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4.嵐の中の選択(3)

 引きとめようとするアリヤをなんとか説得し、レナファのことを任せた。

 心配するような目で見送られて、一歩踏み出す。歩きながら、振り返りそうになるのを意識してこらえた。一度でも振り返れば、その時点で足が止まってしまうという不安があった。そうなれば、また一歩を踏み出せるか自信がなかったから。

 背後からの視線を感じなくなってからもしばらく歩き続け、コウイチはようやく立ち止まった。

「カセドラ」

「ういッス」

 声に応じて、カセドラが姿を現す。コウイチは深々と、カセドラに頭を下げた。

「力を、貸してほしい」

 これを思いついたのは、角猪つのじしとの一件がきっかけだった。

 もし途中で待ち伏せをしている盗賊に見つかっても、カセドラが使った不思議な力があればうまくやり過ごせると思ったのだ。

 ゆったりと上下していたカセドラの動きがぴたりと止まった。ぱたぱたと動かしていた翼の先端が、だらりと下がる。

「……カセドラ?」

「あー……言いづらいんスけど、それ無理ッス」

 ……なんですと?

「そ……それは、どういう――」

「オイラの力、人間相手には通じないんスよ」

「……は?」

「どうも動物限定みたいで。つーことで、ご期待にはそえないかと」

 翼の先端で頬のあたりをポリポリと掻きながら、アハハーと、どこか空々しさが感じられる笑い声をあげるカセドラ。

 ……えーと。ってことは――

(終わった……)

 その場にがっくりと崩れ落ちそうになったコウイチの体を、カセドラの尻尾が慌てて支えた。

「ちょ、ちょっと待つッスよ。それはできないッスけど、森を最短で抜けるルートなら案内できるッスよ。それにオイラが先に行って待ち伏せがいないか確認してけば、やり過ごすことだってできるだろうし」

 そういえば、その手があった。カセドラの姿は他人には見えないので盗賊に見つかることもないし、その役目はうってつけではないか。

(……と、いうか)

 ふと、カセドラの言葉に疑問を覚えた。

「森の中を通れば、そもそも待ち伏せの心配はないのでは?」

 カセドラが翼を持ち上げて体を左右にひねった。人間でいうところの、肩をすくめて頭を振るような意味合いだろうか。

「そんなのんきなこと考えない方がいいッスよ。さっき言ってたじゃないッスか。盗賊たちが、村の人たちを奴隷どれいにしようとしてたって」

 そういえば、村人の一人がそんなことを言っていた気が。

 だとして、それがどうしたというのか。

「あのッスねぇ。物をうばうのと人を連れ去るのじゃ手間が段違いなんス。もし一人でも逃がして助けを呼ばれたら、その時点でも失敗したようなもんなんスよ。人を抱えて逃げるってわけにはいかないんスから。だから、森の中にも待ち伏せや見張りがいるって考えたほうがいいッスね」

「それは……」

 なるほど。聞いてみれば納得できる話だ。話なのだが……。

 コウイチは違和感を覚えて首を傾げた。

 そもそも奴隷うんぬんというのは、村の人間が言っていた話だが。なんというか、カセドラの考えはあまりにそれを事実としてとらえ過ぎている気がするのだが。

「ああ、それは簡単ッス。さっき村の様子を見に行ってきたら、人はほとんど殺されてなかったッスから。あとたぶん縛る用の縄も積まれてたッスよ」

「……なるほど」

 いつの間に、とも思ったが、直接その目で見たというなら、そうなのだろう。

「ついでに言うなら、盗賊が何人か森に入ってくるのも確認済みッス」

 さらりと言われたその内容に、頬がひきつるのを感じた。

「もしそうなら、レナファたちも危ないのでは」

「どうッスかね。広い森の中ッスから、派手はでに動き回ったり大声で騒いだりしない限り見つかる可能性も低いと思うッスよ。……それにそっちの心配をしても、どうにかできるわけじゃないし」

