表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血汐の群れる朝が来る前に  作者: Masa plus


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/46

(第三十四話)芽吹きの季節

 翌朝、祭りが執り行われた。

一連の事件で村人たちは満足な食料を得られず、顔色は悪く、体も痩せている。それでも、準備だけは怠らなかった。

神に無礼を働けば、今度こそ本当に、一切の食料が絶たれる。

その恐れが、彼らを動かしていた。


「……いよいよだな」


「……うん」


テパとシンは、固唾を飲んで神殿の頂上を見つめる。とはいえこの村の神殿は他の村に比べて小さい。首が痛くなるほど見上げる必要はなく、ほんの少し顎を上げれば、その頂が見える。


「……」


頂上ではテクピンが四肢を押さえつけられ、横たえられていた。不思議なほど静かで、抵抗する気配は、微塵もない。


「では――」


神官が心臓を抜こうと、小刀を高く掲げた時。


「チャアクー!絶対許さねぇー!!」


鋭い叫びが、静寂を裂いた。


神官の手が止まる。

押さえつけていた男たちの力が緩む。

村人たちは互いに顔を見合わせ、ざわめきすら飲み込んだ。

神殿の周囲が、不気味なほど静まり返る。


やがて――。


「……やれよ」


テクピンは静かに呟いた。男たちが手を放しても、彼は動かない。張り詰めた空気が、ほんの少し緩んだ。


「……ふむ」


神官は息を整え、再び小刀を掲げる。そして一瞬の間に胸を刺し、心臓を引き抜いた。


「……」


真っ赤な血が階段を伝い落ちる。誰も声を上げない。誰も動かない。一人の青年の犠牲と、これから訪れるであろう神の恩恵。その天秤を、皆が黙して見つめていた――シンとテパを除いて。


「あいつ……”チャアクを許さない”って……」


「……」


「テパ、何か心当たりはないか?」


「……」


テパは口を半開きにしたまま、視線を虚空に漂わせている。目は焦点を結ばず、祭りの光景を見ていたとは思えない。


(こいつ……祭りの間何も見てなかったな)


シンはこれ以上追及するのを止めた。やがて人が疎らになった時、シンはテパの手を引いて、そっと村を後にした。



 その頃、村から遠く離れた、人っ子一人いない鄙びた広場の神殿にて。


「……この時が来たか」


独り佇んでいた豊穣の神、シペ・トテックは呟いた。両手から肘までの皮が剥け、真っ赤な肉を露わにした彼は、異様ながらも神としての威厳に満ちている。


「……」 


シペは祭りが近づくにつれ、太陽が出ている時間を計っていた。今日は、昼と夜が等しく分かたれる日――春分だ。


「力の高まりを感じる……」


シペは徐に立ち上がる。そして――。


(ベリッ)


右手で左腕の皮を摘まみ、一気に全身の皮を剥いだ。その瞬間、シペの体は眩い黄金色に輝く。灯り一つない神殿の中がその強烈な光に塗り潰され、剥いた皮が塵と消えた時のことだった。


(シュゥ……)


弱っていた植物が次々に枯れ、干からびた。一部は地に落ちた。


(ピッ!)


種が弾け、萌え出でる季節の到来を喜ぶかのように勢い良く芽が生えた。蕾は膨らんで花を咲かせ、やがて、熟れた実がなった。あらゆるところで、死と再生が、同時に駆け抜ける。それは、テパとシンが訪れた村のトウモロコシ畑も例外ではなかった。


「おぉ、畑が!」


「すごぉい!トウモロコシたくさん!」


「これでやっと腹一杯食えるー!」


シペが皮を脱いだように、畑も荒れ果てた姿を捨て、生命に満ち溢れた美しい姿に変わる。村は歓喜に沸いた。



 国中の命の営みが終わった時、シペの体から放たれていた光は収まった。同時に、両手の皮膚が、また肘まで剥けた。


「……」


シペは再び、赤く露出した手を見つめる。毎度のことなのに、何故か慣れない。


「命が生まれる時、既に死への道が開かれている……」



 祭りの翌日の夕方。夕日に染まる広場を寂しげな目で見下ろしながら、シペは一人立っていた。


「……」


いつの頃からか、シペは広場から殆ど出なくなった。祭りの時にさえ、村へ赴かなかった。


「はぁ……」


一人では呑み込まれそうな、ただただ広すぎる空間に、シペの溜息が溶ける。そこへ――。


「シペー!」


「!」


「何してるのー?」


ショロトルが、軽い足取りで現れた。


沈んだ気分の前に立つ、あまりに無邪気な笑顔。そして場違いなほど明るい声。それが、シペにはどこか苦々しい。


「お前こそ……何しに来た」


「冥界へ行くまでまだ時間があるからさー、ちょっと立ち寄ろうかと思って。それにお前、ここんところ全然僕たちのところに来てないじゃないか。だから心配だったんだよ」


「……大きなお世話だ」


「何だよ、その言い方」ショロトルは顔を顰める。


「別に……俺はやることがあったからここにいただけだ。引き籠ってるわけじゃない」


「それ、どういうこと?」


ショロトルが問うと、シペは背を向けた。


「来い。見せたいものがある」


夕日を背にそっと歩き出したシペの後を、ショロトルは黙ってついていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