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血汐の群れる朝が来る前に  作者: Masa plus


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(第四十二話)賑やかな都の中で

 シンとテパは都の入り口に着いた。


(ざわ……ざわ……)


街の喧騒が、風に乗って届く。

丘の上から見下ろした時にも、人の往来は賑やかに見えていた。

だが、実際に門の前に立つと、その活気はまるで別物だった。

声、足音、笑い声、商人の呼び込み――それらが重なり合い、街そのものが息づいているかのように感じられる。


だが、テパの表情は暗い。


「シン……」


「ん?」


「もし魔獣が来たら、この賑やかさも……」


「……」


シンは少しの沈黙の後、口を開いた。


「あれを見ろ」


シンが指し示したのは、街の中央に聳え立つ巨大な双子神殿だった。


「左の青いのがトラロック、右の赤いのがウィツィロポチトリのお住まいだ」


「ふーん……」


「魔獣が現れても、僕たちが本気で戦えば、きっとお二柱が力を貸してくださる」


その時、太陽に照らされ、シンの腕輪のケツァリツリピョリトリがそっと光る。

テパはその光を見つめる。

――小さい。

だが、それだけで胸の奥に灯がともる。


「……そうだね」


テパの頬元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「行こう。まだカカワトルがある。何か目ぼしいものがあれば買おう」


「うん!」


シンとテパは、王都の中へと足を踏み入れた。



 シンとテパは市場をぶらぶらと歩いている。


「前にも来たことがあるが……ここは本当に広いな」


二人の周りには店が犇めき合っている。だが窮屈さはまるで感じない。

通りは広く、人々はゆったりと行き交い、荷を担ぐ者も、買い物を楽しむ者も、余裕を持って歩いている。


この開放感こそ、王都ならではだった。


「わぁ……」


目に映るもの全てに、テパは心惹かれた。


美味しそうな果物、肉や魚は、見るだけでお腹が空く。

色とりどりの花を見れば、自分やシン、ピルトに飾ってみたくなる。

壺や皿の類は、重そうだけれども、あったら役に立つかなと考える。


そして武器屋の前に立てば――


(こっちのマクアウィトル、格好いいな……)


つい、自分の武器を忘れて見入ってしまう。


(おいおい……)


シンは呆れた。目ぼしいものを買うと言ったが、これではいつまで経っても決まらない。

 

「一旦ここを離れよう」


「え~」


「買う物は街を一通り見てから決める」


シンはそう言って、店の前で突っ立ったままのテパの手を引いた。



 さらに街の奥へ進んだ時。シンが突然、テパを止めた。


「何!?」


その直後、二人の前に、鮮やかな装飾で彩られた豪華な神輿が現れた。

その上には、神輿に劣らぬ華やかなティルマをまとった壮年の男が、堂々と腰を下ろしている。


「あれはおそらく、皇帝陛下だ」


「こーてー……へーか?」


「この世界で一番偉い方だ。街へ出てこられることは滅多にないんだが……今日は珍しいな」


シンが頭を下げたのを見て、テパも慌ててそれに倣う。だが、その視線はついつい上を向いてしまう。


(……)


皇帝の頭のシウウィツォリ【※1】は、まるで青空と太陽がそのまま降りてきたように輝いている。

後ろに垂れるケツァリルピロニ【※2】は、神々しい鳥が空を舞っているかのようだ。


(……)


それらにはどこか畏怖の念を催させるものがあった。自分のような流浪の者が、軽々しく見ていいものではない。


テパはそう思いそっと視線を落とした。



 その時、ピルトは――。


(……ほーんとは僕に頭を下げて欲しいんだけどねぇぇ……)


勿論、人間を見下しているわけではない。

だが神という立場からすると、誰一人として自分に気づいていないのは、やはり少し悔しい。


(確かに、あのティルマも、シウウィツォリも、それからケツァリルピロニも、すっごく綺麗だけどさ……)


ピルトの視線は、シンの腕輪に移る。


(あのケツァリツリピョリトリの方が……ねぇ)



 皇帝の行列が通り過ぎた後、シンとテパは再び街中を歩き始める。


「ぁ……」


目に映る何もかもが新鮮で、テパは言葉を失くしている。

一方シンは、どこか懐かしさを覚えながらも、以前訪れた時とは違う感覚を覚えていた。


(テパ……ピルト……)


何度もテパの腕を引っ張った自分の手を、シンはじっと見つめている。



 シンとテパが、魔獣が来ることをすっかり忘れ、何時間経ったかわからないくらい歩いた頃。


「お願いじゃあー! 誰か助けてくれぇー!」


振り向くと、粗末な身なりの老人が、必死の形相で走ってきていた。


「頼む! 王様だか皇帝だか知らんが助けてくれぇー! わしの村が大変なことになっとるんじゃぁー!!」


老人は宮殿へ駆け込む。だが当然、衛兵に門前払いにされた。


「無礼者! 去れ!」


槍で押し返され、老人は、よろめきながらその場を後にした。



 だが老人は諦めなかった。


「誰でもええ、助けてくれぇー!」


老人はそう叫んで走り回る。途中で散々人にぶつかり、文句を言われる場面もあった。


――最終的に、老人はシンとテパの前で足を止める。


「お前さん、そ、そのマクアウィトルは……」


「これですか?」テパは背中にそっと手を伸ばす。


老人は思った。


(この子らは若い。だが、いっちょ前の戦人であることにゃあ間違いねぇ)


――いままでぶつかった人間とは違う。この子らになら頼める。


「お前さんたち、どうかわしの村を助けてくれないか」


「何が起きたんです?」シンが静かに尋ねる。


「昨晩でーっかい蜘蛛が現れてのう、村のもんがみんな攫われちまったんじゃ」


楽しげな街の雰囲気に浮かれていたシンとテパは、老人の言葉で我に返る。


「まさか……」


「魔獣!?」


二人は顔を合わせる。そして――。


「シン、行こう!」


「ああ、当然だ」


「おお、ありがたい! 村はこっちじゃ!」


テパは老人の後を追い、人混みの中へ飛び込む。

シンもその後に続こうとする。だが、ふと足を止めた。


「……」


シンの視線の先には、双子神殿が迫りくるように聳えている。


「輝ける御神ウィツィロポチトリ。偉大なる雨神トラロック。どうか都をお守りください。僕たちも最善を尽くします」

 

シンは静かに祈りを捧げ、テパの後を追った。

【※1】シウウィツォリ……トルコ石を敷き詰めた三角形の王冠。皇帝や貴族といった上流階級のみが着用を許されていた。


【※2】ケツァリルピロニ……ケツァールの羽を房状に束ねた髪飾り。こちらも上流階級の者のみが装飾を許されていた。

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