 それはその通りなのだが。

「……いや」

 とりあえずその可能性は考えないようにしよう。自分にできることは、一刻いっこくも早く街に行って、そこで助けを求めることだ。

「どれくらいで、街に着けると思う?」

「森に造られた道は障害物とか高低差とか考えてか、ぐねぐねした感じになってるッスからね。森の中をまっすぐ突っ切って行けば、一日と半分くらいで抜けられるッス。そこからなら街はすぐそこッスよ」

 一日半……思っていたより短い。

「ただ街道の近くを通ることもあるわけッスから、その時は特に警戒したほうがいいッスけど。……なんて言っても、よっぽど運が悪くない限り見つかることはないと思うッスよ」

 カセドラの楽観的な言葉に、現実逃避と自分でも皮肉に思った決断に、もしかしたらうまくいくかもと希望が芽生めばえかける。

 それなら――

「……っ」

 頭を振って、浮かれそうになった自分を戒める。まだ安心するには気が早い。絶望の中で、ほんの少しの光が差し込んだだけだ。

 なら、希望の芽を、まないようにするためには。

 慎重に。確実に。それでいてできるだけ早く。

 切り替えろ。平和ボケした思考を。すでに自分は死と隣り合わせの状況にいるということ自覚しろ。実感はできなくても、想像ぐらいはできるはずだ。ほんの少しの心の備えが、明暗を分けることだってありうると考えれば。

「……行こう」

 心の中で区切りをつけると、コウイチはそう頷きかけた。


 森の中を歩く。

 最初の緊張感はほぐれ――そんなにビクビクしてたら最後まで保たないっすよというカセドラの言葉で少し落ち着いた――それでも意識は耳と目に集中させたまま足を進める。

 ここ一ヶ月の間に森の中を歩き回っていた経験がいくらか役に立っている。無駄に体力を使わず、それでいてできるだけ早く歩くようなペースを体が覚えていた。

 先導するカセドラが、空中に浮かんでくるくる回りながら進んでいく。あれなら360度、どの方向も見逃すこともないだろうが。回りっぱなしで目が回らないのか聞いてみたところ、

「――へ? 大丈夫ッスよ?」

 あっけらかんとした答えが返ってきたので、まあ大丈夫なのだろう。

「……そろそろ休憩ッスか?」

「それは……いや、休もう」

 さっきから歩き通しで、さすがに足が重くなってきた。レナファのことを考えると抵抗があるが、頭がぼおっとしてきたせいで何度か転びかけたことを考えれば、少しだけでも休んだほうがいいかもしれない。

「無理に急いでもしょうがないッスよ。ここなら街道からもけっこう離れているし」

 そう言われ、焦る気持ちを抑えて腰を下ろす。自然と深い息がこぼれた。

「ちょっとでも寝たらどうッスか?」

「……無理。たぶん、眠れない」

 気持ちがたかぶって。

「そッスか」

 それ以上何も言わず、カセドラはまたクルクルと回り始めた。

 動きを止めた体から汗が噴き出す。額の汗を拭いながら、口に水を含んだ。カセドラに言われて用意した水袋が、こんなふうに役立つなんて思いもしなかった。

「カセドラ」

「ん? なんスか?」

 振り向いたカセドラに投げかけたのは、以前から思っていた疑問だった。

「君はどうして、僕のそばにいるんだ?」

 カセドラとの出会いは、ただの偶然。それ以前に会ったことはないと言い切れる。それでいていつ見切りをつけられてもおかしくない自分なのに、カセドラはなぜか離れることなくいつもそばにいた。そのことが不思議だった。

「へ? あー……」

 首をひねるような素振りを見せ、そのままコロンを一回転。

「なんでッスかね? 自分でもわからないッス」

「……そうか」

 なんでか、少しだけがっかりした。

「ただ――」

「ただ?」

「なんとなくなんスけど、兄さんから離れづらいっていうか……」

「それは、どういう」

「んー」

 ひときりしうなりつつ、返ってきた答えは、

「さあ? ただそう感じるとしか……」

「そう、か……」

 まともな答えは得られなかったが、まるで深刻さを感じさせないカセドラの態度に、なんだかどうでもよくなってきた。

(ただ、まあ)

