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血汐の群れる朝が来る前に  作者: Masa plus


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(第三十一話)見えない敵は何処に?

 蚤の魔獣テクピンは、突如現れた侵入者を追い払うべく、自身の目に見えない程の小ささを生かそうと画策した。


(まずは……適当に作物を実らせるか)


二人に気づかれぬよう細心の注意を払いながら、テクピンはトウモロコシ畑の間をぴょんぴょんと跳ね回る。すると、跳ねた場所ごとに青白い霊気が溜まり、みるみる膨らんで皮が剥け、食べ頃のトウモロコシが実った。――正確には、その“偽物”が。


(これをあいつらに食わせれば……)


テクピンは一時的に肉眼で捉えられるほどの大きさになり、前脚で器用に皮を剥く。肉厚な粒を頭に乗せると、忍び寄るように歩き出した。


(あのチビの方がやり易そうだな。あいつからやるか)


テクピンは、マクアウィトルを意味もなく背負って歩く少年――テパに狙いを定める。後ろ足に力を入れ、そして――。


(ほれっ!)


勢いよく跳び上がり、わずかに開いたテパの口を狙って粒を投げ放った。粒は見事に口内へ吸い込まれ、そのまま喉奥へと消えていった。


(よし、上手くいった!この調子で……)


気づかれぬよう慎重に、テクピンは粒をもぎ取り、何度もテパの口へ運んだ。偽りの満腹感に浸り、行動に異変が現れるのを待ちながら。


(だいぶ食わせたが……まだかな?)


テクピンはテパの動きを見守る。そして気づいた。テパの足取りが、僅かにふらついている。


(おっ、効いてきたな)


テクピンはほくそ笑み、続いてシンに視線を移す。だが粒を投げようとはしなかった。

 

(あのでかい方は厄介そうだな。チビの様子を見るか。その方が面白そうだしな)


テクピンは元の微小な大きさに戻り、葉の影に隠れて様子を窺う。



 魔獣探しに集中するあまり、シンはテパの異変に気づかなかった。だが夜が更け、月明かりが辺りを照らし始めた頃、ふと彼の存在を思い出した。


「……テパ?」

 

目を凝らすと、すぐ近くにいるはずのテパが、雑草に溶け込むほど遠くまで離れていた。


「テパ!」


シンは声を張り上げてテパを呼ぶ。だが、返事はない。


「テパ!テパ!魔獣はいたか!?」


シンはさらに声を大きくする。距離はあれど、これだけ叫べば届くはずだった。だがテパは振り向きもしない。


(どうしたんだ、あいつ……)


シンは雑草を掻き分け、テパの方へ走っていく。


「テパー!」



「テパ!おい、テパ!」


シンはテパの真後ろで、パンパンと肩を叩きながら何度も声を掛ける。


「……」


「テパ!おい、聞こえてるか!?」


「……?」


テパはやっと振り向いた。シンはそれを見て息を呑んだ。頬は異様にこけ、目の下には濃い隈が浮かび、視線も定まらない。


「テパ……?」


生気を失ったようなその姿に、胸の奥がざわめく。数時間前までとは別人だった。まるで一週間も食べ物にありつけなかったかのようだ。


「どうしたんだ、その顔――」


(ガッ)



 翌朝。


「ありゃぁ……これはどういうこった」


「酷いわ……畑が滅茶苦茶よ」


「おい、あれ見ろよ!」


村人たちの間に、澄んだ空気が濁るかのようなざわめきが広がる。トウモロコシが雑草ごと薙ぎ倒され、その真ん中で、二人の少年が倒れていた。それぞれが小刀とマクアウィトルを握りしめ、周囲には血痕が点々と残っている。


