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残りマナ0.003%、世界の家計簿を黒字化します~追放された元監査官の最適化無双~  作者: れーやん
第二章:氷と聖騎士編

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第1話:灰色の巡礼者

 北へ向かう街道は、死んでいた。


 かつてここは『白銀の回廊』と呼ばれ、冬には美しい雪景色が広がっていたという。


 だが今、降り積もっているのは雪ではない。


 灰だ。


 世界樹の燃えカスが、膝まで埋まるほど積もっている。


 風が吹くたびに、灰色の粒子が舞い上がり、視界を遮る。


 俺は布で口元を覆いながら、一歩一歩、灰の中を進んでいた。



『現在位置:王都エルディアより北北東180km』

『外気温:-12℃』

『灰堆積深度:平均42cm』

『周辺マナ濃度:0.2MP/㎥(通常値の10%)』

『最寄りの集落まで:推定8km』



「カイさん……寒い、です……」


 後ろから、震える声が聞こえた。


 振り返ると、エルが両腕を抱えて歯を鳴らしている。


 銀色の髪に灰が積もり、エメラルドの瞳は寒さで潤んでいる。


 彼女のローブは、旅を始めた頃から同じものだ。薄汚れ、ほつれ、あちこちに穴が空いている。



『エル・アルシェラ:体温35.8℃(低体温症の初期段階)』

『推奨:暖房魔法の使用』

『必要マナ:最適化済みで0.3MP/時』



「エル、暖房魔法を使え」


「で、でも……マナがもったいない……」


「凍死する方がもったいない。0.3MPで済む。使え」


 エルが、おずおずと魔法を展開した。



『暖房魔法:消費0.3MP/時』

『効率:89.2%』

『灰排出:0.03kg/時』



 一週間前の彼女なら、同じ効果を得るのに3,000MPは使っていた。


 今は0.3MP。


 10,000分の1だ。


「……温かい」


 エルの顔に、少しだけ血色が戻る。



「ベルは大丈夫か?」


 俺は、もう一人の仲間を見た。


 ベルは、俺の隣を平然と歩いている。


 真っ黒なドレスに灰が積もっているが、寒さを感じている様子はない。


「平気だよ。私、寒いの感じないから」


「魔王の体か」


「うん。便利でしょ?」


 ベルが、にこりと笑う。


 1,247歳の大魔王は、-12℃の極寒でも半袖のドレスで平気らしい。



「でもね、カイ」


 ベルが、俺の手を握った。


 冷たい。


 いや——ベルの手が冷たいのではない。俺の手が、冷えているのだ。


「カイ、寒いでしょ」


「……問題ない」


「嘘。手、震えてる」


 俺は、自分の手を見た。


 確かに、微かに震えている。


 マナ・レジャーが、俺の状態を表示する。



『カイ・ヴェルナー:体温36.1℃』

『状態:軽度の低体温』

『推奨:暖房魔法の使用』

『必要マナ:0.2MP/時』



「……仕方ない」


 俺は、最小限の暖房魔法を展開した。



『消費MP:0.2/時』

『効率:98.4%』

『灰排出:0.003kg/時』



 体の芯に、ゆっくりと温もりが戻ってくる。


「カイ、ちゃんと自分のことも大事にしなきゃダメだよ」


「分かっている」


「分かってない。カイはいつも、自分のことは後回しにする」


 ベルが、俺の手をぎゅっと握った。


「昔から、そう」


 ——昔から。


 また、その言葉だ。


 俺は、ベルを見た。


 紅い瞳が、俺を見上げている。


 その奥に、何かが——揺れている。


「ベル。俺たちは、昔、どこかで——」


「あ、カイさん! 見えてきました!」


 エルの声が、俺の言葉を遮った。


 前方に、灰色の輪郭が見える。


 建物だ。


 いくつもの建物が、灰の中に沈んでいる。



『検出:集落「フローズン・ホロウ」』

『人口:推定120名(5年前の記録では340名)』

『年間マナ配給:2,400MP(一人当たり20MP)』

『王国平均の12%』



 12%。


 王都の貴族が一晩で使う照明マナで、この村は一年暮らせる。


「行くぞ」


 俺たちは、灰の中を進み、村の入り口にたどり着いた。



    *



 村は、死にかけていた。


 家々の屋根は灰の重みで歪み、壁には亀裂が走っている。


 道には灰が膝まで積もり、足跡一つない。


 人の気配がない。


「……誰もいないんですか?」


 エルが、不安そうに周囲を見回す。


「いる」


 俺は、一軒の家を指差した。