 ここに来て最初に出会ったのがカセドラでよかったと思う。でなければ、自分はとっくにのたれ死んでいただろうし、アリヤとレナファの二人と出会うこともなかったから。

 強く、感謝の気持ちを心に浮かべる。そうすれば、口に出さなくてもカセドラには伝わると――

 そう思ったのだが、

「兄さん兄さん」

 なぜかカセドラが、ニヤニヤと小悪魔的な笑いを浮かべていた。

「思いってのは言葉にしなきゃ伝わらないと思うんスよね」

「……は?」

「だから、ほら。今の心のたけを、思い切って口に出してみよう的な?」

 ……いや、キミ心が読めるんだから、言わなくてもわかるだろうに。

「それはそれ、ってことで。さあ、さあさあさあ!」

「いや、それは」

「んー?」

 パタパタと翼を動かしながら、恥ずかしいんスか、ひょっとして恥ずかしいんスかと周りを飛ぶカセドラ。

 ……ああ、そうさ。恥ずかしいさ。つーか恥ずかしくないわけがあるかっ。そもそもそんな態度とられて素直にお礼が言えるかってんだボケェ!

 ――などと心の中で絶叫しながらも、それでもいくらか気が楽になるのを自分を感じていて。

 こんなんでいいのか、と思いつつも、まあ、これはこれでとも思う。

 キツい時にキツいことばかり考えて自分を追いつめるより、よっぽどマシだろうから。

(……ひょっとして、ワザと、とか……)

 カセドラのお調子者っぽい振る舞いが、実はそれを狙ってのことなのかと疑ったりもしたが。

(……いや、ない。それはない)

 まーだー、とか言いながら周りを飛び回るカセドラを見て即否定。

 まあわざとだとしても、しつこくまとわりついてくる今のカセドラに、礼を言う気にはならないのだが。

(と、いうか)

 そろそろ止めていただきたいのですが。

 いい加減離れる気配のないカセドラを追い払おうと、視線を走らせ――

「まだッスかー? 兄さ――ムガ!」

 その口を押さえた。

 何すんスかー! と抗議こうぎの眼差しを向けてきたカセドラを小脇こわきに抱えて、夢中で木陰に身を滑り込ませる。

 そして恐る恐る覗いた先には、いかにも荒くれ者っぽい男が一人。腰には剣を収めた鞘を下げていた。

 解放したカセドラに、震える声をかける。

「カセドラ、あれは……」

「間違いないッスね」

(やはり……)

 あれも、村を襲った盗賊の一人なのだろう。背中から冷たい汗がどっと噴き出る。

「どう、すれば」

「まだ相手はこっちに気づいてないわけッスから……向こうがどこか行くまで隠れてるか、見つからないようにここから離れるかのどっちかッスね」

 様子をうかがうと、盗賊は退屈たいくつそうに立っているだけで、ことさらあたりに注意をはらっている様子もない。むしろあくびをして隙だらけにさえ見える。

「で、どうするんスか?」

「……行こう」

 意外そうな顔をするカセドラ。

 別にいさんだわけではなく、こんな状況でじっとしているほうが耐えられないと思ったからなのだが。

「ならあいつがこっちを向いたらオイラが教えるッス。オイラなら声を聞かれる心配もないッスから」

 そうだった。カセドラの声は他人には聞こえないのだ。わざわざ口をふさぐ必要もなかった。

「……頼む」

 手とひざをついたまま、うように移動する。土に汚れてしまうが、気にしている余裕はない。地面の小枝や、枝葉に触れないように細心の注意を払いながら、少しずつ進んでいく。

「もう少しッスよ……」

 どれほど時間が経っただろうか。それほどかかっていないはずだが、時間が引き延ばされたように長く感じる。

「……もう立っても大丈夫ッスよ」

 待ち望んだカセドラの声。コウイチの体からどっと力が抜ける。

「カセ――」

 礼を言おうとして立ち上がり、なぜかかけられたのは緊迫きんぱくした声だった。

「兄さん!」

「っ!」

 カセドラの視線を追って振り向くと、そこには別の盗賊がいて。

 驚いていた相手の表情が、残酷ざんこくいろどられていくのに、目を奪われた。

(なんで――)

