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血汐の群れる朝が来る前に  作者: Masa plus


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(第四十三話)新郎なき花嫁

 シンとテパは村にやってきた。そして老人に案内された家に立ち寄る。


「……おじい様、どなたかいらしたの?」


家の中にはうら若い女性がいた。

薄暗い室内にあって尚、その姿が異様なほどはっきりと浮かび上がっている。

頭のてっぺんから足先に至るまで、すべてが白い。


「……」

 

シンもテパも、そしてテパの肩に乗っているピルトもまでもが言葉を失った。


美しい――確かに、美しい。

だが、目を凝らせば凝らすほど、背筋をなぞるような冷たい感覚が強まっていく。


「それは……」


シンは女性が纏うウィピルの裾を指さす。そこには誰かのティルマが結び付けられていた。

――だが、その中は空だ。


まるで魂を抜き取られたかのように、布は力なく床へと垂れ下がっていた。


「まさか、あなたは……」


「結婚【※1】を控えておったのじゃよ」横で見ていた老人が言った。


「昨晩、みんなで婚姻の儀をしておったところに、蜘蛛が現れてな。村の者は皆、攫われてしまった。婿も蜘蛛を倒すと言って、そのティルマを脱ぎ捨てて向かったが……未だに戻らん」


シンは改めて家の中を見渡した。

女の後ろの方に、この日の為に特別に用意したであろう花や食べ物が、攫われた者たちを待っているかのように佇んでいる。

奥では香が焚かれていたが、時が止まった家の中では香りの行方も分からない。


「魔獣……この晴れの日を台無しにするとは……」


「シン、早く行こうよ」テパが、シンのティルマを強く引っ張った。


「そうだな。このままじゃ手遅れになる」


シンは息を整え、老人へと向き直る。


「お婿さんは、そして村のみなさんはどちらへ?」


老人は家の入口の向こうを指さした。


「ここからまっすぐ行った先に、小さな川が流れておる。みんなはその辺りで攫われた。おそらく蜘蛛も、そこにおる」


「わかりました」シンは短く頷く。


「さ、行くぞ」


「うん!」


二人は家を飛び出し、蜘蛛の行方を追った。


「……」


だがピルトだけは、テパの肩にしがみついたまま、じっと家の奥を見つめていた。


(……なんだろう。あの人……)


小さな胸に、言葉にならない違和感が残る。


(何か、引っかかる……)



(突然呼び止めてすまんかった……どうか無事でいてくれ)


老人は遠ざかる二人の背を見送りながら、胸の内で祈る。その時――。



『……フッ』



「!?」



 シンとテパは、老人が言っていたと思しき小川に辿り着いた。


「ぁ……」


「うわっ……」


眼前に広がる光景に、二人は息を呑んだ。

家、畑、そして周りの木々に至るまで、ありとあらゆるものが蜘蛛の巣に覆い尽くされていた。

人の気配は全くない。風の音すら聞こえない。

小川を流れる水の、『ちょろちょろ』という音だけが、不自然なほどはっきりと耳に届いた。


「シン……みんな、どこに行っちゃったんだろう……何だか、怖いよ」


「この先にある筈だ。足を止めるな」


気丈に諫めるシン。だが、テパの手を握るその手は震えていた。



 小川のさらに奥、木が鬱蒼と茂る森の手前で、シンとテパは足を止めた――否、”止めざるを得なかった”。



「!!!」



視界に飛び込んできた光景は、あまりにも凄惨だった。


木々や家の外壁に、太い蜘蛛の糸が絡みつき、夥しい数の人が吊るされていた。

 

「シン……」


「こ、これは……」


糸は異様なほど太く、びくともしない。

一目でわかる――これは、普通の蜘蛛ではない。


「……っ!」


テパはいてもたってもいられなくなって走りだした。


「おい!」


止める声も届かない。

テパは、地面近くに垂れ下がる一人のもとへ駆け寄ると、必死に手を取った。


(……?)


テパは手を握ったり、声を掛けたり、胸元に耳を当てたりしている。


そしてその顔は――一瞬で青褪めていた。


(まさか……)


シンは事態を察し、急いでテパの元へ駆け寄る。



「……ぅっ、ぅぅぅ……」


シンが辿り着いたとき、テパは吊るされた人に縋りつき、嗚咽を漏らしていた。


「きゅう、きゅう」


ピルトが、テパを気遣うように鳴いている。


「……」


シンは無言で膝をつき、同じように確認する。


 

――冷たい。脈も、ない。

 


「……っ!」


それでも、諦めきれなかった。

シンは立ち上がり、ひとり、またひとりと確かめて回る。



結果は――。



「テパ……」


戻ってきた時、シンはただ、テパの肩に手を添えることしかできなかった。



「……た……」


テパはシンの腕の中で、震える声で漏らした。


「……できなかっ……た……」


「テパ……」


その言葉に、シンの胸が強く締めつけられる。

 


(そういえば、あの時は……)



シンはセワリと戦った時のことを思い出した。

あの村でも、住民が突如消えた。

だが、最終的にはセワリを倒し、住民全員を無事救出した。


(今回も、同じだと思っていた。まだ間に合うと。魔獣を倒せば、皆救えると……)



「……甘く見過ぎたか」



シンは唇をきゅっと噛んだ。微かに漏れた声は、自嘲にも似ていた。


「きゅう……」


シンの様子に気づいたピルトが、心配そうに顔を向ける。


(……!)


その声に、シンの意識が引き戻される。


「テパ」


「……何?」



「できなくて悲しいなら、猶更泣いてる場合じゃない」


 

「……ん」


「誰も助からなかったとしても、魔獣を野放しにしておけば、また新たな犠牲者が出る」


シンはまっすぐ言い切る。


「それは絶対に防がないといけない」


シンの言葉を聞いて、テパもやっと、自分のすべきことを思い出した。


「……行かなきゃ!」


「ああ、急ごう」


二人は立ち上がる。

頬に残る涙を拭い、前を向く。


そして――再び、走り出した。

結婚【※1】……本作での描写は、アステカ帝国での婚礼の儀式を下敷きにしている。同国では結婚の際、新郎のティルマの裾と新婦のウィピルの裾を結び合わせる風習があった。

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