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物欲の彼岸 往還する邂逅

作者: Y_dot
掲載日:2026/05/05

前作『デジタルネイティブ VS 老害SE』では、最新機器を使いこなす若者へのアナログな抵抗と、デジタル時代への静かなアンチテーゼを描いた。


今作のテーマは、「視点」。

誰もが夜空を見上げれば目に映る、星々という「事実」。しかし、それは宇宙の「真実」とは限らない。


本作は文章と動画が相互に補完し合う、ハイブリッドな連動作品。

文字で論理を、映像と音で感覚を。

1500光年の絶望を越えて、私が辿り着いた「彼岸」の景色を共有したい。

第1話 孫の配信


 孫がゲームのライブ配信に夢中らしい、と聞いたのは、こないだの休日だった。自分でキャラクターを作り、あとはただゲームをしているところを垂れ流すだけの配信。何が面白いのか分からないが、孫の視聴者は意外に多いらしい。チャット欄には、知らない誰かが「そこ右!」「ジャンプしろ!」とアドバイスを送ってくるという。


「親が配信設定やったんだろ」と息子に聞くと、鼻で笑われた。


「いや今の子は、自分でやるよ。分かんなきゃAIに聞きゃ一発だし。友達もみんなやってる」


そう言われて、少し言葉に詰まった。昔は“知っているか・知らないか”が人の行動を決めた。ググる能力が話題になった時代もあったし、その前はパソコン通信でコマンドを覚えなきゃ何もできなかった。技術屋として食ってきた自負もあった。


だが今は違う。スマホさえあれば、必要な設定はAIが教えてくれる。自治体の連絡さえデジタル化し、紙のプリントはとうに姿を消した。“体験格差”はますます広がっている気がする。昔は知っている者だけが先に行った。いまは「知らなくても先に行ける」世界になった。その分、知らないままでいる人の影が、逆に濃くなる。


 ――置いていかれているのは、どうやら私のほうらしい。


そんな気持ちを抱えつつ、何気なく動画サイトを開いたときだった。おすすめ欄に「天体ライブ配信」という文字があった。


再生してみると、ただ夜空を映しているだけ。なのに、吸いこまれるように見入ってしまった。レモン彗星やスワン彗星の時期だったせいもあるが、月の縁が妙に生々しく、画面の向こうに冷たい空気さえ漂ってくるようだった。


 ――こんなのがライブ配信できるのか。


調べてみると、配信の枠組み自体は拍子抜けするほど簡単だった。パソコンにOBSというソフトを入れ、望遠鏡に据えたカメラの映像を流し込む。かつてケーブルの束と格闘した日々が嘘のようだ。


だが、私の本番はそこからだった。 東京の、光害に塗りつぶされた夜空。見えるのは月か、せいぜい木星くらいだ。その見慣れた天体を、画面越しにいかに「存在」させるか。


私は新旧の機材を並べ、執拗に比較を繰り返した。高解像度なデジタルは、時に冷たすぎる。アナログの曖昧さが生む没入感も捨てがたかったが、最終的に私は、最新のCMOSカメラ二基を並列にする「二眼」の構成を選んだ。 疑似的な立体視ではない、本物の視差を届けたかったからだ。


かつて対空双眼鏡を自作した際、ミリ単位の光軸調整に敗北した。だが今は、画面上のスライダー、一つで、左右の像を重ね合わせることができる。かつての苦労を知る身としては、魔法というよりは、ずるをしているような気分だ。


しかし、最後の一線はAIも教えてくれない。 ゴーグルを持たない視聴者が、画面を凝視した瞬間に「ふっと」月が浮き上がるポイント。そのための補助マークの配置や、視差の深さ。私は自分の目を何度も充血させながら、視聴者が「あちら側」へ滑り込むための最適なバランスを探り続けた。 望遠鏡をいじるのとは違う。これは、誰かの脳内に直接、宇宙を構築する作業だった。


設定が終わり、テスト配信の画面を見つめる。 液晶の向こう側、漆黒の闇に月がぽっかりと浮いていた。 自画自賛と言われても構わない。それは、確かに“そこにある月”だった。