 カセドラの注意が最初に見つけた盗賊に向けられていたから? だが、まさか二人もいるなんて。

 信じたくない現実に気を取られている間にも、相手は蛮声ばんせいをあげて駆け寄ってくるところだった――赤錆あかさびた剣を振りあげながら。

 恐怖と疑問で思考が止まり、その場に立ち尽くしていたコウイチに、

「ぼっとしてる場合じゃないッスよ!」

 カセドラの緊迫した声がかけられる。飛び上がって走り出すと、その背に殺気のこもった罵声が浴びせられた。

 その声は二人分。最初にやり過ごそうとした一人が、声に反応してコウイチたちの存在に気づいたのだ。

 コウイチはといえば、そのことに気づく余裕もなく必死で走っていた。ただし、今まで歩いてきた道のりを逆走するように。

「そっちじゃないッスよ兄さん!」

 ――そっち? そっちってなんだ。

 自分のすぐそばまで迫った恐怖から、少しでも遠ざかりたい。その一心で走っているコウイチの思考からは、レナファとアリヤのことがすっかり抜け落ちていた。

「あーもう! 最初の目的を忘れたんスか!?」

「っ!」

 目的。苦しむレナファと、彼女を見て辛そうにしていたアリヤ。

 カセドラの言葉で本来の目的を思い出し、コウイチは走る方向を変えた。

 余裕があれば、自分自身に悪態あくたいをついていただろう衝動しょうどうを抱えて。

 背中から浴びせられる声が、物理的な圧力を持ったように全身にのしかかる。

 わけのわからない生き物ではなく、同じ人間から向けられる殺意のほうが体にまとわりつくものだと、コウイチは初めて知った。

 こんな時、マンガでも映画でも、それに登場するようなヒーローなら、かっこよく立ち回ってうまく返り討ちにするのだろうが。

 あるいは機転きてんを利かせて、思わず喝采かっさいしたくなるような方法を実行して窮地きゅうちを脱するかもしれない。

 だが自分は、平凡以下の人間だ。そんな腕っ節も、土壇場どたんばでアイデアなど思いつける頭も持っていない。

 あいにくと自分には逃げるために走ることしかできない。その足も特別速いというわけではなく。

 声がだんだん近づいてきている気がする。そう思った瞬間、背中に熱を感じた。

「ッ……!」

 熱さと衝撃と、何かが背中をたらりと伝っていく感覚。

 直後、くぐもった悲鳴と、何かの転ぶ音が聞こえた。

「大丈夫ッスか、兄さん!」

「カ、カセドラ……いったい、何が」

「気づいてないなら知らないほうがいいッス。それより、追ってきた奴らは蹴り飛ばしてきたんでもう少しペースを落としても大丈夫ッスよ。それと、このまま行けばもう少しで道に出るッス」

 言われて前方に目を凝らせば、木々の間から、光が射し込んでいた。

 息を切らせたまま森を抜ける。視線の先には、両側を木々に囲まれはるか彼方かなたまで延びる道があった。

 あとはこの道をまっすぐに進めばいいだけ。はっきりと指針を示された気がしてほっとしたその直後。

 村側の道から迫る人影を見て、コウイチは目を疑った。なぜならそれは、形からして人単体のものとしてはあり得なかったから。

(……馬? 馬!?)

「っ!」

 それが人と、人を乗せた馬だと気づいた瞬間、コウイチは考える間もなく走り始めていた。

 だが、人の足で馬のそれにかなうわけもない。ドガッ、ドガッと重い足音はすぐに近づいてきて、

「うくっ!」

「兄さん!?」

 さっきとは比べものにならないほど熱い衝撃を肩に感じ、コウイチは地面に倒れて転がった。

「っ……い、痛……」

 愕然がくぜんとして肩をやった手は、真っ赤に染まっていた。

(切ら……れた?)

 信じられない現実にコウイチが呆然としていると、馬のいななく声がした。通り過ぎていった馬が、手綱てづなに従って振り返り、激しい勢いで突っ込んできたのだ。それに乗っている盗賊の剣が、赤い飛沫しぶきをまき散らしながら振り上げられる。

「こんのぉ!」

 視界の端にいたカセドラの体が、紫色の光を放つ。その光を目にして、馬がひときわ高くいなないた。

(これが……!)

