第6話:氷の城——フロストとの邂逅
氷結遺跡は、想像以上に巨大だった。
青白い氷の結晶が、塔のようにそびえ立っている。
空気は凍てつくほど冷たく、吐く息が瞬時に凍りつく。
『氷結遺跡:古代の魔法都市の遺構』
『建造年代:推定1,500年前』
『周辺マナ濃度:0.8MP/㎥(通常値の40%)——周囲より高い』
『備考:マナが凍結状態で保存されている』
「すごい……」
エルが、息を呑んだ。
「こんな場所が、あったんですね」
「ここは、かつて魔法都市だった。世界樹が枯れ始めた頃、マナを凍結保存するために建設されたらしい」
「マナを凍結……?」
「そうだ。だが、結局は失敗した。マナは凍っても、いずれ溶けて消える。この遺跡も、あと数十年で崩壊するだろう」
俺たちは、遺跡の内部に入った。
青白い氷の壁。天井には、巨大な氷柱が垂れ下がっている。
床は滑りやすく、エルが何度か転びかけた。
「カイさん、滑ります……」
「足元に注意しろ」
ベルは、平然と歩いている。
彼女にとっては、この程度の寒さは何でもないらしい。
「カイ」
ベルが、俺を呼んだ。
「何だ」
「……この場所、知ってる」
「知っている?」
「うん。昔、ここに来たことがある」
ベルの表情が、どこか懐かしそうだった。
「誰かと一緒に……でも、誰だったか、思い出せない」
俺は、ベルを見つめた。
900年前のデータは欠損——マナ・レジャーは、そう言っていた。
ベルは、900年間俺を探していた。
そして、この遺跡に来たことがある。
全てが、繋がっているような気がした。
「ベル。ここで、何があった?」
「……分からない。頭が、ぼんやりする」
ベルが、こめかみを押さえた。
「思い出そうとすると、何かが——邪魔をする」
「無理に思い出さなくていい。いずれ、分かる時が来る」
「……うん」
俺たちは、遺跡の奥へと進んだ。
*
遺跡の最深部。
そこには、巨大な氷の玉座があった。
そして——玉座の上に、誰かが座っていた。
青白い肌。銀色の髪。氷のような瞳。
人間の姿をしているが、人間ではない。
俺のマナ・レジャーが、彼を識別した。
『検出:フロスト(氷の魔王)』
『年齢:推定1,500歳以上』
『マナ総量:測定不能』
『マナ効率:99.95%』
『能力:《アブソリュート・ゼロ》——絶対零度の魔法』
『脅威度:SSS(人類存亡級)』
『備考:ベルフェゴールの旧友』
氷の魔王・フロスト。
ベルと同格の、古代の魔王。
「おや」
フロストが、ゆっくりと目を開けた。
「客人か。珍しいな」
彼の視線が、俺たちを捉えた。
そして——ベルを見た瞬間、彼の表情が変わった。
「……ベル?」
「フロスト……」
ベルが、一歩前に出た。
「久しぶり。……900年ぶり、かな」
「900年……」
フロストが、玉座から立ち上がった。
「お前、生きていたのか」
「うん。私、しぶといから」
「そうか……」
フロストが、微かに笑った。
「お前が消えた時、俺はてっきり死んだのかと思った」
「死なないよ。まだ、やることがあるから」
「やること?」
ベルが、俺を見た。
「カイを、見つけること。そして——世界を救うこと」
フロストの視線が、俺に向けられた。
「カイ……?」
「ああ。カイ・ヴェルナーだ」
「そうか。お前が、カイか」
フロストが、俺に近づいた。
彼の体からは、凍てつくような冷気が放たれている。
だが、敵意は感じない。
「ベルから、よく聞いていた」
「俺のことを……?」
「ああ。900年前に、な」
フロストが、俺の顔を覗き込んだ。
「……似ているな」
「何に」
「あの時の、お前に」
俺は、眉をひそめた。
「俺は、900年前には生まれていない」
「そうか。では、気のせいだな」
フロストが、背を向けた。
「お前たちは、世界樹の欠片を探しに来たのだろう」
「ああ」
「欠片は、ある。だが——」
フロストが、振り返った。
「お前たちに渡す前に、確認したいことがある」
「確認?」
「ベル。お前は、本当にこの男を信じているのか」
ベルが、迷いなく答えた。
「信じてる。絶対に」
「なぜだ。お前は、900年間一人で苦しんできた。こいつが、その苦しみを理解しているとは思えない」
「分かってなくていいよ」
ベルが、俺の手を握った。
「カイは、カイだから。昔のカイと違っても、今のカイは今のカイ。それでいい」
「……そうか」
フロストが、深くため息をついた。
「お前は、変わらないな。900年経っても」
「変わらないよ。私は私だから」
フロストが、俺を見た。
「……いいだろう。欠片を渡そう」
彼が手を振ると、氷の壁が割れた。
その奥に——淡い青色の光が見えた。
『検出:世界樹の欠片(第二片)』
『マナ含有量:60,000,000MP』
『状態:凍結保存中』
「これが、第二の欠片だ。持っていけ」
俺は、欠片に手を伸ばした。
触れた瞬間、冷たさが全身に広がった。
だが、同時に——温かさも感じた。
世界樹の、命の温もりが。
『世界樹の欠片を入手しました』
『世界のマナ残量に加算:+60,000,000MP』
『滅亡までの猶予:377日 → 421日(+44日)』
「44日……」
エルが、呟いた。
「また、世界が延びた……」
「ああ。だが、まだ足りない」
俺は、フロストを見た。
「感謝する」
「礼は要らん。ベルのためだ」
フロストが、ベルに向き直った。
「ベル。気をつけろ。奴らが動き始めている」
「奴ら……?」
「オズワルドだ。聖騎士団長。奴は——900年前から、生きている」
俺は、目を見開いた。
「900年前から……?」
「ああ。奴は、マナで肉体を維持し続けている。900年間、ずっと」
フロストの目が、暗く沈んだ。
「奴は、狂っている。世界を救うためなら、どんな犠牲も厭わない——そう信じている」
「世界を救う……?」
「奴のやり方は、お前たちとは違う。奴は——」
フロストが、言葉を切った。
「……いや、これ以上は言わん。自分で確かめろ」
「フロスト——」
「もう行け。ここは、もうすぐ崩壊する」
遺跡が、揺れ始めた。
天井から、氷の破片が降ってくる。
「走れ!」
俺たちは、遺跡から走り出した。




