勇者の末裔、女子高生を拾う
むかしむかし、あるところに、ひとりのゆうしゃがあらわれました。
世界はきょうふの大魔王に支配され、くらく、よどみ、ひとびとは暗いやみの中を生きていました。
ゆうしゃは仲間とともに剣を手にたちあがり、長きにわたるたたかいをへてきょうふの大魔王をうちたおしました。
ひとびとは大魔王から解放され、きぼうのある明日にかんしゃし、勇者をたたえました。
勇者の名はタダシ、勇者タダシ。明るいいまの世界があるのは、勇者タダシのおかげなのです。
「これが皆さんが幼少期によく聞く『勇者の逸話』ですね。昨今の研究では、恐怖の大魔王とされる存在は魔大陸に存在する魔族とも違う、転生者の一種ではないかとされています」
拡声魔法を使用して、青年は語る。手元には特に資料などはなく、空手のまま古びた家屋を指差して淀みなく言葉を続ける。
「勇者タダシは凱旋後、旅の最中に寄ったこの村に居を構えました。それが此方の家です。勇者タダシの家系はタダシが死去するまでこの家で暮らし、その後勇者タダシの暮らした家を保つためにウェシア王国によって保護されることになり、このような状態で残っています」
「はーい!入っちゃダメなんですかー?」
「よく聞かれます。残念ながら入れません。何せ、子孫の私も入ったことが無かったりします」
「末裔なのに入っちゃダメなのー?」
「ダメなんですよねぇ、国の文化財なので」
困ったような仕草をすると、笑いが起きる。鉄板ネタがいつも通りに通じて安堵しつつ解説の締めに入る。
「勇者タダシはウェシア王国からの豪華絢爛の褒美も謝辞し、それでも彼に報いたいといった当時の国王の意図を組み、この村に家を建ててほしいと願った訳です。故に、この家は勇者が唯一貰った褒美になります。私達勇者の末裔はこれを守り、維持し、皆様に勇者タダシの活躍を伝えていくことが使命だと考えております」
パチパチパチ、と拍手が響く。まばらであまりやる気の無いものだが、校外学習で連れてこられた生徒なんてこんなものだろう。拍手が来るだけまし、と思いつつ礼をして団体を見送る。
青年は裏手にある自宅に戻り、拡声魔法を解きリビングに寝転がる。
「午前の部終了~……飯なんかあるー?」
「お疲れリョウゴ。そうだね……チャーハンでもしようかね」
「わぁお庶民的。とても勇者の末裔ナカジマ家の食事とは思われ無さそうで」
「あら失敬な。ご先祖様が心血注いで残してくれたメニューだってのに」
「さすがニホン人としかいうしかないんだよなぁ……」
居間に飾られた勇者タダシの肖像画を見上げながら、その末裔リョウゴ・ナカジマは呟く。
おおよそ五百年前、全世界を支配していたという「恐怖の大魔王」。人類が滅びるのも時間の問題、というレベルになった時に異界から一人の少年が現れた。
勇者タダシ、本名タダシ・ナカジマ。彼は聖なる剣を手に世界を巡り、仲間を集い、力を付けて、「恐怖の大魔王」に打ち勝った……とされている。
その後は慎ましい生活を望み、家と大陸南部で育成されていた穀物である「コメ」をもらいこの地に住み着き、苦心の末故郷の味に近い「米」を生み出したとされている。
この村では常備食として今では小麦以上に作られ、パン以上に食べられているもので、それを利用した料理の発案にも勇者タダシは熱心だったという。子孫としては貴族としての爵位くらいは貰っておいてほしかった、と祖父は散々愚痴っていたがリョウゴとしてはこの生活は気に入っているので不満はない。
「あっ、ごめん。作ってる間に田んぼの方見てきてくれる?収穫前だからか、前からちらほら獣が出るって」
「へいへい。モンスターなら逃げるわ」
「あんた一人でもモンスター程度ならどうにか出来るでしょうに」
「どうにか出来ても、だから何だって話だ。いくらちまちま強くなっても、俺らにはどうしようもない」
体を起こし、裏手から家を出る。米を作っている田園地帯は川を挟んでリョウゴの自宅横に広がっている。おかげで夏場の夜はカエルの大合唱、家自体に遮音魔法が施されていなければ万年寝不足に悩まされているところだ。
勇者村、と呼ばれるこの村のほとんどは農業従事者だ。一部村民だけが定期的にやって来る観光客相手の宿場やガイドなどで生計を立てている。例外が勇者パーティの末裔。彼らは勇者タダシと共に活躍した勇者パーティを先祖に持ち、その力を継承している。継承した力はどれも通常の魔法や武技と違って破格のものだ、彼らはその力によって勇者村周辺を守っている。
残念ながらリョウゴにはその力はない。勇者の末裔には、代々何の力も引き継がれていない。それでもモンスターと戦う程度の力は有している。並大抵の冒険者程度なら負けることはないくらいの実力はある……が、
