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血汐の群れる朝が来る前に  作者: Masa plus


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(第十八話)謎の青年

 試合当日。


「いよいよ本番だ」


「楽しみだね!」


「おいおい……腕が上がったからって浮かれるなよ」


昇り行く太陽を背に、二人は軽やかな足取りで競技場へ向かう。



 だが、競技場に着いた瞬間、二人は足を止めた。


「……あれ?」


「どういうことだ?誰もいない……」 


観客どころか、選手すら姿を見せない。シンとテパは、不安にかき立てられるように周囲を見渡した。


「まさか……町の人みんないなくなったのか……?」


「シン……どうなってるの?」


しんと静まり返った町並みに恐怖を覚える二人。日が照っているというのに風は冷たく、肌に触れてはぞくりと震えが走る。その沈黙を破ったのは、どこからか響いた嘲り声だった。


「まだいたのか、雑魚が」



 驚いて振り向くシンとテパ。その視線の先には、小高い場所に立つ一人の青年の姿があった。逆光で影に染まった体と、見下ろすような視線が冷たい。


「誰だ!?」


「ここでトラチトリの試合があるって聞いて来たんだよ」


「町の人たちはどこへ行った!?」


「ん?ああ……」


青年はくるりと背を向け、斜面の下を指さした。


「あそこだ」


青年に促されて高台へ上ったシンとテパは、そこで目に飛び込んだ光景に言葉を失った。


(……そ、そんな……)


そこには選手のみならず、一般市民、そして王と思しき者まで――おそらくシンとテパ以外の、町にいた全ての人間が折り重なるように倒れていた。不要な荷物の如く投げ捨てられたかのように。



 シンは青年を睨みつける。


「お前……一体何をした!?」


「雑魚だから倒したんだよ。ついでに町の奴らも纏めてな。それだけだ」


「おいお前……」


「安心しろ。気絶してるだけだ」


淡々と告げる声に、シンは察する。


「まさか……これは賭けなのか?」


「まあな。お前らが勝ったら、こいつらはくれてやる。俺が勝ったら、これで止めを刺す!」


青年は手の上で球をくるくると回す。その重さが、そもそも存在しないと言うかのように。


「話は終わりだ。さあお前ら、俺と勝負しろ!」


シンとテパは身構える。だがテパはある疑念を抱いた。


「ねぇ、あなたと組む人はどこにいるの?」


「そんなのはいない」青年はテパの声を遮って即答する。


「どいつもこいつも俺一人に負けたんだよ。今更組む奴なんて必要ない」


青年の強気な発言を、テパもシンも戯言と思えなかった。山積みになった市民の体、その光景が何よりの証拠だった。冗談にしては、あまりにも現実味がありすぎる。


「……わかった」シンが静かに頷く。


「おう、その気になったか」


「あぁ、受けて立つ!!」


シンの声に、テパも力強く頷く。青年は満足げに笑うと、山積みの市民を尻目に試合開始を告げた。



 王も、審判も、それから観客も誰一人いない、照り付ける太陽だけが見守る静かな競技場で、シンとテパ対青年の試合が始まった。


「そらよ!」青年がテパに向かって凄まじい速さで球を蹴る。


「うあっ!」テパは辛うじて球を受け止める。


「テパ、こっちだ!」


「あ、うん!」


テパは必死に蹴り返し、シンが跳び上がって放った一撃が弧を描く――だが。


「遅い!」青年はそれをいとも簡単に受け止めた。


(う、嘘だろ……?)


「ほらほら、油断すると負けるぞ?」


青年は、今度はシンに向かって球を蹴った。シンはそれを受け止め、がら空きになっている所を狙って青年に打ち返した。


「このくらい、どうってことない!」


青年はまたしても球を受け止めた。どこを狙っても確実に取られる。狙いを変えても、角度を変えても、青年の手から逃れられない。


(こいつ……強すぎる……)

(どうすれば勝てるの……?)



 気がつけば太陽は西に傾きかけていた。


「はぁ……はぁ……」


シンとテパは長丁場に消耗しきっていたが、それでも球を追うことを止めない。町の人々を救うため、負けるわけにはいかない。


「どうした?もう限界か?」青年は挑発する。


「いや、まだ……!」


「テパだって……!」


二人はふらつきながらも立ち続ける。そんな彼らを見て、青年はシンが蹴った球を受け止めつつ、ふうと息を吐いた。


「……」

青年はシンとテパの苦しそうな表情を涼しい顔で見つめつつ、シンが蹴った球を受け止めた。


「一旦止めてやる。空が赤くなる前に作戦でも練っとけよ」


青年はそう言って、唐突に試合を中断した。シンとテパはわけがわからなかったが、体が悲鳴をあげている事実を無視できない。


「シン……」


「言葉に甘えるのは気が引けるが……仕方ない」



 シンとテパは、青年に背を向けて作戦を練っている。二人は、青年がその背中をずっと見つめていることに気づいていない。


「……ん……?」青年の眉がひくりと動く。


「何だ?この気配は……」


背の高い少年の方から、妙な雰囲気を感じる。


(……ぽちゃん)


青年の耳の奥で、血が落ちるような音がした。しかもそれは、ただの血ではない――微かに光の粒を帯びている。


「そういえば聞いたな……この世には、“尋常ならざる血”を持つ者がいると」


それに気づいた時、青年の中で何かが明確に切り替わった。


「おいお前ら!!」


「!?」


シンとテパは、振り向くなり息を呑んだ。青年の全身が黒い瘴気に包まれ、目つきも獣のように鋭くなっている。


「本当の”試合”を始めようか!!」

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