 カセドラの“力”によって、乗り手の制御を離れて暴走した馬が、でたらめな方向に向かっていく。

「カセドラ……!」

 コウイチのゆるみかけた頬が、間をおかずにひきつった。

 暴走した馬の進む先――そこにほっとした表情で浮いているカセドラがいたからだ。

「へ? ――あびゃ!」

 馬に跳ね飛ばされたセドラが、コウイチの目の前に転がってきた。

「カ、カセドラ……?」

「……きゅう」

 目を回しているカセドラを心配する余裕もなく、森から追ってきた盗賊が姿を現した。

 転んだ拍子に足を痛めたコウイチは立つこともできず、そのまま取り囲まれる。

「チッ……手間取らせやがって」

「どうするコイツ?」

「一人くらい殺してもいいだろ。ここから連れて帰るのも手間だしよ」

 物騒ぶっそうな会話が、頭上から降ってきた。

 救いを求めてカセドラを見ても、すぐに目を覚ます様子もなく。

(……死ぬ)

 もう、どうにもならない。はっきりとそう感じた。

 ――こんなどこかもわからない場所で。

 ――わけのわからないうちに。

 ――しかも、時代劇やファンタジーでもないのに、剣で斬り殺される?

 意味がわからなすぎて、恐怖の代わりに、自然とおかしさがこみあげてきた。

 知らずに笑っていたのだろう。気味悪そうに男たちが見ていた。狂ったとでも思われたのかもしれない。

 こんな場面の当事者になったらもっと見苦しく泣きわめくものだと思っていたが、不思議と思っていたほど怖くはなかった。もしかしたら、恐怖のあまり心が壊れてしまったのかもしれない。

 それでも――

 ふっと、アリヤとレナファの顔が脳裏に浮かんで胸が痛んだ。

 あれだけ大口を叩いてこのざまだ。うまくいくなんて思っていなかったが、結局なにもできなかった。

 盗賊たちが、武器を振り上げた。あれが振り下ろされた瞬間、自分は死ぬのだろう。

(……ごめん)

 直後に迫った死の恐怖よりも、あの二人の助けにならなかったことだけが心に残った。


「――風弾!」


 ――その声は、諦めかけ、半ば麻痺していた心に鮮烈なまでに響いた。

 声の直後、ヒュオッと音がして、目の前の盗賊二人が弾かれたようにその場から吹き飛んだ。

「なっ……」

 何が起こったのかわからず、地面に倒れて痛みに呻く盗賊たちに目を奪われていると、足下の地面が大きな影におおわれた。

「ぎりぎり間に合ったようだね」

「安心するのはまだ早い。急ぐぞ」

 交わされた声につられて見上げた先には、馬に乗った一組の男女がいた。

 手綱をとる壮年そうねんの男と、その後ろに乗るまだ若い女。女のほうは男の影に隠れてよく見えないが、男のほうは鍛えられた体を鎧で包んでおり、力強さを感じられる顔立ちをしていた。

 男がコウイチを見下ろし、穏やかな声で問いかけた。

「変わった服を着ているが、襲われていたところを見ると村の者だな」

 反射的に頷いていた。

「遅くなってすまなかった。もう大丈夫だ」

「あなた、は」

「詳しい話をしている暇はないが、我々はこれから盗賊どもを討伐とうばつに行く。何か知っていることはないか?」

 二人が誰なのかという疑問以前に、彼らが信用できる人間だという直感が自然と口を開かせていた。

「ッ……村の外れにある森の近くに――」

 レナファたちのことを話そうとした矢先、体がぐらりとよろめいた。一瞬視界が暗転しぎりぎりのところで踏みとどまった。

「どうした?」

(こんな、時に――)

 ガリ――

 唇を噛み切って意識をつなぎ止め、口を動かす。視界が少しずつ狭まり、すでに自分が何を言っているかもわからないにも関わらず。

(これだけは――)

 最後まで、言葉をつむぐ。

 生死の境にいるレナファのことが最後までしっかり伝えられたかどうかもわからないまま、コウイチは意識を手放した。

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