法の目的と手段における構造的ジレンマ ――なぜ法は「抜け道」を許容してでも手段を規制するのか
後書に意図(こじつけ追記)
序論:法における「目的」と「手段」の乖離
法が存在する本来の意義は、社会の秩序、正義、あるいは安全といった「目的」を達成することにある。しかし、実際の法システムにおいて、条文が直接的に「目的」を規制することは稀である。その代わりに、法は目的を達成するための「手段」を具体的に禁止・制限するという構造をとる。
ここに、法制度が抱える根源的なバグが存在する。
「目的」を達成するために「手段」を封じると、必ずそこには論理的な空白が生まれるからだ。Aという手段を禁止すれば、目的を阻害する意図を持った者は、禁止されていないBという手段を用いて同じ結果を得ようとする。これが「抜け道」の発生メカニズムであり、法と脱法行為との間で繰り返されるイタチごっこの正体である。
一見すると、これは非効率極まりないシステムに見える。ならば、なぜ法は迂遠な「手段の規制」に固執するのか。直接的に「目的」を規制し、その意図を裁くシステムへ移行すべきではないのか。本稿では、この問いに対し、法的安定性と公平性の観点から検証を行う。
本論1:目的規制という「パンドラの箱」
仮に、法の構造を「手段の規制」から「目的の規制」へと転換した世界をシミュレーションしてみよう。
ここでは「時速何キロ出したか(手段)」ではなく、「危険な運転をする意思があったか(目的)」が裁きの基準となる。手段はどうあれ、目的が正当であれば許され、不当であれば罰せられる世界だ。
このシステムは一見、抜け道を許さない完璧な構造に見える。しかし、致命的な欠陥を抱えている。それは「内心の不可知性」である。人間の内面にある動機や目的は、外部から客観的に観測することができない。
その結果、何が起きるか。
第一に、「虚偽申告の正当化」である。
悪意を持って行動した者であっても、「社会勉強のためにやった」「芸術的な表現のつもりだった」と、もっともらしい虚偽の目的を申告し、論理的な整合性さえ取繕えば、手段を正当化できてしまう。
第二に、「弁論能力による階級格差」の発生である。
客観的な証拠(手段)よりも、主観的な動機(目的)が重視される法廷では、事実そのものよりも「いかに説得力のあるストーリーを語れるか」が勝敗を分けることになる。
結果として、優秀な弁護士を雇える資金力のある者や、雄弁な詐欺師が常に勝利し、口下手な正直者が不利益を被るという、極めて不公平な社会構造が完成する。これは「正義」を実現するための法が、最も「不正」を働きやすい温床になるという皮肉な逆転現象である。
本論2:必要的コストとしての「手段規制」
上記のリスク(腐敗と不公平)を回避するために、人類はあえて「手段を規制する」という、不器用なシステムを選択せざるを得なかった。
手段規制の最大の利点は、「客観性」と「予測可能性」にある。
「ナイフを持っていた」「速度を超過した」という事実は、個人の内心や弁明にかかわらず、物理的に判定が可能だ。ここには、弁護士のレトリックが入り込む余地は極めて少ない。
この「融通の利かなさ」こそが、権力による恣意的な解釈や、資金力による司法の歪曲を防ぐ防波堤として機能する。
確かに、手段を規制すれば、新しい手段による「抜け道」は必ず現れる。しかし、その都度法を改正して穴を塞ぐという「イタチごっこ」のコストは、主観的な目的規制によって社会全体の公平性が崩壊するリスクに比べれば、はるかに安い。
いわば、法の抜け道とは、システムが欠陥品である証拠ではなく、法が個人の内心(思想・良心の自由)に踏み込まず、あくまで外形的な行為のみを裁くという「自由社会のコスト」として支払われているものなのである。
結論:不完全な合理的選択
法が「目的」ではなく「手段」を規制するのは、それが最善の方法だからではない。「最悪を回避するための、次善の策」だからである。
目的を規制すれば、法は人の心を裁く道具となり、強者の論理が支配するディストピアを招く。対して、手段を規制する方法は、抜け道という非効率を生み出し続けるが、万人に共通する客観的な物差しを提供し続けることができる。
結論として、我々は「完全な正義(目的規制)」を諦める代償として、「平等なルール(手段規制)」を手に入れたと言える。構造的な不確実性を受け入れ、終わりのない修正プロセス(イタチごっこ)を許容することこそが、法治国家における最も合理的で、かつ公平な選択なのである。
こいつ何いきなり法律の話をしてんだと思うかもしれませんが、この「手段規制」と「目的規制」は「法治国家」と「独裁国家」の思考プロセスと重なったりします。
プロセスの違いを国家の思考プロセスに組み込むと違った視点を持てると思います。
ぶっちゃけ思いついた順に投稿して、後から、そういえばそうだなと思ってこのあとがき書いてるんで明確な意図はないですが⋯




