にはなるが。ここで素直に頷いてもいいものなのだろうか。というか、頷けば失礼に当たるのでは、などと考えてしまう。
肯定とも否定とも、なんとも答えようがなく。なので結局、
「……いえ」
そう言って、首を左右に振っただけだった。
「あら……」
フェリナが困ったような微笑を浮かべた。
(ひょっとして……間違えた?)
そもそもどういう意図の質問だったのだろうか?
思わずカセドラを見ると、なんかニヤニヤとわかったような顔でこっちを見ていた。
その顔を見て、とたんにカセドラに聞く気がなくなる。
とはいえ、今さら気になるとも言い直せず。
そうして会話は途切れ、また沈黙のまま。
ただし、いつの間にか、前後だった二人の位置関係は、左右に並んで歩くものに変わっていて。コウイチには、フェリナの足取りがなぜか軽くなったように見えた気がした。
そうしていつもとは違った雰囲気のまま、フェリナの家である屋敷の前にまで来る。
いつもならここで別れてまた明日、という流れなのだが、今日は少し様子が違った。
「フェリナか」
そう声をかけてきたのは、ちょうど門から出てきた中年の男だった。
「レイモンおじさま、来ていらしたのですか?」
(……おじさま?)
フェリナの言葉に驚いて男を見た。突き出た腹と、眉間に寄ったシワ……はいいとして、団子みたいな鼻と広い額、小ぶりな目。
フェリナはもちろん、セナードとも似ていない。
「ふん……」
レイモンは鼻息を鳴らすと、フェリナを苛立ったように睨んだ。
「セナードから話は聞いた。おまえは自分の立場がわかっておるのか」
威圧的な口調で言ったのは、毎日出歩いている件だろう。思わずたじろいだコウイチとは対照的に、フェリナは気にしたふうもなくまっすぐ立っている。
「なんスか、このオヤジ」
気に入らないといった顔で近づこうとするカセドラのしっぽを、放っておいたらろくでもないことをやらかしそうだったので、慌てて掴んで引き寄せる。
「ええ、もちろんです」
「ならふらふらと出歩くなどもう止めにしろ。立場をわきまえろ。おまえのせいでクレイファレルの名が傷ついたらどうするのだ」
自分のことしか考えていないような言いぐさの上、なんだか棘のある声音だった。悪意がこもっているとでも言うのだろうか。
「申し訳ありません」
一言の反論もなく、フェリナが深々と頭を下げる。
それでも止めるとは言わず、その態度が逆に止める気はないと語っていた。
レイモンがあからさまに舌打ちをし、頭を振った。
「ふん、セナードもとんだ娘を持ったものだな。早くどこかに嫁がせればいいものを。……行くぞ、グレン」
そう呼びかけた直後、レイモンの後ろから背中に剣を背負った男が姿を現した。
いや――
(……最初から、ここにいた?)
レイモンより背が高いのに、なぜか今までそこにいることに気づかなかった。
その事実に驚く以上に、グレンと呼ばれた男の持つ荒んだ雰囲気に、コウイチは本能的に後ずさりそうになった。話すことはおろか、近づくことすらためらうような怖さを感じる。
何よりその目――無造作に伸ばした髪で表情は隠れているが、その双眸が爛々(らんらん)と怪しい光を放っているようで目をひいた。
グレンを連れて、レイモンが足取り荒く立ち去る。
ふう、と息を吐いたのは同時だった。
コウイチがしたのは、グレンが見えなくなったことでの安堵の息。
フェリナのは、どこか疲れたようなため息だった。
「見苦しいところをお見せしてしまいましたね」
「……いえ」
さっきまでの穏やかな雰囲気はどこかに消し飛んでいた。
「それでは、おやすみなさい」
それ以上の会話を拒むように、フェリナが門扉に手をかける。その背に何も声をかけることもできず、結局、その日はそんな微妙な空気のまま別れることになった。
◆
クレイファレルの街にある、とある豪商の屋敷。