「こいつら死ん……でない!生きてるぞ!」


近づいた男が、二人が息をしているのを確認する。揉み合った形跡はあるが、相打ちではない。ただ疲れ果てて眠っているだけのようだった。


「村長……どうします?」


「とりあえず連れてこい」



 シンとテパは目を覚ました。


「……ん……?」


「……ぁ、あれ……?」


二人は目を擦りながら周囲を見渡す。――おかしい。周りが暗い。上から僅かに光が差すだけだった。


「ここは……?」


「……!」


「あれぇ……シン、どうし――」テパが言いかけた時――。


「このいたずら坊主が!!」


いきなり怒号を浴びせられて、二人は困惑した。横たわっている自分たちを、老人が睨んでいる。さらに、彼の周囲には複数の男が立っている。


「魔獣だの何だのと戯言を吐いた挙句、儂らの畑を壊しおって!」


「そ、そんな、僕たちは……」


「もう許せん!お仕置きじゃ!!」


老人がそう言うと、男たちはシンとテパの四肢を持ち、そのまま小屋の裏手へ出て行った。その先にあったのは――赤々と燃える炎。


「これってまさか……」


「シン……テパたちどうなるの??」


その答えは目の前で現れた。炎の後ろから女が現れ、大量のトウガラシを放り込む。トウガラシからは邪気が感じられない。作物が悉く偽物だったというのに、これだけは本物であるようだ。

 

「しっかり反省するんだな!」


男はシンとテパの顔を炎に近づけた。熱いのは言わずもがな、トウガラシの粉が煙に乗って、途切れることなく目や鼻や口に入ってくる。二人は苦しみ咽るが、男にがっしりと四肢を掴まれていて、身動きが取れない。


「うえっ、げっ、へぇ……」


「ぐぇほっ……」


あまりにも喉が痛くて、二人は咳き込んだ。だが男たちはその手を緩めない。


「うへぇぇぇ……」


顔も喉も焼かれそうになりながら、二人は耐えるしかなかった。


 

 やがて、シンとテパへの”お仕置き”は終わった。


「やっと懲りたか」老人が二人の前に現れ、重い声で言う。


「……」


「……」


二人は答える気力をなくしていた。何とか顔を上げると、いつの間にか老人の脇に男がいた。その手には、小刀とマクアウィトル、そしてシンのティルマが握られている。


「これは返す。早くこの村から出て行け!」


「……わかりました」


老人と男、そして大勢の村人に睨まれながら、シンとテパはその場を後にした。



 シンとテパは村を出、とぼとぼと歩いていた。その表情は暗く、晴れ渡る空が何の慰めにもなっていなかった。

 

「信じられない。魔獣がいなかったなんて、そんな……」


シンは確信を持っていた自らの推測が外れたことに落胆している。隣を歩くテパは、そんな彼を慰めるように手を添えていた。


「シン……」


「ああ、怒ってもいいぞ。自信満々で魔獣がいるとか言ってこのザマなんだから――」


「テパ、怒ってないよ」


「……え?」シンは目を丸くする。


「テパ、昨日の夜のこと、何かおかしいって思ってた。急にお腹が空いちゃって、周りがよく見えなくなっちゃってた。シンが……敵だと思った」


「……あれは魔獣の仕業だと、お前も思うのか?」


「うん。だからもう一度、畑に戻ろうよ。魔獣がいないんじゃなくて、まだ見つけられてないだけかもしれないから」


シンは驚いた。村で自分諸共散々な目に遭わされたはずなのに、テパは魔獣討伐に前向きでいる。落ち込んでいた自分が恥ずかしくなって、シンは思わず唇を噛み締める。


「……そうだな。でも今戻るのは危険だ。少し時間を置こう」


二人はサクベ沿いの岩に腰を下ろし、時間を潰すことにした。



 その頃、どこともつかない暗黒空間にて。


「テパ、シン……」


チャアクは漆黒の鏡に映る二人を見て心を痛めた。魔獣がいるのは間違いない。塵よりも小さいが、その気配は確かに感じる。だが二人は魔獣を見つけられず、挙句に手酷い仕置きを受けてしまった。


「どうした、浮かない顔をして」


低く太い声が、チャアクの背後から響く。チャアクは振り向くが、すぐにまた鏡に目を向けた。


「あいつらが気がかりなのか?」


「……ええ」


「魔獣を見つけられず、しかもあの仕置きだ。とんだ災難だな」


「……テスカトリポカ」チャアクはようやく声の方へ振り向く。


「何だ」


「あの二人を――我が子とその友達を、助けたいんです。このままでは……見ていられません」


「ほう」テスカトリポカは少し考える。


「よかろう、行くがいい。但し、倒すのはあくまであいつらにやらせろ。過干渉はするな」


「ありがとうございます……かしこまりました」


助ける許可が得られても、チャアクの心は晴れなかった。


「……」



 その頃、荒らされた畑にて。


(ひひ……あのガキ共、追い出されてやんの)


テクピンは青白い光を発しながら、ほくそ笑んでいる。


(厄介者がいなくなった。これで好き放題できるな、ハハハ!)

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