(第十八話)謎の青年
試合当日。
「いよいよ本番だ」
「楽しみだね!」
「おいおい……腕が上がったからって浮かれるなよ」
昇り行く太陽を背に、二人は軽やかな足取りで競技場へ向かう。
◆
だが、競技場に着いた瞬間、二人は足を止めた。
「……あれ?」
「どういうことだ?誰もいない……」
観客どころか、選手すら姿を見せない。シンとテパは、不安にかき立てられるように周囲を見渡した。
「まさか……町の人みんないなくなったのか……?」
「シン……どうなってるの?」
しんと静まり返った町並みに恐怖を覚える二人。日が照っているというのに風は冷たく、肌に触れてはぞくりと震えが走る。その沈黙を破ったのは、どこからか響いた嘲り声だった。
「まだいたのか、雑魚が」
◆
驚いて振り向くシンとテパ。その視線の先には、小高い場所に立つ一人の青年の姿があった。逆光で影に染まった体と、見下ろすような視線が冷たい。
「誰だ!?」
「ここでトラチトリの試合があるって聞いて来たんだよ」
「町の人たちはどこへ行った!?」
「ん?ああ……」
青年はくるりと背を向け、斜面の下を指さした。
「あそこだ」
青年に促されて高台へ上ったシンとテパは、そこで目に飛び込んだ光景に言葉を失った。
(……そ、そんな……)
そこには選手のみならず、一般市民、そして王と思しき者まで――おそらくシンとテパ以外の、町にいた全ての人間が折り重なるように倒れていた。不要な荷物の如く投げ捨てられたかのように。
◆
シンは青年を睨みつける。
「お前……一体何をした!?」
「雑魚だから倒したんだよ。ついでに町の奴らも纏めてな。それだけだ」
「おいお前……」
「安心しろ。気絶してるだけだ」
淡々と告げる声に、シンは察する。
「まさか……これは賭けなのか?」
「まあな。お前らが勝ったら、こいつらはくれてやる。俺が勝ったら、これで止めを刺す!」
青年は手の上で球をくるくると回す。その重さが、そもそも存在しないと言うかのように。
「話は終わりだ。さあお前ら、俺と勝負しろ!」
シンとテパは身構える。だがテパはある疑念を抱いた。
「ねぇ、あなたと組む人はどこにいるの?」
「そんなのはいない」青年はテパの声を遮って即答する。
「どいつもこいつも俺一人に負けたんだよ。今更組む奴なんて必要ない」
青年の強気な発言を、テパもシンも戯言と思えなかった。山積みになった市民の体、その光景が何よりの証拠だった。冗談にしては、あまりにも現実味がありすぎる。
「……わかった」シンが静かに頷く。
「おう、その気になったか」
「あぁ、受けて立つ!!」
シンの声に、テパも力強く頷く。青年は満足げに笑うと、山積みの市民を尻目に試合開始を告げた。
◆
王も、審判も、それから観客も誰一人いない、照り付ける太陽だけが見守る静かな競技場で、シンとテパ対青年の試合が始まった。
「そらよ!」青年がテパに向かって凄まじい速さで球を蹴る。
「うあっ!」テパは辛うじて球を受け止める。
「テパ、こっちだ!」
「あ、うん!」
テパは必死に蹴り返し、シンが跳び上がって放った一撃が弧を描く――だが。
「遅い!」青年はそれをいとも簡単に受け止めた。
(う、嘘だろ……?)
「ほらほら、油断すると負けるぞ?」
青年は、今度はシンに向かって球を蹴った。シンはそれを受け止め、がら空きになっている所を狙って青年に打ち返した。
「このくらい、どうってことない!」
青年はまたしても球を受け止めた。どこを狙っても確実に取られる。狙いを変えても、角度を変えても、青年の手から逃れられない。
(こいつ……強すぎる……)
(どうすれば勝てるの……?)
◆
気がつけば太陽は西に傾きかけていた。
「はぁ……はぁ……」
シンとテパは長丁場に消耗しきっていたが、それでも球を追うことを止めない。町の人々を救うため、負けるわけにはいかない。
「どうした?もう限界か?」青年は挑発する。
「いや、まだ……!」
「テパだって……!」
二人はふらつきながらも立ち続ける。そんな彼らを見て、青年はシンが蹴った球を受け止めつつ、ふうと息を吐いた。
「……」
青年はシンとテパの苦しそうな表情を涼しい顔で見つめつつ、シンが蹴った球を受け止めた。
「一旦止めてやる。空が赤くなる前に作戦でも練っとけよ」
青年はそう言って、唐突に試合を中断した。シンとテパはわけがわからなかったが、体が悲鳴をあげている事実を無視できない。
「シン……」
「言葉に甘えるのは気が引けるが……仕方ない」
◆
シンとテパは、青年に背を向けて作戦を練っている。二人は、青年がその背中をずっと見つめていることに気づいていない。
「……ん……?」青年の眉がひくりと動く。
「何だ?この気配は……」
背の高い少年の方から、妙な雰囲気を感じる。
(……ぽちゃん)
青年の耳の奥で、血が落ちるような音がした。しかもそれは、ただの血ではない――微かに光の粒を帯びている。
「そういえば聞いたな……この世には、“尋常ならざる血”を持つ者がいると」
それに気づいた時、青年の中で何かが明確に切り替わった。
「おいお前ら!!」
「!?」
シンとテパは、振り向くなり息を呑んだ。青年の全身が黒い瘴気に包まれ、目つきも獣のように鋭くなっている。
「本当の”試合”を始めようか!!」




