(第二十三話)謎の女と魚の魔獣
シンは町中を駆け回ってテパを探していた。だが、どれほど探しても足取りは掴めない。
(最前列に来てまで僕を見ようとしてたあいつが……いきなり消えるなんて、絶対におかしい)
胸に抱える澱んだ不安を映すかのような曇天の下、シンは大通りから裏路地まで、人が通れそうな場所は隈なく探した。そうして、しばらく彷徨ったそのとき――。
「!!」
裏通りの奥に、見覚えのある姿があった。ティルマを纏い、マクアウィトルを手にしている。
「おーい、テパー!」
「!?」
影が驚いて振り向く。その顔を見た瞬間、シンの思考が凍りついた。
(……別人だ。)
テパではない。年格好は近いが、顔立ちはまるで違う。
◆
シンは少年の胸倉を掴む勢いで詰め寄った。
「おいお前、これをどこで手に入れた!?」
「い、いきなり何だよ!?」
「どこで手に入れたって聞いてる!」
「え……どこって……」
「答えろ!」
「……」
少年は言葉に詰まり、やがて視線を逸らしたまま、町の向こうに見える山の麓を指さす。
「……あそこに、落ちてた」
「そうか」
「こんなに綺麗なティルマも、こんなにカッコいいマクアウィトルも、見たことないし……」
少年は、名残惜しそうにティルマとマクアウィトルを見つめている。
「悪いが、それを渡してもらおう」
「えー……嫌だよ」
「どうしても必要なんだ。ただとは言わない。いくら欲しい?」
シンは懐から、持っているだけのカカワトルを出した。少年の目が、はっきりと輝いた。
「じゃあ……これだけ!」
少年は、その三分の一ほどを掴み取る。
「ああ、持っていけ」
「ありがと!これあげる!」
少年はあっさりと装備を手放した。シンはそれを受け取ると、礼もそこそこに山へと駆け出す。そして、麓に足を踏み入れた瞬間――。
(……!)
肌を刺すような気配がする。間違いない。この山には、魔獣がいる――。
◆
山の中腹にて。雨神の恵みを求めるほど水が枯れがちなこの時期にしては、異様なほど水嵩のある川の畔に、テパと一人の女がいた。
「あなたは、私の子のご飯になるのよ」
女の体には、血管のような青白い光の筋が走っている。その腕が、テパの腕をがっちりと掴んでいた。
(うぅぅ……)
逃げようにも、びくともしない。背後から伝わる殺気が、体の芯を凍らせる。
「さあ出てらっしゃい、ご飯よ」
震えを帯びた声が耳にまとわりつき、テパの額から脂汗が滲み出た。その間にも、女は、少しずつ、確実に、テパを川へと押していく。
◆
「ひひひ……あいつまんまと騙されてる」
川の中で待ち構える、巨大な魚。死んだような目で泡を吐きながら、女を嘲笑っていた。
「このミチン様にかかればこんなもんだ」
幼い声を泡に紛らせ、ミチンは女に出会った時のことを回想する。
◆
ミチンは”何かに追われている”という気配を感じ、どこか遠くからこの川へ逃げてきた。人気がなく一安心――と思っていた時だった。
「お母さーん、お母さーん」
「!?」
安心が一気に吹き飛んだ。人間の声がする。少年の声だ。
「お母さーん!お母さーん!」
声が大きくなった。少年が、自分のいる場所へ近づいてきたのだ。
(ま、まずい……)
水中から見上げるミチン。声が大きくなると共に、水に揺れて影が映る。このままでは見つかってしまう――。
(こうなったら……)
「お母さーん!お母――」
◆
(――バシャーン……)
大きな水飛沫と共に、巨大な魚が水中から躍り出た。同時に、少年の影が消えた。
「……ふう」
ミチンは安堵の息を吐いた。その腹は、不自然な程に膨れている。
「これでもう大丈夫……」
「○▲□ー!!」
「!!?」
◆
「あの男の子が僕を追いかけてきたのかと思ったら違った。ただの迷子だった。でも僕の姿を見られたらまずいから、食べちゃったんだ。それで安心できたと思ったら、あいつが来たんだ」
女の顔はどことなく少年に似ていた。そのことから、ミチンは彼女が少年の母親であると察した。そして、○▲□が少年の名前であることにも気づいた。
「だから僕は男の子に変身して、あいつの前に出た。探していたお母さんに、ようやく会えたふりをしたんだ。そしたらあいつ、滅茶苦茶喜んで僕を抱きしめた」
ミチンの暗い笑みと共に漏れる微かな息が、泡となって昇っていく。
「その隙にちょっと悪戯してやったんだ。頭の中に、”僕と同じくらいの年の子で、特によさそうなのを連れてきて!”って言った。ついでにばれないように”サッ!”と連れてきてね、ともね」
ミチンが見上げる先に、その”特によさそうな子”と思しき者の影が揺れている。頭を出せばすぐ食らいつけそうな距離まで近づいている。
「さあ、どんな子なんだろうな……ククク」
◆
シンは川に沿って山を登っていく。
(間違いない。この上流だ)
進むほど、気配は濃くなる。轟音を立てて岩を打つ水が、重苦しい空と共に訴えかけてくる。
――この先に、魔獣がいる。
――そして、テパがいる。
「待ってろ、テパ……」
◆
「うぅぅ……ぁぁぁ……」
テパの額に滲む脂汗が、太陽もないのにギラリと光る。足はもう、つま先が地面についていない。あと少し押されたら、確実に川に落ちる。
「さぁ、行きなさい!」突然、女が後ろからテパを蹴り飛ばした。
「わあぁ!!!」
テパの体が宙を舞う。視線の先にあるのは、黒く淀んだ川――そして、大きく開いた真っ黒な口。
(……!!)
自分は落ちる。そしてこの黒い影に呑まれる。誰も助けに来てくれない。テパがそう思った、その時だった。
「テパ!!!」




