第3話:中継ステーション——腐敗の現場
村から北に5km。
中継ステーションは、灰の平原の中にぽつんと建っていた。
石造りの建物。周囲には魔法の防壁が張られている。
『中継ステーション「北部第七」』
『管轄:フローズン・ホロウ村を含む12村』
『年間配給量(公式):38,400MP』
『年間実配給量(推定):17,200MP』
『差分:21,200MP(55%が行方不明)』
「カイさん、本当に大丈夫ですか?」
エルが、不安そうに俺を見た。
「大丈夫だ。お前たちは、ここで待っていろ」
「でも——」
「俺一人の方が動きやすい。もし何かあったら、ベルに頼れ」
ベルが、頷いた。
「分かった。カイ、気をつけてね」
「ああ」
俺は、中継ステーションの正門に向かった。
*
門番は、退屈そうに座っていた。
俺が近づくと、彼は面倒くさそうに顔を上げた。
「何だ、お前。ここは部外者立入禁止だぞ」
俺は、監査官の紋章を見せた。
「マナ運用局監査官だ。定期監査に来た」
門番の顔が、わずかに引きつった。
「監査官……? 聞いていないぞ」
「抜き打ち監査だ。事前通告の義務はない」
「だが、ローゼンタール監督官に確認を——」
「確認は不要だ。監査官の権限で、すべての施設に無条件でアクセスできる。お前も知っているだろう?」
門番が、迷った。
だが、監査官の紋章を前にして、拒否することはできなかった。
「……分かった。通れ」
俺は、ゲートをくぐった。
*
中継ステーションの内部は、予想以上に豪華だった。
暖房魔法が効いており、中は温かい。
照明は明るく、床は磨き上げられている。
『ステーション内部の維持コスト:推定800MP/年』
『備考:外部の村々への配給を削って、ここに回している』
俺は、記録室に向かった。
部屋には、大量の書類と魔法記録球が保管されている。
俺は、過去3年分の配給記録を調べ始めた。
『配給記録の分析中……』
『公式記録と実配給量の乖離を検出』
『乖離パターン:毎月15日前後に「輸送中の損失」として計上』
『損失率:平均55%(通常の損失率は5%以下)』
『推定:意図的な横領』
やはり。
記録上は「輸送中の損失」として処理されているが、実際には横領されている。
俺は、証拠となる記録を魔法複製で保存した。
「——何をしている」
背後から、声がした。
振り返ると、中年の男が立っていた。
高価そうな服。太った体。傲慢な目つき。
マナ・レジャーが、彼を識別する。
『ヴィクター・ローゼンタール:地方配給監督官』
『年間マナ消費:85,000MP』
『現在の魔法使用:威圧魔法(消費120MP/分)』
『効率:8.2%』
威圧魔法。
相手を萎縮させるための、貴族が好んで使う無駄な魔法だ。
「お前は誰だ。なぜここにいる」
「マナ運用局監査官だ。抜き打ち監査を行っている」
「監査官……?」
ローゼンタールの目が、細くなった。
「見覚えがあるな。お前……カイ・ヴェルナーか。追放された監査官の」
「追放されても、紋章は有効だ。監査権限は剥奪されていない」
「ふん。形式上はな。だが、お前に何ができる?」
ローゼンタールが、一歩近づいた。
「証拠を集めて、どうする? 誰に報告する? 運用局か? 俺の従兄が副局長だぞ」
「知っている」
「なら、分かるだろう。お前がここで何を見つけても、握り潰される。お前は負け犬だ。何の力もない」
ローゼンタールが、嘲笑った。
俺は——静かに笑い返した。
「力がない?」
「何がおかしい」
「お前の言う『力』とは何だ? 地位か? 金か? コネか?」
「当然だ。それ以外に何がある」
「数字だ」
俺は、マナ・レジャーのデータを展開した。
空中に、光の文字が浮かび上がる。
『ヴィクター・ローゼンタール:過去3年間の横領総額 63,600MP』
『被害村落:12村』
『横領による間接的死者数:推定340名(凍死、灰塵肺、餓死)』
『法的罪状:公金横領、業務上過失致死、職権濫用』
ローゼンタールの顔が、引きつった。
「お前……何をした……」
「お前の『帳簿』を監査した。それだけだ」
「その数字を……誰に見せるつもりだ……」
「全員に」
俺は、窓の外を見た。
「この世界には、マナの流れを見れる人間は俺だけじゃない。いずれ、誰かがお前の罪を暴く。俺がやらなくても、いつか必ず」
「黙れ……!」
ローゼンタールが、杖を構えた。
「お前を殺せば、証拠は消える……!」
『検出:攻撃魔法発動準備中』
『消費予定:5,000MP』
『効率:6.3%』
『回避難易度:低(発動まで3.2秒)』
遅い。
そして、無駄が多い。
「《マナ・ディスラプション》」
『消費MP:3』
ローゼンタールの魔法陣が、砕け散った。
「な——」
「お前の魔法は、無駄が多すぎる。俺に届く前に、勝手に崩壊する」
俺は、ローゼンタールに背を向けた。
「殺しはしない。だが、覚えておけ」
「……何を」
「お前が奪ったマナで、340人が死んだ。その重さを——いつか、思い知る日が来る」
俺は、中継ステーションを後にした。




