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血汐の群れる朝が来る前に  作者: Masa plus


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2/17

(第二話)テパティリストリ

 朝になった。


「ああ……」


少年が辿り着いた時、村は既に壊滅していた。

「遅かったか……」

少年はぼそりと呟いて歩く。だがそれも束の間だった。


(シィヤァァァァ!!!)


魔獣は人間の匂いを再び嗅ぎつけたと言わんばかりに少年を目ざとく見つけ、襲い掛かった。自分の何倍もの大きさがある蜥蜴の化け物。そのまま立っていたら呑み込まれそうな程、口が開いている。だが少年は眉一つ動かさない。


「何だ、こんな弱そうな奴だったのか」


少年は迷いもなく、魔獣を一刀両断する。少年の手には、赤い血が滲んでいた。


 

 少年が暫く魔獣の亡骸を見つめていると、何かが出てきた。少年の手が光り、その”何か”が吸い込まれていく。少年は黙ってその場を去る。


 

 翌日夕方、少年は再び村に戻って来た。瓦礫の山と化した家々と、昨日より強くなっている死臭が、目を、そして鼻を突きさ――さなかった。悲しい光景ではあるが、少年にとっては目が腐るほど見てきたものだ。今更何も思うことはない。


(どこかにまだ生きている人はいないか?)

 

少年は生存者の確認の為、村内を歩き回る。


 

 少年がある瓦礫に差し掛かった時だった。


「うぅっ、うぅぅ……」


無造作に重なる木の下から呻き声が聞こえる。子どものような声だ。

「んっ!?」

少年は走った。そして重い瓦礫を、一つ、また一つとどかしていった。

「……!」

やがて、人の影が見えた。中年男性のものだった。声の主でないことが明らかだった。


「うぅっ、うぅぅ……」


まだ呻き声が聞こえる。

「まさか……」

少年は伏せて倒れる男性の体を持ち上げる。すると――思った通りだった。

「おい、おい!」少年は呻き声をあげる子どもに声をかける。

「おい……おい!!」

少年は声を張り上げる。すると子どもも流石に気付き、びっくりして目を見開いた。

「ほら、来い」

少年に手を引かれ、子どもは出てきた。


 

 子どもは暫く横たわっていたが、やがて徐に目を開いた。

「ん、ん……」

「歩けるか?」

少年に問われた子どもは、ゆっくりと起き上がって周囲を見渡す。すると突然はっとして、家の方へ走っていった。

「おい、待て!」

少年が呼び止める声は、子どもには響かなかった。


 

 子どもは見る影もなくなった家に戻る。

「お父様……お父様……」

子どもが必死で瓦礫の下を探していると、父の姿があった。

「お父様!」

子どもはそう呼びかけるが、どれだけ声を張り上げても返事はない。


「諦めろ。そいつはもう息絶えている」


低く冷たい声がした。振り向くと、そこには暗い人影があった。自分より少しばかり年上の少年のものであるようだ。

「とりあえずそいつは埋めて、弔いはしてやる。お前は安全なところへ行って生きろ。夜が明けたら、僕はここを出る」

声の低さ、冷たさ、そしてぶっきらぼうな口調。子どもはこんな声をする者を、子どもでも、そして大人でも見たことがなかった。


(あ……ああ……)


怖い。だが子どもに沸き上がった感情は、それだけではなかった。

「お父様!お父様!」

子どもは無我夢中で瓦礫という瓦礫を持ち上げる。華奢な体格でよくもと思わせる程の力が出ているようだ。


(?)少年は首を傾げる。

(父とやらはとうに息絶えている。なのにこいつは、まだ何か探しているのか?)


少年は訝しみながら、子どもを視線で追う。


 

「あ、あった!!」

子どもの声がした。そしてビキビキビキっと、何かを裂くような音もした。

「何だ!?」

少年は慌てて子どもの方へ向かう。瓦礫の下から出てきた子どもは、何かを持っていた。

「これは……」

子どもは持っている物をゆっくりと広げる。彼が両手を広げても収まりきらないくらい長くて大きいそれは、何とも見事なティルマだった。夕焼け空のような朱色、夜のような濃紺、そして村の周囲の木々によく似た深い緑色の刺繍――。

(僕やこいつが羽織ってるのとは、明らかに違う。こんなに綺麗な色どりは……)

少年は自身の、薄汚れた白無地のティルマを見ながら思う。

(さてはこいつの”お父様”とかいう奴、村ではそこそこ地位のある奴だったんだろうな。そりゃあ――?)

少年が呟きかけた時、子どもは徐にそのティルマを羽織り始めた。


 「これしか残らなかった……お父様との、思い出……」


「まさかそのままその辺ほっつき歩くつもりじゃないだろうな」

「!?」子どもは図星を突かれたようにぎょっとする。

「しがない一庶民がそんな裕福そうなティルマ羽織ってたら、賊に狙われるぞ。それにお前……”お父様”とか言ってたそいつは、実の父親じゃないんだろ?」

厳しさを増す声に加え、初めて会う少年にここまで見抜かれて、子どもの心には一層恐怖が募る。

「お前がそいつの使用人だったことくらい、見ればわかる。そのティルマも、どうせ織れって言われて織ったんだろう?」

どうしてここまでわかるのか?子どもは体が固まって声も出せなくなっていた。

「それを捨てろ。朝になったら早くここを去れ」

少年はそう吐き捨て、子どもに背を向ける。子どもは呆然と立ち尽くしていた。


 翌朝。

「ん……朝か……」

眠っていた少年は起きた。周りには誰もいない。

「あいつはもう行ったか……」

少年は立ち上がり、村を後にする。


(――)


彼の、朝日に長く伸びる影の後ろに、もう一つの影があったことには気づいていない――。

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