早速、息子に連絡して、ライブ映像の配信を知らせた。息子は呆れながら孫に見せた。孫は「すげえ……」と呆れたような声を出した。


歳を取ると、若いやつに何かを“すげえ”と言わせる機会なんて、そうそう転がっていない。


番外編 第1話 月をつかむまでの回り道


本編で語りきれなかった「沼」に足を取られた話をここで話す事にする。興味のない方は、どうか本編だけ読んでほしい。以下は、星空を「浮かせる」ために通った回り道です。この物語は、YouTube(動画)連動作品にする。


やりたいことは、天体観測・星空散歩の立体視でのライブ配信、YouTubeには、この物語に連動する形で、解説動画も投稿つもりです。


皆さんは、立体視というものをご存じだろうか。昔、雑誌の付録などに左右二枚の写真が並んでいて、「ぼーっと眺めると立体に見える」と書いてあった。初めて試したとき、私は全く見えなかった。ただ同じ写真が三枚に増えるだけだった。ところが、ある瞬間――ふっと中央の像が奥に沈む。あれは少し不思議な体験だ。人間の脳が「奥行き」を勝手に作る瞬間。


ちなみに立体視の原理は1838年にすでに発見されている。技術屋の世界では、たいていの「新技術」は百年以上前に一度誰かが試している。


参考画像:ステレオスコープ-サイドバイサイド-参考画像:アナグリフ参考画像:書籍-裸眼立体視-


ライブ配信で「星空散歩、しかも裸眼立体視で」と考えた時、昔の機材を思い出した。物置から発掘したのは、1980年から90年代の遺物たち。


ソニー初代グラストロン、ニコンデジタルイメージングシステムが出てきた。そして、ミードのエレクトリックアイピースが2本。


1990年代はテレビも大型化、ホームシアタなんていう「リビングを映画館に」と広告がされだしたとき、ヘッドマウントディスプレーなる物が発売された。その一つがソニーのグラストロン(初代)。「目の前に52インチが広がる」というキャッチフレーズ。NTSC(アナログ出力)をこのグラストロンへ入力するだけの単純な構造。要は、小さなTVアナログモニターを二台目の前に置き、それを眺めるというもの。


一方、フィールドスコープのニコンからは、「デジタルイメージングシステム MX」というフィールドスコープのオプションが販売されていた。これには、CCDカメラと小型液晶モニター、そして、ニコン一眼レフカメラの交換レンズへカメラを接続するマウントと、CCDカメラを単体でもカメラとしても使えるレンズがセットされていた。


この年代物、動くのか?技術屋の物置というのは、半分は博物館、もう半分は墓場だ。


残念、小型液晶モニターとエレクトリックアイピース1本は不動だったが、CCDカメラ、とアイピース1つは無事映像を映しだした。そして、グラストロンも無事だった。


1.アナログ立体視望遠鏡→エレクトリックアイピース→グラストロン(アナログ)フィールドスコープ→CCDカメラ→グラストロン(アナログ)(パソコン不要のアナログ接続)


*アナログ映像のキャプチャー動画を以下に掲載しています。URL→準備中(近日公開予定)


2.デジタル立体視望遠鏡→CMOSカメラ→パソコン→グラストロン(HDMI)ライブ配信を行う前に、まずは確認ということで、HDMI版のグラストロンを物置から見つけ出す。


これが、物置の発掘調査の目的だった。無事、発掘成功。作動も問題なし。まだ、昼間なので、フィールドスコープにCMOSカメラを付け、PCへキャプチャーニコンのフィールドスコープはアイピースは専用の物だが、このペンタックスは天体望遠鏡の1.25インチ(アメリカンサイズ)の物が使える。月ならばこのφ65でも大丈夫だろうとテストを始めた。PCのHDMI出力からグラストロンへミラーリング。しかし、この映像、当時は没入感に感動したが、デジタル画像に慣れた今、「なんだこれ?」な感じだ…。


(今風に言えば「エモい」と言ってもらえるのか?)


