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血汐の群れる朝が来る前に  作者: Masa plus


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(第四十五話)蜘蛛の魔獣・ザワリ

「……ふう」


敵を打ち砕いた安堵と共に、シンはテパに絡みつく糸を一つひとつ解いていく。


「テパ、もう大丈夫だ……ん?」


――返事がない。


「テパ! おい、テパ!」


――やはり、返事がない。


「テ――」


その時、糸を解く手に、ふと人肌の温もりが触れた。


「……シ……ン……」


ゆっくりとテパが振り向いた。その目はぼんやりしている。

それでもその口元は、確かに微笑んでいた。


「……やった、ね」


テパは目を細める。その表情は口元だけでなく、確かに“生きて”いた。


「……ああ」


シンは、胸の奥に灯る温かさを感じながら、テパの手を強く握り返した。



 テパが糸を外されて地上に降りると、すぐさまピルトが肩に乗った。


「きゅう」


「ピルト、心配かけたね。もう大丈夫だよ」


テパがピルトを優しく撫でると、ピルトは嬉しそうに尻尾を振った。

シンもそれを見て、改めてテパの無事を喜び、作戦がうまくいったことを実感した。


安堵が、ようやく形を持ち始めた、その瞬間――。



(カタカタカタ……)



「?」


異様な音がして、シンとテパは振り向いた。

そこにあったのは、先程倒した“犬”の残骸。

だが、その一部――指先ほどの欠片が、小刻みに震えている。


「あれ……動いてる?」


テパがそう言った直後、欠片は残骸の山を飛び出して、どこかへぴょんぴょんと飛び跳ねていった。


「何かあるかもしれない。行こうよ」


「ああ。魔獣はおそらくこの”犬”じゃない。あの欠片の先にいるかもしれない」


欠片は、兎にも似て軽やかに跳ねていく。見失わないよう、二人は視点を逸らさず追いかけた。



 シンとテパが暫く追跡を続けた後、欠片はぴたりと動きを止めた。


「……?」


欠片の先に、一軒の家がある。

中の様子は見えない。だが、戸口の隙間から、仄かに香の匂いが流れ出ている。


「この香り……まさか!?」二人は驚いて顔を見合わせる。

 

「あれ、テパたちが最初に来た家だよね? お嫁さんもいた」


「ああ、間違いない」


二人は欠片を追っているうちに、円を描くように戻ってきてしまったのだ。


「まずい、このままじゃ危ない。行くぞ、テパ!」


「うん!」



 家に入った瞬間、シンとテパの足が僅かに止まった。

 そこには、女がただ一人、落ち着いた様子で座っている。


(……?……)


お嫁さんを助けなければ――。


シンもテパも、家に入る前はそう思っていた。

だが女の姿を見た途端、胸の内にあった衝動が、すっと冷めていった。


(……??……)


女は、あまりにも落ち着きすぎている。


二人ははっきりと覚えていた。森の中で見た、夥しい数の死体を。


シンは思った。


(ずっと家にいて、外で何が起きたか知らないのかもしれない。いやそれでも、この佇まいはおかしい……)


婿のティルマが、死んだように裾について離れない花嫁。

独り残された彼女が、まるで何も失っていないかのように、そこにいる。

 

「……!」

 

シンの手が懐へと伸びる。そこにあるのは、愛用の小刀だった。


「お前……何か隠してるな?」


切っ先を女の喉元に突きつけ、鋭い眼差しで問うシン。

テパはその姿を見て動揺している。


「シン、何するの!?」


「おかしいだろ。欠片がここで止まった。村の者が攫われたのに、全く動じていない。これは――」



『……フフッ』



刃を向けられても眉一つ動かさなかった女の口が、ゆっくりと歪んだ。


『さっきも思ったけど、あなた、本当に勘がいいわね』


「!?」


シンは驚いた。だがそれは、女が突然喋り始めたからではない。


 

(口が……動いてない……?)



