(第四十二話)賑やかな都の中で
シンとテパは都の入り口に着いた。
(ざわ……ざわ……)
街の喧騒が、風に乗って届く。
丘の上から見下ろした時にも、人の往来は賑やかに見えていた。
だが、実際に門の前に立つと、その活気はまるで別物だった。
声、足音、笑い声、商人の呼び込み――それらが重なり合い、街そのものが息づいているかのように感じられる。
だが、テパの表情は暗い。
「シン……」
「ん?」
「もし魔獣が来たら、この賑やかさも……」
「……」
シンは少しの沈黙の後、口を開いた。
「あれを見ろ」
シンが指し示したのは、街の中央に聳え立つ巨大な双子神殿だった。
「左の青いのがトラロック、右の赤いのがウィツィロポチトリのお住まいだ」
「ふーん……」
「魔獣が現れても、僕たちが本気で戦えば、きっとお二柱が力を貸してくださる」
その時、太陽に照らされ、シンの腕輪のケツァリツリピョリトリがそっと光る。
テパはその光を見つめる。
――小さい。
だが、それだけで胸の奥に灯がともる。
「……そうだね」
テパの頬元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「行こう。まだカカワトルがある。何か目ぼしいものがあれば買おう」
「うん!」
シンとテパは、王都の中へと足を踏み入れた。
◆
シンとテパは市場をぶらぶらと歩いている。
「前にも来たことがあるが……ここは本当に広いな」
二人の周りには店が犇めき合っている。だが窮屈さはまるで感じない。
通りは広く、人々はゆったりと行き交い、荷を担ぐ者も、買い物を楽しむ者も、余裕を持って歩いている。
この開放感こそ、王都ならではだった。
「わぁ……」
目に映るもの全てに、テパは心惹かれた。
美味しそうな果物、肉や魚は、見るだけでお腹が空く。
色とりどりの花を見れば、自分やシン、ピルトに飾ってみたくなる。
壺や皿の類は、重そうだけれども、あったら役に立つかなと考える。
そして武器屋の前に立てば――
(こっちのマクアウィトル、格好いいな……)
つい、自分の武器を忘れて見入ってしまう。
(おいおい……)
シンは呆れた。目ぼしいものを買うと言ったが、これではいつまで経っても決まらない。
「一旦ここを離れよう」
「え~」
「買う物は街を一通り見てから決める」
シンはそう言って、店の前で突っ立ったままのテパの手を引いた。
◆
さらに街の奥へ進んだ時。シンが突然、テパを止めた。
「何!?」
その直後、二人の前に、鮮やかな装飾で彩られた豪華な神輿が現れた。
その上には、神輿に劣らぬ華やかなティルマをまとった壮年の男が、堂々と腰を下ろしている。
「あれはおそらく、皇帝陛下だ」
「こーてー……へーか?」
「この世界で一番偉い方だ。街へ出てこられることは滅多にないんだが……今日は珍しいな」
シンが頭を下げたのを見て、テパも慌ててそれに倣う。だが、その視線はついつい上を向いてしまう。
(……)
皇帝の頭のシウウィツォリ【※1】は、まるで青空と太陽がそのまま降りてきたように輝いている。
後ろに垂れるケツァリルピロニ【※2】は、神々しい鳥が空を舞っているかのようだ。
(……)
それらにはどこか畏怖の念を催させるものがあった。自分のような流浪の者が、軽々しく見ていいものではない。
テパはそう思いそっと視線を落とした。
◆
その時、ピルトは――。
(……ほーんとは僕に頭を下げて欲しいんだけどねぇぇ……)
勿論、人間を見下しているわけではない。
だが神という立場からすると、誰一人として自分に気づいていないのは、やはり少し悔しい。
(確かに、あのティルマも、シウウィツォリも、それからケツァリルピロニも、すっごく綺麗だけどさ……)
ピルトの視線は、シンの腕輪に移る。
(あのケツァリツリピョリトリの方が……ねぇ)
◆
皇帝の行列が通り過ぎた後、シンとテパは再び街中を歩き始める。
「ぁ……」
目に映る何もかもが新鮮で、テパは言葉を失くしている。
一方シンは、どこか懐かしさを覚えながらも、以前訪れた時とは違う感覚を覚えていた。
(テパ……ピルト……)
何度もテパの腕を引っ張った自分の手を、シンはじっと見つめている。
◆
シンとテパが、魔獣が来ることをすっかり忘れ、何時間経ったかわからないくらい歩いた頃。
「お願いじゃあー! 誰か助けてくれぇー!」
振り向くと、粗末な身なりの老人が、必死の形相で走ってきていた。
「頼む! 王様だか皇帝だか知らんが助けてくれぇー! わしの村が大変なことになっとるんじゃぁー!!」
老人は宮殿へ駆け込む。だが当然、衛兵に門前払いにされた。
「無礼者! 去れ!」
槍で押し返され、老人は、よろめきながらその場を後にした。
◆
だが老人は諦めなかった。
「誰でもええ、助けてくれぇー!」
老人はそう叫んで走り回る。途中で散々人にぶつかり、文句を言われる場面もあった。
――最終的に、老人はシンとテパの前で足を止める。
「お前さん、そ、そのマクアウィトルは……」
「これですか?」テパは背中にそっと手を伸ばす。
老人は思った。
(この子らは若い。だが、いっちょ前の戦人であることにゃあ間違いねぇ)
――いままでぶつかった人間とは違う。この子らになら頼める。
「お前さんたち、どうかわしの村を助けてくれないか」
「何が起きたんです?」シンが静かに尋ねる。
「昨晩でーっかい蜘蛛が現れてのう、村のもんがみんな攫われちまったんじゃ」
楽しげな街の雰囲気に浮かれていたシンとテパは、老人の言葉で我に返る。
「まさか……」
「魔獣!?」
二人は顔を合わせる。そして――。
「シン、行こう!」
「ああ、当然だ」
「おお、ありがたい! 村はこっちじゃ!」
テパは老人の後を追い、人混みの中へ飛び込む。
シンもその後に続こうとする。だが、ふと足を止めた。
「……」
シンの視線の先には、双子神殿が迫りくるように聳えている。
「輝ける御神ウィツィロポチトリ。偉大なる雨神トラロック。どうか都をお守りください。僕たちも最善を尽くします」
シンは静かに祈りを捧げ、テパの後を追った。
【※1】シウウィツォリ……トルコ石を敷き詰めた三角形の王冠。皇帝や貴族といった上流階級のみが着用を許されていた。
【※2】ケツァリルピロニ……ケツァールの羽を房状に束ねた髪飾り。こちらも上流階級の者のみが装飾を許されていた。




