(第二十七話)神とは、魔獣とは、生贄とは
シンとテパ、そしてチャアクは同じ部屋で寝ることになった。
「食事だけでなく寝具も用意してくれるとは、至れり尽くせりだな」
「はい、お父様!ポソレ美味しかった~」
「……はぁ」
テパはもちろん、チャアクまで満足げな様子だ。そのあまりの警戒心のなさに、シンは思わず溜息をついた。
(……とはいえ、今のところ怪しいところは見られない。だからこそ、却って気味が悪いが……)
「……あぁ、眠い」
テパは目をこすり、すでに半分夢の中だ。チャアクも自然と彼に寄り添う。
「……寝るか」
胸の奥に燻る不安を抱えたまま、シンは明かりを消した。
◆
眠りに落ちたテパは、すぐに夢を見た。
『…はい』
『これでいい気になるな!お前の血がいつか、必ず……!』
『いつか……いつかトラロックを食い殺してやろうと思ったのにぃ……う、ぐぅっ、うぅえぇぇぇん!!!!!』
『○▲◇――!!!』
「はっ!!」
光一つない暗い空間で、テパは目を覚ました。
(さっきの……生贄になった人たちが最期に言ってた……)
テパは目をぱっと開く。その視界には何も映っていない。
(おかしいよ……悲しかったけど、ちゃんと受け入れられるようになったはずなのに……)
背筋に冷たいものが走った。
”――眠るな。幸せを忘れろ。祭りで味わった苦しみを思い出せ――”
そんな声が、頭の奥から囁いてくる。
(シンと一緒にいたいから……お父様にかっこ悪いところ見せたくないから、強くなったのに……それができないっていうの……?)
「……ん……」
「!?」
自分のものではない声が聞こえて、テパは我に返る。隣にいたシンが、寝返りながらゆっくりと目を覚ました。
「テパ?」
「……」
「どうした?」
「……」
「おいテパ……」
「……ねぇ、シン……」
「ん?」
「生贄になるって、やっぱりみんな、悲しいのかな……」
「人それぞれだ。泣き叫ぶ奴もいれば、覚悟を決めて受け入れる奴もいる。名誉だと喜ぶ者だっている。祭りを見てきたお前なら、わかってるだろ」
「そうなんだけどさ……」
「何だ、その歯切れの悪い言い方は」シンは眉を顰めた。
「結局、生贄は人が死ぬんだよね」
「当然だ」
「それってさぁ……」
「勿体ぶるな。言いたいことがあるなら言え」
「魔獣が人を襲うのと……どう違うの?」
「はぁ!!?」シンは勢いよく飛び起きた。
「お前……何言ってるんだ!?」
「いや、その……何だか、すごく気になって……」
「神々を魔獣と一緒にするな!」
「ひっ……」テパは思わず肩を竦める。
「わかるだろ!?確かに誰かが死ぬ点は同じだが、その後が違う!魔獣はただ破壊と殺戮を行うだけだが、神々は恵みを齎してくださるんだ!雨も、風も、人が生きるのに必要なもの、全てをな!」
「わっ、わかってるってばぁ……」
「なら何故”魔獣が人を襲うのと一緒”なんて言ったんだ!?」
「……!」
テパは言葉に詰まった。自分でも、なぜそんな疑問を抱いたのか説明できなかった。
「それにな、さっきポソレ食べただろ?あれに入ってた肉、何だかわかるか?」
「……わかんない」
「人の肉だ!!!!!」
◆
テパは凍り付いた。恐怖に喉を締め付けられて、言葉を発することすらできない。
「人が犠牲になるのはやむを得ない。その後に何が齎されるかが重要なんだ。生贄がどう思ってたかとか一々考えてたら――」
(バタッ)
「テパ……?」
テパはそのまま意識を失い、床に倒れ込んだ。
「シン……」
いつの間にか起きていたチャアクが、テパに寄り添いつつシンを見据える。
「気持ちはわかるが……今それを言う必要はなかったんじゃないか?」
「言わなきゃまたあんな疑問持つだろ」
「だが……滅多に食べられないポソレを喜んでいた気持ちまで、壊してしまうのは……」
「お前……本当に甘いな」シンが短く息を吐く。
「こいつはお前の使用人だったんだろ?だがお前、妙に情が移ってるように見える。家族とでも言うべきか」
「あぁ、そうだ。テパはただの使用人じゃない。息子だと思っていた」
「ん?」
チャアクの視線に只ならぬものを感じ、シンは黙って続きを待った。
「私には実の子がいた。だが病気で亡くなってしまってな。それでテパを引き取ったんだ」
「……なるほど」
「テパも親を亡くしていたからな。お互い、新しい家族になれると思ったんだ」
「……」
シンはテパに視線を移す。横たわる彼から寝息が聞こえた。気を失って、そのまま寝てしまったようだ。
(聞こえてなかったんだな、チャアクが言ってたことは)
「さあ寝よう。明日起きられなくなる」
チャアクはそう言うと間もなく寝た。程なくしてシンも眠りに就いた。それを遠くから見つめる視線に気づかずに――。
◆
シンたちが寝ても尚、女は起きていた。明かりが殆どない暗闇の中で、姿が見えない誰かと鏡越しに話をしていた。
「あのテパとかいう子のティルマから、オセロトル――チャアクが現れましたのよ」
「そうか。奴はそれを依り代にしているというわけか」
「そのようですわ」
「そのティルマを、俺のところに持って来い。お前なら出来るはずだ」
「……ええ」
「あいつの真の主は、この俺だ――」
声の主は、黒い煙に包まれて消えた。
◆
女はシンたちの寝室に足を踏み入れる。全員がぐっすり寝ているのを確認する。異様に冴えた目で、壁際に置かれたティルマを捉えた。その少し先に、チャアクが眠っている。
(私の力なら、彼を封じられるはず……)
女が手を翳すと、チャアクはそれに気づくこともなく、ティルマに吸い込まれていった。
「……」
部屋を出ようとした女は、ふと立ち止まり、シンとテパの穏やかな寝顔を見る。
(……ごめんなさいね)
女は前を向いて、振り向かずに部屋を出た。
◆
その頃、冥界ミクトランにて。
「……ふう」
青白い血管のような光が走る岩に囲まれた間の玉座に、巨大な骸骨宛らの主・ミクトランテクートリが肘をついて座っていた。
「また何か、地上でよからぬことが起きたか」
仮面の向こうで、暗い瞳が揺れていた。




