(第三十五話)消えた神々
ショロトルは神殿の脇に設けられた小部屋へと案内された。
(何だ……これ?)
室内は薄暗く、何かがいくつも安置されているのは分かるが、その正体までは判然としない。目が慣れてくるにつれ、それらがすべて金で造られた像であると知れた。
だが、不思議なことに、どの像も輝いてはいない。
黄金のはずなのに、まるで鉛のように鈍く、重く、沈んだ空気を纏っている。
「消えた仲間たちの像だ」シペが低く告げる。
「これはセンテオトル、これはショチピリ、そしてこれはマヤウェルだ」
「……」
「これはパテカトル、これは……」
「ねぇ」
「?」
「これってさ……チャンティコ?」
「そうだ」
「……」
ショロトルは、竈の女神チャンティコの像から目を離さない。
「どうしたお前、チャンティコばかり見て」
「……いや、ちょっとね」
犬の耳を持つその姿。自分とどこか似ているその像ばかりを見つめ、他の像にはちらりと視線を向けるだけだった。
◆
「はぁ……いつまでチャンティコを見てるんだ。少しは他の仲間のも見たらどうだ」
「……わかってるよぉ……」
「うかうかしてると、お前もこうなりかねないぞ。あの日のこと、忘れちゃいないだろうな」
「……当たり前だよ」
ショロトルはむすっとして返す。彼は決して、他の仲間を軽んじているわけではない。誰一人、思い出の片隅に追いやれる存在などいない。
それでも――どうしても、チャンティコばかりが気になってしまうのだ。
「ところでこれ、ただの像だよね?神像じゃなくて」
「”ただ”……まあいい、これらは全部俺が作った」
「僕たちのところに来ない間、ずっと?」
「ああ……」
シペの、元から暗かった声が、さらに暗くなる。
「以前、ウィツィロポチトリにこれを見せたことがあるんだ。そしたらあいつ……」
◆
「お前、姿を見せないと思ったらこんなことをしていたのか!」
「こうでもしなければ、仲間のいた証がなくなってしまう。仲間のことを、忘れてしまうかもしれない」
「それが本当に、仲間の為になると思っているのか!?」
「だったらどうしろっていうんだ!」
「こんなところに籠らないで、我々のところに来い!これ以上の犠牲を出ぬよう、話し合え!」
「……」
「お前の務めは豊穣を齎すことだろう!?そのお前が過去に浸り続けるとは……まるで散らぬ枯葉のようではないか、情けない!!」
◆
「……はは、そうだったんだ」ショロトルは話を聞いて苦笑いする。
「あいつならそう言うだろうな。でも、仲間を忘れないように像を作るのは、悪いことじゃない」
(ボゥ……)
シペを慰めるように言うショロトルの手が、いつの間にか燃えている。
「これだってそうだもの」
「お前それ……ケツァルコアトルに倣って得た力じゃないのか?」
「違うよ。チャンティコを、忘れたくなくて」
炎が、静かに揺れ始めた。
◆
五番目の太陽が生まれて暫く後。まだ、人間が言葉を話すのすらおぼつかなかった頃――。
「……これでよし、と」
小さな洞窟の中で、誰かの声が響く。艶やかな緑の羽根、枯葉、そして質のバラバラな香。それら全てが、ありあわせの材料で作ったささやかな祭壇に乗せられている。
「確か……まずはこれをやって、次はあれやるんだったよな」
声の主――犬の耳が生えたショロトルは、ぶつぶつ呟きながら修行の手順を思い出している。太陽と月になった仲間、ナナワツィンとテクシステカトルがやっていた修行だ。
「ふう……」
一通りの準備を終えて、ショロトルは修行を始める。
◆
修行を始めて三日後。
「ねぇ見て見て!ショロトルがいる!」
「ほんとだ。何やってるんだろう?」
(……ん……?)
ショロトルの耳に、洞窟の入り口から声が飛び込んでくる。
(まさか、チャルチウィトリクエとトラロックか?)
「まさか、何も告げずにこんなところに籠るとは」
「おーい、何やってるんだー?」
(今度はウィツィロポチトリとシペかよ……)
背後から聞こえる声がどんどん増えていく。欲を絶って修行していたのに、集中が削られていく。
「あらまぁ、こんなところにいらしたの」
「早く出てきなさい!ケツァルコアトルが心配してるわよ」
「何やってるのかなぁ~?」
「香の匂いがする……」
「おーい、出てこーい」
(んんんんん……)
ショロトルは遂に堪りかね、そして――。
「お前ら、さっさと出てけ!!!」
その一喝で、仲間たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
「はぁ……また最初からやり直しだ」
ショロトルは、うんざりしながら祭壇を整えた。
◆
修行を仕切り直して四日後。
「ショロトルー!ショロトルー!!」
ケツァルコアトルが、あたふたしながら弟を探している。
「洞窟にもいない、どこにいったんだ?」
暫く探しているうちに、ケツァルコアトルは仲間たちが火山の麓に集まっているのを目撃する。
「みんな、ショロトルがどこにいるか知らないか?」
「あそこよ、あそこ!」
ウィシュトシワトルが指差す先には、宙に浮くショロトルの姿があった。熱風に吹かれながらも、落ち着いた様子で目を閉じている。
「あぁっ!?」
ケツァルコアトルや仲間たちは息を呑んだ。ショロトルが、火口目がけて真っ逆さまに落ちた。
◆
「ぁぁ……」
その場にいた全員が静まり返る。ショロトルを呑み込んだ火山は、その後、何の変わりもなく活動していた。
「ショロトル……何てことを……」
弟が、自分に何も告げずに早まった。ケツァルコアトルはそう思って、顔が真っ青になった。
「……ん?」
その時だった。火山が、急にゴロゴロと唸り始めた。
(まさか、噴火――)
その不安がケツァルコアトルの口から洩れかかった時、火口から赤々と燃える何かが噴き出した。溶岩ではない。空へ一直線に伸びる、赤い閃光のようなものだった。
「ほぅ、上手くいった!」
炎が少しずつ消え、中からそれに負けないくらい煌々と輝く存在が現れた。ケツァルコアトルは、声でその正体を悟る。
「……ショロトルか?」
「あ、兄上ー!」ショロトルが兄目がけて急降下してくる。
「見てください!この通り、炎を自由に操れるようになりました!」
ショロトルの両手には、炎が力強く燃えている。
「新たな力を得る為に、ナナワツィンやテクシステカトルと同じ修行をしてたんです。でも、飛び込む炎が見つからなくて……」
「それで、あの火山に?」
「はい!」
炎の力を得られて、ショロトルは満面の笑みを浮かべる。一方、仲間の反応は三者三様だった。
「すごい……」
「全く、とんだ無茶をしてくれたな。冷や冷やしたよ」
◆
「俺たちが務めを果たさなければ、人間は贄を寄越さなくなる。そうなればまた、この像が増えることになるだろう」
「そうかもね」
「これ以上、像が増えるのは望まない」
「僕だって」
ショロトルがふと外に出ると、空には宵の明星が浮かんでいた。
「そろそろ行くよ」
「ショロトル……」
「何?」
「さっき話したことは、仲間には秘密にして欲しい。余計な心配をされたくないからな」
「……わかった」ショロトルはその場を去った。
「……」
見送るシペの背後には、鈍い金色の像が、黙って並んでいる。