直感が告げる。

これは、人ではない。

斬らなければ、自分もテパも殺される。


シンがそう思った瞬間。



「!?」



突然、二人の足元が裂けた。


「何だ、これは!?」

 

割れた地面からは、大量の蜘蛛糸が現れる。

まっすぐ上に勢いよく昇る様は、恰も森に現れた間欠泉のようだ。


「あっ!」


家は一瞬で引き裂かれ、崩れ落ちる。


「ん!?」


「えっ!?」


糸はそのまま、シンとテパの体にも絡みついた。


「!!」


糸は二人を捕らえるだけでは飽き足らず、四肢を引き千切らんとする勢いで容赦なく食い込んでいく。


「うっ……」


「い……っ」


二人が激痛に耐える間に、糸の一部が懐に入った。

 

「あっ、僕の小刀……!」


「マクアウィトルが!」


糸は、二人から武器を奪うという意志があるかのように払い落した。


「きゅう!」


窮地に陥った二人を救おうと、ピルトが飛び上がる。

だが糸は、彼の姿を見逃さなかった。


「きゅうっ!」


糸に弾かれ、ピルトは地面に叩き落とされた。


「ピルト!!」


「きゅう……」


「ピルトー!!」


テパは痛みも忘れ、必死にピルトを呼ぶ。すると彼を遮るように、何かがぬるりと現れた。


――女だ。



『あなたたちはここでおしまいなのよ』



「……どういう、意味、だ」シンが女を睨みつける。


『みんな私が殺したの。()()()()婿も、村の連中もね』


「お前、やっぱり……」


『勿論、こいつもよ』


女が言うと、どこからともなく糸の塊が現れ、中に人間の顔が覗けた。

それも、シンとテパに見覚えのある顔だ。


「それ……さっきのお爺さん!」


テパの目が恐怖に慄く。

老人は、弱ってはいるが微かに息をしている。


『巨大な蜘蛛を倒す為に、王都でいっちばん強い兵士を連れて来てって頼んだの。でも本当は、邪魔者を減らしたかっただけ』


女の冷酷な視線が、老人へと移る。


『もう役目は終わったわ。ご苦労様』


そう言うと、老人に巻き付いていた糸から刃が生え、一瞬で全身を串刺しにした。

僅かだった老人の息は、これを以て完全に絶えた。



「……」


「あぁ……」


凄惨極まりない光景を目の前で見せられ、シンとテパは言葉を失った。そして恐れた。

このままでは、自分たちは老人の後を追うことになる――。


『安心しなさい。あなたたちは()()殺さないわ。話したいことがあるの』


女はそう言った後、突然二人の視界から姿を消した。そして――。



「――!!」



女の反対側から、破壊された家をも凌ぐ、途轍もない大きさの蜘蛛が現れた。


 

「私はザワリ。変化を楽しんで貰えたかしら?」


 

ザワリは、蜘蛛にしては異様に長い尻尾を誇示するように掲げる。


「そ、それは……!」


尻尾の先端で、息絶えた花嫁が逆さになっていた。

しかも、吊るされているのではない――癒合している。


「結婚を控えてるっていうこいつを殺して、体に取り込んだのよ。こうすれば誰も疑わないから」


「お前……何て卑怯な……」シンが怒りを露わにする。

 

「お黙り」ザワリの糸が、シンの口をぴしゃりと打ち据える。


「あなたたちには大事な話があるの。もう村のことは忘れなさい。それと、あいつもね」


女が視線を移した先には、倒れて動けないピルトがいる。

遠くから見てもわかるくらい、元気がない。


「……ぅ……」


 

「ピルトー!!!」


 

テパの心からの叫びが、虚空へと消える。

ピルトの姿が、シンとテパからみるみる遠ざかる。


「ピル――」


声が消えた。

二人は糸で出来た球体に閉じ込められ、視界を完全に奪われた。


二人の周りにあるのは、白一色の空間と、血に濡れたザワリの気配だけだった。

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