その一室に、男がいた。斜め上を向いた頭と軽く曲げた膝、片方の肩だけ落としているその様は、一見だらしないように見える。が、そのくせ視線は油断なく周囲に向けられている。腰から剣を下げていた。レグラスというのが、男の名前だ。
(……似合わねェなあ、おい)
広い部屋。高級な調度品。それらを冷めた目つきで見る。自分には縁がないものだ。興味もない。
「あまりジロジロ見るな。汚れるだろう」
(見ただけでんなわけあるかよ)
「そいつァすいませんね。なんせ育ちが悪いもんで。思わず見とれちまった」
思っていることとまるで違うことを言いながら、レグラスは声の主に視線を戻す。見下すような眼差しが最初に目についた。
(……へっ)
いかにもわかりやすいタイプだった。自分だけが偉く、他人はその踏み台。心の底からそう信じて生きている人種だ。
この手の人間には慣れている。そこそこ持ち上げてやれば、すぐに気をよくする。へらへらと笑いながら、
「で、ご用件は?」
自分を呼びだした部屋の主に、そう問いかける。部屋のことを褒められたからか、まんざらでもなさそうな様子で、男がフンと鼻を鳴らした。
「聞くまでもなかろう。仕事だ」
「俺らにかい? そこの暗そうなヤツじゃなくて」
意外そうな声を出しながら顎で示した先には、見るからに荒んだ雰囲気の男がいた。一目見てわかる。ご同業だ。レグラスの言葉を受けて、黙って立っていた男の目に慣れ親しんだ感情が浮かび上がった。
(おいおい、ずいぶん短気なヤロウだな)
隠す気もなさそうなはっきりとした殺意を向けられ、思わず笑いそうになった。ここまで尖ってたらそりゃあ生きにくいだろう。
「口のきき方に気をつけろ。私はおまえたちの雇い主だぞ」
へェへェと流し、レグラスは肩をすくめる。
「俺らは傭兵で、あんたは雇い主だ。貰えるもん貰えるならなんでもやりますがね。で、何をお望みで?」
男が嫌らしい笑みを浮かべて言った依頼内容に、レグラスは思わず顔をしかめそうになった。
「ったく、くだらねェ仕事よこしやがって」
「グチるならもうちょい離れてからにしやしょうよ。……で、なんですって?」
部屋を出るなり毒づくと、廊下で待っていた部下が声をかけてきた。
「仕事だ。明日にはとりかかるぞ」
「そりゃまた急な話で」
部下は予想していたようにあっさりと答えた。察しのいい男だ。本当に予想していたのだろう。
「はっ、そんなもんいつものことだろうが」
「そりゃそうですがね。こう、何もしない毎日も悪くなかったんで」
「だったら傭兵なんぞ辞めちまえよ」
「冗談。今さら他の生き方ができるわけねェでしょうが。それにそうなったらあんたも困るでしょう、隊長」
「おまえみてェなチンピラいてもいなくても変わらねェよ」
ひでェなあ、と部下がこぼす。ほとんど恒例になっているやり取りに、険悪さはまるでなかった。
「じゃ、他の奴らにも伝えときます」
「ああ」
手を上げて戻る部下の背中を見届けてから、一人になったレグラスは窓際に立って外を見た。窓から見える真っ黒な夜景は、考えをまとめるのにちょうどいい。
「はっ……」
短く嗤う。すべてがバカバカしく思えて、ふいに出た嗤いだった。
そもそも雇っていることすら秘密にしている自分たちを使う理由はわかりきっている。万が一、俺たちがしくじっても、自分のしわざだとばれないようにするためだ。
仕事の背景は聞いてないが、どうせ後ろ暗いことだらけなのだろう。となると、真っ当な手段を選んでいられない。だから、普段は密かに飼っているだけの手駒を使う。
どうせしょせんは使い捨ての駒、チンピラまがいの傭兵だとでも考えているに違いない。
(捕まって何を言おうが、何も知らねェ関係ねェで切り抜けるつもりだろうな)
そんな扱いは珍しくもなかったが、面白くないことに変わりはない。もちろん、しくじる気はまるでなかったが。
「嫌な仕事になりそうじゃねェか、おい」
嗤いは、いつの間にか苦々しいものになっていた。