孫もゴーグルを付け近未来的な自身の姿を見て、「おーっ!2.5次元じゃん」なんて言っていたが…。


2020年くらいまではユーチューブもVR対応(3D)動画に対応、GoogleもDaydreamを立ち上げていたが、今となっては過去の遺物。ここまでは、言わば一人称視点(FPV)、ゴーグルをかけての立体視。しかし、やりたいことは、視聴者は特別な機材不要の裸眼立体視のライブ配信。


デジタル映像のパソコンへのキャプチャーまでは確認できた。それをサイドバイサイド(SBS)に配置する。


3.対空双眼でのライブ配信対空双眼鏡→CMOSカメラx2→OBS:L・Rそれぞれキャプチャーシーン設定→配信・録画


ついに、裸眼立体視の「配信画面」を作り事に成功した。手順は簡単なのだが、設定類、特にパソコンへの負荷、回線の問題など思いのほかてこずった。何しろ、使用している機材はみな年代物ばかり、結局、使うパソコンは3台。使うカメラは配信用はモーションJPGの様な軽い動画にそれをキャプチャーするPC-1、そのPCから配信用のPC-2。別に高精細記録用のPC-3。カメラと望遠鏡4本、カメラ4台という構成だ。自宅では良いが、遠征となると電源・回線の問題がのこる。


しかし、ゴーグルがスマートグラスになろうとも結局はこの電源と回線。そして、長野県も空が暗いと「宇宙県をキャッチフレーズ」にしているが、白馬村は、夜中でも都会並みに明るい。ライブ配信本番は、長野県小川村のアルプス公園付近を計画してるが、下見の際、北アルプス山麓の街の灯りが煌々と。


まぁ月明りに照らさせる山並み、光る残雪、夜空に煌めく星々、そして、街の灯りと手前の漆黒の森、そのコントラストも現在を映す姿なのだろう。星を浮かせるために、私はずいぶん遠回りをした。


この回り道がなければあの夜、孫の「すげえ」は聞けなかったのだと思う。


第2話 フォルトトレラントという言い訳


コレクション癖に近いが、機材を購入する際、許されるなら複数買う。使用機と予備機という形で。多くの人は、「なぜ同じものを」と疑問に思うだろう。一つならば、上位機種だって買えるかもしれないのだから。


知り合いは、とにかく「ハイエンド」を買う。しかし、自分はまず、ハイエンドは買わない事にしている。ハイエンドがあるなら、二番手で良い。そして、それを二台買う。しかも様子を見て、大体、新機種が出そうになる前、新機種の仕様を確認してから。


要は「型落ち」を安く入手し、トラブルが起きても代替えが効く体制を整える姿勢。


そんな状態だから、物置は大変な事になっている。


家人からは「何とかしろ」それが、もう口癖、耳タコ。もちろん、都度、整理はしている。


手元に残すもの、ドナドナするもの。


知り合いが、神奈川県藤沢のお寺の境内で催される蚤の市に店を出すという機会ににぎやかしに一緒に何か出して欲しいと声がかかった。


これは、機材整理に好都合と参画させてもらった。この時に光学機器(カメラ、レンズ)を一気に整理した。


骨董市、蚤の市は面白くて、ほぼ言い値の様だ。もちろん、中古市場はあるのだから、「相場」はあるだろう。しかし、ここのお客様は業者(古物売買を生業)というより、「掘り出し物」を探している趣味人が多かった。骨董品はやはり、見る目が大切、贋作なんかもあふれている。その点、カメラ、レンズは「嘘」は付けない。状態がすべてだ。


しかし、そのカメラやレンズには「物語」がある。また、「沼」がある。銘レンズと迷レンズ、うんちく次第で、「ダメレンズ」も名機になる。


自分はダメレンズの評価のものも何が「ダメ」は確認している。例えば写した写真の中央部は良いが周辺部は甘いとか、そもそも解放は甘いレンズだとか。その短所を説明し、そのレンズの「味」と説明すると、面白がって、こちらの言い値で買ってくれた。


しかし、どうしても手放したく無いものももちろんある。それは「もの」としての物語があるもの。


自分の記憶・思い出が詰まっている物は心の中にあれば済む。しかし、もう二度と手に入らないのではと思える物が中にはある。万人がそう思う物は、今、とても高額になっているだろう。お金で買えないものの方が「価値がある」とも言うが、それは話が違う。