「勇者の末裔としては地味だよなぁ」
移動が面倒になったので、水面歩行の魔法をかけて激流に乗り進むリョウゴ。なぜかは分からないがリョウゴはあらゆる魔法を取得できた。しかしその効果も威力も一流と比べると見劣りするし引き継がれた能力と比べれば些細なものだ。もし勇者タダシの能力を引き継げていればあるいは活かせたのかもしれないが、今となっては分かりようがない。
リョウゴには不満はなかった。勇者として活躍を見込める世の中でもないし、家計の事情で外に出られるわけでもない。むしろ半端に力を持った方が夢を諦めきれずに家と反発して飛び出そうとしていたかもしれない。
実際、幼馴染たち勇者パーティの末裔はしぶしぶこの村を守っているというべきだ。本当は都で冒険者として活躍できる力があるのに、辺鄙な村の専属警備員をさせられているのだから不満も溜まるに決まっている。彼らと比べると勇者タダシの歴史を学び、それを観光客相手に披露できることを楽しいと思えているリョウゴは幸せなのかもしれない。
「まぁあいつらのその内大人になるだろ……それまでは田んぼの様子を見るとか地味なのは俺の仕事かぁ」
一足先に大人になっていると考えれば悪い気はしない。防水魔法もかけて荒ぶる川の水面に座り、手帳を取り出す。ここには代々伝わってきた勇者タダシの残してきた記録を彼なりに研究した成果が記している。
「しかし……なんで勇者タダシは『田んぼの様子を見てくるという言葉は不吉』なんて残したんだろうか?」
気を付けていれば田んぼの周囲は長閑なものだ。基本的には獣は寄ってこないように仕掛けはされているし、ちょっと虫などはいるが周りは自然豊かで心地が良い。
今日も見上げれば空には雨上がりだからか雲一つない青い空、そして視線の先には落下してくる人影と平穏そのもので……
「……平穏じゃないな!?」
立ち上がり、人影を凝視する。スカートらしいものを履いているから、女性だ。重力に従うままに落ちているところを見るに意識はない、あの高さから落ちているのなら間違いなくパニックになるはずだ。
このまま落ちれば川に落ちる、一見すると水場に落ちるのだから助かりそうだがあの高さから水面に叩き付けられれば地面と大差のない衝撃が少女を襲う。意識の無い状態でそんな衝撃を受ければ、まず助からない。
流れに逆らい少女の落下地点で待機し受け止める、安直な考えをリョウゴは否定する。リョウゴは耐えられるが自らに魔法も掛けれない少女は生身でその衝撃を受ける事になる、水面に叩き付けられて濁流に流されるよりはましだが負傷するのでは意味がない。じゃあ、飛びあがり彼女を抱えて着地する?ダメだ、落下してくる果物を空中に飛んで受け止めても手の中で潰れるだけだ。
一番は浮遊魔法などを掛けて落下を緩やかにする、だがリョウゴは魔法の同時使用なんて高度なテクニックは使えない。ならばどうするか、
「えぇい、ままよ!!」
陸地に飛び乗り、魔力を巡らせ、限界まで自分の身体能力を強化する。これで十数メートルは跳躍できる。彼女が跳躍距離ギリギリの位置に入った瞬間に、飛び上がる。最高到達点に達すると同時に彼女が触れれる位置まで落ちてくる、その瞬間に一瞬だけ彼女に触れ浮遊魔法を付与する。
落下の勢いから解放され、ふわりと一瞬浮かび、そのまま緩やかに落下していく少女。我ながら上手くいった、と誇らしげにしながらリョウゴは下を見る。そこには濁流ともいえる川があらぶっている。
魔法の同時使用が出来ない以上、リョウゴは水面に立つことは出来ない。つまり確定で濁流に浸かる、そしてそこから急いで這い上がり、緩やかに落下する彼女が濁流に着水する前に受け止めなければならない訳で。
「いけるいけるやればできる俺はできる子さぁ掛かってぶべっ!!」
勇気ある男の自己啓発は、濁流の水音によって掻き消される。
一分後、どうにか川から這い上がり、戻ったリョウゴはびしょ濡れになりつつも受け止められる位置まで降りてきた少女を抱える。汚れた状態で抱えるのは申し訳ないとも思いつつ、命には代えられないだろうと自分を納得させて少女を抱えたリョウゴだったが、改めて彼女を見て驚愕する。
「……この服って」
紺色の襟と首当て、紅いスカーフに白のシャツ、紺のスカート。
まずこの村では見る事の無い服だが、リョウゴは何故か知っている。この服の特徴を、見た事はないのに知っている。
「せーらー、服か?となると……この女の子……勇者タダシの残した、伝説の『女子高生』という生き物では……!?」




