第5話:氷結遺跡への道——師匠の影
クラリスの警告から、三日後。
俺たちは、北の氷結遺跡を目指して旅を続けていた。
フローズン・ホロウ村は、最適化が完了し、住民たちは冬を越せる見込みが立った。
ローゼンタールの横領については、証拠を村長に渡しておいた。
いつか、誰かが動いてくれるかもしれない。
今の俺には、それ以上のことはできない。
「カイさん、寒くなってきましたね……」
エルが、白い息を吐きながら言った。
確かに、気温が下がっている。
『現在位置:王都エルディアより北北東320km』
『外気温:-18℃』
『灰堆積深度:平均55cm』
『周辺マナ濃度:0.15MP/㎥(通常値の7.5%)』
『氷結遺跡まで:推定40km』
「あと一日半で着く。我慢しろ」
「はい……」
エルが、暖房魔法を強めた。
『暖房魔法:消費0.4MP/時 → 0.6MP/時』
『体温維持に必要な最低限』
彼女の効率は、もう65%を超えている。
一週間前の0.004%が嘘のようだ。
「カイ」
ベルが、俺の手を引っ張った。
「何だ」
「あそこに、誰かいる」
俺は、ベルが指差す方向を見た。
灰の平原の中に、一人の人影が立っていた。
黒いローブ。フードで顔を隠している。
だが、マナ・レジャーは即座に彼を識別した。
『検出:レオン・グラナート』
『年齢:67歳』
『元マナ運用局・上級監査官(現在は退職)』
『マナ効率:94%』
『特記事項:カイ・ヴェルナーの元師匠』
——レオン。
俺に、監査術を教えてくれた人。
俺がマナ・レジャーの使い方を学んだのは、彼のおかげだ。
「……師匠」
俺は、呟いた。
レオンが、ゆっくりとフードを下ろした。
白髪の老人。深い皺が刻まれた顔。だが、瞳には鋭い光が宿っている。
「久しぶりだな、カイ」
彼の声は、昔と変わらなかった。
「なぜ、ここに」
「お前を探していた。重要な話がある」
レオンが、俺たちに近づいた。
彼の視線が、エルとベルに向けられた。
「ほう……世界樹のアバターと、大魔王か。面白い仲間を連れているな」
「彼女たちは、俺の仲間だ」
「分かっている。敵対するつもりはない」
レオンが、俺を見つめた。
「カイ。お前は、オズワルドに追われている。知っているな?」
「ああ。クラリスから聞いた」
「奴は、本気だ。お前を殺すつもりでいる」
「殺す? 逮捕ではなく?」
「逮捕では、お前を黙らせられない。だから、殺す」
レオンの声には、深刻さがあった。
「オズワルドは……昔の奴とは違う。何かが、変わった」
「何が変わった」
「分からん。だが、奴の目には——狂気がある」
レオンが、懐から一枚の紙を取り出した。
「これを渡す。お前に見せたいものがある」
俺は、紙を受け取った。
地図だ。
氷結遺跡の周辺が描かれている。
そして——遺跡の奥に、何かが記されていた。
「これは……」
「世界樹の欠片の正確な位置だ。俺が、長年の調査で突き止めた」
「なぜ、これを俺に」
「お前が、世界を救おうとしているからだ」
レオンが、微笑んだ。
「俺は老いた。もう、自分で世界を救う力はない。だが、お前ならできる」
「師匠……」
「カイ。お前は、俺の最高の弟子だ。俺が教えたことを、すべて活かしてくれ」
レオンが、俺の肩に手を置いた。
「そして——お前自身を、大切にしろ。数字だけでなく、人の心も見ろ」
「……クラリスと同じことを言う」
「当然だ。お前の欠点は、昔から変わっていない」
レオンが、笑った。
「さあ、行け。俺は、ここで別れる」
「師匠も一緒に来ないのか」
「俺には、やるべきことがある」
レオンが、振り返った。
「また会おう、カイ。……もし、生きていたらな」
その言葉が、俺の胸に刺さった。
「師匠——」
だが、レオンは答えなかった。
彼は、灰の平原の中に消えていった。