例えば、その一つは時代を象徴した「物」だ。


沼は、こうして静かに引き継がれていく。


番外編 第2話 ドナドナ


今はネットで個人売買が気軽に出来る時代。わざわざ、蚤の市へ大荷物を抱えて行く必要もない。商材の写真を撮り、説明を記載すればそれで済む。しかし、そこには、値引き交渉はあっても、「うんちく」は必要とされていない、「相場」が形成され、それしかない。しかも「保証」すら求めるものもいるから厄介さはある。「作動未確認」「ジャンク扱い」とされ、相場より安くなる。まぁ、高値にするつもりはないが、気持ちの良い話ではない。


このネット個人売買の黎明期には実際の市の時のように事前に質問してくる趣味人もいたが、今はそのやり取りすらない。


本当に不用品処分という感じだ。


先日、ふと個人売買のサイトを覗いていたら、なんと「テレビュー ジェネシス、TV経緯台、木製三脚付」が出品されていた。


出品者は状態、詳細不明、ジャンク扱いでと記載。掲載画像では、汚れ、レンズにカビがある決して良い状態の物ではなかった。が、「これは!」と思った。


しかし、今、部屋には「テレビュー プロント F2経緯台、木製三脚」を飾っている。踏みとどまった。相場より安いが「買ってどうする?」そもそも、テレビューは、安いから買う物じゃない。妙な冷静さがそこにはあった。


というものの10インチドブソニアンが格安だったので、購入してしまうという訳の分からない状況。


あー、8インチはドナドナしなきゃ…


*10インチドブで撮影した木星(東京にて)URL


第3話 遠征 準備


テスト。月なら、東京の空でもいい。だが、問題は、これからだ。


配信という新しい試みを形にするなら、やはり漆黒の闇が必要になる。となれば、また長野の小川村へ遠征、アルプス展望台の静けさの中で「あの立体の星空なら」それはきっと、孫のゲーム配信にはない“何か”になるのではないか、そう思い遠征することにした。


遠征となると、機材と電源の問題が頭をよぎる。車で行くにしても、積み込みは一苦労だ。


息子が、スマート望遠鏡の存在を教えてくれた。軽くて、自動で、失敗が少ないという。聞き流すつもりだったが、頭の片隅には残った。


遠征で使う機材を確認する。さすがに10インチのドブソニアンは見送った。対空双眼鏡と、それを支える三脚。ポータブル電源、パソコン。カメラとアイピース。せっかくだから一眼レフも積み込む。


最後に、息子から借りたスマート望遠鏡。なぜかトランクではなく、助手席に置いた。


最小限に絞ったはずの荷物でも、車はそれなりに沈み込む。


結局、使う機材なんて、いつもこんなものだ。物置に残された機材を見て、苦笑する。物置に残された巨大な機材たちに「すぐ戻る」と苦笑いを見せ、山へと向かった。


期待通りの静けさだった。聞こえるのは耳を撫でる風の音と、時折、遠くの谷から響くかすかなエンジン音だけだ。


三脚を立て、対空双眼鏡を載せる。電源をつなぎ、パソコンを開く。手順は、もう体が覚えている。


設営を終え、暗くなるのを待つ。太陽が北アルプスの険しい稜線の向こうへとゆっくり沈み始めると、いよいよ儀式のような「待ち時間」が始まる。


私は椅子に腰を下ろし、空を見上げ、月を待った。


番外編 ビーナスベルト


太陽が沈む、と言っても、太陽が北アルプスの山々で見えなくなるだけ、その直前に見られる天文現象このアルプス展望台では、日没時に東にビーナスベルト、西には夕焼けという、幻想的な風景を見ることができる。しかし、これはそれは、配信画面に映らない時間だった。


