(第三十話)村の飢える人々
翌朝。霧が晴れ、森の奥まで見通せるほど視界が開けていた。次の村を目指すには、申し分のない日和だ。
「よし、行くか」
「うん」
シンとテパは並んで歩き出す。相変わらず深い森ではあるが、昨日とは違い、空には雲一つない青が広がっている。光が差し込み、足元まではっきり見える。もう、道に迷う心配はなさそうだった。
◆
やがて、少しずつ森が開けてきた。
(ザッ……ザッ……ザッ……)
ゆっくりと、だが確かに、人が地面を踏みしめる音が聞こえてくる。それも、何度も。
「この先に村があるかもしれない。行ってみよう」
「うん!」
◆
森を抜けた先には本当に村があった。これまで訪れた村よりもずっと小さく、ひっそりとしている。だが入るなり、シンとテパは例えようのない違和感を覚えた。
「何だ、この雰囲気は……」
「シン……怖いよ……」
テパは思わず、シンのティルマを強く引く。暖かな陽射しの下に広がる光景は、その穏やかさとは裏腹の、異様そのものだった。子どもから大人まで、村人の全員が、骨ばかり浮き出るほど痩せ細っている。
(ザッ……ザッ……ザッ……)
歩ける者は、杖に体を預けながら、一足毎にしっかり足を踏みしめている。一歩一歩を確かめるように足を運んでいる。そうした姿が、何人も目に入った。
「さっきの音はこれだったのか」
「でも、他の人たちは……」
視線を移すと、ほとんど骨と皮だけになった人々が、地面に座り込み、虚ろな目で空を見上げていた。何も映していないその瞳は、シンとテパが近くを通っても、まるで反応を示さない。
「この村……まさか食料がないのか?」
「このままじゃ、みんな飢え死にしちゃうよ。シン、食料を探しに行こうよ」
「待て」
シンがテパの足を止めた。視線の先、少し離れた薄暗い場所にある小屋に、人がぞくぞくと入っている。そして皆、お腹をさすりながら妙に満足げな顔で出てくるのだ――その体が痩せ細ったままで。
「あの小屋……怪しいな」
シンは目を細め、人々の動きを注意深く見つめる。やがて日が傾き、人の出入りが途絶えた。
「入るぞ」
「うん」
シンとテパは、誰もいなくなった小屋に足を踏み入れた。
◆
「思ったより奥行きがあるな……」
「シン、見て!」
薄暗い室内の奥を、テパが指差す。そこには、表面がごつごつした丸いものが、山のように積まれていた。近づいて確かめると――。
「これ……カボチャじゃないか。それに、サツマイモ……こっちはトウモロコシだ」
(グー……)テパのお腹が、正直に鳴った。
「ねぇ、ちょっと……食べてもいい?」
「駄目だ」
テパが伸ばしかけた腕を、シンが力強く握って止める。
「この食料……何かがおかしい……」
「どういうこと?」
「これは、人が食うんじゃない。こいつらが人を食うんだ」
「え?食べ物が、人を??」
「とても強い邪気を感じる……おそらくこれは……」
「誰じゃ!そこにおるのは!!」
「!?」
シンとテパがぎょっとして振り向くと、そこには毛を逆立てて睨む老人が立っていた。その背後には、さらに幾つもの人影が揺れている――。
◆
「俺たちの食料を盗もうとしたな!このガキどもが!」
「ただで済むなんて思うんじゃないよ!」
「泥棒!泥棒!!」
小屋の入り口を塞ぐように立っていたのは、先ほどまで衰弱していたはずの村人たちだった。弱っていたのが嘘であるかのように目をぎらつかせ、シンとテパを睨みながら怒号を浴びせている。
「シン……どうするの……?」
「行くしかないだろ」
「どこから……ぁ」
何かが一瞬光ったように見えた。テパは視線を下ろす。シンの手には、小刀が握られている。
(そういうことか……)
テパは背負っていたマクアウィトルに手を伸ばすし、自分も負けじと村人たちを睨んだ。
「ひっ……」先頭の老人が、思わずたじろぐ。
「こ、ここには入ったけど、しょ、食料は盗んでないから!!だ、だけど、これは……」
「偽物だ」シンがきっぱりと言い切った。
「これは食べ物じゃない。食べた気にさせる、食べ物に似た別の何かだ。あんたたちは、本当は何も食べていない。満腹だと、思い込まされているだけだ」
「……何じゃと?」老人が目を丸くする。
「これは魔獣の仕業だ。このままじゃ、あんた達みんな飢え死にする」
「う、飢え死にぃ……?」
「だから頼む、道を開けてくれ」
「お願い、開けて。みんなを斬りたくない」
老人にはシンとテパが嘘をついているように見えなかった。何のことだかよくわからないけれども、二人の言うことを聞かなければ危険が及びそうだという恐怖に駆られた。
「……よかろう。通れ」
老人は肩を下ろし、入り口から避けてそっと道を譲る。他の者も、老人に続いて次々と道を開けた。テパとシンは武器を下ろし、その間を黙って抜けた。
◆
シンとテパはトウモロコシ畑に辿り着いた。
「見事な荒れ放題ぶりだな……」
シンとテパの周りでは、トウモロコシが隠れるくらいの高さまで伸びた雑草がびっしりと生えていた。手入れをされた様子が全くなく、畑はいつ自然に帰ってもおかしくない状態だった。
「しかもこれ……トウモロコシが全然育ってないみたい……」
テパが見つけたのは、皮ばかりのトウモロコシだった。食料と呼ぶには、あまりにも貧弱だ。
「魔獣め……偽物で人を縛り、作ることすら奪うつもりか……」
「酷すぎるよ……」
「早く探さないとな」
◆
日が暮れても尚、シンとテパは魔獣を探している。
「おかしいな……間違いなくこの畑から気配がするんだが……」
「魔獣どころか、人の気配すらないよ……」
二人は草木の葉の裏一枚一枚まで、丁寧に、慎重に魔獣を探している。だが、魔獣の姿らしきものは全く見えない。聞こえるのは、二人が土を踏む音、葉を捲る音、そして時折さり気なく吹く風の音だけだ。
「ねぇシン、本当なの?ここに魔獣の気配がするのって……」
「間違いない。だからちゃんと探せ」
「……んもう……」
テパは頬を膨らませながらも、探索を続けた。
◆
シンとテパが魔獣を探していた頃。
(何だあいつら。折角人間を追い出したと思ったのに)
それは、二人の耳に入らない程小さな声だった。枯れかけの葉さえ揺れない微かなものだった。
(まさかあいつら、俺様の食料を食ってないのか?それらしき気配がしない)
小さな声の主は少し考えた。そして――思いついて笑った。
(よーし、あいつらにも食わせてやるか。俺様とっておきの食料をな)