 窓から、微かに光が漏れている。


 煙突からは、細い煙が上がっている。


「あそこだ」


 俺たちは、その家に向かった。


 扉を叩く。


 しばらく待つと、ゆっくりと扉が開いた。


 中から現れたのは——老婆だった。


 痩せこけた体。灰色の肌。目の下には深い隈。


 彼女は、俺たちを見て驚いた。


「旅人……? この村に……?」


「道中で立ち寄っただけだ。一晩、泊めてもらえないか」


 老婆は、しばらく俺たちを見つめていた。


 そして——


「……入りなさい。ただし、マナはない。温かい食事も、出せない」


「構わない」


 俺たちは、老婆の家に入った。



    *



 家の中は、外より少しだけ温かかった。


 だが、暖炉には火がない。


 代わりに、小さな魔法灯が一つだけ、弱々しく光っている。



『魔法灯:消費0.01MP/時』

『残りマナ:推定3日分』

『備考:暖房は使用されていない』



「すまないね。暖房を使う余裕がないんだ」


 老婆が、申し訳なさそうに言った。


「配給が、また減らされてね。今月は、照明を維持するだけで精一杯なんだよ」


「配給が減らされた?」


「ああ。『マナ浪費禁止令』とやらで、辺境の村への配給は『優先度が低い』と判断されたそうだ」


 老婆が、苦笑する。


「私たちは、マナを浪費するほど使っていないのにね」


 俺は、マナ・レジャーで老婆をスキャンした。



『マルタ(78歳):年間マナ消費 18MP』

『内訳:照明 12MP、調理 5MP、その他 1MP』

『効率:推定40%(独学の民間魔法)』

『健康状態:慢性的なマナ欠乏症、灰塵肺の初期段階』

『推定余命:2〜3年』



 年間18MP。


 王都の貴族が一回のパーティで使う装飾魔法の、100分の1以下だ。



「この村の人たちは、どこに?」


「ほとんどは、家に閉じこもっているよ。外に出る体力がないんだ」


 老婆が、窓の外を見た。


「去年の冬は、23人が死んだ。凍死と、灰塵肺でね」


「23人……」


「今年は、もっと増えるだろうね。配給が減ったから」


 老婆の声には、悲しみも怒りもなかった。


 ただ、諦めだけがあった。



「……おばあさん」


 エルが、小さな声で言った。


「私、少しだけ——」


「エル」


 俺は、エルを止めた。


「だが——」


「分かっている。だが、今は待て」


 俺は、老婆に向き直った。


「この村の年間配給は、2,400MPだと聞いた」


「ああ、そうだよ」


「だが、実際に届いているのは、その半分以下だろう」


 老婆の目が、わずかに見開かれた。


「……どうして、それを」


「俺は元監査官だ。マナの流れは、見れば分かる」


 俺は、マナ・レジャーのデータを呼び出した。



『フローズン・ホロウ村:公式配給記録 2,400MP/年』

『実際の流入量:推定1,100MP/年』

『差分:1,300MP(54%が中抜きされている)』

『中抜きの推定実行者:地方配給官、または中継ステーションの管理者』



「配給の半分以上が、途中で抜かれている。お前たちは、最初から騙されていたんだ」


 老婆の顔から、血の気が引いた。


「そんな……」


「これが、マナ運用局の実態だ。貴族は浪費し、役人は盗み、庶民は死ぬ」


 俺は、立ち上がった。


「明日、この村のマナ消費を監査する。全ての魔法陣を最適化し、効率を上げる」


「最適化……?」


「今のお前たちの魔法効率は、平均40%程度だろう。俺がそれを80%に上げれば、同じ配給でも実質的に倍のマナが使える」


 老婆の目に、かすかな光が灯った。


「本当に……そんなことが、できるのかい?」


「できる」


 俺は、エルを見た。


「この子は、一週間前まで効率0.004%だった。今は60%を超えている」


「0.004%から……60%……?」


 老婆が、エルを見つめた。


 エルは、少し照れくさそうに頷いた。


「はい……カイさんに、教えてもらいました」


「……」


 老婆の目から、涙が溢れた。


「ありがとう……ありがとう、旅人さん……」


「礼はまだ早い。結果を出してからだ」


 俺は、窓の外を見た。


 灰が、降っている。


 この村を埋め尽くすように。


 だが——俺たちが来たことで、何かが変わるかもしれない。


 0.003%の希望を、少しずつ積み上げていく。


 それが、俺にできる唯一のことだ。

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