日没から30分。空に残ったわずかな色が消えるころ、星々は、待っていたかのように姿を現す。それは、昼と夜が、静かに入れ替わる時間。


また、月が西に沈むときには、アルプスの木々が月を背景にしてシルエットで浮かぶそんな幻想的な情景も見ることができる。


第4話 浮遊と没入


さすがに、東京の空とは違う暗さだった。こんなに星があったのかと、あらためて思う。


驚き、というよりも、言葉は悪いが、気持ち悪いし、少し、怖い。


星座が分からない。見慣れたはずの並びが、どこにもない。


一体、何等星まで見えているのだろう。


「近いのか遠いのか、分からない」


でも、望遠鏡を覗く前から、すでに浮いている感じがあった。


低倍率で、双眼鏡を覗き込む。


満天の星空に、放り出されたような感覚。双眼で見る夜空は、普段知っているそれとはまるで違う。


漆黒の背景ではない。闇そのものが、星で満たされている。


わずかに鏡筒が揺れるだけで、視界が流れ、目が回る。


体ごと、空に持っていかれるような浮遊感だった。


早速、アイピースをCMOSカメラに付け替え、映像をパソコンへ映し出す。


倍率が上がり、視野は一気に狭くなった。少し、現実に引き戻される。


それでも目標を定め、星団へ向ける。画面に収まった像は、思った以上に素直だった。


サイドバイサイドに並んだ映像は、確かに、立体になっている。


低倍率での星空散歩は、やり方を変える必要がありそうだ。そう思いながら、配信を開始した。


息子に連絡し、映像を確認させた。


孫は、もう寝るところだったらしい。眠いのか、反応は薄い。


「この前のと、変わらないじゃん」


一瞬、言葉に詰まった。えっ、と声にならない声が出る。


どうやら、盛り上がっていたのは自分だけだったようだ。


すると、「星雲、見せてよ」と、孫が言った。


となると「観測というより別物」の望遠鏡を、スマート望遠鏡に切り替える。向けた先は、オリオン大星雲。そのまま配信した。


画面に現れた星雲は、立体ではないはずなのに、それなりに、浮かび上がって見える。


「そう、これこれ!」


孫の声が、少し弾んだ。


「ゴーグルを付けなくても、浮いて見える!」


どうやら孫は、もう立体視に慣れてしまったらしい。


「おじいちゃん、この時計2分早くない?」


第4話 番外編 スマート望遠鏡


スマート望遠鏡は、もちろん単眼の望遠鏡だ。それを立体視にするためにやったことは、拍子抜けするほど単純だった。


パソコンへキャプチャーした映像を、左右に同じ画面として並べる。作業としては、それだけだ。後は、脳が勝手に奥行きを作ってくれる。


それでも、星雲や星団に関して言えば、もうこれで十分、というより、これが正解に近いのではないかと思えてしまう。


一方で、惑星はまだ難しい。明るすぎるせいか、処理が追いつかない。月も同様で、スタック処理をしない、昼間と同じような扱いなのだろう。


そう考えると、惑星に関しては、やはり光学望遠鏡に軍配が上がる。


もっとも、ここまで暗い場所なら、木星を見るのに大口径は必要ないとも言える。


……とはいえ、やっぱり10インチは持ち込みたくなるのだが。


第5話 レギュレター


蚤の市で、たまたま見つけたゼンマイ式の柱時計。


特に凝った装飾があるわけでもない。だが、振り子の下に「regulatorレギュレター」という文字が、かすれながらも誇らしげに残っていた。


店主に聞くと、「未整備だけどね。ゼンマイは切れてないから、直せば動くかも」


(時計を直した経験などない。それでも、その「レギュレター」という響きだけが、妙に引っかかった。今のなんちゃって「PRO」とは違い、本来は“精度を売りにした時計”のはず‥)


ちょうどその場で、自分もカメラやレンズを並べていた。売っている側の人間でもある。


だからふと、思ってしまった。


「このPolaroid SX-70と交換でどうです?」


店主は少し間を置いて、あっさり頷いた。


拍子抜けするほど簡単に、交換は成立した。


おそらく、冷静に見ればこちらの方が損をしている。それでも、どこかで分かっている。


この世界は、価値の計算で動いていない。惚れた瞬間に、天秤は壊れる。


損をしたくないという感覚は、もちろんある。それでも、時々それより強いものが出てくる。


(それは、もはや合理ではない。Old_Nikon、Old_Leica、Land camera……追金なしなら、どれを選ぶ?)


物を整理するつもりの出店で、また別の物を持ち帰る…


妻の雷が落ちる前に、部屋に持って行かねば…


リビングには、機械式の柱時計がかかっている。


この時計は自分が生まれる前からここの掛けられていたものだ。


不思議な時計で、正確に2分前に時を打つ。


なので、長い間、時を告げるのは、その時間丁度では無いものだと思っていた。


一人、こっそり部屋に持ち帰った時計を抱えたまま、そっと中を覗き込んだ。


店主の言う通り、状態は良くない。鉄は錆び、埃が積もり、どこかが固着していてもおかしくない雰囲気だった。


巻き鍵、振り子は一応そろっている。だがゼンマイを巻く前に、まずは掃除はしようかな。


分解できる技術はない。だからそのまま、木枠の内側に新聞紙を敷き詰める。ティッシュを押し込み、パーツクリーナーを恐る恐る短く区切って噴く。それでも、スプレーのエアと一緒に、長い時間の堆積が流れ落ちていく。


そして、ティッシュを交換し、軽くこする。歯ブラシが届きそうな場所は、慎重に、そっとなぞるように。


(いや、怖いな……、溶剤の匂いが立ち上る。指先に触れる真鍮は思ったより冷たい。)


壊してしまいそうな不安と、少しだけ高揚した気持ちが混ざる。それでも手は止まらない。


もう一度、汚れを落とす。


ここからどうするか。


潤滑油か。それとも一度、完全に油分を抜くべきか。


迷った末に、軸らしき部分に、ミシン油をわずかに差した。


正しいのかどうかは分からない。ただ、そうするしかなかった。


真鍮のパーツが、ゆっくりと光を取り戻していく。


(磨いたわけではない。ただ、酸化の表面が“見えるようになっただけだ)


それでも、その状態を、美しいと思ってしまった。


やっぱり、機械式だ。…基盤の回路も美しいという者もいるが、


それとは違う。


ここから、枠やガラスを磨く前にとにかく、ゼンマイを巻いて動くのかを確認したいという衝動は抑えられなかった。


壁に掛ける、垂直、水平をレーザーで合わせる。そして、軽くゼンマイを巻き、


振り子を振る。


(コツ、コツ‥)


振り子の高さを、打刻と秒数を見て調整。


何事もなかったかの様に、リビングへ戻る。


するとリビングの時計が時を告げるその2分後、部屋から新たな打刻が聞こえた。


と共に、妻の雷も落ちた。


第6話 光の迷宮


「奥行き」


机の上に、月球儀が置いてある。壁には、月面写真が一枚、無造作に掛けられていた。


ふと、それを見比べる。


(この月は、立体になるのだろうか)


根拠はない。ただ、そう思ってしまった。


気づいたときには、望遠鏡を二本並べていた。


片方には、IR-Passフィルターを付けたモノクロカメラ。もう片方には、IR/UVカットのカラーカメラ。


“同じ月”を、別の解釈で見るための装置だった。


人間の目で見える月と、センサーが捉える月。その差をそのまま、左右に並べたらどうなるのか。


サイドバイサイド(SBS)で重ねれば、月は浮き上がるのではないか。


そう考えた瞬間、もう止まらなかった。


だが、それだけでは足りなかった。


「 揺らぎ」


月の立体視が成立した。ならば次は、惑星はどうだろう。


この時期なら土星がいい。


ただ、頭のどこかで冷静な声がする。


(この望遠鏡では、まだ足りない)


やはり、10インチの出番か。


とはいえ、惑星は一枚では終わらない。何枚も撮り、重ね、揺らぎを削っていく作業になる。


時間も手間もかかる。


それでもふと思う。


(この“ぼやけた一瞬”こそ、現実なのではないか。図鑑を作ろうとしているわけではない。そう言い訳を作り)


今度はアイピースにスマートフォンを取り付ける。そのまま、動画として記録する。


惑星は急に“平面”に近づいた。でも、揺らぎが、立ち上げているように見えた。


「 境界」


そもそも、最初のきっかけは単純だった。


小学生の頃、父が買ってくれた望遠鏡で土星を見たときの、あの感覚だ。


今でも忘れていない。


輪がそこに“本当にある”という事実に、少し遅れて衝撃が来る。


気づけば、物置は機材で埋まっていた。望遠鏡、架台、アイピース。そしてカメラ。


いつの間にか、それは観測というより“収集”になっていたのかもしれない。


その先にあったのが、星雲だった。


図鑑でしか見たことのない、淡い構造。長時間露光と画像処理の末に、ようやく浮かび上がるもの。


だが、ハッブル、ウェッブ。


宇宙望遠鏡が送ってくる画像を見たとき、少しだけ息が止まった。


(これは、同じものなのか)


かつて図鑑で見たもの。学校で習い、自分の手で、時間をかけて積み上げた撮影結果。


それらが、一瞬で崩れ去った。


今ではスマート望遠鏡で、ある程度の像は“自動で”得られる。


それでも、違うと感じてしまう。図鑑と同じだ。


地上から見ているものと、処理されたもの。同じはずなのに、どこか別の存在に見える。


暗い夜空に慣れた人は、オリオン大星雲が赤く見えると言う。だが普通は、ただのグレーだ。


どちらが正しいのかは分からない。


見えているものが事実なのか。それとも、見たあとで脳が補っているだけなのか。


宇宙望遠鏡は、そこへ行けるわけではない。ただ、届いた光を並べているだけだ。


そしてその“並べられた宇宙”を、私たちは見ている。それが本当に“見ている”のかは、分からないまま。


第7話 崩壊


孫とプラネタリウムへ行った。自分がそうだったように、やはり子供は宇宙が好きなようだ。自宅では、図鑑を観ながら、そして、宇宙関係の動画を観たり学校でも、最近は宇宙の話で盛り上がっているという。種子島からロケットの打ち上げのニュースが出る度に、見に連れていけとせがむらしい。


そこで、近所のプラネタリウムへ連れて行った。


その帰り道、夏休みの自由研究を決めたのか確認するとまだ、決めていないというので本屋さんへ寄り道をした。


自由研究…孫は、眼もくれず、一目散に走り出す。そこは、自然科学の棚だった。


(ここでも、宇宙…頭の中はそれで一杯なのだろう、苦笑いをするしかない)


「なに?この変な本?」


孫が手にしたのは「星座の本」だが、ただの星座解説ではない


赤の点と線、青の点と線が微妙にずれ、重なって描かれている。


「じゃあ、これを題材にして、自由研究にする?」


「なに?」


「自由研究にしようと思えば、出来ると思うよ」


と唐突なようだが、なにも説明せず、その本を買って、家に帰った。


家に戻り、本の付録の「赤・青のセロファンが付いたメガネ」これをかけて、本を見てごらんとだけ言った。


「おー!星座が飛び出した!」


孫は、眼を丸くし、驚きを隠せないようだ。


…星々の距離感


「じゃあ、やるか。」


傘の内側に丸いシールを貼って、全天、星座を描く、そして、別にスチロールの球と針金で、対数圧縮されたオリオン座やはくちょう座を作る、で、感想を添える。


これが、今年の孫の自由研究。


はくちょう座の模型を眺める一等星のデネブはとても明るいが、奥にある。くちばしの二重星のアルビレオはずっと手前だ。


模型を横から眺める。星座は、どこにもなかった。



番外編 不可説不可説転 映像コンテ

シーン1

キンツレーの時計

星座のレリーフの文字盤

アナグリフで立体視

星座のアップ


BGM 打刻


シーン2

夜空に煌めく星々

星座が描かれる


BGM 打刻(極小音)


シーン3

白鳥座

90度視点を回転


シーン4

遠くにデネブ(白い小さな点)

周囲に散らばる星々


BGM 打鍾 1回だけ

BGM 打刻(極小音)左右ランダム 余韻的に残るだけ


シーン5

石井明朝で「一」、「十」、「百」、‥

「無量大数」まで

下には1500LY、カウンターがカウントダウン


無量大数に近づくにつれ、白い点は大きくなる

阿伽羅…最勝…摩婆羅…

印字後揺れ

カウンターの減速


シーン6

「不可説不可説転」で画面は白

印字後溶かす(フェードアウト)

BGM 無音


シーン7

赤・青メガネが、白い壁を砕く


シーン8

メガネが静かに落下し

コスモサインの時計の上に落ち、消える。


効果

BGM 電子時計の打刻音

秒針は普通速度

星座盤だけ滑らかに加速回転


BGM 打鍾

ブラー効果

ブラックアウト


シーン9

エンドロール

フォント Chicago

think

think different

not think feel

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